仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第八話】

『仮面ライダー 神楽』 第八話 <壱>

「〜はぁ、終わった、終わった」
谷崎は、大きく伸びをして言った。ずいぶんお疲れのようだ。
 ここは神楽たちの母校、職員専用の会議室前。時刻はすでに正午を回っている。
 辺りを見まわせば、室内から吐き出されるように廊下へ出てきた他の教師達。彼らの顔も、一様
に疲労の色が濃い。昨日深夜に起きた同校生徒の不祥事――空き巣の件で、朝から延々と緊急
職員会議だったのだ。

「とにかくメシだメシ〜!朝飯抜きだったから、もー腹ペコ。にゃもぉ、何にする?」
 黒沢は、ふぅ、と小さくため息をついてから答えた。
「・・・・・・そうね、出前のザルそばでも食べるわ」
「何よぉ、おそばぁ?シケてるわねぇ、体育教師ならカツどん百杯ぐらい食べな〜」
「また無茶苦茶言ってる・・・・・・ちょっと食欲がないのよ。疲れて」

 そう、確かに黒沢は疲れていた。教師としての責務に関するストレスだけでも十分すぎるほどな
のに、今や彼女はもうひとつ、次元の異なる重荷まで背負い込んでしまっていたのだから。――仮
面ライダーという名の。

「ふーん。無断欠勤して、そんなに疲れる事してたんですな〜。で、いい加減に教えれ〜何があっ
たんだか?」
「だ、だから実家のほうでのゴタゴタがあったって・・・・・・」

 好奇心に目を輝かせる谷崎に、黒沢は自分でも苦しいな、と思う答えを返すしかなかった。実は
今朝、学年主任にもそう報告したのだ。そちらのほうは幸い――不祥事の件で多忙ゆえか――深く
追求はされなかったが、この女には通用すまい。案の定、谷崎は追い込みをかけてきた。

「実家ねぇ?あ、そうだ。今度の日曜、久々に遊びに行っちゃおうかな。あんたのママ、私と結構
話が合うし」
「こらっ!いい加減にしてよ、もう」

 辛いところだった。谷崎が知りたがる気持ちはわかるし、長い付き合いである彼女には知る権利
だってあると思う。だが、ことは尋常ではない・・・・・・。
 ――あの夜、神崎士郎なる人物から教えられた、相次ぐ失踪事件の真相。ミラーワールド、モン
スター、そして仮面ライダー。だが、常識人である黒沢には子供の漫画の話としか思えなかった。
士郎の体が鏡の中にあるという現実を前にしてもなお。

 ならばその身で試すが良い、と差し出されたデッキ。
 ブランク体に変身し、鏡の向こうに転がり込んでやっと理解できた。彼の話が真実であると。
 同時に激しい怒りと悲しみがこみ上げた。教え子の末路に。
 そして、彼女の魂に誓った。――復讐を!

 メタルゲラスと契約を交わし仮面ライダーガイとなるや、まず始めたのはトレーニングだった。
敵をイメージしつつ突き蹴りやベントインの練習。あるいはメタルゲラス相手に、模擬戦闘。タ
イムリミットが来ると、いったん現実世界に戻り、休養と栄養補給、または練習プランの検討。
そして再び変身、鏡の世界へ。ひたすらこの繰り返し。・・・・・・で、気がつけば、いつの間にやら
丸一日経過していたのだ。肉体の鍛錬に熱中してしまうのは、きっと体育会系の宿命なのだろう。

 ・・・・・・さて、以上のことを、どう説明すればいいというのか?
 黒沢は途方に暮れつつ、とりあえず誤魔化すことにした。
「後でちゃんと話すわ。それに、今はそんなこと考えてる場合じゃないでしょ。空き巣の件、軽
犯罪だけど、内容が内容だけにきっと新聞記事やテレビのニュースになるわよ。これからが大変
なんだから」
「心配無用ですよ、にゃも・・・・・・」
「ひぃぃぃぃ〜ぃいい!」
「き、木村先生ぃ!?」

 耳元で唐突にささやかれ、黒沢は彼女らしからぬ悲鳴を上げてしまった。
 声の主は谷崎が叫んだとおり、木村という名の男性教師だった。
 見事な四角形に開いた口が言葉を続ける。
「上の方からのお達しで、関係各位には根回し済みです。新聞・テレビ・雑誌等あらゆるメディア
はこの事件を無視するでしょう。いえ、これは不祥事の隠匿ではありません。あくまで、生徒の将
来を考慮しての処置ですので」

