あずまんが大王で仮面ライダー龍騎in名無士郎
【名無士郎】
【第01話】

 あれから三ヶ月。

 春日 歩は普通の大学生として毎日を過ごしていた。
 あれからの彼女は、それなりに勉強もし、遅刻も減った。高校時代に比べると、本当にしっかりしてきたと
言えるかもしれない。
 大学での彼女の呼び名は「春日さん」「あゆむ」「あゆ」など、様々であった。
 勿論、あの名前で呼ぶものなどいない。
 彼女自身、その事に一抹の寂しさを感じていた。

 初めての大学生活、初めての一人暮しなど、のんびりした彼女にとっては初めての慌しい生活。
 大学の授業や家事に追われて、楽しかった高校生活が「良い思い出」になりかけてた頃…。

 「大阪さん」

 街の真ん中で彼女は、懐かしい名前で呼ばれた。

 「だれや?」

 「大阪さん、私ですよ」

 舌っ足らずな愛らしい少女の声。彼女が忘れるわけなど無かった。

 「ちよちゃん? ちよちゃんか?」

 「大阪さん…」

 「…さか…ん…」

 少女の声は、少しづつ遠ざかっていく。

 ―歩― 大阪は、反射的に声を追って走りだしていた。
 一瞬ではあるが、舗道傍のショーウィンドウに、あの少女の見覚え有るおさげが映っていたのだ。

 「ちよちゃん、どこやー?」

 「大阪さん、こっちですよ…」

 その少女“ちよ”の声を追って、大阪はビルの隙間に入り、裏道深く入りこんでいた。
 或いは、誘いこまれていたのかもしれない。
 入り組んだ迷路のような道をひたすら走った。

 「あ…あかん…」

 大阪の足がもつれ、前のめりに倒れこむ。
 そもそも高校時代はクラスで一番足が遅く、持久力も無かった彼女にとって、これだけの距離を全力疾走したのは
多分、生まれて初めての事だっただろう。

 「も、もう限界や…くじけそうやー…」

 「……いいんですよ、もう着きましたから」

 「え………?」

 うつ伏せから上体を起すと、そこは終点、袋小路だった。
 嘗て民家が有ったであろうその場所は、家と言うものを構成していた部品の残骸が、無造作に散乱しいるだけだ。
 ドアだったもの、柱だったもの、そして窓だったもの。
 窓枠はひしゃげ、窓に嵌まっていたガラスは割れ、無残な状態である。

