あずまんがファイズinミネルヴァの梟
【あずまんがファイズ】
【第三話  [ちよ-chiyo]】

東京・スマートブレイン本社

都群の中、屹立するビルの中でもひときわ目立つ高層ビル、スマートブレイン本社。
その中でも殆ど最上階と言っていい社長室でアームチェアに身を預ける村上恭二。

外見からするといまだ中年に差し掛かってすらいない若々しい人物ながら、驚くべきことに彼こそが全国
に散らばるスマートブレイン各社を束ねる現スマートブレイン社長である。
彼が現社長へと就任したのはつい最近。前社長からその座を奪うのにクーデタに近いやり取りがあったの
は公然の秘密となっている。
その社長着任にはむろんごたごた(反対と言う口だけの物、実行に移された物、共にある)が付きまとったが、
そのごたごたに巻き込まれてもなお、こうして無事彼がこの椅子に座っているのが、彼が現社長たる所以とも
言えるだろう。

彼はリラックスした仕草で、報告を告げるために直立している部下へと視線を合わせる。

「それで、ベルトの行き先は分かったんですか?」

落ち着いた、しかし有無を言わさぬ彼の言葉に、びくっと恐れるように畏まり、少なくとも小柄な村上より
一回りは大きいと思われる男は己が伝えねばならぬことを口早に報告した。

「はっ、少なくとも二本はスマートブレイン会長の娘、美浜ちよへと送られたと思われます。
現在確認されている位置は、ファイズギア、ガンマギア共に沖縄。カイザギアは現在調査中です。
おそらく、そちらは前社長の手によって誰かに送られたと思われますが・・・・・・」

部下の報告に出て来たファイズギア、ガンマギア、カイザギア。三つともスマートブレインが極秘で開発していたツール。
数日前、スマートブレイン地下研究所で最終調整中の所を花形、スマートブレイン元社長、に奪われたものだ。

三つとも、使用すれば確実にその場所が分かるようにセットされている。逆に言えば所持しているだけならば
その行方を直接探るのは流石のスマートブレインといえども難しい。
つまり、そのギア二つが使用された、と言うことだ。
ただ、使用されてから、場所の割り出しまでにかかった時間からすると、上出来だろう。

村上は一度目を閉じ、両手を重ね、そして体重を前へとかけなおした。

「中の上、と言ったところですか。やはり花形と、さらに美浜氏も関わっているわけですね。
それならば・・・やはり早々に取り返さねばなりませんね、我々のベルトを」

舞台は東京から沖縄へと移る

アメリカの大学に行っていたちよだったが、大学での学業の合間の一時的な帰国と共に、彼女は沖縄にある
別荘でその夏を過ごしていた。
何故例年は東京まで帰っているというのに、今年に限って東京ではなかったかと言うと、父から、今年の休みは
東京ではない場所で過ごしてみてはどうか、といわれたからである。もちろん、かつての級友たちと会うため、
東京へもいずれ行く予定では会ったが。
ただ、もちろん選んだのが沖縄である理由もあった。
それは。

「さっかきさーん♪」
外見年齢は中学生か、下手すれば小学校高学年にも見えなくは無いちよの手がインターフォンを押す。
実年齢は15歳。身長は140代半ばで、高校卒業時より10センチほど伸びている。日本の進学制度の通り
ならば現在高校一年生ということになる。もっとも、その特異とも言える知能ですでに飛び級に飛び級を重ね、
留学したアメリカの大学でもすでにいつでも卒業可能、というのが彼女の現状況だが。

ニャーン、という、ベルの代わりに付けられたなんともかわいらしい声がドアの向こうで聞こえるが、意に反して返事はない。

「ん〜、榊さん、まだ大学から帰ってませんね」

現役で受かった東京の獣医大学に行っていた榊だが、今、彼女は沖縄の大学へと通っている。
ひとえにそれはイリオモテヤマネコのマヤーのため、とちよは聞いていた。

なんでも、東京の空気が合わず、大学一年目の冬にしてマヤーがダウンしてしまったらしいのだ。
彼女自身も獣医を目指していたこともあり、マヤーの体調不良の原因はすぐに知れた。

