あずまんが大王で仮面ライダー龍騎in蟹光線
【蟹光線】
【あずまんが大王で仮面ライダー龍騎】

(ここで……いいのかな?)
 少女は、手元の手紙に視線を落とした。
 手紙といっても、あて先も差出人も書かれていない、彼女の家のポストに直接投函され
たものだ。ピンク色の紙に、子猫のキャラクターのワンポイントがついたファンシーな便
箋。だがその内容は、必要最小限の用件と、待ち合わせの場所が書かれているだけの、味
気ないものだった。
『大切な話がある。この場所まで来てほしい』
 読み返した少女の口元がほころんだ。差出人こそ書いていなかったが、こういう便箋を
好む人間に、心当たりがあったからだ。それは、少女の高校時代の同級生であり、同時に
憧れの対象である女性。
(それにしても、何の用なんだろ? しかも、こんな場所で待ち合わせなんて……)
 そこは町外れの廃工場だった。無造作に廃材などがうち捨てられている他には何もない、
ただがらんとした空間だった。
 少女は、軽く髪をなでた。高校時代はショートカットだった髪を伸ばし始めてからの、
それは彼女のクセだった。
 不意に、背後から抱きすくめられた。
「会いたかったよ……かおりん」
 少女の耳元で、奇妙に甲高い声が、少女のかつてのあだ名をささやいた。
 手紙が、少女の手から落ちた。
「き、木村……先生!?」
 木村と呼ばれた男は、それに答えるかのように、彼女を抱く腕に力を込めた。
 悲鳴が、響いた。

 そして、その数日後。
 人影の消えた廃工場で、地面に落ちた手紙を拾い上げる、長身の女性の影があった――
榊だ。
(……?)
 周囲に警戒しつつ、手紙に目を落とす。場違いともいえる、かわいらしい子猫の絵に一
瞬心を捉えかけられたが、すぐにそんな場合ではない事を思い出した。
 榊がこの場所へ来たのは、偶然ではなかった。街中で感じたモンスターの気配を追跡し、
気が付けばこの場所へと導かれていたのだ。
 本来、モンスターは人間を襲うために、『こちら側』の世界へと姿を現す。自ら、人の
少ない方向に移動するというのは考えにくい。だとすれば――。
(……誘い出された? 誰かに?)
 彼女の思考を裏付けるかのように、キィィィィン……という耳鳴りが強くなっていく。
それは、反転世界――ミラーワールドと、この世界との境界が破られる予兆だった。
(……そこっ!)
 榊が身をかわすのと、欠けた窓ガラスからモンスターが飛び出すのが同時だった。不意
打ちに失敗したモンスターは、一転して身を翻し、再び鏡の中へ潜り込んだ。
 榊は、懐から蝙蝠の紋章が刻まれたカードデッキを取り出し、モンスターの消えたガラ
スに向かって掲げた。
「……変身!」
 榊は瞬時にして光に包まれ、異貌の騎士へと変貌を遂げる――仮面ライダーナイト。そ
れが戦士としての彼女の名だ。
 そして彼女は、ミラーワールドへとダイブした。

 ミラーワールドで榊=ナイトを待っていた影は、二つあった。
 一つは、先刻のモンスターだ。ずんぐりした体は、金色の堅牢そうな装甲に覆われてい
る。その両の腕は、人で言えば掌があるべき場所に、巨大な鋏がついている。おそらく、
容易に人の首などは切り落としてしまうだろう。
 だが、本当に問題なのはもう一体だ。
 男性とも女性ともつかない細身のシルエット。体の要所を覆う金色の装甲。そして腹部
に装備されたベルトとカードデッキは、あきらかに榊のそれと同じものだ。ただ、描かれ
ている紋章が蟹を模した物である以外は。
「仮面……ライダー!?」
 彼あるいは彼女もまた、ちよからカードデッキを授けられた者なのだろうか。だとすれ
ば、やはりかつての友人、あるいは先生か……。
 榊の戸惑いに乗じるかのように、金色の仮面ライダー=仮面ライダーシザースが、ゆら
りと動いた。まるで陽炎のように捕らえどころのない、どこか病的な、しかしすばやい動
きだ。
「くっ!」
 先手を取られた。無言のまま、シザースは攻撃を繰り出す。ナイト=榊は持ち前の動体
視力でそれを凌ぎきっているものの、明らかに戦いの主導権はシザースの元にあった。
 ナイトは後方に跳躍して間合いを取り直し、バックルからカードを引き抜いた。
《ソードベント》
 ナイトの契約モンスター、ダークウイングが飛来し、彼女の手に巨大な槍、ウイングラ
ンサーをもたらす。
 応じるかのようにシザースもカードを取り出し、左腕のバイザーにセットした。
《ストライクベント》
 シザースの右腕に、モンスターのそれと同型の巨大な鋏=シザースピンチが装着される。
(迷うな……榊!)
 自らを奮い立たせながら、榊はランサーを掲げて突進した。

