仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第十四話】

登場人物(今回出演者のみ)

《前回までのあらすじ》

 神楽(=仮面ライダータイガ)は、彼女をライダーと知らずにモンスターの餌にしようとした須藤
(=シザース)をライダーバトルで撃退し、窮地の智を救わんと急いた。途中、他のライダーの奇
襲で大怪我を追いつつも、どうにか現場へと駆けつけたが、そこには意識のない智と浩子を抱え
て途方にくれる春日歩がいるだけだった。
 ――実は智らを襲った不良たちは、歩の操るモンスターによって始末された後だったのだ。
 その事実を知らないまま、憎っくき犯人どもの痕跡を探らんと飛び出した神楽は、ケガと疲労で
衰弱しているところを、再びシザースに襲われ大ピンチに。あわやの所を榊(=龍騎)に救われ、
彼女の腕の中で意識を失う。
 だが、そこへやってきた歩は、旧知であるはずの榊を見ていった。
「あんた、誰や? 私のよう知っとるひとにそっくりやけど…………違う」と。

<承前>

「あんた、誰や? 私のよう知っとるひとにそっくりやけど…………違う」

 問いかけの言葉が終わると、後を継いだのはただ静寂。
 どこからか吹き込む夜風が、この場にいる三人の女性の黒髪――それぞれ、長さは異な
るが――をかすかに揺らしている。

 春日歩は重ねて尋ねた。「……誰なんや?」

 いくら待っても、返事はない。
 長身の美しい娘は、意識のない神楽を抱き支えたまま、静かに立っているだけだった。

「あかん、無口なとこは本物そっくりや。とにかく神楽ちゃんを放し……あっ!」

 ここで突如、相手は動いた。歩の要求を拒絶するかのように。
 神楽を横抱きにかかえ直すと、無造作に真後ろへ跳び退ったのだ。
 驚嘆すべき跳躍力であった。10m近くは跳んだだろう。そのまま窓を背中で突き破り、屋外へ
と降り立つ。

「あ〜」あわてて歩も、窓際まで走った。「人さらいや〜、待て〜」

 だが、待て、と言われて待つ者はいない。代わりに長身の娘は再び後方へ大きくジャンプし、夜
の闇に溶け込むようにしてその姿を消してしまった。神楽もろともに。

「ああ〜っ、神楽ちゃん、神楽ちゃ〜〜ん!」

 必死に叫んだが、応える声はない。ただ月光の下、風に揺れる樹木の枝葉が乾いた音を立てて
いるのみだった。

「あうう……どないしたらええんや〜」

 為すすべを失い、歩は頭を抱えてその場にへたり込んだ

<壱>

 数分ほど後――。
 春日歩は神楽の件に未練を残しつつも仕方なく、廊下の角へと戻っていた。
 傍らには、下着姿の女がふたり。壁に背を預け、座り込む姿勢でぐったりとしている。未だ意識
の戻らぬ、智と浩子である。
  
「あああ〜、この後、私はどないしたらええんや〜? 神楽ちゃんはさらわれてしもうたし、智ち
ゃんらは目ぇ覚まさんし」

 この娘には珍しく眉間にシワ寄せて、歩は考え込んだ。ぶつぶつと呟きながら。
 
「とりあえず、智ちゃんらを何とかせんと。救急車呼んで、病院へ……そやけどお医者さん、若い
娘らが裸同然で倒れとったなんて聞いたら、どう思うやろか? 当然、誰かによからぬ事をされた
と考えるやろな。ほんで、こっそり警察に通報されて……」

 さすがにいきなり警察に連絡されることなどないのだが、今、この場に彼女を諭してやることが
出来る人物はいない。歩の思考は、さらに混乱さを加速させていく。

「そんで智ちゃんら、怖い顔したデカたちに取調べを受けるんや。顔を電気スタンドで照らされて、
吐けぇ、吐くんだ、そうすればお上にも慈悲ってもんがあるぞ、とか脅されるんや。あうう、なん
て酷いことを。……あかん、あかんで。智ちゃんらをそんな目にあわせるわけにはっ!」

 なんで被害者が尋問されてんだよ。この呟きを聞きつけたものがいたら、誰もがそんなツッコミ
を入れたことであろう。
 けれど歩本人にはボケているつもりは毛頭ない。いたって大真面目に悩んでいるのだ。――かけ
がえの無い親友、そして、そんな智を守ってくれた恩人を、これ以上傷ひとつつけまいと。

「そやけど、ケガも重いみたいやしなぁ。智ちゃん、こんなに顔腫れとる。浩子ちゃん、もっと酷
い。やっぱり病院行って診てもらわんと。そやけど、そやけど、ああ〜、どないしよ〜」

 心底参った表情で、歩が思わず天を仰いだ時だった。
 着衣のポケットから、場違いに軽妙な音楽が鳴り始めたのだ。携帯の着信音である。
 あわてて取り出してモニターを見れば、そこには懐かしい名前が表示されていた。
 
「ちよちゃん?」あわてて受話ボタンを押し、語りかけた。「もしもし、ちよちゃんか〜?」
「はい、大阪さん! お久しぶりです、お元気ですか?」

 返ってきたのは、高校時代の同級生・美浜ちよの懐かしい声だった。
 彼女は日本最大の企業体・美浜グループ総帥のひとり娘。わずか10才にして、進学校である歩
らの高校に飛び級入学できたほどの類まれな頭脳の持ち主で、卒業後の現在はアメリカに留学中。

  こう書くと、いかにもお嬢様然とした傲慢で鼻持ちならない娘、あるいは、人を人とも思わない
冷徹な天才タイプを連想してしまいそうだが、さにあらず。ちよは人当たりがよく健気で愛らしい、
誰からも好かれる性格の持ち主。だからこそ、歩や智を含む仲良しグループ六人の『核』となりえ
た存在だったのだ。

「夜分遅く、ごめんなさい。こちらは朝なんですが、日本は今、夜の9時ごろですよね? でも私、
一刻も早く大阪さんたちに伝えたくって。えへへ〜、実は私、近いうちに日本に帰ることになった
んですよ〜。ああ〜、久しぶりにみんなと会ってお話できるかと思うと、もう、嬉しくてたまらな
いですっ♪」

 その声は弾んでいた。感激のあまり、ぴょんぴょん飛び跳ねている。そんな姿まで思い浮かんで
しまうほどに。

「えっ、ちよちゃん、帰ってくるん?」
「はいっ♪ でも残念なことに個人的な帰省じゃないんで、ほんの数日だけなんですけど。日本で
開かれる学会に、うちの大学の先生が招かれることになってですね〜」
「がっかい……」
「はいっ♪ その先生、ポトラッツ教授っておっしゃる方なんですけど、入学以来、何かと私に目
をかけてくださっていて」
「きょうじゅ……」

 とても嬉しい知らせのはずなのに、歩の受け答えは生返事になっていた。久しぶりに聞いたちよ
の声が引き金となり、頭の中には楽しかったあの頃――高校時代の思い出があふれだしていたから。
(あんな毎日が、ずうっと続けばえかったのになぁ)
 智の腫れた頬にそっと触れながら、声には出さずに呟く。
 そして、堰が切れたかのようにこぼれ始める大粒の涙。歩は決心をした。この小さな旧友の、い
や、彼女の『家』が持つ大きな力にすがろうと。
 
「……というわけで、教授が特別に私を来日の随行メンバーに」
「ちよちゃん、あ、あのな……」
「えっ! 大阪さん、ど、どうしたんですか。なんだか、声が? 泣いているんですかっ?」

 心配げなちよの声を耳にしながら、歩は口を二、三回ぱくぱくと開閉した。嗚咽が邪魔をしてう
まくしゃべれないのだ。
(しっかりするんや、私。ちよちゃんなら、ちよちゃんならきっと何とかしてくれる)
 そう心中で自分を励まし、必死に喉の奥から言葉を搾り出した。
  
「ちよ、ちゃん……助けて……助けて欲しいんや。わ……わた……しな、もう、どな……いしたら
ええんか……わから……へん、わから……」
「お、大阪さん! 何があったんですか、大阪さん、大阪さんっっ!?」 

 ちよの金切り声が携帯電話から響いた。智たちに意識があったら聞こえたであろうほどの音量で。

<弐>

(あれ……ここは、どこなんだ……?)

 真っ暗闇だった。自分の鼻先さえ見えない。
 突然――五、六歩ほど先に、真上から一条の光が降り注いだ。暗黒を、そこだけ真白く切り取っ
たように、円柱状の空間が発生する。
 中に、誰かが背を向けて立っている。
 女だ。かなり小柄で、髪はショート。どこかの中学生? いや、違う。見覚えがある。