東京から沖縄へと大学を変えるという決断はほんの数分だったという。
その日のうちに榊は獣医科のある大学を探し、受験勉強を再び行って再受験。ストレートで合格。
そして、現在榊は沖縄の国立大学で獣医学部に通っていると言うわけだ。
もっとも、その大学は最近獣医学部ができたばかりで、以前からあった農学部や理学部、工学部といった
ものに比べると少々相対的設備が落ちる、とも少し残念そうに言っていた。それでも後悔はしていない、とも。

榊との再会は一週間ほど前。驚かせるために沖縄へ行くことを伝えていなかったので、久々の再会ではかなり
驚いてくれ、そして彼女も、ちよとの再会を素直に喜んでくれた。
この一週間は、暇さえあれば高校卒業と共にとったという普通二輪の免許を利用し、榊のバイクの後ろに何度か
ちよも乗せてもらったりした。
ちよはまだ免許を取っていないので、バイクで風を切る感覚は斬新でかなり楽しんでいたり。
沖縄の中央都市である那覇から車でも30分近くかかる場所に榊は下宿をとっているため空気も綺麗、とはちよの弁である。

ちなみに学生用のマンションの中でペット持ち込み可なかず少ない場所のひとつだという。
もちろん隣人などには内緒でここでマヤーと共に榊は暮らしている。

そんなちよの手には、不釣合いな銀色のアタッシュケースが二つ吊り下げられている。
両方ともちよが抱きかかえられるくらいの大きさで、外見から判断するとそれほど重そうではない。
そして、片方には赤色、もう片方には青色でSMART-BRAINのロゴが入っている。

一昨日ちよの別荘へと送られてきた二つのアタッシュケース。その中身を見、同封されていた説明書を
読んだちよは榊へと意見を求めるためにこれをここにもってきた。
昨日は榊との連絡がつかなかったので、一日くらいいいか、と諦めたのである。
もちろん、その一日が致命的になるかもしれない、などとは露も思わずに。

「まぁ、もうすぐ帰ってくるでしょうし」
暇といえば暇だが、おそらく10分ほど待てば帰ってくるだろう。約束した時間まであと15分ほど。
それより遅れるのなら連絡を絶対に入れるのが榊だ。
と、いうわけでちよは玄関の前、面する道が見渡せる場所で待つことにした。

「それにしても、榊さんも沖縄の大学にいくって一言言ってくれればここの別荘をお貸ししたのに・・・」
などとブルジョワ風味十全な言葉を無意識的に呟きつつ榊の住居を外から改めて見渡すちよ。
ずっと持ちっぱなしだと手が疲れるため、アタッシュケースは足元だ。

キィ――――――ッ

タイヤがきしんで止まる音。榊が返って着たかと一瞬思い振り返った先、そのブレーキ音の主だろう
レンタカーと思しき車から降りてくる二人の男。
その視線は即座にちよを射とめ、ちよのほうへと一歩を踏み出した。
二十歳くらいの軽薄そうな若い男と、それより少し年を取った三十代半ばくらいの落ち着いた雰囲気の男。
運転をしていたのが三十代ほどの男。そちらが前となりゆっくりとちよのほうへと近づいてくる。

「美浜、ちよだな?」

後ろの若い方の男は車の横で暇そうに両腕を頭の後ろに回し斜め45度くらいの空中を見つめている。
それを気にするでもない男の確認するような言葉に、ちよはアタッシュケースを握り締め、無言で一歩後退した。

