あずまんがー龍騎!
【あずまんがー龍騎!】
【最終話 : ずっと、いっしょ】

【Act09 : 壊れた世界からの生還者】

次に神楽が目覚めた時。戦いは終わっていた。

マジカルランド近辺全ての住民に避難誘導が行われる中、そこにいた人達は見た。
始まりと同じく唐突に異質の存在が鏡のように砕け散り、消えていった姿を。
暫らくは同様の事件の発生が危惧されていたが、未だ何も起きていない。
 
人智を超えた存在が消え去ると同時にある企業の特殊部隊によって迅速な救助
活動が行われ、マジカルランド内の死傷者は全てその企業付属の病院にて
手厚く看護された。神楽もまた他の人同様に回収され、今に到る。
 
「ん…」
 
起き上がったばかりの神楽はそのことを知らないが、神楽の覚醒に合わせて
個室に付属されているテレビの電源が唐突に入り、事件の番組が流れ出した。
 
「…それでは今回の事件についてOREジャーナルの大久保さん、お願いします」
「まずは今回の事件で犠牲となった人達に黙祷を。…真実の探求を目的としている
 私達OREジャーナルでは、今回の事件の中心となったマジカルランドが
 この事件に直接関連している可能性は少ないと断定しました」
「それはどういった見解からでしょうか?」
「はい、私達は今回の事件が単発的な事件なのではなく以前から発生していた
 ある複数の事件の延長線として捉えて考えています。そう、以前から
 発生していたある日突然消える、証拠のない連続誘拐事件です」
 
テレビに映し出された人物が連続誘拐事件に遭遇した人が消失する直前に悲鳴を
挙げていたこと、鏡の中から何かが飛び出してくる姿を目撃していたという証言や
その飛び出してきたとされるもののスケッチや鏡の中に何かが映っている写真、
今回の事件に登場する異形の怪物の写真を並べ、その類似性を述べていた。
 
「…なるほど。それではOREジャーナルではこの事件は証拠のない
 連続誘拐事件が局地的に拡大して行われたという見解なのですね」
「はい」
「そしてその犯人がこの異形の怪物だと」
「はい」
「………信じ難い話ですが、その説で何故この異形の怪物達は消えてしまったのか、
 また同様の事件が発生するのかどうかについてお尋ねして宜しいでしょうか?」
「はい。実は連続誘拐事件の調査を行っている際、巻き込まれたという
 人達からの証言の中に興味深い共通点があったのです」
「それはなんでしょうか?」
「はい。鏡から飛び出してきた何かに襲われそうになった時に少女と呼べるような
 年齢の子が助けてくれたと。更に、これは私も信じ難いのですが、鏡の中に
 連れ込まれた時に仮面を被った人が助けてくれたということです」
「…はぁ」
「勿論真偽は定かではありません。只、一連の連続誘拐事件に関与している可能性の
 ある少女や仮面を被った何者かによって今回の未曾有の事件が喰い止められた
 事で結果として異形の存在が消えた…と考えることも可能だと…」

立ち上がって神楽はテレビを消した。自分の掌を見つめ、
両手を交差させて自らの肩を抱きながら声を殺して泣く。

「私にもっと力があったら…私がちゃんと皆を止めていたら………なんで私って
 いつもこうなんだろう…最後の戦いだって………そうだ……そうだ、智は!!」

突然、扉が開かれた。
 
扉を開ける音に反応して神楽が顔を上げると2人の来訪者がいた。
1人はスーツをきちんと着こなした身なりの良い男性である。
男性は神楽を真っ直ぐに見つめながら口を開いた。
 
「神楽さん、ですね?」
「そうだけど…あんたは誰だ?」
 
自分の名前を自分が知らない誰かが知っていることに戸惑いながらも返事をした時、
もう1人の人物が神楽に近付いてきた。黒い礼服を着想した男性と対照的に
ぴったりとした青の服を纏うミニスカートの女性が艶やかに笑っていた。
 