「智ぉ? おい、智じゃねーか」

 声をかける。んん、と振り返ればやはり彼女だった。

「あ、神楽かよ。 何やってんだよ〜、そんなところで」

 親しげに語りかけながら、こちらへと歩き出す。
 だが、その脚はすぐに止まった。虚空より出でた無数の手が、彼女の体に掴みかかったからだ。

「わ。な、なんだよ、これーっ!? 放せ、放せーっ!」

 叫び、もがく智。だが奴らは抵抗などものともせず、着衣を引き裂き始める。

 へっへっへっ。うひひ。ひゃっほう。けけけ。むはー。

 同時に、男どもの下卑た笑い声が聞こえてきた。その体は見えない。ただ、奴らの腕だけが白い
空間に浮かび、独自の命を持った生き物の如く滝野智を嬲っているのだ。

「放せ、チクショ〜! 神楽っ、見てないで助け……むぐぐ」

 さらに叫ぼうとする智の口を、無数の手のひとつが塞いでしまう。

「お、おうっ! ……こ、この野郎、何しやがるんだ! 智から離れろ!」

 事態のあまりの異様さに凍結していた思考が、名を呼ばれたことでようやく動き出した。
 怒りを漲らせ駆け寄ろうとする。だが右膝に激痛が走り、地に倒れ伏してしまった。

 へっへっへっ。うひひ。ひゃっほう。けけけ。むはー。ぐふふ。げへへ。はぁ、はぁ〜。

 笑い声は増してゆく。動けぬ神楽を嘲笑うが如く。
 そして手らは、すでに下着だけになった智の体を撫で回し始める。

「むー、むぐぐーっ」

 智の目に、涙が浮かび始める。

「やめろ、離れろっ! 変態どもがっ。さもねーと痛い目に合わすぞっ!」

 必死に前に進もうとしながら、神楽は吼えた。
 だが、脚は痛みで動かない。逆に奴らは動きを増した、より激しく、より卑猥に。

「むー! むー! むー!」

 涙をぽろぽろこぼしながら、首を左右に振る智。もう普段の無鉄砲なまでの元気さは、かけらも
ない。そこにいるのは、ただのか弱い少女だった。

「やめろって言ってんだろ、腐れ外道っ! ぶち殺すぞ、ゴルアっ!」

 へっへっへっ。うひひ。ひゃっほう。けけけ。むはー。ぐふふ。げへへ。はぁ、はぁ〜。

 手らはとうとう、残されたブラとショーツを掴んだ。

「むむー! むむむーっ!」
 へっへっへっ。うひひ。ひゃっほう。けけけ。むはー。ぐふふ。げへへ。はぁ、はぁ〜。
「ぐうう……手前ら、もう許さねぇっ。みんなまとめてぇ、ぶっ殺すっっっっっ!!!」

 ありったけの声をふりしぼり、目一杯の殺意を込めての雄たけび。
 その一喝で、周囲の風景が一転した。
 闇は消し飛び、替わって光が視界の全てを埋め尽くす。
 智も、無数の手も、その中に溶けてゆく。

(ああ、待ってくれ、今、助けるから。智、智……)

 あわてて呼び止める。けれど還りはしない。刻の流れは、常に一方通行だ。

「智ぉぉぉぉっ」

 最後の叫びは、脳内でなく口から迸った。――夢から醒めたのだ。
 だけど神楽本人が未だそれを認識できない。上半身をベッドの上に跳ね起こした姿勢で、彫刻の
ように固まっている。

「か、神楽っ!」

 聞きなれた声が、心を現実へと引き戻した。
 しょぼつく目を瞬きさせながら振り向くと、そこには神崎かおりの顔があった。泣きべそかいて、
心配そうにこちらを見ている。「……よかった、意識が戻って」と言い添えながら、タオルで優し
く額や頬の汗をぬぐってくれた。

「かおりん? ……てっことは、ここは?」

 辺りを見回す。すぐに自室のベッドの上だとは理解できた。部屋の中は、窓からさす朝日に満ち
ている。時刻は柱の時計によれば、もうすぐ午前八時。半日近く意識を失っていた計算になる。
だが、あの廃校舎から、どうやってここへ? 
 首をかしげる間もなく、かおりの口からその答えが告げられた。

「もう私、びっくりして心臓が止まりそうだったんだよ。夜中、いきなり榊さんが、埃塗れのあん
たを運び込んでくるんだもん。他のライダーとのバトルで負傷したからって」
「あっ……」

 失神する直前の状況を思い出し納得できた。あの後、気を失った自分を彼女が連れ帰ってくれた
のだ。「さ、榊は?」と、命の恩人でもある旧友の姿を求める。
 立ち上がろうと脚に力を入れた瞬間、激痛が脳天へと駆け上った。

「うがっ、ぐ、痛ぇぇ〜。……そうだった、ひ、膝が」

 下半身に掛かっていた毛布を跳ね除ける。そして今さらながら気づいた。ゾルダによって重傷を
負わされた右膝に手当てがされていることを。添え木とテーピングで固定した上から、氷入りのビ
ニール袋によってアイシング。応急処置としては申し分ない。

「こら、大人しく寝てなさい。榊さんなら、今、台所よ。新しい氷を持ってくるって」
「これは、お前がやってくれたのか?」
「ううん、榊さんよ。見とれちゃうほどの手際の良さだったわ。さすがはお医者さんの卵ね」
「いや、医者ったって、獣医だろ」
「へへん、ちょうどいいじゃない。あんたの体ってば、ケダモノ並みなんだからさ」
「う、うるせぇっ!」

 馴れ合いまじりの口喧嘩。神楽は気持ちが和むのを感じた。
 だけど、かおりの何気ない問いかけに、たちまち悪夢へと引き戻される。

「ところで神楽、さっき『ともっ』って叫んだけど、それってあの智のこと? 何かあったの?」
「何かって、そ、それは……」

 下着姿でぐったりしている智。腫れた頬。無数の手。笑い声。智の涙。
 記憶の断片がフラッシュバッグする。現実に見たことに、夢での出来事が最悪の割合でブレンド
されてゆく。
 よくも……よくも、よくもっ! 許さねぇ!
 魂の奥底から発せられたかのような絶叫が、脳内に響き渡る。
「うおおっ」神楽は、勢いよく立ち上がった。
 膝からは、心臓が止まってしまいそうなほどの激痛。だが、怒りはそれすら凌駕した。

「え……どうしたの?」困惑顔のかおりが、両肩を掴む。「だ、だめだよ立っちゃ、まだケガが」
「どけっ」振り払って、ドアへと進む。右脚はビッコをひきながら。
「痛っ、な、何よっ!」かおりはめげない。再度しがみ付きながら言った。「こら、待ちなさい!
 どうしちゃったのよっ、突然?」
「許さねぇ……許さねぇ……」神楽はうわ言のように呟いた。「あいつら、必ず見つけ出して……
ひとり残らずぶっ殺してやるっ!」
「わけわかんないよ、あいつらって誰〜? あ、こら、ちょっと待ちなさいって〜」

 必死に引きとめようとするが、ケガのハンデがあってもなお、筋力が違いすぎる。
 神楽は、制止しようと踏ん張るかおりを存在してないかのように引き摺りながら、歩を進める。

 その時だった――ドアが開き、長身の娘が入ってきたのは。
 手には、氷が満たされた樹脂製のサラダボウル。瞳は、いつもの様に、どこか空ろのまま。

「あ♪ 榊さん」頼もしい援軍の登場に、かおりが歓喜の声をあげる。「助けてください。神楽が
意味不明なんです」
「ううっ、榊」さすがに一瞬、怯んだ。だが、怒りの業火による熱暴走は止まらない。「どいてく
れっ、私は行かなくちゃならねーんだっ!」

 長身の娘は、どちらの要請にも応えなかった。
 代わりに、暴れ馬の如く鼻息を荒げている女の面前に突きつけた。青地に金で猛虎のシンボルが
意匠された四角いケースを。

「え? それって、私のデッキ?」
「…やっと、意識が戻ったか。…早く、これで変身するんだ」
「ええ?」

 あまりに意外な提案に、思わず声を揃えて聞き返すふたり。
 榊は無表情のままで、言葉を続けた。「まずは…ケガを直すことが先決だろう…」
「あ、そうか!」神楽は、はたと手を打った。

「変身して、ライダーの超回復力を使えってことか。さすがは榊、冴えてるぜっ」
「ま、待って。ケガが治るのはいいことだけど、あの、その」
「よし、こうなりゃ善は急げだ。いくぜっ」

 膝さえ治れば、全力で仇討ちに取りかかれる。まさに、我が意を得たりの助言だ。
何事か言いたげなかおりを尻目に、神楽は会心の笑みを浮かべてデッキを受け取り、手近のスタ
ンドミラーに突きつけた。右膝をかばいながら、なんとか変身動作を終えて叫ぶ。「変身!」
 目も眩む閃光の後に立っていたのは、白虎の戦士。「よっしゃあっ!」とかけ声も勇ましく、鏡
の中へと飛び込んでいった。
 
 かおりは思いつめた表情で、小さく首を振りつつ呟いた。
「ダメ、やっぱりダメよ。だってケガが治ったら、神楽は誰かを殺しに行っ……」
 そこへ、言葉を遮るように「…変身」の声。
 驚き振り向くと、長身の娘も異形へと姿を変えていた。

「え? あの、榊さん?」
 榊、いや龍騎は、意図が分からず戸惑うかおりの顔をしばし見つめると、コクリとうなづいた。
大丈夫、心配はいらない。私にまかせてくれ。そう語りかけるように。
「さかきさん……」

 魅入られたかの如く頬を染めてうなづき返し、かおりはMWへと赴く龍騎を見送った。

<参>

時刻は午前八時を少し回った。今日もよい天気だけど、日差しの強さがややうっとおしい。
 愛車は走る。いつもの道を、いつもの時間どおりに。

「あ〜、う〜、頭痛ぇ〜」

 そして助手席の女が二日酔いで唸っているのも、さすがに毎日ではないが、やはり『いつも』と
言ってもさしつかえない日常的な光景であった。
もうすぐ青になる信号を注視したまま、黒沢みなもはドアのポケットから取り出したビニール袋
を谷崎ゆかりへとほうる。

「吐く時はその中にね。車内にブチまかれると、いつまでたっても臭いから」
「ゲロするほど残っちゃいねーわよ、あの程度の酒じゃあ」
「よく言うわ、ったく。ベロベロに酔ってたくせに。ふぁぁ……」

 こみあげた欠伸に急かされたように、シグナルは『進め』の色になった。左右を確認してからア
クセルをゆっくりと踏み込み、発進する。

「さっきからえらく眠そうだけど、大丈夫ぅ〜? 私、イヤだかんね。事故って二人仲良くあの世
逝き、なんてのは」
「帰りのタクシーん中で、自分だけガーガー寝てた奴にはふさわしい死に方と思うけど?」