「なんなんですか?」
「ファイズとガンマのツールをわたしてもらおうか」

そこまで言って、男はちよの腕の中の物を確認したのだろう、唇の端を吊り上げる。

「ちょうどいい、その腕の中のものをさっさとお兄さん達に渡すんだ」

さらに一歩後退したちよの首がゆっくりと横に振られるのを確認し、前の男は小さく肩をすくめると、顔面に
刺青のような黒い紋章を浮かべた。あきらかに血管とも神経とも違う位置にそれは浮かんでいる。
かなりの博識と自他共に認めるちよですら完全に未知の、何か。
そして、その知識と同格にある本能が切実に訴えている。これ以上は、『危険』だと。

「素直に渡さないなら力ずくで奪うまでだ。―――――抵抗するようなら、殺す」

物騒なそんな言葉を、のどの奥で笑いながらさも当然のように言い放つ。
その言葉がキーワードだったかのように、紋様を中心にして前の男の体が盛り上がり、黒い光と共に
禍々しい『異形』へと変化する。

息を呑むちよ。

しかし、その変化を見ても後ろの若い男のほうに動じる気配は無い。
むしろ、さっさとおわらんかなー、とでも言わんばかりに車に寄りかかって見物している有様だ。

異様。ここは、日本の、沖縄と言う平凡な場所に過ぎないはずだ。
では、この眼前で起きているのは、なんだというのだろう?

特撮、トリック、そのようなものでないことは、眼前でしかと見たちよがはっきりと断言できる。
そして、さきほどの男の何気ない言葉が、本気であることも。


さらにもう一歩足を後ろに引き、覚悟を決めると同時、足元にアタッシュケースを置き、片方を開ける。

昨日、童心に戻る気持ちで試してみた実験がフラッシュバックする。
確認せずとも手順は、はっきりと思い出せる。淀みも迷いも無い。
躊躇せず、中に収められている青色の携帯電話を拾い上げる。
同梱されていた説明書には、SB-793P・ガンマRフォンと書かれていた携帯電話。
大きさとしては、ちよが片手でかろうじて握れる、と言うくらい大型の携帯である。

ちよの父が会長を務めているため、ちよはスマートブレイン社の製品については相当に詳しいが、そのような
携帯電話が開発されたと言う話はきいたことがない。
また、タダでさえ世界の最尖端を走っているスマートブレインの新製品にしては、頑丈ではあるものの、
余りにも無骨すぎ、なにを売りにしているのかすら分からない。
ただ、その機能を本当に理解すれば、認識は百八十度入れ替わる。

続き、ちよは金属製?のベルトを取り出し、手早く装着する。
何をしようとしているのか、そもそもそれがどういうものなのか上から知らされていないのか、怪物へと変貌した男は
特にあわてることもなくゆっくりと近づいてくる。

彼女の決して大きいとはいえぬ手が、畳まれた携帯をスライドさせ、ボタンの上をまるでΓの字を書くが如く全速力で
すべり、3-1-7、と入力する。
そして、enterのボタンを、piと押し、携帯をΓから一の字へと戻し、

『Standing-by』

そのどこかくぐもった、又は押し殺した様な声にちよの「へんしん」という小さな声が重なる。
右手に持ったその携帯を、ベルトのバックル部分へと差込み、そのまま倒してはめ込む。

『COMPLETE!』

その認識音と共に、ベルトの携帯部分両側から伸びる、細い、各三条の青線。
それは上半身は胸部→背部→腕部&頭部、下半身は脚部へと彼女の体をラッピングするかのように包み、
鎧のように変化していく。

そして、一瞬にして彼女の姿は変貌した。

身長は若干高くなった程度でほぼ変わらないながら、その体外部分には血管のように青いラインをまとい、
その狭間に緑がかった黒色の滑らかな表皮が見え隠れする。

ファイズに比べ、ライン一本一本の太さは細く、代わりに三本がフォトンブラッドを伝えている。

顔面は、ファイズがΦの形の目をしているのに対し、小文字のΓ、すなわちγが大きな緑色の複眼をほぼ
二分割している。γの文字通り、触覚は頭上部でしなり、まるで本物の触角のようにも見える。
また口部はファイズと同様、昆虫の牙のごときクラッシャのようなものが付随している。