「はぁっ!」
 気合一閃、ナイトのランサーが突き出される。しかしシザースはそれを鋏で受け止め、
ひねる様に受け流した。体勢の崩れたナイトを、シザースの左腕のバイザーが一撃する。
 榊はわずかにひるんだものの、再び体勢を立て直し、反撃に転じた。巨大なランサーを
突き出し、振り下ろし、すくい上げ、一文字に薙ぐ。ときにフェイントを交えつつ繰り出
される、それは暴風のような猛攻だった。
 しかし、その渾身の攻撃は、どれひとつシザースの体を傷つける事はなかった。すべて
の攻撃がかわされ、受け流され、跳ね返されたのだ。
(私の動きのクセを……読んでる!?)
 榊の一瞬の隙を突いて、シザースピンチがウイングランサーを捕らえ、跳ね飛ばした。
榊はとっさに距離をとり、シザースの反撃を避けた。
「やっと……誰だか、解った」
 失ったランサーの代わりに、左腰の召還機・ダークバイザーを手にとる。それを構えな
おしつつ、榊は言った。
「……かおりん」
「……気付いてくれて、嬉しいです……」
 金色の異形の仮面から漏れた声は、それに似合わない、愛らしい少女のものだった。

「どうして……」
 榊の問いかけを無視して、かおりん=仮面ライダーシザースは、言った
「私ね……榊さんに、ずっと言えなかった事があるんです」
 地に足がついていないような……現実から遊離したような声だと、榊は思った。
「榊さん……あなたの事、好きでした……あはは、おかしいですよね、女の子同士で好き
だなんて……」
 榊は答えなかった。答えられなかった。
「私も……いつか終わるんだ、って思ってました。いつか普通に男の人に恋をして、普通
に結婚して、普通の人生を送るんだって……思ってた。なのに……」
 傍らに控えるモンスターに近づき、いとおしそうにその黄金の体躯を撫でた。
「この子……かわいいでしょ?ボルキャンサー、っていうんですよ。この子はね、私を助け
てくれたの」
「助けた?」
「私を襲おうとした木村をね、食べちゃったの」
「……!」
 榊の神経に、凍てついた風が吹いた。

「だからね……私、もう男の人が好きになれそうにないし……好きになった女の人が、男
に汚されるのにも、耐えられない……」
「だから、戦う……?」
「そう。だって、榊さんには綺麗なままでいてほしいもん……ずっと、ずっと、ずっと」
 金色の仮面の後ろに、静かにたゆたう狂気を、榊は確かに見た。
「……でも、私にだって、勝たなきゃいけない理由が……ある!」
 二人は同時にカードを引き抜き、同時に装填した。
《ファイナルベント》
《ファイナルベント》
 巨大な翼を羽ばたかせてダークウイングが飛来し、ナイトの翼となる。一体と化したまま、
ナイトは空中高く舞い上がり、螺旋を描くようにスピンして、巨大なポテンシャルを秘
めた矢となる。
 ボルキャンサーの剛腕がシザースの体を持ち上げ、跳ね飛ばす。高速落下による空気と
の摩擦がシザースの体表を燃え上がらせ、その体は生ける隕石となる。
 二つの弾丸は、二つの雄叫びと共に、空中で激突した。
 宙に爆炎の花が咲いた。