 昨夜は結局、泥酔状態の谷崎を自分のアパートまで運んで泊めるハメになった。心身ともに疲れ
果てて、眠りについたのは午前三時。正直、睡眠不足が辛かった。口調も自然とキツくなる。
 谷崎は髪を掻きむしりながら、場末のホステスみたいに不機嫌そうな顔でこちらを睨みつけた。

「うっさいわね。だったらあんたは、どんな死にザマさらすつもりなのよ。ええ?」
「はぁ? どういう意味よ、それ」
「マジで死亡フラグ立ちまくりだっちゅーの。いらん情けをかけたのが仇になって死ぬ、これって
ゲームの世界じゃお約束なのよ」

 昨日、タイガの窮地を助けたことがお気に召さないようだ。
 谷崎には、ライダーバトル絡みの出来事は包み隠さず伝えることにしている。半月ほど前、ライ
ダーであることを打ち明けたあの日から。

「おいおい……。プレステとかのゲームとライダーバトルを一緒にしないでよ」
「でも、要はゲームじゃん。ルール無用の、命がけのね」
「それは、そうだけどっ」

 前方に曲がり角が見えた。右折すれば駅前の繁華街だ。勤め先である私立高校へ向かうため、左
にハンドルを切る。タイヤが大きく摩擦音を発した。黒沢らしからぬ粗雑なコーナーリングだ。

「甘いことやってたら命取りだってのは、ライダーである私自身よくわかってるわ。昨日の件は、
借りがあったから返しておいただけのことよ。いくら『何でもあり』の世界でも、通すべきスジは
通したいの、私は」
「それが甘いっちゅーんじゃ。……やれやれ、にゃもってば昔っからひとが良すぎ〜。だから惚れ
た男だって他の女に横取りされちまうの。高校時代も、大学の時も、つい数年前も。いい加減、学
習しな〜」
「なんだと、ゴルァっ!」

 次の角は右折だ。テールが滑り、ドリフトを決めたが如く車は曲がった。シートベルトをしてい
なかった谷崎は、発生した横Gでドアにぶつかり悲鳴を上げた。

「いててっ。何やってんのよ、下手クソ」
「うるさーいっ! お、男は関係ないでしょ、男はっ」
「同じよ、お・ん・な・じ。殺し合いも、恋愛もね。結局さあ、義理も人情もルールも捨てられる
奴が勝つんだっての」
「おかしいわよ、そんなの! ……人間として間違ってるわ」
「はぁぁ〜、だめだこりゃ」大きな溜息の後、谷崎は吐き捨てるように言った。「あんた、やっぱ
死ぬわ。近いうちに」
「くっ!」

 思わず車を路肩に寄せ、急停車させた。さっきから気軽にこちらの生き死にの話をされているが、
かつてモンスターとの戦いで実際命を落としかけた黒沢にとって、スルーできない重さがある。こ
の女だって、その経緯を知っているはずなのに――!

「ゆかりっ! 言っていいことと悪いことがあるでしょっ!」

 肩を掴み、きつく睨みつけた。怒りと哀しみがちょうど半々だった。
 谷崎は、すねた子供のような表情で顔を背け、何も言い返さなかった。

 やがて車は、彼女らの勤務先に到着した。職員用駐車場の所定の場所に停まる。
 谷崎は先ほどの急停車以降、黙りこくったままだ。表情も硬い。ドアにロックをかける黒沢を残
し、さっさと校舎へと歩き始めた。
(なによ、悪いのはそっちでしょ?)と呆れつつも、どこか罪悪感を持ってしまう。それがおひと
良し、黒沢みなもという女なのだ。
 急いで後を追いかける。肩が並んだ後も言葉を交わさないまま、ふたりは足を進めた。
 ようやく沈黙が破られたのは、職員用入り口にたどり着いた時だった。

「くかぁぁぁぁっ!」

 谷崎は突然奇声を発すると、黒沢の襟首を掴み揺さぶりながら一気にまくしたてたのだ。

「もどかしくってムカつくのよ〜っ、分厚いジーンズの上から痒いケツ掻いてるみたい! あー、
イライラするっ、もう我慢できねぇ〜っ。選手交代っ! 私がガイになってやるわっ!」
「い、いきなりなに言い出すのよ、ゆかりっ!? ライダーの交代なんてできるわけないでしょ」
「そんなの、やってみなきゃわかんねーっ! さあ、デッキを渡しなっ。私ならあっという間に勝
ち抜いて、このゲームのエンディング見せてやるからっ!」

 腰に手を回し尻ポケットから漆黒の四角いケースを奪い取ろうとする。そんな谷崎を必死に制し
ながら黒沢は叫んだ。

「ダメッ! 変身時にはもの凄いエネルギーが発生してるの。正式な契約者じゃないと、きっと跳
ね飛ばされて死んじゃうわっ」
「上等じゃんっ! こちとらねぇ、もうこの前みたいな思いすんのは二度とゴメンなのよっ! あ
んたが、あんたが死んじゃったらねぇ、私は……私はぁ……」
「ゆかり……」

 谷崎が口ごもる。母に甘える駄々っ子のようにしがみつきながら。
 黒沢は胸の奥に甘く疼くものを感じながら、続く言葉を待った

「……私は、また遅刻ばっかになっちまうでしょーっ! 責任とってよ、責任をーっ」
「あう、うっ」

 だけど叫ばれたのは、見当違いの台詞。黒沢は脱力のあまり、膝がカクンと落ちた。
 でも解っている。長い付き合いだから。それが、いかにもひねくれ者らしい、遠まわしな愛情表
現なのだと。黒沢は谷崎の身を抱き締め、頬をすり寄せてやりたい衝動に駆られた。

 唐突に背後からかけられた声が、いい雰囲気の所を邪魔した。

「おはようございます。谷崎先生、黒沢先生」
「「うわぁぁぁぁ〜」」
「どうしましたか? きれいにハモりながら、そんな大声をあげて」

 古典教師・木村は、不思議そうに首を傾けた。
 黒沢はあわてて「失礼しました、お、おはようございます木村先生」と取り繕う。
 彼は気分を害したそぶりもなく、笑顔で話し始めた。

「ところでご存知でしたか、あの美浜君が来月あたり帰国するそうですよ」
「美浜君……て誰だっけ?」目の端に浮かんでいた涙を手早く拭いながら、谷崎が問う。
「バカ! ちよちゃんでしょ、ち・よ・ちゃん!」
「はい。○○年度卒、金蘭賞受賞者、天才少女の美浜ちよ君です」
「なんだ、ちよすけか。……そういえばあいつって、留学してからずっと日本に帰ってなかったら
しいじゃん。なんかの研究に夢中になっちゃって」
「おお、そこまで把握しておられたのですか。さすがは元担任、お見それいたしました」
「ふん、まあねー」

 木村は素直に感動している様子だったが、黒沢は納得がいかない。自慢げに胸をそらしている谷
崎に問いただした。

「ゆかり、どうしてそんなこと知ってるの?」
「んん。以前、智のバカから聞いたのよん」
「へぇ、驚いた。卒業生といまだに連絡取ってるんだ。あんたにしては、珍しいことねぇ」
「あいつの場合、向こうからちょくちょく電話してくっから。ヒマな時はムダ話に付き合ってやっ
てるだけ」
「ははは、ご謙遜を。まあ何はともあれ、彼女のような天才がそこまで打ち込める研究テーマが見
つかったというのは、まことに喜ばしいことです。将来、どんな素晴らしい成果を得るのやら。あ
あ、なんだか私までわくわくしてきましたよ」

谷崎の表情が曇った。こいつ、ムカついてるな、と黒沢は見抜いた。たぶん、常々『変態』だと
決め付けている木村が、善人そのものの台詞を言っていることが癪に障ったのであろうと。

「ふ〜ん、やけにご執心ですねぇ」木村の顔を覗き込むようにして、谷崎は言った。「もしかして、
ちよすけに気があったんじゃないっすか〜?」
「ち、ちょっとゆかり!」内心ありえることだと思いつつも、相棒をたしなめた「いくらなんでも
それは失礼よ!」

 だが黒沢は、すぐに後悔するハメになった。木村はやはり、木村だった。彼は四角い口を目いっ
ぱい開けて、熱弁をふるい始めたのだ。

「なにをおっしゃいますか。美浜君の件が耳に入ったのは、ほんの偶然です。だいいち、僕は、僕
はぁぁ〜、いつだって、かおりん〜!」
「げっ!」おかっぱ頭の娘を思い出しつつ、谷崎は顔をしかめた。
「アーンド、神楽君〜!」
「げげっ!」わが愛弟子はまだ狙われていたのかと、黒沢は鳥肌を立てた。
「そしてマイワイフ一筋ぃぃぃぃぃ〜!!!」
「ぜ、ぜ、全然一筋じゃないじゃん! 三股でしょ、三股っ!」
「あは、あはははは……」
「一筋ぃぃぃぃぃ〜! 一筋ぃぃぃぃぃ〜!」

 どもりながらも突っ込みを入れる英語教師と引きつった笑い声を上げるのがやっとの体育教師。
しかし既に彼女らなど眼中にないかの如く、古典教師は叫び続けている。
 
「あ、あ、あの」黒沢は気力を振り絞って、話題転換を試みた。「そういえば奥様って、お元気な
んですか?」
「はい〜。お陰さまで」いきなりスイッチが切り替わったように笑顔に戻った。やった、成功だ。
「奥さんって専業主婦だったっけ?」谷崎も援護射撃するように問いかけた。
「いいえ、うちはずっと共働きでしてね」
「へぇ〜、奥さんの仕事って何?」
「こらっ、こんなところでなにをやっとるんだね、君達は!? 始業前の会議が始まるぞ」

 ここで現れた学年主任の後藤が一喝し、この場の幕は下りた。

<四>

 花鶏近くの路上。
 ブロック塀を背に、脚を投げ出す姿勢で座り込んでいるタイガ=神楽の姿があった。
普段ならそこそこ人通りもある時間帯なのだが、彼女以外誰もいない。ここは現実世界の鏡像・
ミラーワールドなのだ。

「……待ってろよ、畜生ども」低い声で呟いた。
 早くも装備したデストクローでアスファルトをガリガリと引っ掻きながら。

 その心中では、たぎる。憤怒が。
 ――よくも智を、よくも、よくもっ! ……穢したなっ!
 たぎる。悔恨が。
 ――私が、私が、もう少し早く辿り付けたら。 ……守れたのに。
 たぎる。殺意が。
 ――必ず、必ず、この手で! ……ぶち殺す!