ただ、ファイズで言う銀色の胸部装甲は存在せず、代わりにベルトから上半身部に伸びたフォトンストリームが
胸部中央、ちょうど心臓部分で拳大の楕円形へと一度集結し、もう一つのエネルギーポイント・ガンマハートを
形成している。さながら、フォトンブラッドを送り出す新たなハートのように。

胸部だけではない。ファイズならば関節部に存在するはずのソルメタルの装甲はことごとく取りさらわれ、
それがファイズに比べて機動性を重視した姿ということを示している。
ただし、表面の色が黒だけでなくやや緑が混ざっているように、そのスーツ自体はソルメタルの繊維が念入りに
編みこまれてある分ファイズのそれより分厚く、全体的な防御力は決して損なってはいない。

ベルトの表面も同様の処置がなされているのか、携帯部分以外はその表皮とほぼ同化し、一見するとベルトが
あることすら分からない。数少ないソルメタルの装甲は末端部、すなわち手と足、頭部に限られている。

仮面ライダー・ガンマ(Γ)
それこそが彼女の今の姿の冠する名前。

「ちっ!」
放置していた己の愚を悟ったか、それまでの歩みを止め、一跳躍でちよの元へと躍りかかる怪物、否、
オルフェノクと化した男。しかし、その一撃、おそらく薄いコンクリートの壁ならたやすく突貫できるであろう
攻撃は変貌したちよ、否、ガンマの右手によってたやすく止められた。
さらに続けさまに二度、三度と繰り出される攻撃を、ガンマは危なげなく受け止めていく。


「なるほどねー、そいつがガンマ、ってやつか」

二人の攻防を見て、仲間が形勢不利と判断してだろう、車にもたれ掛かっていた若い男も面白そうにつぶやくと、
同様に黒い紋章を顔に浮かべた。
そして、

シュゥ、という排出音にも似た音を立て、その姿を変容させる。
そして、体が動くと同時、先ほどの男が変貌したオルフェノク同様、ガンマへと肉薄する。

外見から判断は難しいが、壮年の男が変化したのはジェリフィッシュオルフェノク。
若い男が変化したのは、トードオルフェノク。
水母と蛙の特性をそれぞれ備えるオルフェノクたちだ。

この時点でちよによっては知る由もないが、ガンマギアは存在する三本のベルトのうち二番目に完成されたベルト
であり、ファイズに比べて変身できる条件が厳しくないかわりに、その攻撃能力はファイズにくらべ下回るという
ちよにとって余りありがたくない特性を持っている。

身長も、オルフェノクとなり二メートル近い二人に対し、ガンマはもともとのちよの体型もあり、一メートル半を僅かに超えた程度。
大人と子供以上にリーチが違いすぎる。
さらにファイズギアを守りながらの戦いは必然的にちよにとって苦しいものとなった。

オルフェノク二人の連携はお世辞にもいいとは言いがたいが、それでもどちらかにかかりきりになれば
もうひとりの攻撃が飛んでくる。
ダメージはガンマの装甲が吸収し、ちよへとはまったくといっていいほど届かないが、衝撃自体を殺せる
わけはなく、殴られれば後ろむきのベクトルの衝撃をうけるし、攻撃を受ければ痛いものは痛い。
このままでは埒が明かない。
それより何より、ここには、間もなく榊が帰ってくる。榊を巻き込むわけには絶対に行かない。

決定的に攻撃力が不足している。それを補うツールが無いではないが、それを装着する暇が無い。

両から来る攻撃を辛うじて捌きながら、現在の状態でできることに思いを馳せ、思い至る。
取扱説明書に書かれていた追加インプットコード。試したことは無いが、コード自体は覚えている。
わずかに躊躇し、ちよは一旦オルフェノクたちと間を取り、ベルトにつく携帯をΓの形へと折り曲げ、
コードを追加入力する。