「は〜い、神楽ちゃん☆私がちゃーんと今までのことを説明しますね★」
 
そして神楽は自分がマジカルランドで発見され、負傷者としてこの病院で治療を
受けていたことを知った。2人は病院と連携している企業から派遣された者らしい。

「ところで神楽さん」
「なんだよ」
「事件について何か憶えていることとかありせんか?」
「…いや、悪いけど何も知らねえ」
「そうですか…それは残念です」

残念そうな口調ではあるがそこまで期待していなかったのだろう。この話題は
あっさりと終わり、次に男性が礼服の内ポケットからある物体を取り出した。
知らない者が見れば名刺ケースを連想させるそれが、神楽の前に現れた。
 
「それでは次に神楽さん、これを…」
「なんでそれを持っているんだ!?」
「ほお。これが何であるのか神楽さんは知っているのですね」

男性は影のある笑みを浮かべた。

「マジカルランドでの証拠品として部下から提出されたのですが、残念ながら用途が
 解らずに困っていたのですよ。どうやら…神楽さんはこれが何であるのか、
 知っているみたいですね。これは提案なのですが…どうでしょう。
 私にこれの使い方を教えてくれませんか?」
 
それは、傷だらけのカードデッキだった。

「その前に答えろ!」
「…何でしょうか?」
「それが落ちていた近くに誰かいなかったか? その…私ぐらいの年齢の女の子だっ!」
「………」
「頼むっ! 教えてくれ! どうしても逢わなきゃいけないんだ!」

男性は暫し沈黙を守っていたが、なおも同じ質問を繰り返す神楽の切実な様子に
胸を打たれたのだろう。カードデッキの情報提供を条件とし、企業機密として
扱われている救助者に関する情報を男性は神楽に伝えることを約束した。

「…で、あとはさっき教えた言葉を鏡の前で言えばそれは使えるよ」
「なるほど。そういう風に使うものだったのですね…神楽さん、ありがとうございます」
「別に礼はいいよ。それよりさっきの質問に答えてくれ」
「ええ。約束どおり神楽さんの質問にお答えしますね。実は神楽さんぐらいの年齢の
 女性を1名、これが発見された場所で救助したという報告を部下から聴いています」
「ほ、本当なのかそれ!?」
「ええ。私もその女性を確認しましたので間違いありません。ですが…」
「ですが…な、なんだよ。私だって教えたんだ! あんたもちゃんと教えてくれっ!」
「……ですが、その女性は今も眠り続けているのです」
「!」
「場所は…」

神楽が治療を受けている個室からそう遠くない場所で智と想われる人物が眠っていると
男性から告げられ、神楽は駆け出した。完治していない傷の痛みも、2人の来訪者の
ことも意識の外へと消える。確かめなければ。その想いが神楽を支配していた。
 
「元気な女の子って可愛い☆」
「そうですね」

燃え盛る炎のように扉の外へと消えていった神楽を見て、女性はそう呟いた。
プランクのカードデッキの中にタイムベントのカードを収納し、男性も同意する。

「神楽さんのおかげで彼に会う為の方法が遂に解りました。スマートレディ、このことは…」
「社長には秘密、ですよね★」
「ええ。…あとのことは頼みます」
「はぁ〜い☆」

鏡にカードデッキを向けて鍵としての機能を認証させて出現したベルトにカードデッキを
装填し、別世界への侵入と活動を許可する鎧を具現化させる為、村上は音を発す。
神楽から教わった言葉であり自分の野望を叶える言霊に万感の想いを込めて。

「…変身」

蝶が舞う中、1人のライダーが鏡の中へと消えていった。

【Act10 : いつまでも続く夢現へ】

「おい…おい智! 起きろ!」

いつもの懐かしい声に呼び掛けられて智は目を覚ました。時計を見上げればもう放課後であり、
夕陽が射す教室に残っているのは帰宅しないで眠っていた智ともう1人の人物だけだった。
寝ぼけた頭、ぼやけた視界が急速に現実へと返り、智はその人物の名前を告げた。