 激情で精神が飽和した神楽は、周囲への警戒が極めて疎かになっていた。
 ライダーは全自動の機械にあらず、あくまで人間である。優れた五感も、心ここにあらずでは機
能しはしない。
 今まさに、怪しい影がじわじわと近づいてきているというのに。

 爆音と衝撃! 
背後の壁が、頭上30センチのところで木っ端微塵になった。

「ちぃぃ!」今更ながら気づく。外れたとはいえ、何者かに砲撃を受けたことを。
「敵かっ、何処だ!?」あわてて立ち上がろうとするが、まだ癒えきらぬ膝の痛みに阻まれて尻餅を
ついてしまう。「くそっ、こんな時に」
 内心で地団太を踏んだ。何かに気を取られている隙に、狙撃される。昨日の二の舞ではないか。
あの時はガイのおかげで助かったが、戦場で同じ幸運は二度あるまい。背筋に冷たいものが走る。
それは――死の予感。
「ぐぉぉぉぉぉっ!」恐怖に萎えそうになる心を雄たけびで奮い立たせる。
 タイガ=神楽はデストクローの幅広い甲を盾代わりに前面に向け、続く砲撃に備えた。

 だが。
 彼女の耳に届いたのは、新たな爆音でも敵の嘲笑でもなく、聞き覚えのある声だった。

「…醜態だな。…これが敵の攻撃だったらどうする?」
「さ、さ、榊かっ!?」

 防御の手を下ろすと、開けた視界が龍騎=榊の姿を捉えた。右手には龍の頭を模した武具を装備
している。そして背後の空には、彼女の契約モンスター・ドラグレッダーが悠々と長い体を泳がせ
ていた。――先ほどの砲撃は、この龍が発した火炎弾・ドラグクローファイヤーだったようだ。

「…奇襲が特技のはずのタイガが…逆に不意を突かれるとは。…しかも、昨夜に続き二度目」
「うぐぐっ」反論の余地はないが、つい、言い訳がましい言葉が口から出てしまった。「駄目なん
だ、頭ん中がもうグチャグチャで」
「何があった…?」龍の戦士はタイガの隣に並んで腰を下ろした。「聞かせてくれ…」
「ああ」

 時折、怒りで喉を詰まらせながら、タイガ=神楽は昨夜の体験を語った。滝野智がらみでない出
来事までも、全て。この旧友にだけは、何もかも包み隠さず打ち明けておきたい気分だったから。
 そして最後をこの言葉で締めくくった。「私は、私は絶対許さねぇ! 智を傷つけたクソ野郎ど
もをっ!」

「…それで」数拍、間を置いてから榊は尋ねた。「…君は、これからどうする?」
「決まってるじゃねーかっ」神楽は即答した。「そいつらを探し出して、仇をとってやるのさ!」
「ライダーの…力を使って…?」
「ああ! 悪いかよっ」
「…生身の人間相手に…クリスタルブレイクを放つということか? …君の爪に届く前に、摩擦で
擦り切れて無くなってしまうだろうな。…地面に、赤い血肉の帯だけを残して」
「うっ」情景がリアルに思い浮かんで、さすがに引いた。「い、いや、そこまではやらねぇが」
「ならば、契約モンスターの餌にでもするか…? それでは、君の話に出てきた蟹のライダーと同
じではないか…」
「ふざけるな! あんな腐れ外道と一緒にっ」するなよ、と言いかけて口ごもった。蟹の襲撃を受
け、無人と化したMATRIX部室。そのうすら寒い光景が脳裏に蘇ったからだ。

 ――動機はともかく、結果は同じではないのか?

 自分のやろうとしていることは、間違ってはいない。その確信に、旧友の淡々とした問いかけが
次々と楔を打ち込んでくる。
 神楽は苛立って叫んだ。「じゃあどうすればいいんだよ、泣き寝入りしろってか、ああ!?」
 榊は微かに首を振りつつ応えた。「…君が、そんなにあきらめがいい女とは知らなかった。…い
や、弱虫といったほうがぴったりか」
「なんだと!」激昂し、思わず龍騎=榊の肩を掴んだ。「どういう意味だよ、それ」
「泣き言の前に…最善を尽くすべきだろう…」旧友の口調が、やや強まった「まず、人間として…
…」
「に、人間として」
「…そう。君はけっして無力ではないはずだ。…鏡の外でも」

 神楽は、はっと息を呑んだ。そうだ、自分は見習いとはいえ、OREジャーナルの記者ではない
か。ジャーナリストとして、戦い方はいくらでもある。
 たぎる怒りのベクトルは「負」から「正」へと方向が切り替わった。同時に、閉ざされていた視
界が突如クリアになったような爽快さを覚えた。

「そうだ、そうだった、私にはまだやれる事がある、人間として! すまねぇ、榊。私は、確かに
弱虫になってた。安易で楽な道を選ぼうとしてたぜ」

 龍騎=榊は無言で、ただ、コクリと小さく頷いた。

「だけど、ひととして全力を尽くしてもダメだった、その時は」神楽は声のトーンを落として言い
添えた。「ためらわずに使うぜ、私は。仇討ちに、ライダーの力をな」
「その時は、私も行こう…」きっぱりと榊は言った。「君だけを…汚れさせはしない…」
「ええっ!? な、なんでお前が、そこまで?」
「…まだ、はっきりとは思い出せないのだが…滝野とやらも、君同様、私の大切な友達だった気が
する。…ならば、その外道らは私にとっても『仇』だ。許してはおけない。…違うか?」
「さ、榊っっっ」

 熱いものがこみ上げてきて、神楽は以降の言葉を失った。
 互いに見つめあいながらの、心地よい沈黙が続いた。
 静寂を破ったのは、台詞ではなく不愉快な音だった。何かが焦げるような、あるいは泡立つよう
な響き。ライダーたちの表皮が、陽炎のようにゆらめき始める。変身のタイムリミットが来たのだ。
「とりあえず…出よう…」「おうっ!」
 タイガと龍騎は跳躍すると、花鶏二階の窓ガラスへと飛び込んでいった。

「ああ、あうう、あああ〜、榊さん、きゃぁあぁぁあぁぁぁ〜!」

 その頃、現実世界では――。
 一部始終を見聞きしていた神崎かおりが、床をごろごろ転がっていた。感極まって叫びながら。
 物心つく頃から持っていた、鏡からミラーワールドを覗くことのできる異能。普段、それは彼女
にとって不幸や不快をもたらすだけの存在だったのだが、今回ばかりは大感謝だ。
 憧れの君の、感動の『名場面』を堪能できたのだから。

「ああ〜、もう! やっぱり榊さんは最高よ、サイコ〜! 強くて、格好良くて、優しくて、きゃ
ぁ、きゃぁぁぁぁぁっ」
「うるさいよ、このバカ姪が! 近所迷惑だろが」

 そこへ沙奈子がすっとんで来て、ポカリとおかっぱ頭を殴りつけた。

「痛い〜っ! もぉ、叔母さんたら、なにも思いっきり叩かなくてもいいでしょっ」
「そこまでやらなきゃわからない娘なの、あんたは。おっと、忘れてた」沙奈子は、はたと手を打
ち言い足した。「急いでテレビのニュース見てごらん。大変なのよ〜っ、ほら、ほらぁ」

 追い立てられ、首をかしげながらもテレビのあるダイニングへと走った。
 24インチの画面は炎と煙の映像で占拠されていた。スピーカーから流れているのはアナウン
サーと現場レポーターの緊迫したやりとり。聞き覚えのある固有名詞が何度も叫ばれている。驚き
で、体が軽く硬直するのを感じた。
 その時、背後から声をかけられた。

「よ、かおりん。ただいま。なにボーっとテレビなんか見てんだ?」
「か、神楽。た、た、大変」

 伝えたいのに、動揺で言葉が上手く出てこなかった。目の前にいる旧友こそ、この緊急事態を一
番知らせなくてはならない相手なのに。
 かおりをフォローしたのはTVの音声だった。アナウンサーが、あの固有名詞を口にしたのだ。

「め、明林大? 火事ぃ!?」すぐに神楽の血相が変わった。かおりを押しのけ、画面を食い入るよ
うに覗き込む。「なんてこった! しかも……よりによって例の廃校舎じゃねーか! くそっ」

 神楽は悔しげに叫ぶと、風を巻いて走り去った。

<五>

 ベッドの上に子猫が一匹、ちょこんと座っている。
 まさにいま、目覚めたばかり――。

 おっと、それはあくまで見た目のイメージ。彼女はとんがり耳も長い尻尾もない、れっきとした
人間の娘である。ただ、その好奇心と無鉄砲さは子猫以上だったけど。

「ふぁぁ……あれ?」

 滝野智は、寝起きでショボつく目をこすりながら、辺りを見回した。

「ど……こだよ、ここ?」

 全く見知らぬ部屋であることは確かだ。壁の時計で時刻だけはわかった。午前10時25分。いや、
もうひとつだけ瞬時に理解できたことがある。

「う〜ん、どっかのお金持ちの家か、一流ホテルだな、こりゃ」

 その呟きの通り――室内は広く、内装や調度も豪華で、かつセンスの良いもので統一されていた。
 レースのカーテン越しに陽光が差し込む窓、壁に掛けられた油絵、来客を迎える為の応接セット、
一角にしつらえられたキッチン、そして彼女がいま半身を起こしているベッドまで、例外なく。
 だがその中で、最も彼女の関心を惹いたものは……。

「おおっ! いいモノはっけーん♪」
  
 それは冷蔵庫であった。
 なぜなら、この娘は現在、とにかく喉が渇いていたから。
 部屋の中が暑いというわけではない。空調により適温に保たれてはいたが、体は水分の補給を求
めてやまなかったのだ。

(あの中には、たぶん飲み物が冷えてる。当然、甘くて美味しいジュースもあるな。しかも、この
部屋のリッチさから考えると、ジュースだって超高級な奴だ。うん、きっとそうだ!)