「・・・・・・はっ、生徒の将来ねぇ。ま、どーでもいいけど」
 谷崎の揶揄に薄笑みで応えながら、木村は愛用の丸縁眼鏡を指で押し上げる。
「・・・・・・まぁ、今回は一社だけやられましたけど。第一発見者がそこの記者では、手を打つ暇も
ありません。しかし、所詮はマイナーなネット配信社。たいして影響はでないでしょう。念のた
め、それをソースに某巨大掲示板に立ったスレッドも、私が荒らして意味不明にしておきますた」

「ネット配信社って、インターネットってことですか?」
「はい。オッレッ〜♪ジャーナルという会社です」
 黒沢の問いかけに、木村はフラメンコダンサーのように踊りながら答えた。お前が意味不明だ。

「OREジャーナル・・・・・・ねぇ。やってくれるじゃない、令子。フフン♪」
 谷崎は二人に聞こえないような小声でつぶやいた。目が妖しく光る。何かを企んでいるように。

「へぇ・・・・・・これをあんたが?凄〜い!」
「へへへ、まぁケガの功名って奴だけどな。事の起こりはさぁ・・・・・・」

 ――午後二時の神崎家ダイニング。花鶏店員の和やかな休憩時間。
神楽はかおりにここまでの経緯を語り終えた。テーブル上にはかおりのノートパソコン。映し出
されたOREジャーナルのサイトには『空き巣が慰謝料?某名門私立高生のあきれた実態』と銘
打った記事が載っている。神楽が書いたものだ。

「編集長にもさぁ『入社以来、初めてまともな仕事をしたな』ってホメられちまうし。へへっ、
これで私も面目削除ってわけだ!」
「や、躍如でしょ?・・・・・・でも、なんか凹んじゃうな。私たちの母校に、こんなバカがねぇ。昔
は平和そのものだったのに」
「全くさ。そこには書けなかったけど、こいつら黒沢先生のこと学校から追い出そうと企んでた
んだぜ!警察呼ぶ前に、もう少しヤキ入れときゃーよかったかな、くそガキどもめ・・・・・・ふぁ」
「こら、あんたが捕まっちゃうっての。あれ、どうしたの?なんかえらく眠たそう」
「悪りぃ、徹夜明けでさ。午後は半休もらったんだけど、寝るったって、ほら」
「ああ、あんた編集部に寝泊りしてるんだもんね。他の人が仕事してるところでグーグー寝れな
いよね、い・ち・お・う・女の子だし。・・・・・・よかったら、ここで仮眠してく?」
「何が一応だ!まぁでも、助かるぜ。サンキュ・・・・・・ふぁぁ」

 申し出をありがたく受け、神楽は居間の長椅子を借り、ひと眠りさせてもらうことにした。

 ――夢を見た、ガイとの戦いの。踏み抑えられて動けないところへ、奴の罵る声が大きく小さ
く何度も繰り替えされる。「大嘘つき!卑怯者!」と。「違う、誤解だ」と叫びたくても声が出
ない。そして、ガイの足がデッキもろとも己の下腹を踏み潰し・・・・・・!!

「うわぁぁぁ!!」
 あまりにも生々しい悪夢。悲鳴とともに跳ね起きた神楽は、しばしその姿勢のまま固まってし
まった。数分ほど経過の後、やっと意識が現実に着地する。

「・・・・・・夢か。ふぅぅ」
 ため息をつくと、神楽は再び長椅子に寝転がった。
「・・・・・・嘘つき、卑怯者か。そりゃそうだよな。なんであんなマネをしちまったんだ、くそ!」

 握り締めた拳が細かく震える。辛かった。手を携えて戦えたはずの人の信頼を踏みにじったとい
う事実が、敗北そのものよりも。神楽にしては珍しく、悔いがいつまでも尾を引いて離れない。

「そもそも、何だったんだ?あのとき頭ん中に響いた声は。もしや・・・・・・」
デッキからアドベントのカードを抜く。たちまち手近の鏡から、デストワイルダーのうなり声が聞
こえてきた。
「あの声はお前か、トラ吉ぃ!」 一喝する!
「ガウ?ガウウ・・・・・・」 すると困惑したような鳴き声が返ってきた。
「違う?じゃあ、なんだよ。・・・・・・ああ?デッキからのサポート?戦いに不慣れな者に最適な判断
をさせる、いわばタイガそのものの意思、だとぉ?ふざけるな!・・・・・・もういい、引っ込んでろ!」
「ガ?ガォーン・・・・・・」
 ちゃんと答えたのに怒鳴られて、可哀想なデストワイルダー。肩を落としてとぼとぼとミラーワ
ールドに帰っていった。