7-9-3と矢継ぎ早に指がブラインドタッチをし、最後にエンターを押す。
『EXTRA-CHARGE』

さきほどと同様のくぐもったようなその言葉と共に、先ほどの変身を再現するかのように金色のラインが
青の部分を塗りつぶすようにベルトから伸びていき、そして半ば、ちょうどガンマハートの部分で止まる。

『Γreverse・ERROR』
「きゃぅ!」

エラーという無慈悲な宣告、そして、全身を苛むことになる激痛とともに、弾かれるようにΓの変身が強制解除される。
全身を循環していたフォトンストリームが一瞬でベルトへと帰り、ちよを包んでいた力の加護が霧散する。
突如襲う皮膚の下で大量の蟲が蠢いているような、むず痒いを数百倍にしたような激痛に悲鳴と共にちよの膝が折れる。

しかし、その激痛を補ってなお余りある、生存本能がちよの体を辛うじて動けるものにしていた。
変身が解けた今、これ以上この場にとどまっていれば、殺される。

「逃げ、ないと」
涙目になりながらも、ガンマのベルトを左手に、もう一つのトランクを右手に二匹のオルフェノクから
必死で遠ざかろうとするちよ。
その耳に飛び込んでくる、聞きなれたバイクの排気音。近づき、そしてちよのすぐ近くで、止まる。
最高のタイミングといおうか、それとも、最悪のタイミングなのかもしれない。

「榊、さん・・・、逃げて・・・ください」
「ちよ、ちゃん?」

ヘルメットを一旦脱ぎ、すぐそこに半分横たわるようにして脱力しているちよと、そのちよの視線の先に
いる異形へとすばやく目を走らせる榊。
今日自分のところに遊びに来る約束をしていた美浜ちよ、そして彼女に近づくオルフェノクたちの姿を
はっきりと認識し、榊の顔に緊張が走る。あるいは、驚愕か、動揺か、それとも、恐怖か。

日ごろの彼女を知る者にとっては信じられないほど顔面を蒼白にしながらも、榊は即座になすべきことを
決断した。

「ちよちゃん、これ」
わたされたヘルメットを被り、ちよは榊の助けを得てバイクの後ろへと跨った。
すでに何度も乗せてもらっているため、ちよのほうにもぎこちなさはない。
そして、それを確認すると同時に、ヘルメットを被りなおした榊は躊躇せずアクセルを全開にした。
あらん限りの速度でその場から逃げるために。

「榊さん、追ってきますよ!」
「・・・分かってる。スピード上げるから気をつけて」

カーチェイス。片や二人乗りのバイク。片や、同じく二人乗っている乗用車。
安定速度はほぼ互角、いや、僅かに車のほうが有利だが、バイクのほうが小回りが効く。
となれば榊たちにとっての逃避行は必然的に車の通れない小道を利用することになる。
榊は付近のそういう道には結構詳しいらしく、追いかけてくる車の先読みを巧みにし、裏を書き続けて
二人の追っ手からかなりの時間逃げ回った、が。

「おかしいです・・・車に一人しか乗ってません」
後ろを向いたちよが確認し、小さく疑問を漏らす。
先ほど見たときは確かに二人乗っていた。いつ、どこで一人降りたのだろう?そして、何故?
それに二人が気付いたときは、遅すぎた。

「・・・しまった、挟まれた・・・」

榊のバイクの前に立ちはだかる、トードオルフェノク。
そして、後ろの車から降り立ち、再びその姿を変えるジェリフィッシュオルフェノク。

当然ながら、バイクで小回りと言うのは、バイクよりも早く走れ、バイクよりも小型の対象には意味を
成さない。そして、オルフェノクとはそれを可能にする数少ない存在の一つ、
車が止まった記憶はないので、途中バイクの死角となるところで飛び降りたのだろう。
うまく逃げているつもりが、いいように追い込まれていただけ、というわけだ。