 しかし、それらは飽く迄も残骸。誰かが隠れられる程、多く残っている訳ではなかった。

 「ちよちゃーん、どこおるんやー?」

 「…ここですよ、ここ」

 信じ難い事だが、その声は“ガラスの中”から聞こえていた。

 「んなー!?」

 「やっと逢えましたね、大阪さん♪」

 大阪がガラスを覗きこむと、そこには見覚えのある顔…ちよの無邪気な笑顔が揺れていた。

 「ち、ちよちゃん!なんでガラスの中におるん?」

 「いいじゃないですか、そんなこと…」

 「…ええこと無いやん…」

 ちよの顔に安堵の色が浮かんだ。以前と変わらぬ大阪の姿に安心したのだろうか。
 しかし次の瞬間彼女の表情は険しいものへと変化した。

 「大阪さん…みんなと会いたくないですか?」

 「あ…会えるん?」

 ガラスの中のちよが、いつの間にか手に何かを持っていた。
 ちよがそれを投げると、それはガラスを透過して大阪の手の中に収まった。

 「これは…?」

 「同窓会の…招待状です」

 「なんやって?」

 大阪は手の中のものをまじまじと見つめた。
 数枚のカードが収まった小さな薄い箱…。
 頭に無数の疑問符を浮かべている大阪に対し、ちよが口を開く。

 「カードデッキですよ、それを使って戦うんですよ」

 「…戦う…」

 ちよの言葉の後半、危うく聞き逃してしまいそうだったが…。

 「戦うんか!?」

 「はい。使い方は榊さんに訊いて下さい」

 またしても大阪の頭に大きな疑問符が浮かぶ。
 問い返そうとした時、ガラスの中に少女の姿は無かった。

 「ちよちゃん、ちよちゃん!?」

 その時、大阪の背後で砂利を踏む音がした。

 「!」

 振り向くと、そこには長い黒髪をなびかせた長身の女性が立っていた。

 「榊ちゃーん! 久し振りやなー」

 「ああ…」

 その女性―榊も、すぐに大阪の手の中にあるものに気付いた。
 カードデッキ…。

 「それ…」

 「あー、さっきちよちゃんに貰うたんや。榊ちゃんに使い方訊けー言うとったでー?」

 「…………あ、あの…」

 榊が何かを言おうとした時…。

 ―高音の耳鳴りが、頭の中に響き渡った―

 「あ…あうう…」

 思わず頭を抱えてしまう大阪。対称的に、眦(まなじり)を上げる榊。
 榊の方を向いた事で、ガラスに背を向けていた大阪。
 彼女は背後のガラスから迫る危機を未だ知らずにいた―――――。
 肉眼では捉えにくい、ごく細い糸が大阪の首筋を捉えた。
 彼女がその違和感に気付いた時には既に遅く、喉を急激に絞られる感覚と共に後方に引っ張られるのを感じた。

 「あっ…ああ??」

 間一髪、榊の手によって糸が掃われ、難を逃れた大阪だったが、状況を把握するにはまだ時間が足りなかった。
 混乱する大阪に榊が言う。

 「あたしの…やる通りにして」

 「げほげほ…なー…なんやの?」

 「あたしの真似を!」

 そう言うと、榊はジーンズのポケットからカードデッキを取り出した。

 「あー! それは…」

 榊はデッキを左手に持ちかえると、ガラスに向けた。
 ガラスの中にベルトが現れ、榊の胴に装着される。そして……。

 「変身!」

 そう叫ぶや、ベルトのバックル部分にカードデッキを装填した。

 「へ、変身?」

 確かにそう聞こえた。TVのヒーローものでしか聞かないような言葉に、なんとも言えないむず痒さを
感じた大阪だったが、文字通り“変身”した榊の姿に、漸(ようや)く状況を把握した。

 「変身するんやー榊ちゃん。…あたしも?」

 榊は語らず、ただ頷いた。
 大阪は暫くデッキを見つめ、意を決して立ちあがると、デッキをガラスに向けた。

 「へんしん!」

 大阪の姿も変わった。
 改めて自分の姿を見つめ、榊の姿を見つめる。
 榊の姿は、鉄仮面を思わせるマスクに中世の鎧のような胸当て。
 彼女の長い黒髪を想起させるがごとく風になびく漆黒のマント。
 そして、手には蝙蝠をモチーフとした柄のサーベル。
 その姿はまさに「騎士(ナイト)」であった。

 「あー、榊ちゃんかっこええなあ…。あたしはどうなんやろう…」
 
 ガラスに映った自分の姿をみる大阪。
 やはりそれは、一見すると騎士然としていたのだが、大阪の脳裏には全く違うものが連想されていた。

 「あー、デンセンマンやーん、ごっつカコワルイわー…」

 …思わず大阪の年齢を疑いたくなる発言だが、こう見えても彼女はまだ18歳である。
 榊はそんな大阪のボケなど気に留める様子も無く、黙ってガラスに近づいていった。

 「あ、榊ちゃん、あんまり近づいたら手ェ切れるでー?」

 しかし、またしても大阪の目に信じられない光景が映った。
 榊の身体がガラスの中に入りこんでしまったのだ。

 「え? え? 入れるん?」

 暫くの躊躇ののち、大阪もガラスに近付いた。
 そっと伸ばした右手、その指先がガラスに触れようとした時、
 指先に圧力は感じなかった。ガラスの中に、やはり入り込んでいたのだ。

 「あ、あははは」

 大阪はその奇妙な感覚が面白くてたまらなかった。右手、左手、右足を鏡に沈めていく。

 「あははははは、あははははは……」

 そして、顔がガラスの中に入った瞬間、大阪の身体は全て、ガラスの中に吸い込まれてしまった。
大阪・榊の前から姿を消したちよ…。
 彼女は今、嘗(かつ)ての母校にいた。
 しかし平日にも関わらず、校舎には誰もいない。人間…いや、生き物の気配が消えていた。
 学校の名前も、各クラス、理科室や家庭科室の表記も明らかに違和感を示していた。
 