「よぉしっ、いただきぃ〜♪」

 だが――。 
 ひとりで勝手に盛り上がり、満面の笑顔でベッドから飛び降りようとした瞬間、否応無く気づか
されたことがあった。

「いっ、痛ててててててっ!? あれ、なんで?」

 ひとつは、体のあちこちの痛み。特に酷い右頬と腹部には、湿布薬が貼られていた。
 さらに――全く、今さらながらだが――自分の着衣が入院患者が着るようなパジャマであることに
も。そして、いまひとつは……。

「あ、あれ。大阪ぁ?」
「ムニュムニュ……」

 そう。友人の春日歩が、傍らの椅子に腰を下ろし上半身を智のベッドに突っ伏す姿勢で、すやす
やと眠っていたのである。

「え……、な、なんで? おい、大阪、起きろよ、こら……」
「ムニュムニュ……さすがはちよちゃんや〜……」
「はぁ、ちよすけぇ? あいつがどうかしたのか、おい、おいっ」
「うにゅぅぅ……」

 埒が明かないとはこのことである。
「ああ〜、もうっ!」と、智が天を仰いだその時だった。
 軽いノックに続き、スライド式のドアがゆっくりと開けられたのは。

「あら、お目覚めかしら。よかった、これでひと安心ね……うふふ」

 入ってきた白衣姿の女性は、のどかな口調でそう言った。
 背は高からず、低からず。髪は軽くウエーブのかかった栗色のロング。整った顔立ちに、幼女の
ように邪気の無い笑みを浮かべて、こちらを見ている。

「あっ!? いい……う、え……お、か……」

 智は、驚きのあまり意味不明なことを口走ってしまった。
 この女性の登場が唐突だったからではない。意外な場所で、顔見知りに出会ったからだ。

「き、き、木村先生の奥さんっ!???」
「ぴんぽ〜ん♪ うふふ、覚えてくれてたのね。滝野さん、お久しぶり〜」

 ようやく喉の奥から搾り出した問いかけに、女性は心底嬉しそうに応えた。

 たちまち脳裏に蘇る、丸いメガネに四角く開かれた口。高校時代、イヤな意味で異彩を放ってい
た古典教師・木村の顔だ。暑いから女子はブルマーに着替えろと授業中に口走ったり、体育教師で
もないのに水泳の時間に乱入したり、怪しすぎるその所作は――男子には意外とウケていたが――
全女生徒の嫌悪の的だった。
 そんな彼に、天使のように美しく優しい妻がいることは、学内の七不思議の筆頭であった。
 二、三回だけ彼女と話す機会があり、その結果、智が下した人物評は「めちゃくちゃいい人」&
「だけど、ひとを見る目がねぇ!」だったが。

 頭に渦巻く思い出の奔流にめまいを感じつつも、智は問いを重ねる。

「え、え、え〜? な、なに、その格好? コスプレ?」
「んん? ここは病院だもの、ドクターが白衣着てるのは当たり前でしょ?」
「あ、あんたが、医者ぁ!? ええええぇぇぇ〜、嘘、うそぉっ!」
「本当よ、ほ・ん・と・う、うふふ」

 智は「あ、あのさぁ」と、さらなる抗弁を発しようとしたが、果たせなかった。
 ドアを開けて現れた新たな人物が、大声を出して彼女に駆け寄ったからだ。

「智ーっ! 智なのっ!?」
「あれ、浩子じゃん?」

 そう。それは、浩子だった。こちら以上に、体のあちこちに湿布や包帯をされた痛々しい姿。智
に抱きつくと、ついに感極まったのか、すすり泣きを始めた。

「よかった、生きてる、智も生きてるよぉ〜」
「わぁ、こら離せ! 傷が痛む、あぐぐ、痛いっちゅーてるだろがっ!」
「助かったのね、生きてるのね、私たち! ああ〜、智、智ぉ」
「……って、こら! キスはやめろっ、キスはっ!」

 ここでようやく、やっと脳に信号が伝わったかのように、女医が止めに入った。

「こぉら、鯉塚さん。大人しくしてなきゃダメよ、あなたもケガ人なんだから」
「ご、ごめんなさい。でも、私っ」
「あーっ、もう、何がどうなってんだか、わけわかんねーっ!」
「ふふふ、無理も無いわね。よし、もう少し体力が回復してからにしようと思ってたんだけど……、
その様子じゃあ大丈夫みたいだから、状況を説明しましょうか。ふたりとも、そこのソファに座っ
てもらえるかしら」

 さて……。
 その後も二、三分ほどドタバタが続いたが、どうにか、滝野智と鯉塚浩子は並んでソファに納ま
った。木村女医自らが冷蔵庫から出して給仕したジュース――誰かさんの想像どおり、高級なもの
だった――を飲みながら。
 ちなみに春日歩は、いくら声をかけても揺すっても目覚めなかったので、そのまま寝かしてある。

「さぁて」対面に腰を下ろしつつ、女医は語り始めた。「まず、何からお話したらいいかしらね」
「はい」まるで授業中のように、智が手を上げた。「このジュース、超ウマー! お代わり!」
「智、マジメに聞こうよ」あきれて浩子が嗜める。「あの、まず、ここがどういう所なのか教えて
ください。いえ、病院だってのはもちろんわかりますけど」
「詳しく言うとね」智のグラスにジュースを注いでやりながら、女医は応えた。「都内某所にある
VIP専用の病院なの。通常は、一般の患者さんは受け入れてないのよ」
「へぇーへぇーへぇー」智が肘掛を叩きながら歓声を上げた。「それであちこち超リッチなんだ」

「でも、なんで私らがそんな凄いところに?」浩子は当然の疑問を口にする。
「上からの指示でね、あなたたちは特別待遇なのよ」
「ははーん、さてはインターポールが手を回したな? この智ちゃんをスカウトするつもりで」
「もう! ちょっと、智は黙っててよ。……上の方って、いったいどなたです? 院長先生とか、
経営者の方とか?」
「うふふ、もっともっと遥か上、お山のてっぺん辺りかな」ちょっともったいぶるように微笑んで
から、女医は応えた。「じゃじゃーん♪ 正解は、美浜グループ総帥のお嬢様でした〜」
「み、み、美浜ぁー!?」
「ええ。この病院もその系列なのよ」

 浩子は驚きのあまり、素っ頓狂な声を出してしまった。一介の女子大生である自分ですら知って
いる、日本最大の企業体。そのトップの令嬢が? ……とても信じられない。
 
 そこへ智が口を挟んだ。「なーんだ、ちよすけだったのか」と、こともなげに言い捨てる。
「そう、ちよちゃんなのよ〜」女医も笑顔で相槌を打った。
「え? え? えっ?」ひとりだけ置き去りにされた形になり、困惑する浩子。「と、と、智! 
あんた、その人と知り合いなの?」
「へへ〜ん」智は鼻高々で胸をそらした。「ってゆーか、子分みたいなものさ。高校時代は、色々
と面倒を見てやったもんだ」

 大物と友達だからといって本人まで偉いわけではないのだが、やはり浩子は小市民。素直に感動
し「智って、凄い……」と呟いた。

「恐れ入ったか〜、えっへん♪」すっかりご機嫌の様子でジュースを飲み干すと、智は新たな質問
を口にした。「でもさー、なんでちよすけに、私らがケガしたって分かったんだ?」
「春日さんよ」女医は眠り続ける歩を優しげに見やった。「彼女が倒れてるあなたたちを発見して
ね、電話でちよちゃんに助けを求めたのよ」
「ええっ、大阪が? 変だなぁ、カジノに探りを入れることは内緒だったのに」
「占いでわかったんや〜、って言ってたわ」
「う、占いぃ?」
「で、でも」浩子は言った。「あの、あいつらは……あ、明美とか、お、男たちは」

 思い出すだけで体が震えてきた。名を口にするのも汚らわしかった。だけど確かめずにはおられ
ないことでもあった。

 智も大きくうなづくと「そうだっ、あの悪党どもはどうなったんだよ?」と言い添えた。ただし、
こちらは全く怯えの色が見えない。
「あなたたちを傷つけた連中のことかしら? それがね、よくわからないのよ。春日さんが駆けつ
けた時には、もう誰もいなかったって」
「に、逃げたのかな?」浩子が言った。「警備員か誰かに見つかりそうになって」
「あ、わかった」智が手をポンと鳴らした。「大阪が食べちゃったんだよ、きっと」
「もう! いい加減にしなよ、こんな時に冗談なんて」
「本当だぞっ」子供のようにムキになって言い返す智。「実はなぁ、大阪は真夜中になると口が耳
まで裂けるんだ。でさ、蝙蝠みたいに空を飛びながら次々と人を襲って、頭からバリバリと〜」
「そやけど〜、もう食べれへん……おなかポンポンや……」

