仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第二話】

『仮面ライダー 神楽』 第二話 <壱>

 安否を気づかう神楽の手が触れると同時に、屈強な戦士の体は、鏡が割れるような音とともに砕
け散った。その後には、同じ姿勢で横たわるひ弱そうな青年の姿があった。あまりのギャップにと
まどいつつも、神楽は声をかけてみた。
 「えっと、あの、貴方は・・・?」
 「そうだ、僕はこんなに強い。なのに、おかしいよね。負けるなんて・・・」
 「負けたって?誰に?ど、どこかやられたのか!腹か、胸か?」
 「僕は、僕は英雄な・・・んだ・・・」
 「あ、あんたなぁ、人の話を聞けよ!とにかく、今すぐ救急車を呼ぶ・・・えぇ!?」
 驚愕のあまり、携帯で119番しようとした彼女の手が止まる。いつの間にか青年の体は、細かい
粒子となって蒸散し始めていたのだ。
 「な、何だこれ?おい、あんた、しっかりしろ。おい、おい、あああ!」
 みるみる彼の肉体は目減りしてゆく。しかし、神楽には何もできなかった。何が起きているか理
解することすらも。
 「えいゆ・・・うに・・・なれば みん・・・なが ぼくに・・・やさし・・・く・・・」
 ついに、青年は最期まで神楽に一瞥すら与えることなく、ただ虚空をうつろに見つめながら消滅
していった。後には、呆然とその場にへたり込んだ神楽がひとり残される。
 「消えちまった・・・」
 のろのろと命の恩人が消えた場所に這いより、地面をなでてみる。血痕どころか、何の痕跡もな
い。・・・いや、あった。ただ、ひとつだけ。乾いたアスファルトの上に、四角いケースのようなもの
が残されていた。
 「何だ、これ?」
 おそるおそる手にとってみる。その色は美しいブルー。そして、動物の顔を意匠した金の浮き彫
りがなされていた。その動物の名は・・・
 「猫か・・・?」
 「・・・虎だ」
 唐突な第三者の声に神楽があわてて振り向くと、そこには一人の男が立っていた。陽炎のように。
 「だ、誰?」
 男は答えず、深い思慮と憂いを帯びた表情のまま、逆に神楽に問いかけた。

「・・・その男の戦いを引き継ぐのか?」
 「え、何だって?戦いって、あの化け物との?」
 「・・・選べ。時間がない」
 「あんたもかよ!どうしてこう、人の話を聞かない奴ばかり・・・って、あああ、私の体も!」
 またしても噛合わぬ会話に苛立つ暇はなかった。神楽の手足も先ほどの青年同様、蒸散を始めて
いたのだ。
 「・・・選べ!」
 「くそっ、わけがわかんねぇ!でも、ああ、減ってく!ちっくしょう!やる、やるよ!」
 神楽のいらえを聞くと男は薄く笑い、その右手を前に突き出した。神楽もつられるように、青い
ケースを持った右手を突き出す。
 「え?なんだこれ!」
 いずこから、そしていつの間にか現れたベルトが、神楽の腰にあった。同時に、脳裏に為すべき
動作のイメージが閃く。
 「ええい、こうなりゃヤケだ。とことんつき合ってやるぜ!こうか!」
 イメージをたどり、流れるように両の腕を動かしてゆく。
 「変身っ!」
 気合を入れるように叫けび、ベルトのバックルに青いケースを差し込む。・・・すると!
 「うわわわわわ!こ、これはさっきの!?うわ、うわぁ」
 神楽は思わず声をあげた。一瞬のうちに、己の姿が先ほどの異形に変わっていたのだ。驚愕、そ
して歓喜。バックルの辺りから全身へと、爆発するような勢いで『力』がみなぎってゆく。
 「仮面ライダータイガ。それがその姿での名だ」
 男はおごそかに言い、彼方の一点を指差した。そこには強く輝く一枚の鏡があった。
 「行け。・・・時間だ」
 「時間って?あー、まだ消えてる!これじゃあ意味がないじゃんか、おい!あれ?」
 なお収まらぬ蒸散に神楽が抗議しようと振り向くと、すでに男の姿は消えていた。選択の余地も
迷っている暇もない。彼女は渋々、男の示した鏡へと走り出すしかなかった。
 しかし、その、ただ走るという行為が、彼女に新たな驚きを与えてくれた。
 (す、凄ぇ!なんて加速だ!チャリで下り坂飛ばしても、こうはいかねえぞ、ヒャッホー!)
 何があったかも一時忘れて、神楽は歓声をあげながら光る鏡に飛び込んでいった