 ―――全て、左右反転していたのだ――――

 ここはミラーワールド。
 鏡を通じ、現世界と繋がる異空間…。ちよは、この世界では実体を保っていた。
 屋上にやってきた彼女に、何者かが声をかけた。

 「やあ、ちよちゃん」

 「よく似合っていますよ、よみさん」

 水原 暦(こよみ)…。彼女もちよの、高校時代の同級生だった。
 
 「ともちゃんにはデッキを渡して、話を伝えてきましたよ」

 「ありがとう…」

 「でも意外ですね…、よみさんが積極的に戦いに参加するなんて」

 「うん…」

 彼女は思いつめていた。
 もっとも、彼女の表情は、キングコブラをモチーフとしたマスクに隠れていたのだが………。

 「あたし、高校の時…ダイエットに必死だったんだよね」

 「はあ…」

 「なんかあたし、太り易い体質らしくて、ちょっと食べすぎただけで体重増えちゃってさー…」

 「それがね、大学に通うようになって、太らなくなったんだ…」

 「はあ…」

 「高校の時と何が違うんだろう?って考えた時に、気付いたのよ…」

 「何をですか?」

 「とも…」

 よみは、杖を持つ手に力を込めた。
 握り締めた手が小刻みに震えている。相当、怒りが込み上げているようだ…。
 しかし、それをなるべく表に出さない様に、穏やかな声をつくろって言葉を続ける。

 「あいつが大学に通うようになって、学生寮に入ったお陰で…大学でも、私生活でもあいつと会わなくなったな…と」
 「…思い返せば高校の頃は…、あいつのお陰でイライラしっぱなしだったな…ってね…」

 「あ、あはは…す、ストレスで太る人って居ますよね…」

 「だから、あいつとは決着をつけたかったんだ…」
 「ダイエットの事だけじゃない、友達と思って我慢し続けた…常にあいつと一緒だった人生に!」

 「はあ、でも良いんですか? 一度戦いが始まったら、手加減は無しなんですよ?」

 「構わないよ…!」

 ややあって、“ちよ”と“よみ”が何かに気付いた。
 目の前の空間に歪みが生じ、そこから一台のバイクが飛び出してきたのだ。
 “ライドシューター”と呼ばれるそれは、ちよ曰く、現世界とミラーワールドを結ぶ移動機関であるらしい。
 大きな摩擦音とブレーキ痕を残し、虚空から現れたそれは停止した。