「ええっ」三人がほぼ同時に叫んで、歩の方を見た。
 だけど彼女は相変わらず、幸せそうな寝顔のまま。
 
「ああ〜びっくりした。タイミングよく寝言かよ、人騒がせな奴め」
「人騒がせは、智の方だっての」
「さぁてと」頃合を見計らったように女医が立ち上がった。「そろそろお開きにしましょうか。あ
なたたちにはまだ安静が必要なの。お昼御飯の後お薬飲んだら、もうひと眠りしてちょうだいね」
「ま、待ってください!」
 浩子は女医を引き止めた。まだ聞いてはいない。今、一番確認したいことを。
「あ、あの、私たち、その……」なのに、口ごもってしまう。それは同時に、最も目を逸らしたい
ことでもあったから。必死に言葉を紡ごうとする。だけど――辛くて、恥ずかしくて、ただ顔が紅
潮し、涙が零れるばかり。
 その時、智の屈託のない声が響いた。「ねぇ、木村先生の奥さん。結局のところ、私らってレイ
プされちゃったの?」
 浩子は、自分の体が致命の急所を突かれたように、びくりと痙攣するのを感じた。

 昼食後――。
 浩子は智に「ちょっくら、病院の中でも探検しようぜ」と誘われた。
 正直なところ打撲の跡が痛んで歩くのも辛かったし、木村女医からも安静を命ぜられていたのだ
が、ひとりで病室にいるとイヤなことばかり思い出しそうで、ふたつ返事でOKしてしまった。
 辿り着いた先は、屋上。そこは偶然にも、気分転換には最高の場所だった。
 見上げる空はからりと晴れて、吸い込まれるように青い。居並ぶ巨大な空調の室外機の音も、一
定のリズムが楽器の演奏みたいで悪くはない。それに、ひと気が無いのも有り難かった。智とふた
りだけで色々話したいことがあったから。
 しばし転落防止の金網にもたれかかって景色を眺めた後、浩子は智におずおずと話しかけた。

「あ、あのさ」
「んん?」
「よ、良かったね。ふたりとも、その……無事で」

 脳裏に先刻、木村女医から聞いた自分達の医学的所見が思い出される。あのひとは最後に、絶え
間ない笑顔をこの時だけは引き締めて「大丈夫、私が保証するわ」と言ってくれた。今、自分はそ
の言葉にすがって、どうにか平静を保てている。……この娘はどうなのだろうか?

「ふん、当然! 不二子ちゃんを目指す私が、あんな雑魚にヤられちゃうわけがないのさ」

 智は不敵な笑顔で胸を張って応えた。心に傷ひとつ付いていないよ、と言わんばかりに。

「……強いなぁ、智って」しみじみと呟いた。「ほんとに」
「へへーん、参ったか」智は、握った右拳の親指だけを真上に立てた。「私は無敵なのだ〜」
「だけど」眩しさと愛しさを感じながら言ってやった。「バカだよね」
「なんだとっ、こらぁ……あっ、痛てててて」
「ほら、まだ殴られたとこ治ってないのにはしゃぐから。やっぱりバカ、あはは……痛ったた」
「ふん、そっちこそ大笑いしようとして、傷が痛んでやがる。お前もバカじゃんか」
「うん、私もバカ、智はも〜っとバカ。あははは……う、痛たたた」
「へん、同じこと繰り返してやん。バーカ、バーカ、あーはははは……痛ててて」
「何よ、あんただって、うっふっふっ……痛たたた」
「お前が笑わせるからだろ、ひーっひひひ……痛ててて」

「ああ! こちらにいらっしゃったのですか、探しましたよ」

 突然の第三者の言葉が、ふたりのじゃれ合いを中断させた。
 驚きつつ声の方角を見やれば、自分らと同じ歳ぐらいの――それでいて、倍ぐらい大人びた立ち
振る舞いの――看護婦が、コードレス電話の子機を持って走り寄って来る。

「滝野様、お電話です」
「ええ〜、誰から?」

 問い質したが彼女は応えず、子機を恭しく差し出すだけ。智は仕方なさそうに受け取った。

「もしもーし?」
「智ちゃんのバカーーーーーッ、なんでそんな危ないことしたんですかーっ!!!」

 普通なら聞こえないはずの話し相手の金切り声が、浩子の耳にも届いた。よほど大声で叫んでい
るのであろう。

「うわああっ、ち、ちよちゃん? もーっ、そんなデカい声出されたら鼓膜破れちゃうだろー」
「出しますよーっ! 無茶な生き様はいい加減に止めて下さいっ! もしも智ちゃんに何かあった
ら、私……わらひは〜!!」
「こら、泣くなよ〜、全くお子ちゃまなんだから」
「ろっちがでしゅかっ! 大阪しゃんから話をひいて、わらひがどれだけひんぱいしたか、わかっ
てるんでしゅかっ」  
「あー、子供どころか赤ちゃん言葉になってるー♪ やーい、やーい♪」
「うううう〜、ろもひゃんのぶぁかぁぁっぁぁっ!!」 

 名前からして、相手は例のお嬢様なのだと推測できた。その口調は、心底から智のことを大切に
思っている人間のものだった。微笑ましいな、と思う。……だけど、何故だろう。頭の芯に、胸の
奥に、ちくちくと刺されるような痛みが走っている。

「ちよすけ、サンキュー! じゃあね〜」

 そのまま数分話し続けた後、智は電話を切った。

「浩子、喜べっ! お前の入院費もタダだってさ」と、笑顔でVサイン。「あとさー、大学の方に
も上手いこと話しつけといてくれるって。しばらく休んでても単位落ちないように。おまけに、あ
のチンピラどもも美浜家の力でやっつけてくれるって♪」
「え、ほ、ほんとに? す、凄い、そんなことまでできちゃうの?」
「大丈夫っ。やると言ったらやる奴なのだ、ちよすけは」

 入院費の件はありえても、あとは途方もない話だった。大財閥の令嬢とは、そこまで権力を行使
できる立場なのか? 小市民の理解の範疇をはるかに超えていて、どこまで信じてよいものか浩子
にはわからなかった。
 だけど、智が大丈夫と言っている。この身を委ねてみよう。そうすれば、多くの心配事から解放
される。辛いのは殴られた跡の痛みだけで充分ではないか。

「いやっほう〜っ。これで安心だ、ケガが治るまでここでのんびり優雅に暮らそうぜ! 知ってた
か、院内にはミニシアターや、漫画もいっぱいの図書室もあるって? あ〜極楽だな、全くぅ♪」
「うん……マジでサイコーだね♪」

 だって、智と一緒だもん。言葉の最後は飲み込んで、浩子は大きくうなづいた。

<六>

 惨劇の翌日、つまり滝野智と鯉塚浩子が病院の屋上で語り合った日の夕方。
 OREジャーナルは同社の有料コンテンツ及び携帯配信メールに、次のような見出しの記事を掲
載した。
『チャンバラ犯人はゲームマニア!?』『大学の同好会で、殺人ゲーム開発!?』
 もちろん、書いたのは神楽である。このスクープで、またしてもOREジャーナルは名を上げる
ことになった。
 翌日から、他のマスコミも一斉に同好会『MATRIX』関連の取材・調査を開始した。マイ
ナーどころに連続で出し抜かれた屈辱とあせりに、激しく駆りたてられて。
 となると、多勢の力とはやはりたいしたもので、大学側が「非公認のクラブ活動ゆえ、内容は一
切関知してない」と非協力的であったにも関わらず、神楽ひとりでは調べようがなかった部員ら全
員の身元も――ただ一名を除いて――たちまち割られ、数日後には、彼らが行方不明になっている
ことも突き止められた。
 さらには、留置所に入れられているチャンバラ事件の犯人ふたりまでが、文字どうり「消えた」
としか考えられない形で、檻の中からいなくなっていた事実に至るまで。

 そして、さらに数日が経過。
 夜更けのOREジャーナル――記事の更新に追われて、総員残業中――では、編集長の大久保が
神楽の報告を受けていた。

「そうか、警察もや〜っと犯人消失の不祥事を認めたか」
「はい。明日、謝罪の記者会見を開くそうです」
「よし、さっそく速報入れとくか。ん、どうした神楽。暗い顔してよぉ」
「あ、すみません。これでチャンバラ事件の手がかりが全くなくなっちゃったと思うと、つい」
「犯人まで消えちまったからなぁ。ま、気にするな。これはもう立派な『謎の失踪事件』、つまり、
こっから先は担当である令子の仕事ってことだ。……だよな、令子?」

「そうですね」予想外に冷たい応えが返ってきた。見れば声の主である女記者は、パソコンのモニ
ターを睨んだまま、こちらを一瞥すらしない。
「お、何かヤバげ?」揉め事を予感してか、オペレーター島田の嬉しげな呟きが聞こえた。
 
 単に上の空なのか、それとも何かご機嫌を損ねてしまったのか――、判断しかねた大久保は、背
筋に冷たい汗が流れるのを感じつつも神楽との話を続けることにした。

「ま、まあその、お前は今夜はもう上がれ。ウチ帰ってな、ゆっくり休んどけ」
「いえ、でも」
「デモもストもねぇ! お前、この一週間、ロクに寝ねぇであちこち飛び回ってただろ? それは
感心なことだが、体壊して寝込まれたんじゃ元も子もねぇ。見習いとはいえ、お前もわが社の戦力
なんだからよ」
「編集長……」
「ほら、わかったら帰れ、帰れ! 明日っからまたコキ使ってやるから」
「はい。では、お先に失礼します」

 神楽は三人にそれぞれ頭を下げると、重い足取りで退出していった。
 大久保はそれを見届けると、さり気なさを装って令子に歩み寄った。
 どちらかといえば朴念仁の彼であったが、女という生き物が取り扱い要注意の可燃物であること
ぐらいは、年齢相応に熟知している。
 先ほどの令子の反応は、明らかに危険な匂いがした。
 真意を探らねば対策も立てようがない。とりあえず、しみじみとした口調で話しかけてみた。
 