『仮面ライダー 神楽』 第二話 <弐>

閑静な住宅街の一角にその喫茶店はあった。落ち着いた造り。センスの良い調度。そして美味し
い紅茶。隠れた名店として常連客に愛されている所以だ。しかし、今は店内に客の姿はなかった。
理由は簡単、ドアにぶら下がっている『臨時休業』の札がそれだ。
ひとり、店内に女性の姿があった。まだ若い。二十歳前だろう。耳のやや下で真っ直ぐに切り揃
えられた黒い髪が揺れている。テーブルに頬づえをついて、可愛い顔をもったいないぐらいに歪
めて、ご機嫌斜めの様子だ。
その娘が、ため息をひとつついて立ち上がろうとした時だった。大きな窓ガラスの一枚からまば
ゆい光がほとばしるや否や、そこから何者かが「ヒャッホー!」と飛び出してきたのは。あまり
に異様な、というかバカげた事態だった。しかし、彼女は平然とそれに近寄って声をかける。
「やっと戻ってきた!東條くん、ちょっとあんたねぇ!!」
一方、それ――タイガである神楽は、困惑の極みにあった。てっきり鏡を抜けたら元の場所、球
場外周に戻るのかと思いきや、見知らぬ喫茶店に現れてしまったのだから。窓ガラスに映る自分
の容貌は、室内の景観から明らかに浮いていて・・・なんだか、ものすごく恥ずかしい。
(えっと、あうう、いったい、どーなってんだ)
娘の方も、問いかけを無視されて頭にきたようだ。タイガの肩を掴んで、声を荒げる。
「こらっ、こっち向きなさい!あんた、いったい・・・」
神楽はやっと彼女の存在に気づき、振り返る。同じタイミングで変身が解け、生身に戻った。
「ええっ?と、東條くんじゃあ・・・ない。え、あ、あんた、もしかして神楽、神楽なの?」
「かおりん!お、お前、かおりんじゃねぇか!」
二人はしばし目をパチクリさせて見つめあい、やがて、声を合わせて叫ぶにいたった。
「「ええ〜なんで!?」」
神楽と彼女――かおりは高校時代のクラスメイトだったのだ。

 ――数分後、やっと落ち着いた二人は、向かい合って店内の一卓に座っていた。不思議な体験の
経緯を話し終えた神楽は、一息いれるように、かおりが淹れてくれた紅茶をすすった。
 「う、美味ぇ!うちの編集部のティーバックとは、えらい違いだ」
 「ふん、当たり前でしょ。葉っぱからして違うのよ。第一、淹れ方だってねぇ・・・」
 「はいはい。ところでさぁ、今度は私が聞いていいか?一体、何がどーなってるのか」
 かおりは大きくため息をつくと、天井を仰いだ。
 「はぁぁ〜、何から話せばいいものやら」

――三杯目の紅茶を神楽が飲み終える頃、かおりの話はやっと一段落ついた。
鏡の向こうの異世界、ミラーワールド。
そこから襲いくる、人肉を糧とするモンスター達。
その捕食行動こそが、一連の失踪事件の実態であること。
そして人の身であるながら唯一、その悪鬼どもと戦う力を持つ仮面ライダーの存在。
いずれも、先ほどの体験がなかったら、現実主義者の彼女には到底受け入れられない内容だった。
 「あれがミラーワールドだったのか。そこで私を食べようとしたのがモンスター。くっ、じゃあ
失踪した人たちはああやって奴らに食われて・・・畜生ぉ!」
神楽の目に涙が浮かぶ。取材の過程で何人も会った失踪した人々の関係者。皆、その生存を信じ
て疑っていなかった。なのに、なのに!
「私は運良く助けられた。仮面ライダーのタイガに。そして、今は私が」
 ジーンズの尻ポケから件の青いケースを取りだして、神楽は言った。涙をぬぐいながら。
 「私がその仮面ライダータイガ・・・!あのクソ野郎どもと戦う力がある・・・よぉし!」
 「落ち着きなさいよ、まだ話しとかなきゃならないことが・・・」
 いますぐにでも戦いへと走り出しそうな旧友を制し、かおりは話を続けた。
 「そ、そうだ。ねぇ神楽。そのケース――カードデッキって言うんだけど、ちょっと見せて」
 「ん、いいけど」
 かおりはデッキを受け取ると、いそいそとカードを取り出してテーブルに並べ始めた。
 (やった、とうとう中が見れる!どれどれ、これが『封印』、これが『召喚』・・・手強そうな虎ね。
『ストライク』・・・あの鉤爪か。『フリーズ』・・・何かな?氷?そして『ファイナル』・・・一体、どん
な技?東條の奴、教えてくれなかったし。ほんとあのバカ、聞かれもしないことは自慢げに話すく
せに、肝心なことは何一つ・・・)
 「しっかし、かおりんの家がサテンだったなんて知らなかったぜ」
 「はいはい、どうせ興味もなかったんでしょ。私の家のことなんか」
 のん気な神楽の問いに生返事をしつつ、かおりは真剣な表情でカードの分析を続ける。それは一
体何の、そして誰のためなのか?
 (まー、デッキを他人に見せて平然としてるバカよりましかもね。・・・でも、嘘、これだけなの?
これがベルデとファムを連破したタイガのデッキ構成?)