 「来たな…」

 そこから降り立ったのは、まるで人型の戦車を思わせる外観の鎧に身を包んだ女性―そう、ところどころ垣間見える
曲線は女性のそれであった。

 「よみ、どういうことだよ? これ…」

 「あたしにだって解らないよ。ただ、ちよちゃんがくれたこのチャンスは…貴重だろう? ―とも―」

 「ちよちゃん………そうだ、ちよちゃん、なんなんだよこれ!?」

 とも―そう呼ばれた女性が叫んだ。
 彼女も“ちよ”や、“よみ”の旧友だったのだ。

 「すみません、でも…戦って下さい…」

 「ちよちゃん…」

 「よみさんの“王蛇”も、ともちゃんの“ゾルダ”も、結構強いんですよ? “ライダー”は他にもいるんですから…」

 「ライダー…?」

 「ここで迷っていたら、勝ち残れないですよ?」

 ともは、マスクの下で悩んでいた。元々、深く考えるのは得意ではなかったが、それでも、親友と思っていた女性が
自分と戦うに至った理由を考えた…そして…。

 「わかんないや」

 ともは、よみの方に向き直った。

 「よみ…あんたがどういう理由であたしと戦う気か知らないけど、あんたが本気なら…」

 そこまで言いかけて、ともが動いた。
 しかし、動いた先にいたのは、よみではなく、ちよだった。

 「ちよすけぇ!」

 とも―ゾルダ―の手が“ちよ”の腕を掴もうとした瞬間、彼女の姿は目の前で掻き消えた…声だけを残して。

 「駄目ですよ、ともちゃん。それは反則です」

 「…くっ…」

 「戦ってください…勝ち残るために…」

 ともの背後で、音が聞こえた…。
 よみ―王蛇―が左手に持っていた蛇状の杖、その頭部をスライドさせたのだ。
 右手でベルトのバックルに手を伸ばし、装填されたデッキからカードを一枚引き抜いた。
 杖のスライドさせた部分に現れたのはカードを入れるためのスロット。
 よみはそこにカードを挿し込み、スロットを閉じた。

 《ソードベント》

 杖から声が響いた。そして…。
 その声に呼ばれるように、どこからか巨大な蛇が現れ、よみに剣を与えた。

 「よみ…本気か?」

 「とも、お前さっき言ってたな? あたしの戦う理由が解らないって!」

 「わ、わかんないよ」

 「イライラさせてくれるよな、お前ってば…」

 よみは剣を構え、腰を落とした。すぐにでも踏み込めるようにだ。
 “とも”も覚悟を決めた。左手に持った銃の、弾倉部分をスライドさせると、そこにカードスロットが現れた
 そしてデッキからカードを引き抜き―――――――。

 「ハアッ!」

 先手必勝、
 既に“よみ”は走り出していた。
 相手が構えるのを待たない、とにかく本気で彼女を倒そうという意思表明であったのかも知れない。
 後方に引き絞った腕を前方に突き出す。剣の切っ先が“とも”の喉元に届こうとしたその時…!
 それは、ともの足元から現れた、巨大な猛牛の身体に止められた。

 「なに!?」

 かろうじて転倒は避けられたものの、よみは完全にタイミングを崩されてしまった。

 「そうやって、ちまちまと頑張るところが“よみ”らしいよね…? あたしはそういうの苦手だもんね」

 ともは、巨牛の背面に銃口を連結させた。
 巨牛の身体のいたるところが開き、そこから現れたのは…無数のミサイル。

 「…!」

 よみは戦慄した。

 とも―ゾルダ―の選んだカードは《ファイナルベント》
 全てのライダーにとって、それは切り札と言えるカードだった。

 「よみぃ…」

 僅かな躊躇の後(のち)、彼女は引き鉄を引いた。

 よみの視界が真っ白になった。
 洪水の様に広がるミサイルの群れ。巻き起こる大爆発。その威力は屋上の大半を消滅させてしまうに充分であった。

 「なんでだよ…なんでよみが…」

 ともは、自らの手で親友を葬ってしまった事を呪った。引き鉄を引いた指を呪った。
 無理も無い。覚悟していたとは言え、初めて人を殺めてしまったのだから。
 彼女は、己の勝利をも呪っていた。

 「な…何を…」

 よみの声だ。

 「勝った気で…いるんだよ?」

 「………よみー!」

 ともの声は上ずっていた。顔は見えずとも泣いてる事は、はっきりと判った。

 よみは、とものファイナルベントが発動した瞬間、巨牛の懐に飛びこんでいた。
 彼女のファイナルベント「エンド・オブ・ワールド」は、無数のミサイルが広範囲に打ち出され、
敵を一網打尽にする事を目的としているが、その攻撃力はミサイルの直撃以外に、爆風に舞う破片、崩れる瓦礫などの
直撃による効果も含めた期待値である。
 彼女は敢えて懐に飛びこむ事で、ミサイルの直撃のみ、最小限の被弾に抑えたのである。