 ――神楽は再び考え込んだ。

(それじゃあ何か?タイガってのは、元から卑怯に戦うように出来てるってことか・・・・・・)
 デッキを取り出し、まじまじと眺める。綺麗なブルー地に、虎を意匠した金色の紋章。徐々に愛
着がわいてきていたそれが、急に色あせて見えた。

「ダメだ。じっとしてると暗いことばかり考えちまう!よし、10キロほど走りこみでもするか!」
 神楽は勢いよく起き上がった。時計を見れば、まだ16時。二時間ぐらいしか寝れなかったことに
なるが、眠気はすっかり晴れていた。もう大丈夫だ。

 借りた毛布を丁寧に畳み、居間を出たところで声をかけられた。

「神楽ちゃん、ちょっと。かおりに聞いたんだけどさぁ、あんた会社に居候してんだって!?」
 沙奈子である。相変わらずの押しの強さに圧倒されつつ、神楽は答えた。
「は、はい」
「何でよ?あんたみたいな若い娘が、そんな無用心な!」
「いや〜、給料安いし。アパート借りるったって、敷金だの礼金だの、そんな大金とても・・・・・・」

 沙奈子はしばし考え込んでから、口を開いた。

「じゃあ、うちに来れば?ちょうど上の部屋空いてるし。安くしとくわよ。そのかわりさぁ、時々
お店のほう手伝ってくれる?」
「え、ほんとですか!お願いします!」
 ここのメシは美味いし、榊との時間も増える。神楽にことわる理由などない。

「よぉし、商談成立!じゃあ、さっそくで悪いけど、榊ちゃんのお手伝いしてもらえる?」
「もちろん!で、あいつは何処に?」
「厨房よ。さっき買ってきた食材なんかを整理してるとこだから」
「了解!行ってきます!」
 神楽は足取り軽く、旧友のもとへと向かった。

 同時刻。かおりは、榊との蜜月が強引に終わらされていたことなど露知らず、庭でマヤーの墓
の手入れをしていた。墓石がわりのネコの置物を、布で丹念に拭いてやる。ふと、かおりの脳裏
に、運命のあの日の出来事が蘇った。

 ――それは半年前。

 その日もかおりは店の手伝いをサボって、彼女言うところの『地上の北極星・榊さん観測』に
夢中だった。後をつけ、その行動を陰からただ見守る。それだけで幸せだったし、それ以上何か
を望めるはずもないと、達観さえしていた。

 すでに秋とはいえ暖かい日だった。榊はマヤーと公園で戯れていた。なんとも絵になる情景に、
かおりは思わず常備しているカメラで隠し撮りに励んでしまう。
「よし、マヤー。ちょっと待ってて・・・」
 バックから猫用のオモチャを取り出そうとする榊。蕩けそうな、心の底から幸せそうな笑顔。

 ――だが、その時!
 愛猫から一瞬、目を離した、まさにその時。
 ゴムまりが転がってきたのだ。近くで遊んでいた子供が投げ損ねたものだ。狩猟本能を刺激さ
れたマヤーは、後を追って駆け出してしまった。やがて公園の敷地を越え、道路へと。
 やや遅れて異変に気づいた榊が、血相を変えて止めに走ったが間に合わない。
 そこへ一台の大型トラックが!
「マヤーーーァ!!」
 
 絶叫もむなしく・・・・・・車両が走り去った後に残されたものは、ただアスファルトに張り付く毛
皮と血肉だけだった。
 はるか遠く西表島より運命の絆に従い、奇跡のような旅をしてやってきた小さな命。
 あまりにもあっけない、その終焉。
 榊は声を発することすらできず歩道にへたり込み、そのまま動かなくなってしまった。

「榊さん・・・・・・」
 追憶に浸る少女の瞳からは、いつの間にか大粒の涙がこぼれ落ちていた。

厨房へおもむくと、沙奈子の言葉どおり、榊がそこにいた。

「よぉ、榊!手伝うぜ」
「・・・?」

 声をかけると、長身の娘は無言で小首をかしげた。相変わらずその顔は表情に乏しく、見つめる
瞳はどこか空ろだ。ここ数年の記憶が無い――かつて、かおりは榊の病状をそう説明したが、失っ
たのは単にそれだけではあるまい。かつての彼女をよく知る者にとって、それは見ているだけで辛
い現実だったが、めげずに神楽は言葉を続けた。