「ところでさぁ、そのカードって何?」
「ええ!えっと、これはねぇ」
 聞いて当然の質問が、やっと神楽の口から出た。かおりは内心の動揺を必死に抑えて答える。
「か、仮面ライダーはね、このカードに描かれた武器や技を使えるのよ。た、例えば・・・」
 かおりは、あわてて並べたカードの一枚を手に取った。
「これ、『ストライク・ベント』を使えば、大きな鉤爪を装着できるのよ」
「鉤爪、あれか!私も見たよ。あいつ、えっと、東條っていうのか?その爪でモンスターを倒し
てた!格好良かったぜ、へへへ。で、カードをどうすれば爪が出てくるんだ?」
「そ、それはね・・・」
瞬間ためらった後、彼女は答えた。
「デッキから引き抜くだけでいいのよ。あとね、抜くときも頭の中で使いたいカードを念じてや
れば、自動的に望んだカードが引けるそうよ」
「へー!そいつはスゲぇや!わくわくするぜ。でもさぁ、なんでそんなに詳しいんだ」
「聞いたのよ。と、いうか、勝手に語ってくれちゃったんだけどね。東條くんが」
うんざりとした顔で、かおりは答えた。しかし鈍い神楽はそれに気づかない。
「へぇ〜、東條ってもしかして、かおりんの彼氏?ここで一緒に暮らしてたとか?」
それどころか逆に、致命的に『逆撫で』な問いかけをしてしまった。
「ば、ば、馬鹿ぁぁぁっぁぁ!んなことあるかぁぁぁ!なんで私があんな気色悪い男と!」
立ち上がり、神楽の胸倉まで掴んでかおりは叫んだ。
「わ、悪りぃ悪りぃ!私が悪かった。落ち着けって」
さすがにマズいと思ったのか神楽もわびをいれ、かおりの口調も少し和らいだ。
「ふー、まあいいわ。死んじゃったんだし。もうあの顔見ずにすむんだから」
「・・・おい、それはないだろう」
今度は逆に神楽が聞きとがめる。東條は彼女にとって、命の恩人であることには変わりないのだ。     
「ふん、何も知らないくせに。あんな奴、一分一秒でも早く死んだ方が、世のため人のためなの」
「おい、いい加減にしろ!!」
激昂して、かおりに掴みかかろうとする神楽。しかし、その手が彼女に届くことはなかった。

『仮面ライダー 神楽』 第二話 <参>

 「うぐぅ!」

 背中に感じられる硬く冷たい床の感触と打撲の痛み。これがなかったら、神楽は未だに理解でき
なかったかもしれない――自分がその場に投げ倒されたことに。かおりに伸ばした腕に傍らから何
者かの手が添えられたか、と思った次の瞬間には、この有様だった。

 「痛ててて・・・だ、誰だ!」

あわてて飛び起き、いったいどんな奴かと伺い見る。その表情が、たちまち警戒から驚愕に変わった

「お、お前は・・・!」

 それは、うら若い娘だった。腰まである黒髪。そして、背が高い――170は楽に超えていよう。
 ・・・だが、神楽が驚いたのは、その点ではなかった。相手が、彼女のよく知る人物だったからだ。
先ほどのかおり同様、かつてのクラスメイト。いや、それ以上の、心を許した友だったのだ。