「よみ…」
「目ー覚めたか? ほら、さっさと帰るぞ」

顔を上げた智を見て暦は鞄を取りに自分の机へと向かう。暫らくの間、
智は視線だけできびきびとした暦の動きを見ていたが不意に涙が滲んだ。

「あれ…?」
「ん? どうした智?」

何故だろう。辛いこと、悲しいことがあったような気がするがそれを想い出せない。涙だけが
流れ落ちようとするが、自分にも解らない理由で泣いていることを暦が知ったら不審がるだけだ。
慌てて滲んだ涙を手の甲で拭い、椅子から立ち上がった智は近付いて来た暦にいつもの調子で応える。

「なんでもねー! それより早く帰ろうぜ!」
「それは私の台詞だ」

暦が少しばかり厭きれた顔をしているが気にしない。暦とは気心の知れた関係なのだから。
教室から勢い良く飛び出した智は振り返って暦を呼ぶ。暦は苦笑しながら静かに扉を閉めた。

………
……


「はい、暦ですが」
「よみー? ともちゃんだよー」
「…なんだ、ともか」
「あ、折角電話したのになんだ、ともかはないだろー」
「はいはい。で、何の用事だ?」

その日の夜。晩御飯を食べ終えた智は暦の家に電話を掛けた。
呼び出し音が数回鳴り、予想通り暦が出て返事をした。
ただそれだけのことが、今日は妙に嬉しかった。

「…でさー、大阪ってよーく見ると休み時間にも妙なことしているの知ってた?
 この前も机に耳を当てているから何しているんだ?って聞いてみたら

『智ちゃん、机からむーって音が聞こえるんやけど、もしかして机も生きているん?』

 …って真面目な顔をして聞いてきたんだよ」

「へぇ。それでおまえはなんて答えたんだ?」

他愛ない会話が続く。高校生活は始まったばかりであり、同級生達の仕草や
会話の傾向を共有することはこれからの高校生活にとってプラスになる。
歩に関する話を伝え終えたところで、智は暦が出す話題を待った。

「なぁ、智」
「ん?」

優しく語り掛ける暦の声が受話器から響く。
次に聞こえた問いは不思議なものだった。

「…おまえは、これからどうするんだ?」
「へ? 電話が終わったらもう寝るよ」
「そうじゃなくてこれから先、どうするんだ?」
「えーっと、将来のことか?」
「それもあるが…いや…なんでもない…」
「なんだよーはっきりしろよなー」
「まったくだな…」
「? 変なのー」
「すまない。今日はもう寝る。おやすみ」

暦はそう告げると、智からの返事を待たずに電話を切った。

「ちえー…なんだよ、よみのやつー。急にこれからどうするかなんて聞いてくるなんてー。
 しかも返事も待たずに電話を切るなんて。よみは失礼なやつだー」

智は口をとがらせながら電話の子機を元の位置に戻してベッドへとダイブする。
ベッドの上で目を瞑りさっきの暦の言葉を考える。煮え切らない暦の態度に
違和感を感じたが、智は頭に霞が掛かってくるような感覚に襲われた。

「あれ? 寒いのかな? なんか身体が震えている…よしっ! もう寝よっ!」

こういう気分になったのも先程の暦の質問のせいだと智は結論付けて明日の朝、
暦に文句を告げようと決めて瞳を閉じたら途端に睡魔が襲い意識がぼやける。
まどろみの中、智が考えるのは明日からの平和な日常のことだけ。

(そうだよ…私は…もう……それだけを…考えていれば良いんだ………)

………
……


電話を切った暦は複雑な面持ちで智のことを考える。これからの高校生活は、
智が望むかぎり続くだろう。果てなく続く御伽噺。暦は何も告げられない。
最後のライダーとして生き残った者の願いが聞き届けられたのだから。

「だがこれはおまえの夢に過ぎない。智、私だって本当は…」

机には緑のカードデッキ。だが本当は砕けている。
窓にはマグナギガ。だが本当はもういない。
そして自分自身もまた本当は…。

暦は窓の向こうに映る、虚無の月をいつまでも見上げていた。

【Act11 : 伝令はかくも語りけり】

無限の煌きを燈すディメイションホール。総てのミラーワールドの支配者たる神崎士郎は
過去からも未来からも現実からも視線を背け立っていた。背後に聴こえるは足音。
其の音を耳にし全てを否定し存在していた士郎は顔を上げて重々しく呟いた。