「追いかけっこは終わりだな」
ジャリ、という地を踏む音、そして、間をつめるように二人のオルフェノクの感覚が狭まっていく。

バイクから降り、榊はちよをかばうように立つ。
その榊を押しのけるちよ。

「待ってください・・・もし、今わたしが二つのギアを渡したら、榊さんだけでもなにもせずに逃がして
くれませんか?」
「・・・ちよちゃん?」

「ん〜、そいつは無理だなぁ。そっちのかっこいいねーちゃんはばっちりオレのタイプだからな。
手を煩わさせてくれた償いはちゃーんとしてもらうぜぇ。
おっと、そっちのちっこいのも、良く見てみると泣き喚く顔が見てみたくなくも無いなぁ。
ま、どっちにしても、オレの気が済んだらばっちり殺してやるけどな」

地面に顔を映し、けけけと下卑た笑いをするトードオルフェノク。

「だ、そうだ」
まるで人間のように小さく肩をすくめるジェリフィッシュオルフェノク。元が人間なので当然だが。

「・・・下衆」
小さくつぶやいた榊のその言葉が聞こえたのだろう、トードオルフェノクが榊のほうに向く。

「聞こえたぜぇ、じゃぁょぉ、その下衆に散々もてあそばれて死ぬお前は一体なんなんだろうなぁ?」


ぎり、と榊の手を被う皮の手袋が音をたてて軋む。
手袋がなければ手のひらから血が出ていたかもしれない。

「ちよちゃん・・・ごめん・・・」
「な、なんで榊さんがあやまるんですか?悪いのはわたしですよ!それに・・・それに諦めるなんて
榊さんらしくありません!」
「いや・・・」

戸惑うように言いよどむ榊、それを横目で見てちよは最後の手段をとらざるを得ないことを覚悟した。
伸るか反るか。これが失敗すれば、まっているのは100パーセントの地獄。
一度試して失敗している身としては、ただ成功を、祈るしかない。
ただ、成功したとしても、この体ではたして榊を守って戦えるのか。
しかし、選択肢は、ない。

赤でスマートブレインのロゴの入ったファイズのアタッシュケースをあけ、ちよはベルトを己へと巻きつけた。
そして、同様に手に取ったファイズフォンの携帯のコードを打つ。
何をしようとしているのか悟ったのだろう、ジェリフィッシュオルフェノクが、動く。
しかし、それよりも早く、

5-5-5 enter

「お願い・・・うまく、行って・・・」
祈りと共に、ちよの手の折りたたまれた携帯がベルトへと差し込まれ、セットされる。

「Standing-by ERROR!」

しかし、運命の女神はちよには微笑まなかった。
ベルトから電撃が散り、ちよの体がベルトから拒否されたかのように後ろに吹き飛ばされる。
幸いにも榊がそれをしかと受け止めたが、すでにちよに自分で立つ力は残されていない。

「ごめんなさい・・・榊さん」
「そんなに簡単に諦めるなんてちよちゃんらしくない」

目を閉じ、蚊の鳴くような小さな涙声でつぶやくちよをバイクにもたれさせ、微笑みながら先ほどの言葉を
そのままちよに返すと、榊はそのまま地に落ちたファイズのベルトを拾い、力強く自分へと巻きつける。

ファイズフォンを開き、中に示されているナンバー、555を入力。そして、先ほどのちよの見よう見まねで
ベルトへと差し込む。その間、一秒にも満たない。

そして――――――――


「・・・変身」

『Standing-by COMPLETE!』


コ ン プ リ ー ト
『変身準備完了』の音と共に、赤き閃光に包まれて、榊の姿もまた、変化していく。
あたかも荒々しい血流を全身に漲らせる動脈のように体を走る真紅のライン。
その間から見えるソルメタル製の銀色の装甲。
黄色の複眼、黒のスーツ。Φの名を冠するライダー。
その名も、仮面ライダー、ファイズ。