 「榊、榊じゃねぇか!」

 驚きはすぐに喜びにかわり、神楽は笑顔でその娘の名を呼んで歩み寄った。

 「おいおい〜、久しぶりだな!元気か?なあなあ、何、今の技?お前やっぱり・・・うわ!」

 ・・・なのに、親しげに伸ばした手は再び迎撃の憂き目にあい、その身は床に叩きつけられる。
 痛む背をさすりつつ立ち上がった神楽は、やっと旧友の様子が尋常でないことに気がついた。
 顔に表情が無い。瞳に光が無い。そして、こちらに向ける視線に温もりが無い――まるで見知ら
ぬ誰かを見るような。

「・・・榊、どうしちまったんだ?わ、私がわからないのか?神楽だよ、なぁ」
 「・・・・・・?」
 「なぁ、忘れちまったのか、私を、なぁ、榊・・・榊ぃ・・・」

 無性に、無性に哀しくて、神楽の瞳からは、いつの間にか大粒の涙がこぼれ始めていた。

 「ね、ねぇ、ちょっと来て」

 その様子に驚いたのか、それまで――騎士に守られたお姫様のようにうっとりと、ありさまを見
つめているだけだったかおりが、神楽に駆け寄るとその手を引いてカウンター脇のドアへと誘った。

 「おい、榊はいったいどーなっちまったんだ!」

 ドアを抜け、しばらく歩いた先にひらけた裏庭で、たまらず神楽はかおりを問い詰めた。まだ涙
声の彼女に答えるかわりに、かおりは花壇の手前にため息とともにしゃがみ込んだ。

「おい、かおりん!」
「・・・榊さんは、記憶喪失になってしまったの。ここ数年の記憶がないのよ」
「なにぃ、記憶が!?」
「うん。幸い日常生活には支障がないんだけど。私のことだって、本当はよくわかってないのよ」
 「そんな、あの榊が!いったい何が原因で?」
 「・・・それは」

 かおりは心底つらそうな表情で、言葉を途切らせた。そっと手を伸ばし、花壇にあった置物――
木彫りの子猫の泥汚れを払い始める。

 (猫か。そういえば榊も飼ってたっけ。なぜか猫に嫌われるあいつになついた、この世でたった
一匹の猫を。名はマヤー・・・え、ま、まさか!)

「おい、まさか」
 「ま、マヤーが死んじゃって・・・さ、榊さんの目の前でトラックにひかれて、ぺちゃんこになっち
やって、それで、それで・・・」

 かおりも泣き声になっていた。華奢な背中が震えている。

 「な、なんだって!あ、そ、それじゃぁ・・・」

 花壇に置かれた猫の置物。神楽はやっとそれが何を意味するのかに気がついた。

 「これが、これがあいつの墓だっていうのか!!」
「そうよ・・・私が作ったの」

 泣きながら続くかおりの告白を、神楽はなかば呆然として聞いた。
 休みの日にそっと榊の後をつけていて、悲劇の現場に居合わせたこと。ショックで意識を失った
榊に付き添い、救急車で病院までいったこと。

「お医者さんが言うにはね、記憶を取り戻すには、失った部分の期間に多くの思い出を共有した
人間――親しい友人とかと過ごすと良いんだって。だからご両親を説得して、ここで住み込みのア
ルバイトをしてもらっているの」
「友人と過ごす、か・・・だったら、私も協力する!智やよみや大阪、ええぃ、こうなりゃアメリカ
に留学したちよちゃんにだって声かけて集まってもらうぜ!」

神楽の口からでた名前は、いずれも高校時代、榊と特に親しかった友人達のものだった。情に厚
い彼女らのことだ、きっと喜んで力を貸してくれるだろう。

「ダメっ!止めて、それだけは!」

「へ、なんでだよ?」

 意外な拒絶の言葉に、神楽は戸惑った。

 「榊さんは、いつだって凛々しくて、格好よくて、完璧じゃなくちゃいけないのよ!今の、こん
な榊さんを、知り合いに見せたくないの!とくに、とくにあの人たちには・・・」
 「あいつらには、そんな気遣いや遠慮は無用さ。高校の三年間ずっとつるんできた仲間だぜ?」
 「だから、だからよ。・・・ねぇ神楽、その役目はあの人たちでなくちゃいけないの?私じゃだめな
の?私と、あんたとじゃあ・・・」
 「そっちが本音かぁ?お前、いくら自分があいつらほど榊と親しくなれなかったからって・・・」
 「それは、あんたも同じでしょ?三年間?ふっ、あんたは二年間じゃない」
 「なんだと、お前ぇ!」