「…やっと来たか」

1人のライダーの姿がそこにある。未契約の状態で神崎士郎へと闊歩してくる。
それが当然であるかのように士郎の前へとライダーは歩み寄り、声を掛けた。

「お久し振り…とでも云うべきでしょうか?」
「…」
「失礼。そんなことはどうでも良いことですね。まずは貴方との約束どおり、
 結末をお伝えましょう。私がこのカードデッキを手に入れた段階で
 異なる次元空間であるミラーワールドは崩壊していました」
「…そうか」
「ええ。そして神崎優衣さんという人物の存在もまた確認できませんでした」
「………」

長い沈黙が続く。ライダー同士戦わせて生き残った最後のライダーの生命力を奪い、
優衣に与える士郎の計画は幾度目も失敗に終わっている。今回、士郎は望まない方向に
計画が進展した際の救済措置としてのタイムベントを第三者に渡しており、結末を先に知った。

「この世界でも駄目だったか。…まぁ良い。次の世界を探すだけだ」

全てに興味を失った瞳で鏡の壁を見つめる士郎。反射して映し出されるは無限の世界。
躊躇なくまた次の世界へと歩を進める士郎の背中に向けてライダーは情報の代償を求めた。

「お待ちください」
「…」
「まだ私との約束が果たされていませんが…」
「情報の代価はカードとデッキだ。それ以上に何を求める?」
「私はこのカードの本当の使い方を知りません。それを是非とも教えて頂きたいのですが」
「…断ると云えばどうする?」

―――約束を守ったとはいえお前にそれ以上のことをするつもりはない

士郎の瞳がライダーに向かってそう告げていた。士郎と単なる未契約のライダーとでは
勝負にすらならない。その差に加えて先程告げられた言葉が何度目になるか解らない
失望感を士郎に与えており、目の前の人物を粉砕したい暗い衝動に駆られていた。

「これはこれは。如何なる状況であっても支配者たるもの悠然とするべきだと想いますが」

だが不思議なことに士郎からの圧力をものともせずに目の前のライダーは平然としていた。
戦うことになっても自分が決して負けないと確信している者だけが放つその最強の風格。
ここで初めて士郎は、伝達として依頼しただけの目の前のライダーに興味を持った。

「おまえは何者だ?」
「今の私は貴方が云う単なる仮面ライダーですよ」
「そうだ。単なる仮面ライダーにすぎない。だがどうしてそこまで強気になれる?」
「貴方にもあるように私にもこうした状況に備えた切り札を幾つか持っておりましてね」
「…面白い」

士郎の変化した感情に呼応して背後にゴルトフェニックスが現れる。次いでライダーに
見せ付けるように手中にカードデッキを構築する。運命を司るオーディンのデッキを。
圧倒的な力の差で押し潰す士郎の考えが提示され、ライダーは軽く首を振った。

「ふぅ…どうしても約束を履行してもらえないのですね?」
「ああ。おまえがこの状況で何をするのか興味がある」
「もし、私が貴方の興味以上のことを出来た場合はどうしますか?」
「タイムベントの使い方を教えよう」
「…それだけでは足りませんね」
「…何」
「タイムベントの使い方、そして…変身の原理についても教えて頂きたいですね」
「………良いだろう」
「ありがとうございます」

言葉の遣り取りが終え、命の遣り取りが始まる。

士郎は最強の仮面ライダー、オーディンへと姿を変えていき、未契約のライダーは変身を解除する。
途端、村上の周辺から自己情報の粒子が放散していくが直ぐに止み、視線がオーディンに語った。

―――さぁ、いつでも来てください!