「これは・・・?」
流石に予想外だったか、変貌した己の体を身、一瞬驚いたような声を上げる榊。

「これが・・・ファイズ」
ファイズから放たれる白銀と真紅の輝きを目の当たりにし、バイクにもたれ掛かったまま、ちよも
感嘆の言葉を漏らす。

「ちっ!」

ちよの変身失敗によって止めていた足を認識したか、舌打ちし再び向かってきたジェリフィッシュオルフェノクの
ほうへと向き直り、榊ファイズはバネを弾くように跳ぶ。
人という種が単独で出しうる最高速をはるかに超えた動きでジェリフィッシュオルフェノクの攻撃をかいくぐり、
その代わりに速度と体重が十全に乗ったファイズの拳がカウンターとなりその水月へと深々と突き刺さる。

その姿が交差し、そして、そのまま拳を引いた榊が思い切り先ほど殴った場所と同じ場所を蹴りつける。

しかし、それだけの動作の始まりから終わりまで、もう片方のオルフェノクがただ黙って突っ立っていた
わけでは、もちろん、無い。

「へぇ、そいつがファイズってわけ」
自分の背後、存外に近いところから聞こえた声に、ぎょっとするように振り向く榊ファイズ。
その視線が捉える、最悪に近い光景。

ちよの頭を捕らえるトードオルフェノクの姿。

「めんどくせーし、さっさと変身を解除しな。このガキの命が惜しくなかったらな」
「・・・一応わたし大学生なんですけどね」

不満げにつぶやく中、ちよの右手がそっと動き、[幸運を]のポーズを形作る。
「榊さん、ベルトのenterのボタンを!」

躊躇いも迷いもない。ただ、知っていた。
信頼できる友、そこに一転の疑問すらさしはさむ余地も無い。
反射的に榊の右手がベルトへと伸び、ボタンを押す。

enter
『EXCEED-CHARGE』

「榊さん!」

何が起きたか、理解するのはトードオルフェノクより榊のほうが一秒ほど早かった。
四肢に漲る更なる力。爆発するがごとき速度で加速し、榊は今度はトードオルフェノクの頭部へと右手の
掌底を叩き込む。さらに、ちよとトードオルフェノクの体が離れると同時、もう一撃、今度は心臓部分へと正拳を。
ちよとトードオルフェノクの致命的なまでの身長差が幸いしたわけだ。

ちよを救出したファイズの体が速度を失い動きを止めると同時、見計らったかのようにして二匹のオルフェノクは
その全身から蒼い炎のようなものを上げ、刹那の後、完全に命なき塵へとかした。

そして、一拍遅れて、変身の逆回しをするかのように榊の体を覆っていた赤いラインがファイズフォンへと収束していき、
変身が解ける。

「皮肉、だな・・・」
変身がとけた己の手を見つめ、ポツリとつぶやく榊。
そして、塵だけになった二体のオルフェノクへと視線を移し、そして、再び視線を移してちよを見つめる。

「説明して、ちよちゃん。これは、一体・・・どういうことなんだ?」

Open your azu for the next Φ's------[絶望-despare]

「今日は、お二人にオルフェノクが何たるかの、レクチャーを受けてもらいまーす」

「君が来てから、すこし春日さんも笑うようになった、かな」

「オルフェノクにとっては、人間を殺すことこそが日常なんだよ」

「てめぇっ!」

「運がよかったな!新しいオルフェノクの、誕生だ!」

―――――――戦わなければ生き残れない!

【あずまんがファイズ】
【第四話  [絶望-despare]】

【Back】

【あずまんがファイズinミネルヴァの梟に戻る】

【あずまんが大王×仮面ライダーファイズに戻る】

【鷹の保管所に戻る】
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送