「……しかし、神楽もずいぶんいっぱしになってきやがったよな。まあ、お前と比べたらまだまだ
ヒヨっ子だけどさ」
「そうですか」

 だけど返ってきたのは再び気のない応え。大久保は少しムッとしてしまい、声を荒げた。

「令子、お前、さっきから何だよ! ひとが話しかけてるのに、上の空でよぉ」
「ちょっと静かに! いま肝心な所なんですから」
「おおうっ、悪ぃ」
「編集長、ガンガレ〜」

 あまりの気迫に思わず後ずさってしまった大久保に、島田が小声でエールをくれた。完全に野次
馬モードのようだ。
 不届き者は無視して「ところで、何にそんな熱中してるんだ」と、令子が向かっているパソコン
のモニターを覗き込んだ。どこかの個人サイトらしきものが映し出されている。

 その時、突然、令子が歓声をあげた。「これ、これだわっ!」
 またしても大久保は胆をつぶされ、飛び上がった。「うわっ」
 島田も何事かと駆け寄ってきた。「何? 何ぃ?」

 令子は勢いよく立ち上がった。両の拳を胸の前でぐっと握り締めて、ガッツポーズで叫んだ。

「ついに見つけたわよ〜。『鏡』と『失踪』を結ぶ手がかりを!」

<七>

 花鶏に帰り着いたのは、日付が変わる直前だった。
 MTBから降りると、情けないことに足がもつれた。心身ともに、疲労で限界に来ている。
 ここ数日は、本当に激務だった。ただでさえ忙しい所に加えて、大久保たちには内緒で、智が襲
われた事件の調査までこなしていたのだから。

 軽くシャワーを浴びてから、何か飲み喰いしようと台所に顔を出す。
 神崎かおりが、まだ起きていた。榊に食べてもらうスペシャルメニューの研究でもしているのだ
ろう、テーブルの上に所狭しと開かれた料理関係の本を真剣な眼差しで見つめている。
 だが今はそれらより、彼女の傍らのアイスティーに目が留まった。体が水分を求めているのだ。

「あ、お帰り〜。遅くまでご苦労さま」神楽に気づいたかおりが、笑顔を向ける。「今日も暑かっ
たでしょ? ……はい、どうぞ召し上がれ」
 リクエストする前に、手早く神楽の分もアイスティーを作ってくれた。
「お、サンキュ」椅子にドサッと腰を落とし、さっそくご馳走になる。「美味ぇ〜」
 たちまち飲み干し、さらにお代りを二杯して、やっと人心地がついた気がした。「ふう〜」と大
きな溜息ひとつ、ぐったりと背もたれに身を預け、天井を見上げる。

「ねぇ、神楽」かおりが遠慮がちに聞いてきた。「何か収穫があった? 智の件で」
「だめだ〜」上を向いたまま神楽は応えた。「今日も明林大で事件の目撃者探しをやりまくったけ
ど、成果ゼロ」
「智や大阪には、連絡がついたの?」
「そっちもアウトだ。何回携帯にかけても、『ただいま電波の届かないところにいるか云々』だぜ。
留守電にメッセージは入れてるんだけど、音沙汰無しだ。やれやれ、ガイ者たちから事件の詳細を
聞けねぇんじゃあ、調査もやりずらいぜ」」
「ねえ、神楽。智は、その」

 かおりが一瞬口ごもった。智が受けたであろう辱めに思いが及んだのだろう。
 あの事件は――かつての級友として、そして同じ『女性』として――かおりにも大きなショック
を与えていた。神楽から初めて知らされた時には、泣き崩れてしまったほどに。
 
「まださ、電話に出れる精神状態じゃないのかも」
「ううっ……」

 ふと、脳裏に浮かんだ。どこか病院のベッドで、頭から毛布をかぶって震えている智の姿が。怒
りと焦りがチリチリと頭の芯を焦がす。顔を激しく振ってその映像を振り払い、会話を続けた。

「でも大阪の方は、そこまで落ち込んじゃいないだろ? 直接被害に遭ったわけじゃねーんだから。
私からの電話にぐらい出てくれてもいいはずだ。どうしちまったんだ、あいつめ。大学も、ここ数
日休んじまってるらしいし」
「誰に聞いたの? ……あ、そうか。明林大での聞き込みのついでに調べたんだ」
「ちくしょう、八方ふさがりだぜ。打つべき手が見つからねぇーっ」
 
 神楽は悔しさのあまり、右拳を左掌に何度も打ちつけながら言った。 

「……あん時の、火事さえなきゃなぁ」 
 
 あの朝――。
 明林大で火災の報を聞いた神楽は、おっとり刀で現場に駆けつけた。
 燃えたのは、よりによって工学部・廃棟。しかも火元は、智たちが倒れていたという教室近くの
地下室だった。すでに消し止められてはいたが消防と警察の現場検証が続いており、とても屋内に
入れる状況ではない。しかたなく、深夜誰もいなくなってから忍び込んでみたが、火炎と煙、そし
て放水でぐちゃぐちゃになった教室からは、もはや何の手がかりも得ることはできなかったのだ。

「そうすりゃあ、事件現場でデッキの力使って五感を増幅させて……例えば臭いとかで、犯人ども
を追う糸口が掴めたかもしれねーのによぉ。……くそっ!」

 苛立ち紛れに手の平をテーブルに叩きつけてしまった。大きな音とともにグラスが跳ね転び、褐
色の液体を料理書の上にぶちまける。

「ああっ!」かおりが悲痛な叫びをあげた。手早く大量のティッシュをこぼれたアイスティーの上
に散らしてゆく。「ひどいよ、もうっ。高い本もあるのに」
「ご、ごめん!」神楽もあわてて手伝おうとした。「イライラしちまって、つい」
「いい! そっちに座ってて」その手を制しながら、かおりはきつい口調で言った。「ガサツなあ
んたじゃ、濡れた本のページ破っちゃうもん!」
 
 うぐぐ、と呻くと、神楽は椅子にへたり込んだ。かおりは硬い表情で後始末を続けながら、こち
らを見ようともしない。かなりご立腹のようだ。

(怒ってるなぁ、かおりん。そりゃそーだよな、八つ当たりで大切な本を汚されちまったんだから。
……さっき笑顔で私を迎えてくれて、美味しいアイスティーまで作ってくれた思いやりを仇で返し
ちまった。ほんと、ひどい女だよな。私って……)

 ぼんやりとかおりの横顔を眺めながら、知らず知らずに脳内で愚痴り始めていた。疲れに加え、
徒労がもたらしたストレスが、普段は表にしか向かない神楽の心のカードを一気に裏返してゆく。

(かおりんを傷つけちまった。智の役に立てない。……おまけに、編集長は何も知らずに褒めてく
れたけど、私はジャーナリストとしても失格さ。……MATRIX部員らが『行方不明』だと? 
違う、すでに死んでいるんだ。喰い殺されたんだ。私は真相を知っている。だけど、記事にできな
い。あいつらの親御さんにすら伝えてやれない。……まったく私って奴は、バカでガサツで役立た
ずで)

「ち、ちくしょぉぉ〜」

 いたたまれなくなった神楽は、部屋から飛び出た。「え!? 待って。ご、ごめんなさい、私、言
いすぎちゃった……」背中にかおりのあわてた声を聞きながら、玄関へ。「ちょっと走ってくる」
と言い残し、外へと駆け出した。 

 表通りに出ると、さすがは都内だけあって、こんな時間でも車の往来が絶えていない。
 神楽は走った。顔を涙でクシャクシャにしながら。

「ちくしょう、ちくしょぉぉ〜」

 人目も憚らず叫んだ。通りすがったカップルが、何事かと振り返る。
 疲れきった体は鉛のように重かった。だが、走らなければ、叫ばなければ、耐えられなかった。
自分の無能さ、無力さに。
 交差点に差しかかった。信号は赤だ。目では捉えたが、脳がそれを認識しない。神楽は横断歩道
へと突入した。
 次の瞬間、見知らぬ動物の断末魔の声! ……いや、車が急ブレーキをかけた音だ。
 神楽は、はっと我に返った。赤信号なのに飛び出した自分に気づき、その場にへたり込んむ。
 数メートル手前に、一台の車が止まっていた。やや斜めになっているのは、急停車で車体が流れ
たからだろう。ゴムの焦げた臭いが、辺りに漂っている。

「何をやってるっ、信号見てないのか!?」

 車から降りてきた男が、苛立たしげに歩み寄ってくる。聞き覚えのある声だったが、ヘッドライ
トが逆光になり姿はよく見えない。
 向こうの方が先に気づいて、名を呼んだ。

「あれ、神楽ちゃん?」
「き、北岡かっ!!」

<八>

 数分後――。
 神楽は、北岡の運転する車の助手席でふて腐れていた。
 こんな奴の車に乗るなんて「冗談じゃねーよ」の心境だったが、「事故かと思われて通報される
と面倒だ。とにかく乗って」とせかされ、渋々同意したのだ。まあ事実、心身ともに疲れきってい
る時に警官からネチネチ事情聴取なんてご免こうむりたいものだ。

「元気そうでなによりだよ、脚の方もすっかり良いみたいだし」
「けっ、手前ぇでやっといてよく言うぜ。ま、あんな豆鉄砲で撃たれた傷ぐらい、唾でもつけとき
ゃ充分だったけどな」
「頼もしいなぁ。それぐらいタフだと、俺も倒しがいがあるよ」
「調子こいてると、今に痛い目見るぜ。そん時ぁ、泣きごと言うなよ」

 自分でも意外なほど熱くならず、軽い口調で言い返すことができた。もう七日も前のことだし、
ライダー同士が殺しあうのは当たり前という過酷な現実にも慣れてきているからだろう。
 そもそも、今はそんな事でムカついている暇は無い。
 災い転じて福となる。車に轢かれそうになったショックのおかげで、神楽はいつもの自分を取り
戻していた。タフで、常に前向きな心を。
 腕組みして考え込む。智の事件解明に、何か別の糸口はないかと。やはり目撃者を見つけるのが
一番なのだが……。