 「よみぃ、よみ、よかったよぉ…あたし……」

 「とも…」

 彼女の苛つきは治まっていた…。

 自分の為に泣いてくれた“とも”に、毒気を抜かれてしまったようだ。

 「ふう、今日のところはお預けだな…気が削がれたし、時間も丁度良い…」

 「うん…」

 二人の身体が粒子分解を始めていた。

 「さっ、早く戻らないと帰れなくなるぞ?」

 「うん…なあ、よみ」

 「なんだ?」

 「帰ったらさ…飲みに行かない?」

 「こら、酒は二十歳になってからだぞ!」 
 
 「なんだよー、堅いコト言うなよー」

 「堅い事じゃねー、常識だ! 全く…次は覚えてろよ」

 「へん、それはこっちの台詞だ」

 「こっちでいいんだよ…」

 よみは、ふらつく身体を“とも”の肩に預け、ミラーワールドを後にした。
 その姿は嘗ての、親友の姿そのものであった…。

 一方、榊と大阪を乗せたライドシューターも、ミラーワールドに到着していた。
 平然としている榊と対称的に、左右反転した世界を好奇心一杯に見まわす大阪。

 「うわー、全部裏っ返しやー」

 榊は周囲を警戒していた。物音や、僅かな動きも見逃すまいと。
 何か起こったら直ぐに動ける様にと、左手に持った剣――の形をしたカードスロットを開き、
バックルに装填されたデッキに手をかけた。

 「あれ? 榊ちゃんて左利きやっけー?」

 「あ…」

 「あー、裏っ返しやからやな? ほんなら、あたしもそうなん?」

 「い、いや…」

 「こないにして、こっちとあっち行ったり来たりしとったら、自分がどっち利きやったか忘れてまうなー」

 「…………」

 ミラーワールドにいるからといって、左利きになるわけでは無い。
 ライダー達は右手でデッキからカードを引き抜くため、スロットは左手側に無いと都合が悪いのだ。
 斯(か)く言う大阪の左手にも龍を象(かたど)った篭手が鎮座していたのだが。

 大阪は相変わらず、左右反転した世界を楽しんでいた。目に止まる看板を片っ端から読んだり、
ドアの取っ手が逆になってるのを見ながら走り回っていた。

 「春日さん、あんまり動き回ると…」

 「あー…」

 「え?」

 「そうやんなー、榊ちゃんはあたしをそう呼んどったなー」

 「あ…」

 「あははははは、大丈夫やって、誰ーもおらんのに危ない事なんかー…」

 しかし、大阪が自由に動き回れたのはそこまでだった。
 大阪は何かに身体を絡め取られ、極めて不自然な体勢で静止していた。

 「春日さん…!」

 大阪の異変に気付いた榊が駆け寄ろうとしたその時――――。
 巨大な蜘蛛が行く途を阻んだ!

 咄嗟に飛び退き、間合いを取る榊。
 カードをスロットに挿入する。

 《ソードベント》

 背中のマントが巨大な蝙蝠に変化し、榊に剣―しかし、形状は護拳のついた槍に近い―を手渡した。
 蜘蛛が振り下ろす肢を剣で掃いながら、榊はどうにか大阪に近付こうとした。
 しかし、剣一本で防ぐには、蜘蛛の肢は多過ぎた。
 榊は逆に剣を叩き落され、太腿に傷を受けてしまった。

 「ああ、榊ちゃーん、大丈夫かー?」

 大阪はかろうじて動く右手を振って榊に呼びかけた。

 「か、春日さん、カードを!」

 「カード?」

 大阪は辛うじてデッキからカードを取り出す事が出来た。

 「カードって、これかー?」

 「それを…左手のバイザーに…!」

 大阪は、榊のやっていた事を思い出しながら、唯一自由に動く右手で、左手の“ドラグバイザー”を開き、
スロットにカードを挿し込む事が出来た。

 《アドベント》
 「あ、あどべんとー…」

 上空から真紅の龍が現れ、大阪の前に降りてきた。
 その龍はまず、巨大な蜘蛛に対して一発、火球を吐き出し、次に大阪の身体を戒めから解放した。
 龍の口から漏れた炎がその戒めに引火した時、初めてそれが視界一杯に張り巡らされた蜘蛛の巣だと解った。
 蜘蛛の巣は炎をまとい、無数の火の粉を散らしながら崩れ落ちていく。