思わず声を荒げる神楽。だが、かおりは平然と言葉を続けた。挑発するように・・・

 「あはは、おっかしいの。自分がちよちゃん達並みに榊さんと親しいと思ってたんだ?全然違う
のに。ガサツなあんたらしい思い込みね〜。あはは、思い出しちゃった、あの時と似てる。あんた
が二年のクラス替えで同じ組になって、初めて榊さんに話しかけた時とね」
 「あ、うう・・・あ、あれは」

 唐突に脳裏に再現される、忘れたはずのあの時のこと。

 ――ずっと意識し続けていた。体育祭やマラソン大会などで競う唯一のライバルとして。言葉を
交わしたことは一度も無かったが、向こうもきっと思いは同じだと信じていた。

 ――しかし、それが単なる片思いだとわかった、あの時。親しげに話しかけた自分に向けられた
冷たい視線。

(そうだ、さっきと同じだった。だから、あんなに涙が・・・。榊にとって、私は、私は・・・?)

 「顔も名前も、存在すら、榊さんの記憶になかったのよね。あはは」
 「うるせぇぇぇ!だから、なんだってんだ!」
 「・・・だ・か・ら、同じなのよ私達は。ね、神楽、力を貸して。二人だけで榊さんを・・・ね?」
 「ふ、二人だけってお前、その、あの・・・」

 なぜか否定の言葉がすんなり出てこない。
逆に、かおりの誘惑に屈したい気持ちがふつふつと沸いてくる。
 いつもあまり考えずに行動する神楽の脳は、ライダーの件もあって、既に過負荷状態にあった。

 「ま、また来る!じゃあな!」

 そう言って逃げ出すのが、今の彼女には精一杯だった。

『仮面ライダー 神楽』 第二話 <四>

 同時刻、すなわち平日のおだやかな午後。南青山の一角にある豪奢なオフィス。そこの主は執務
机でまどろんでいた。端正な額に汗がにじんでいる。それは激務による疲れか、あるいはもっと体
の奥底から発せられた危険信号なのかは、本人すらわからない。

 「・・・んん、なんだ、あんたか。と、いうことは、また誰かライダーが死んだってこと?」

 その男――弁護士・北岡秀一は背後の気配に気づくと、寝起きのけだるさをまとったまま、気配
の元に言葉をかけた。

 「死んだのは、仮面ライダータイガだ」

 答えたのは、神楽にデッキの継承を選ばせたあの男だった。

 「タイガ?早くも二人抜きしたって奴だっけ?ふふ、儚いねぇ。やっぱり『慌てる乞食はもらい
が少ない』ってね?」
 「・・・奴はライダーとしては優秀だったが、重大なルール違反を犯した。ゆえに処分されただけだ。
タイガのデッキは、別の人間に引き継がせた」
 「おやおや、そーいうのってありなの?ま、いいけどね。替わったばかりってのは好都合だし・・・」

 しかし、北岡が振り向くと、すでに男の姿はそこにはなかった。

 一方、神楽は、旧友宅を飛び出したのはいいものの、新たな難問に直面していた。

 「・・・って、ここはいったいどこなんだ。都内か?」

電柱にあるはずの住所表示を求めて、辺りを歩き回る。
 そのおかげで、先ほどの喫茶店が「花鶏――あとり」という名前であることを知ることができた。
住居側の玄関に掛かっていた表札から、かおりの姓が『神崎』であったことも思い出せた。
 そして、ついに待望の住所表示が!

 「S宿区?おいおい・・・横浜まで電車で戻るしかないな。お金、あるかな?」

 MTBを置きっぱなしにしてはおけない。財布の中の小銭を勘定しながら、駅がありそうな方角
へ移動する。頭の中では、先ほどの出来事が反芻されていた。

 (・・・変だ、かおりんの言ってることは。絶対おかしい。なのに、なんで言い返せなかったんだ?
やっぱりバカだからなのか?脳みそまで筋肉なのか私は!ああくそ、もっと頭が良ければなぁ!)