《ソードベント》

両手に出現するゴルトセイバー。オーディンは一呼吸の間もなく村上の背後へと移動し、斬りつけた。
引き裂かれた村上の背中が瞬時に薔薇の吹雪へと変わり、オーディンの周囲を取り巻いていく。
薔薇が接触した部位を損傷させながら華の牢獄を抜けた時、それが目の前に立っていた。

―――ローズオルフェノクが。

「それでは始めましょうか…お手柔らかにお願いします」

【Act12 : …諦めないで】

病的なまでに真っ白い部屋。ベッド、来訪者の為の椅子、そして机とテレビ。
先程まで神楽がいた場所と同じ質素な部屋のベッドの上で。智は眠っていた。

「智!」

駆け寄り手を握り締め声を掛けるが反応がないが、シーツの上から上下に胸が
動いているのが見えて生きていることはわかる。神楽は肩の力が抜けホッとした。

「智………生きているんだな……本当に………良かった………」
「かーぐらちゃん★」
「うわっ! …なんだよ急に…って抱きつくなっ!」

智の安否を知って油断していた神楽の背後からスマートレディが抱きついた。神楽は
振り解こうと身体を左右に動かすが、スマートレディは微笑みながら離れようとしない。

「実は神楽ちゃんに智ちゃんに関する哀しいお知らせがあります☆えーん、可哀想★」
「…?」
「えらーい偉いお医者さん達が智ちゃんを診断した結果、智ちゃんは眠っているそうです☆」
「なんだよそりゃ…見りゃわかるだろー普通に。良いから離れろって」
「ぶぶー★智ちゃんは、これから先も起きない可能性の方が高いそうです☆」
「!!」

勢い良く神楽は振り返ったがすでにスマートレディは扉に持たれ掛かっていた。どこか遠くを
見つめるような仕草をしてスマートレディは視線を合わせない。仕方なく神楽から追求する。

「どういうことだよ!」
「智ちゃんはー夢を見ているそうです★」
「夢…?」
「はい☆これからもずーっとずーっと覚めない夢の世界で智ちゃんは暮らすそうです★」
「そんな……で、でも起こす方法ってある筈だろ!?」
「ん〜〜〜☆」

スマートレディは人差し指を口に当てて暫らく考えていたが、神楽に背中を向けて呟いた。

「毎日話し掛けたらどうでしょうか」
「そ、それだけ?」
「…ごめんね、神楽ちゃん★」
「そんな…そんなのってねーよ…やっと何もかも終わって…これからは…皆の分も……
 皆の分も、智と一緒に頑張ろうって……それなのに…それなのに……っ!!」

神楽は声を押し殺して泣き出し、涙が智の腕を伝う。それでも何の反応もなく智は眠り続けている。
語るべきことを語ったスマートレディは歩き出した。決して病室を振り返らず無表情のまま。
音もなく扉が閉まり、神楽と智は白い病室に取り残された。何もない…平和な世界に。

「智…私は…私は……うぅ…うわああああああああ……っ!!!」

今度こそ声を出して神楽は泣き続けた。たくさんのものを失って
戦い続けた結果、いつ覚めるとも知れない眠りの中に智はいる。
自分だけが現実へと還った事実に神楽は耐えられなかった。

「…ーオ」

どれくらいの時間が過ぎただろうか。ベッドに突っ伏していた神楽は懐かしい声が
聞こえた気がして顔を上げた。その微かな音はまだ続いている。どうやら窓の向こう、
芝生が広がる庭園らしき場所から聞こえるので、神楽は窓を開けて声の正体を確かめた。

「ミャーオ」

それは。

「…マヤー…おまえ…生きていたのか…」「ミャーオ」

大切だった友人の、大切な友達。

窓下から鳴き声を発していたマヤーは神楽が窓を開けると同時に智の病室へと跳躍した。
部屋に入ったマヤーは智の枕元へと向かい、暫らく智の顔を見つめたあと神楽に振り返った。

「ミャーオ」

―――マヤーは…優衣さんのお兄さんに連れて行かれたんだ…

無口な友人が語っていた言葉が想起される。それ以上の言葉は必要なかった。あの日から
マヤーを士郎から連れ戻す為、榊もまた神楽と同じく苛烈な戦いを続けていたのだろう。