 二人は、体から蒸気を立ち上らせながら、地上に降り立った。
「くっ……!」
 ダメージに耐え切れず、先に膝を折ったのは、ナイト=榊だった。
「痛いの? 榊さん」
 静かに、シザース=かおりんが歩み寄ってくる。
 巨大な鋏を掲げたまま、静かに。
「かわいそう……大丈夫です、すぐに……痛くなくしてあげますから」
 言いながら、鋏を頭上に振り上げる。それが自分に振り下ろされる事を、榊は覚悟した。
 しかし……。
「……!? な、なに……これ?」
 シザースの体に異変が起こっていた。身を包む装甲が粒子化し、塵芥と化して消えていく。
腕が、足が、頭が露出し、生身の少女の体がミラーワールドの空気にさらされた。
 その足元には、砕け散った彼女のカードデッキが散乱していた。ファイナルベントの激
突の衝撃が、彼女のバックルを直撃したのだ。
 そして異変は、シザースだけではなかった。ボルキャンサーもまた、かつての忠実な下
僕たりえなくなっていた。
 ライダーとモンスターの契約は、コントラクトカードによって交わされる。カードを失
えば契約も消え去る。そして、契約を失ったモンスターとライダーの関係とは、つまり――
捕食者と、餌だ。
 呆然と立ちすくむ彼女を、ボルキャンサーの鋏が捕らえた。榊は助けに動こうとしたが、
体へのダメージが大きく、思うように動けない。
 ボルキャンサーの口吻が、彼女の頭を捕らえた。
「やめろ――っ!!」
 榊が叫んだ。
 そして、まるでそれに答えるかのように、ボルキャンサーの動きが止まった。

(まさか!?)
 驚きつつも榊はその動きを止めず、ダークバイザーを一閃させた。剣光は、ボルキャン
サーのくわえていた髪を狙いたがわず両断し、はらはらと舞い落とした。
「ダークウイング、彼女を!」
 巨大な蝙蝠の足が、気を失ってくずおれるかおりんの体を受け止め、そのまま空へ舞い
上がった。ダークウイングのスピードなら、彼女の体が粒子化する前に、このミラーワー
ルドから連れ出す事ができるはずだ。そう榊は判断したのだ。
 ダークバイザーを手に、榊はいまだ凍りついたままのボルキャンサーに対峙した。
(どうして、急に動きを?)
 その思考に答えるかのように、か細い思念の声がささやいた。
(助けたかった)
(え……!?)
 契約を交わしたモンスターとライダーには、一種のシンパシ能力ーが存在し、ある程度
互いの考えを伝え合う事ができる。しかし、こんな風に別のモンスターの思考が伝わって
くるなど、初めてのことだった。
(彼女に……伝えたかった。気をつけろ……と)

 榊は、唐突に全てを理解した。この思念は、目の前のモンスターのものではない。かつて
このモンスターに喰われた生命の残り火なのだと。それはモンスターの体内で静かにくす
ぶり続け、そして今、体の主導権を乗っ取ったのだ。
 そう、彼は少女を襲おうとしたのではない――助けようとしたのだ。自分の体を盾にして、
このモンスターから。
(気をつける?)
(……禁じられた実験……時間と、空間……ちよ……ならば……輪廻……危険……)
 思念の声が、急速に力を失っていく。それに伴って、ボルキャンサーの体が、支配に抗
うかのように、ゆっくりと動き始める。
(教えてほしい、あなたは何を知ってる!?)
(……殺せ)
(!?)
(僕が……人の……うちに……)
 ボルキャンサーが、天に向かって吼えた。
(殺せ……早く…………殺せ………………せ…………)
「うわあああああーっ!!」
 榊=仮面ライダーナイトは、絶叫と共に、ダークバイザーを腰だめに構えて突進した。
狙いはただ一つ、装甲と装甲の継ぎ目――。
 吸い込まれるかのように、それはボルキャンサーの急所を貫いた。
(マイワイフと……娘に……愛していた、と……)
 次の瞬間に生じた爆発が、彼の遺言を吹き飛ばした。
 爆風を浴びながら、榊はつぶやいた。
「ありがとう――木村先生」

 廃墟の中で、少女は目を覚ました。
 周囲には、何の気配もなかった。人も、もちろんモンスターも。
 ひびわれたガラスの向こうには、もう鏡の中の世界は見えなかった。
 少女は、髪を撫でようとして――そして、伸ばしかけていた髪が、また短くなっている
事に気付いた。
 涙は、出なかった。

 この日。
 一人の戦士が、戦いの舞台から脱落し、
 一人の少女が、生まれて始めての、失恋をした。
                            <<FIN>>

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【作者あとがき】

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