 その時だった。耳の奥底、脳にまで響くような不快な音が聞こえてきたのは。

 (あーっ!考えすぎでついに耳鳴りまでしてきやがったか・・・いや、違う。これは!)

 教えられずとも、ライダーとしての本能が、その音の意味を感じ取っていた。

 (・・・来る!奴らが!)

神楽はちょうど三叉路の分岐に立っていた。素早く、それぞれの方角を見回す。
 昼下がりの住宅街である。人気はなかったが、唯一、彼女の左方から中年女性が歩いてきていた。
 その姿が、路上駐車のワゴンの脇を通り過ぎたとき、突如消えうせた!手に持っていたスーパーの
袋が地面に落ち中身が散乱する。

 「この野郎ぉぉお!」

 神楽は駆け出した。彼女には見えたのだ。女性が無数の白い糸に巻き取られ、磨かれて鏡のように
なっていた車体側面に引き込まれたのを。

 「変身!」

 走りながらも器用に変身動作を終えた彼女の体は、ふたたびタイガへと変わった。勢いそのままに
フロントガラスへと身を躍らせる。
 光の粒子が乱れ飛ぶ境界を通り抜け、タイガ=神楽は再びミラーワールドに降り立った。

 「どこだ!!・・・う、うわわ!」

 探すまでもなく、敵はすぐそこにいた。その姿は蜘蛛そのもの。だだし、大きさはトラック並みで
体は金属を思わせる銀色に覆われている。
 ・・・しかし、彼女が悲鳴を上げたのは、その姿に驚いたからではない。大蜘蛛の口の下に、血だまり
と肉塊――先ほどまで人間であったものを認めたからだ。

 また犠牲者が一人。そして永遠に帰らぬその人を、知らずに待ち続けることになる人たちが・・・

 「くぅ、くうう!よくも、よくも・・・この野郎ぉ!ぶち殺す!」

 神楽は仮面の下で己が不甲斐なさに泣きつつ、叫んだ。大蜘蛛も反応し、威嚇の声をあげる。

 (頭で念じて、引けばいいんだったな。よぉし、出て来い『爪』ぇぇ!)

 怒りに震える手が、デッキから一枚のカードを引き抜いた。敵もその動作を何事かと警戒し動き
を止め、両者はそのままの姿勢で固まった。数十秒ほど。・・・だが、何も起こらない。

 「あれ?おーい、爪、出ろ〜、出ろ〜」

 そう言いつつ引いたカードを振ってみたが、やはりだめだ。
 大蜘蛛が『ふざけやがって、このアマ!』といわんばかりに猛攻を開始する。

 「ど、どーなってんだこりゃあ!あ、うぁぁぁ!!」

 悩む間はなかった。硬く尖った脚が、人間をたちまち噛み砕いた顎が、間断なく襲いくる。
 気がつけば、タイガ=神楽は初陣でいきなり窮地にたたされていたのだ。


 ミラーワールドは現実世界と鏡像の関係にある。よって、大蜘蛛との戦いの舞台は、先ほど神楽
が変身した場所――住宅街の一角だ。ただし、全てが左右反転し、通常は命あるものはモンスター
ぐらいしか存在しないが。
 その近隣で一番高い建物――高層マンションの屋上から、タイガの戦いぶりを眺めている姿があ
った。緑を基調としたボディの随所を覆う防具はどこか機械的で、ロボットの類を連想させる。

 「やれやれ、カードの使い方も知らないとはね、神崎士郎もどういうつもりなんだか・・・」

 組んでいた腕をほどき、サブマシンガンのような物を手に取る。それはマグナバイザーという名
の連射銃、すなわち武器であり、また、もうひとつ重要な機能を持っていた。

「ま、いいけどね。俺は『漁夫の利』って、けっこう好きだし」

 その男――仮面ライダーゾルダは、けだるそうに己がデッキから一枚カードを引いた。カードに
はデッキの刻印と同じ紋章――水牛が描かれている。続いてマグナバイザーの弾倉にあたる部分を
開き、カードを挿入した。これこそが正しいカードの使い方なのだ。

 『ファイナル・ベント』

 弾倉が閉じられると、機械的な音声が確認を促すかのようにカードの名称を読み上げる。同時に
地響きとともに巨大なモンスターが姿を現した。
 鋼鉄で鎧われた直立する猛牛とでもいうべきその姿、名をマグナギガという。