そして…榊は己が願いを叶えたのだ。

「榊…マヤー…みんな…みんな…私は………っ!!」

想いが溢れ言葉は出せず涙だけが終わらない。泣き続ける神楽をマヤーはじっと見守る。
それはまるでかつての友人のように。止め処なく流れ続ける涙を強引に拭いた神楽は。

真っ直ぐな目で眠り続ける智に語った。

「智…私は…私はみんなの分も頑張るよ。みんなの分も頑張って幸せになってやる。
 そして生き残ったおまえだってこっちで幸せにならなくっちゃいけないんだ。
 だから…だから、おまえが目を覚ますまで、私は毎日見舞いに来るからな。
 いま幸せそうにグースカ眠っている分、起きたらその時は覚悟しやがれ」

神楽は軽く智を叩いた。それで挨拶は終わり。

神楽はマヤーを連れて行くべきか迷って病室を見渡したがすでに退室したあとだった。
マヤーの敏捷さに苦笑しながら神楽もまた立ち上がって智の病室の扉へと歩き出し、
新しい世界と繋がる扉に触れながら神楽は智に向かって振り返って告げた。

「とも………またな」

【Act13 : 夢の終わり】

戦いは終わり、傷痕だけが残る。全てが過去へと消えていき、新しい未来が創られていく。
だが仮面ライダーだけが戦うのではない。神崎士郎だけが運命に干渉する訳でもない。
生きようとする意志の前に様々な困難が、諦めたくなる事象がいつかまた現れる。
それでもなお前に進むことを決して止めない意志が新しい物語を紡いでいく。

生あるかぎり、物語は紡がれる。

………
……


「…とも、おいとも!」

まどろみのなかに自分を呼びかけるどこかで聴いた声。懐かしいその声を求めて
ずっと何かをしてきたような気がするが、無性に眠くて起きる気になれない。
呼び掛けは長い間続いているみたいだが智は無視することにした。

「時間がないっていうのにこいつは…!」

智の頭に衝撃が奔った。眠れる智に向かって呼びかけていた相手が薄い長方形の
物体を力いっぱい投げ付けたのである。激痛に想わず智は飛び上がった。

「!?!? いってーーー!!! …なんだよもー! 
 せっかく人が気持ちよく眠っていたっていうのに!」
「…やっと起きたか。おはよう」

ぶっきらぼうに答える暦に抗議しようとした智は違うことに気が付いた。

「ねえ、よみ」
「なんだ」
「ここってどこ?」

自分とよみ以外は光も音もなにもない真っ暗な世界。暦もまたこの闇の中に
飲み込まれてしまうような不安に襲われて暦の元へと近付こうとした智は。

「…あれ?」

歩いても歩いても暦との距離が埋まらないことに違和感を感じた。
気のせいか寧ろ距離が広がっていく。遠ざかる暦が口を開いた。

「ここは…ここはおまえが望む夢の世界、だった」
「私の夢の世界ー? …よみー、あんた夢見すぎだよ?」
「………私やおまえがどうなったか、思い出してみろ」
「どうなったって………いやだ………思い出したくないよ…」
「思い出せ!」
「いやだ! 思い出したら…思い出したらよみがいなくなる気がするから絶対ヤダ!!」
「…! …このバカ! これを見ろっ! 来い、マグナギガ!」

暦は先程投げたゾルダのデッキを拾い上げ手に翳す。暗闇の世界でも光を放ち続けている
それは契約者の意図通りに鋼の巨人、マグナギガを召還する。現れでた巨人は忽ち
幻影という朧げな姿へと変わり、暦の姿も不確かなものへと変わりつつある。

「それって………!! それじゃあやっぱりよみはもう………やだよ……冗談、だよね………?」
「…冗談なものか。私は…今の私は、おまえの中の…かつての記憶だ」
「…」
「…おまえの最後の願いは私がいる世界だった。だがそれは…」
「それは、叶えることができなかったんです…」

暦の後ろからちよが現れる。ちよもまた暦と同じく希薄な姿で俯いていたまま告げた。

「ちよちゃん!」
「…私は、サイコローグを通して3つの願いを叶えようとしていたのです。
 1つは榊さんの願い、1つは神楽さんの願い、そして最後の1つは…
 智ちゃんの願いです。ですがそれは…最初から無理だったんです」
「…それでもちよちゃんは、おまえの願いを叶えようとしたんだ」
「だったら…どうして私の願いが終わっちゃうんだよ!」
「………」
「ちよちゃん! なんでなんだよ!」
「…ごめんなさい」