 「なんかきれーやなー…」

 「春日さん!」

 「あ?」

 蜘蛛が大阪の方を向いている。次の獲物として狙いを定めたらしい。

 「あっ、あっ、ああ、あ…」

 軽くパニックに陥る大阪に、榊が叫んだ。

 「早く! 早く次のカードを!」

 「あ、あうあう…」

 大阪は慌てふためきながらもカードを挿入した。

 《ガードベント》
 「が…がーどべんとー」

 蜘蛛の体当たりを食らい、弾き飛ばされる大阪、しかし地面に激突する直前、大阪の身体に装甲が付加され、
深刻なダメージを負う事は無かった。

 「あいたぁ〜…間一髪やったなー…」

 今度は榊がカードを引いた。

 《ファイナルベント》

 榊の背中に蝙蝠が張り付き、彼女の身体を上空に持ち上げた。
 蝙蝠の翼はマントへと姿を変え、マントは飛び蹴りの姿勢をとった榊の全身に巻き付く。
 まるで捩子(ねじ)の様な形になった榊は、回転しながら蜘蛛めがけて突っ込んでいく。
 気付いた蜘蛛も迎撃の態勢をとるが、直撃には耐えられなかった。
 榊の身体が蜘蛛の身体を貫通した。炎を伴う凄まじい爆発を起こし、蜘蛛は四散した。

 「へぇ〜…榊ちゃんすごいなあ」

 爆発の炎の中から、光の玉が天に昇っていく。
 蜘蛛の魂か…いや、そうではない。理由は後述するが…。

 「春日さん」

 「あー?」

 「あの光を、“ドラグレッダー”に食べさせて!」

 「ど、どら?」

 「その、龍…」

 榊が指差すのを見て、大阪は背後に目を遣った。そこには、大阪―龍騎―の契約モンスター、
真紅の龍“ドラグレッダー”が、命令を待つように旋回していた。

 「よっしゃ、食べてええでー、どられーだ〜」

 「っう…」

 榊がマスクの下で赤面した。大阪が言い間違えた事が恥ずかしかったのではない、
“可愛い”と思ってしまったからだ。
 元々、彼女は可愛いものが好きだった。いや、むしろ“可愛いものに弱い”と言ってしまっても良いだろう。
 過剰な母性本能故か、或いは自分が長身である事のコンプレックス故なのか、それは彼女にしか解らない事かもしれない。
 大阪の言い間違いによって、彼女の目にはドラグレッダーが少しだけ可愛く見えてしまったのだろう。

 ドラグレッダーが上昇し、光の玉を追いかけて一飲みにした。

 「なー榊ちゃん、あれ食べたらどうなるん?」

 「契約モンスターの…ごはん」
 「食べたら…って言うより、きちんと食べさせないと、お腹を空かせて…」

 「て?」

 「あたし達を…食べる」

 「食べる!?」

 「食べる」

 「あ、あんたそんな危険なやつやったんか?」

 大阪が、光の玉を食べて戻って来た龍に言う。
 龍は意に介していない様だが。

 そして、大阪達にもタイムリミットが訪れた様だ。
 身体の粒子分解に先に気付いたのは大阪だった。

 「あれ、なんかこそばいなー?」

 「あ…」

 程無くして榊も気付いた。
 大阪の手を取り、走り出す榊。

 「ああ…どないしたんや榊ちゃん?」

 「早くここから出ないと、消えてしまう」

 見ると、自分の手から細かい粒子が出ては、次々と消えていた。

 「あわわ、えらいこっちゃ」

 大阪も歩を早めたが、どうしても榊の足とは会わせられない。

 「ああああかん、もちょっとゆっくり行ってくれんと、足もつれてまう〜」

 「あ、ごめん…」

 リミット寸前、二人はミラーワールドからの脱出に成功した。
 大阪は勿論だが、体力がある筈の榊までがその場に座りこみ、息を切らしていた。
 やっと呼吸を整えた大阪が自分の手を見つめて言った。

 「あ〜…だいぶ減ってもうたなー」

 「い、いや…」

 粒子分解の事を言っているのだろうか。

 「よみちゃんやったら喜ぶかな〜」

 「いや…全部消えない限りは大丈夫…だから」

 「そーなんやー?」

 大阪は相変わらずのマイペースを崩さなかった。
 自分が巻きこまれてしまった戦いの過酷さを、彼女はいつ自覚するのだろうか…。

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