 ――脳裏に稲妻が走った。

 いた! あの時、あの付近に確かに存在した人物が。しかも、目の前に。

「北岡、お前に聞きたいことがある」
「なによ、改まって?」
「私と戦ったあの夜、何か犯罪行為を目撃しなかったか? 大学の中で」
「犯罪って、どんな? もっと具体的に言ってよ」
「だから、つ、つまり……」舌が少しこわばった。顔が赤らむ。「ふ、婦女暴行とか……」

 北岡は険しい表情になると、タイヤを鳴らしつつ車を路肩に停めた。
 数秒、迷いを感じさせるような沈黙の後、口を開いた。

「もしかして、場所は廃校舎の教室か?」
「な、な、何ぃ! 見たのか、お前っ!? 詳しく教えてくれ、頼む、被害者は……私の大切な友人
なんだっ!!」

 ついに掴んだ解決の糸口。神楽は思わず北岡に掴みかかると、詰問で始まり懇願で終る言葉を一
気にまくしたてた。
 北岡は気おされたかのようにしばし言葉を失っていたが、やがて神楽の手を振りほどき、スーツ
の乱れを直すと、ゆっくりと語り始めた。

「見た、といっても俺が目撃した時には、もう暴行から別種の事件に変わるところだったけど」
「はあ? 別って、何だよ」
「世間一般で言うところの猟奇連続殺人、かな」
「おい、もったいぶった言い回しはよせ。見たことそのまんまをしゃべれよっ」
「はいはい。下着姿の女ふたりに、いかにも今時のチンピラって感じの男女が十名ほど群がってた。
そこへモンスターが現れて……喰っちまったってわけ。チンピラどもを、みーんな」
「な、な、なんだってぇーっ!?」

 あまりにも意外な証言だった。追い詰めるべき犯人は、既に皆殺しにされていたというのか? 
しかも、ミラーワールドの住人によって。
 即座によく似たケースを思い出した。MATRIX部室での惨劇だ。その犯人は、暴行現場の教
室にも現れた。神楽を待ち伏せて。――さては、こちらも奴の仕業なのか?

「そのモンスターって、金色の蟹か? 似たような格好のライダーもそばにいなかったか?」
「へ〜ぇ。なんか興味深いネタを持っているみたいね」
「だから、もったいぶるなっての。どんな奴だったんだ? 早く教えろよ」
「さっきから俺ばかりしゃべらされて、面白くないな。神楽ちゃん、ここは情報交換といこうよ。
お互い損の無いようにさ?」

 北岡は、含み有りげな笑顔でそう言った。

<九>

 鐘の音が正午を告げている。
 古めかしい校舎に、いかにもふさわしい荘厳な響きだった。
 ここは清明院大学。日本の私学では指折りの歴史を持つ学び舎である。
 ただ古くからあるというだけではない。研究施設としても秀でており、ことに理工学の分野では
世界のトップレベルの学者が教授陣に名を連ねていた。また文系においても、法学、経済学などで
高名な人物を輩出し続けている。
 当然のことながら、入試に合格するのも並大抵の学力では困難だ。ここのキャンパスを歩いてい
る学生達は、いずれも秀才であることは間違いないだろう。

「……ああもう、うるさい鐘だな」

 顔を顰めながら、ひとりの女子大生が携帯電話からの音声に耳を傾けていた。
 晩春の風にさらさらと揺れるロングヘアは栗色で、そのままシャンプーのテレビCMになりそう
なほど絵になっている。
 着衣は男物のシャツにジーンズ。若い娘としてはあまりに素っ気無いが、逆にプロポーションの
艶かしさが際立ってしまう。ただでさえ、いるだけで周囲の風紀が乱れそうな肢体なのに。

「ちっ」

 しばし聞き入った後、形の良い唇から漏れたのは舌打ちの音。
 シルバーフレームの眼鏡の下、長い睫毛に縁取られた目がキッと釣りあがる。
 どうやら、かなりご立腹のようだ。

「また『圏外』かよ! 智の奴、いったい何やってやがんだ。もう八日も音沙汰なしで」

 上品そうな面立ちからは想像しがたい、男性的な口調で吐かれた悪態。だけどそれは巷に溢れる
野卑な娘らの物言いとは明らかな一線を画し、むしろ耳にした者に爽快感すら与える凛々しさに満
ちていた。

 彼女の名は水原暦(こよみ)。神楽や榊らと同じ、美浜ちよを核とした高校時代の仲良しグルー
プのひとり。さらに滝野智とは、小学校以来の幼馴染という深い絆で結ばれた仲でもあった。

 さて――。 
 先ほどから暦を物陰から窺う人物がいた。スーツ姿の若い男だ。身なりはきちんとしているが、
目付きはすさみきっている。まるで何か悪いものに憑かれているかのように。
 
「どうやら、あのお嬢さんが水原暦のようですね」
 
 手元の写真と見比べながら呟いた。大判で、制服姿の男女がすまし顔で整列している構図。卒業
式のクラス集合写真だ。六人の女生徒に丸印がつけられている。
 男――須藤雅史は、口の端を歪めて冥い笑みを浮かべると、ボールペンで丸印のひとつを指した。

「水原」

 同様に、他の丸印も次々と指してゆく。点呼するように人物の名を口にしながら。

「滝野、春日、美浜、榊。つまり、この女がっ……」

 最後に突きつけたペン先には、高校時代の神楽の姿があった。

「この忌々しい虎女めが、最も懇意にしてたという友人たちだっ」

 敗北の屈辱が脳裏に蘇る。衝動的に、憎き女の顔をぐりぐりと黒く塗りつぶした。何度も何度も。
ついには穴が開き、支えていた掌にペン先が刺さってしまうまで。

「くくく、馬鹿な女だ。私を本気で怒らせてしまうとは。……ただでは殺しはしない。親しい者た
ちを全て奪われる絶望の果てに、始末してやる」

 須藤は内ポケットからデッキを取り出すと、己が契約モンスターが描かれたカードを抜いた。
 同時に、暦の背後、校舎の窓ガラスが水面の如く波打ち始める。
 栗色の髪の娘は、何も気づかず思案顔のまま。

「すみませんね、お嬢さん。貴女には何の恨みもありませんし、正直なところ、手折るには惜しい
名花だとは思いますが……悪い友達を持ったのが不運とあきらめてください」

 誠意を全く欠いた謝辞を呟くと、須藤は窓ガラスに視線を移した。中では黄金の巨蟹・ボルキャ
ンサーが、今や遅しと指令を待っている。

「やれ、ボル……」
「よせよ」

 不意にかけられた制止の声。肩に置かれた大きな手。
 須藤は驚きのあまり「あ、ううっ」と情けないを出してしまった。
 ボルキャンサーもつられたように、動きを止めた。
 あわてて振り返ると、声の主はえらく長身の男。涼しげな笑顔で言葉を続ける。
 
「もったないだろ、あんな美人をエサにしちゃうなんてさ」
「くっ! だ、誰です、貴方は? 鏡の中のモンスターが見える以上、ライダーだということはわ
かりますがね」
「おいおい。それは愚問って奴よ。ライダー同士だとわかったら、それ以上の詮索は無用。後は戦
うだけでしょ?」

 ふっ、と腹の底で嘲笑った。そんなことはわかっている。初対面の敵だから、バトルに入る前に
できる限り情報を得るため話を長引かせようとしているのだと。
 だが、さらなる彼――北岡秀一の言葉は、須藤の意表をついた。

「あの不細工な蟹が、お前のモンスター? なるほど、明林大でマト何とかっていう部の連中を喰
い殺させたの、お前ってわけね」
「うぐっ。……見ていたのですか、あれを?」
「いやぁ、見てはいないけど、人づてに聞いたのよ。んふふふふふっ」
「何がおかしいのですか?」
「いやごめん、笑っちゃ悪いか。むしろ同じ男として、同情するよ。女に急所蹴られて悶絶させら
れたんだってね、お前さん。お気の毒に、んふふふ」
「うが、ぐううーっ」
 
 思わず奇声を上げてしまった。
 何故知っている!? そうか、こいつは神楽と懇ろなのかっ。あの女め、寝物語でこいつに俺の無
様な負けザマを語ったのだな、さも楽しげにっ――。
 一番触れられたくない部分を掘り返された逆上が、あらぬ妄想まで生んだ。

「……貴方の言うとおりだ。言葉はいらない。ライダー同士が出会ったのなら」己がデッキを握り
締めた。腕が痙攣するほど力んで。「戦うだけだ」
「ああ、そうさ」とんだ誤解を受けているとは知りようもないまま、北岡は応えた。「来いよ」
 両者は人気の無い校舎裏まで移動すると、窓ガラスにデッキを突きつけ声を合わせて叫んだ。
「「変身っ!」」

 北岡は緑を基調とした体を銀の機甲で覆った銃士――ゾルダに。
 須藤は黒を基調とした体に金の甲冑を纏った戦士――シザースに。

 各々異形に身を変えたふたりは、鏡の果ての戦場、ミラーワールドへと身を躍らせて消えた。
                                            (次回、第十五話に続く!)        

『仮面ライダー 神楽』十五話

「智ちゃんはまだ一番大事な人に、今回のことを打ち明けられないんや。叱られるのが怖くて」
「鏡の中から何かを呼び出す。人間を餌に。それが401号室で行われた実験の真実だとしたら?」
「気持ちがいいのですよ、人間をモンスターに食わせると。クセになる、やめられなくなる……」
「鏡が映すのは、しょせん虚像。だが春日歩の瞳には、真実そのものが映る。早めに始末せねば」

 戦わなければ、生き残れない!

【仮面ライダー 神楽】
【第十五話】

【Back】

【仮面ライダー 神楽に戻る】

【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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