謝るちよに向かって更に言及しようとする智の前に、また1人かつての友人が現れる。

「世界を維持するには、たくさんのエネルギーが必要になる」
「榊さん…」
「これ以上この世界を維持したら、命が…。だからちよちゃんは…」
「その命って…私の命ってことなの?」
「………うん」
「でも、私は確か…最後の戦いで…神楽のファイナルベントを受けて………」
「…智。いいかよく聞け。おまえは…死んでいない。死んでいないんだ」
「え…?」

暦の言葉で智は最後の戦いの結末を想い出す。

サバイヴの力で増幅された龍騎とナイトのファイナルベントは2人を吹き飛ばした。立ち上がった
智は激痛に苦しみながらも動かない神楽を振り切って目の前にあった輝く力へと近付いて行き…

「そうだ。私は神楽に勝ったんだ。それから…?」
「おまえはずっと…眠り続けているんだ…命を削り続けて、な」
「………」
「ごめんなさい、智ちゃん。本当に、ごめんなさい……」
「…良いよ」

ひたすら謝り続けるちよを辛そうに見つめる榊、そして視線を逸らさない暦に智は叫んだ。

「良いよ別に! 前みたいにみんなで一緒に暮らせるなら私の命なんか!」

泣きながら叫ぶ智に何もしてやれない絶対的な距離が暦には悔しかった。自分の死が
原因で智は仲間と戦い、傷付き、そして眠りに堕ちたというのに何もできない。
今の自分達にできることは、智を眠りから目覚めさせることだけなのだ。

そしてそれはちよや榊、他の誰でもなく智が共に在ることを望んだ暦にしか出来ないこと。

「智、私はもう…いいからおまえは…」

説得を続けようとしたよみの声を智の声が遮った。

「…だ …やだ… ………ぜったいに………いやだ!!!!」
「智…」

智は走り出した。埋まらない距離を埋める為に。失ったものを取り戻すために。
だが願えば願うほど、走れば走るほどによみやちよ、榊達が遠ざかっていく。

「なんで! なんで遠くにいくんだよ! よみ…よみーー!!!!」
「…時間切れってやつだ。最後に…少しだけでもおまえとまた一緒の生活ができて…楽しかったぞ」
「いやだ! よみ、私を置いて何処かにいったら一生恨むぞ!」
「…その台詞なら少し前にも聞いたが…ありがとな」

暦は少しばかり苦笑したが、これ以上時間がないことを感じて実力行使を行うことにした。

「智…おまえがどうしても自力で起きないなら…いつもみたいに…私が、起こしてやる」

《シュートベント》

暦は虚空からゾルダとして戦っていた際に愛用していた遠距離用の砲撃銃、
ギガランチャーを呼び出し、暦はゆっくりと智に照準を合わせた。

「なんだよそれ! そんなことまでしてよみは私と一緒に居たくないのかよ!」
「一緒に過ごしたいさ」
「それならなんでなんだよ!」
「………。おまえには…おまえには、死んで欲しくないからだ」
「………」
「…とも、おまえは神楽と戦うなんて本当にバカなことをやったけどさ…
 私は………ちょっとだけ、嬉しかったよ。ありがとう」
「…よみぃ…」
「これからは、幸せにな。良いか、私や皆の分も絶対に幸せになるんだぞ」
「よみ!!!」
「またな」
「よみぃぃぃ!!!!」

………
……


その日。

いつもどおり病室へと来訪し、マヤーを横目に今日あった出来事を眠り続けている
智へと話し続けていた神楽は智が突然目を開けたことに最初気が付かなかった。
やがて神楽は力いっぱい智を抱きしめた。仲間達の分まで強く、強く…。

2人の物語はこれからも見えない意図で紡がれていく。
生あるかぎり、物語は紡がれていくのだから…。

【あずまんがー龍騎! 完】

【あずまんがー龍騎!】
【あとがき】

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【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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