 「それじゃあ、バイバイ。新入りさん・・・」

 その背にあるアダプターにバイザーの銃口をセットし、ゾルダの指がゆっくりと引き金を引いた。

  その少し前。神楽が去った後の花鶏では、邪魔者も消えて、穏やかな時間が流れていた。

 「・・・あの、榊さん。よろしければ、爪のお手入れをさせていただけませんか?」

 榊はどこか虚ろな目のまま軽くうなずくと、カウンターの席につき、手を卓の上に置いた。
 満面の笑顔で隣に座ったかおりは、道具を取り出すと、さっそく作業にとりかかった。

 いわゆる『爪切り』などは使わない。切るときの衝撃で爪に微細なヒビが入ってしまうからだ。
専用のバッファと呼ばれる目の細かいヤスリで、丹念に丹念に仕上げてゆくのだ。

 (・・・あ、鳴ってる。近いな。きっとあいつのことだから、変身しちゃって戦ってる)

 かおりの耳にも、あの音が聞こえていた。意味も知っている。しかし何ら動揺は見られない。ま
るで、あってもなくてもいいBGMのように聞き流し、愛しい人への奉仕を続けていた。

 (だけど無駄よ、神楽・・・カードの使い方も知らないで、勝てるわけない)

 仕上げのオイルを塗り終えると、かおりはその出来ばえに満足げな吐息をついた。
 もともと形のよい榊の爪が、神々しいまでに美しく仕上がっている。

 「きゃああ〜!・・・素敵、まるで宝石みたい!」

 耐えきれず、かおりは嬌声をあげて己の作品に頬ずりしまった。
 そして、そっと上目遣いで、榊の表情をうかがう。
 その視線は相変わらず冷めていて、先ほど神楽に向けたものと変わりはなかったが、彼女の目に
はそれが、優しく自分に微笑みかけているように写っていた。
 甘くしびれるような快感が、体の奥底から全身へと広がってゆく。

 (あ〜ん、幸せ、幸せ・・・私はこの幸せを守るためなら、何だってできる・・・だから、神楽・・・)

 先ほどのやり取り、そして高校時代の神楽とのさまざまな思い出が、スナップ写真のように脳裏
に浮かんでは消えた。

 (あんたのこと、嫌いじゃなかったよ。むしろ好きだったけど・・・きっと言ってしまうものね、榊
さんのことを、あの人たちに。だから、ごめん、ごめんね。ばいばい・・・)


 そして、再びミラーワールド。
 タイガはカード使用をあきらめ、素手での攻撃に切り替えていた。
 しかし大蜘蛛はパンチが当たると痛がりこそするが、その動きは鈍らない。素手では牽制するの
が精一杯のようだ。

 (ち、だめか。これじゃあ何百発打ち込んでも、埒が明かないぜ!どうすりゃあいいんだ!)

 敵の反撃を回避しつつ、次なる手に思いを巡らせていたタイガ=神楽だったが、しかし・・・

 (あううう、なんだ!背中にゾクッときたぞ)

 背中の産毛が全て逆立つ感触。そして・・・

 (に、匂う。なんだ、きな臭い。なんの匂いだ・・・危険?死の予感!?)

 彼女の嗅覚が嗅ぎつけたのは、まさにそれだった。匂いの強い方角を見やると、彼方のビル屋上
に大型のモンスターの姿が認められた。その前面の装甲が開いてゆく!
 あとは、全て無意識の行動だった・・・視界が白黒に変わる。大蜘蛛の攻撃が、とたんにスローモー
ションになる。全身を巡るエネルギーが、両脚へと集中する。そして、一気に開放された!
 そのコンマ数秒後、周囲は爆炎と衝撃波の渦まく地獄と化した・・・!!

 『仮面ライダー 神楽』

 「死んでるな・・・まぁ、当然か。とはいえ、念には念をいれないとね」
 「あうん、こらぁ・・・私、眠ってるとき触られるの嫌いって知ってるだろ」
 「見せてもらったぜ、カードの使い方!」
 「ケガで入院したんだって、あいつ。神楽ちゃん、悪いけどお使い頼める?」
 「ちょっと、その、ポケットの青い奴、見せてもらえるかな?」

 戦わなければ、生き残れない!

【仮面ライダー 神楽】
【第三話】

【Back】

【仮面ライダー 神楽に戻る】

【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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