「なぁに、気にするなって。ご挨拶がわりだ。実はさぁ・・・・・・」

 ここへの入居が決まったことなどを話しつつ、手伝いを開始する。

 再会のあの日、見知らぬ不審者と思われ撃退されたことを思えば、夢のようだ。

 何回も花鶏に顔を出し、ゼロから、いやマイナスから関係を修復し、ついには普通に顔見知りと
して会話できるようになったのだから。
 とはいえ、未だその口から『神楽』と固有名詞で呼ばれたことはない。
 あくまで榊にとっては『店の常連・A』にすぎないのだろう。

「えっと、胡椒とかはどこに置くんだったけ?」
「・・・そこ」

 作業をしているうちに、神楽はふと先ほどの疑念をこの娘にぶつけてみたくなった。失った記憶
は、あくまでここ数年のもの。大好きな動物ネタなら、回答に影響ないかもしれない。

「なぁ、榊。お前、動物のこと詳しいだろ?虎ってさぁ、どう戦うか知らないか?」
 娘は作業の手を休めることなく、語り始めた。
「・・・獲物の背後に忍び寄り、襲う。あるいは茂みに潜み・・・待ち伏せ」
「はぁぁ、やっぱりな」
 神楽はバターを冷蔵庫に移しながら、大きなため息をついた。
「見た目と違って、薄汚ぇ奴ってわけだ」
「・・・汚い?」
「だってそんなの卑怯じゃん。もっと正面から正々堂々と勝負挑んでさぁ」
「・・・正々堂々?」
「そうさ!戦いってのはそうでなくっちゃ。じゃねぇと、勝っても負けても後味悪いもんな」

 ――ここまで、静かに相槌を打つだけだった長身の娘が、やおら、こちらに向き直った。

「・・・動物の戦いは、競技ではない・・・」
「えっ?いや、その」
 突然の反論に虚をつかれ、神楽は口ごもってしまった。娘はさらに言葉を続けた。
「・・・敗者に後味などない。ただ・・・失うだけ。大切なものを、守るべきものを・・・」
「さ、榊、お前?」

 神楽は気づいた。榊の瞳から、病ゆえのどこか遠くを見ているような虚ろさが消えていることを。
 たおやかな――かつて共に語り合ったあの日と変わらぬ眼差しで、こちらを真っ直ぐに見据えて
いる。
 もしや、記憶が戻るのか?神楽は固唾を呑み見守った。

『仮面ライダー 神楽』 第八話 <弐>

「・・・・・・今でも信じられない。私に、あんなことができたなんて」
 かおりの回想は続く。


 さらにそこに別のトラックが近づいた時・・・・・・体は自然に動いていた。

 ――マヤーは榊さんと一心同体。その身はすなわち榊さんの体と同じ。守ら
なくては。私が守らなくては!

 道路へ飛び出し車両の前に立ちはだかり、急ブレーキを踏ませる。

 ――これ以上、マヤーの亡骸に傷ひとつ許しはしない!

 激怒した運転手が、降りてきて掴みかかろうとする。ヤクザまがいの大男だ。
普段のかおりだったら恐怖で失神してしまったかもしれない。しかし、この時
は違った。何かが、真っ赤に燃えさかる何かが、彼女に無限の力を与えていた
のだ。

 カッと口を開けた。「シャーッ!!」と奇声を発し、威嚇してのける。
 その異様な迫力に、男は言葉を失い立ちすくんでしまった。

 邪魔者が消えたのを認めると、かおりは恭しくマヤーの亡骸の前に跪いた。
そして、脱いで広げたカーディガンの上に、臓物やら肉片やらを集め始める。
一片も残さないように、丹念に。地面にへばりついてしまったものは、優しく
掻きはがして。

 たちまち指先はアスファルトにすりむけて血に染まる。爪は削れ、割れた。

 背後からやじ馬の声がする。
「なにあれ、頭おかしいんじゃないのぉ」「きも〜い、ゲロゲロ〜」
 ・・・・・・だけど、痛みも恥ずかしさも、彼女は感じなかった。あるのはただ、
悦びだけ。

 余人にはわかりはしない、わかるはずもない。これは、神聖な営み。選ば
れた者だけに許される、至高の女神への奉仕なのだ。
 その時、かおりの魂は至福の海を漂っていた・・・・・・。

 その頃、花鶏厨房では・・・・・・

 満ちる期待に、いつの間にか神楽は、両の拳を爪が手のひらに食い込むほど握り締めていた。

 ――そして、数拍の間を置いて後、形の良い唇がゆっくりと開いた。

「・・・君は・・・何の為に戦うのだ?・・・・か・・・ぐら」

「私の名を!お、お前、記憶が!榊、おい、榊!」
「君は・・・君は・・・そうだ神楽・・・神楽?」
「そう、私だ、神楽だよ。お前のライバルの!そして友達の!」

 畳み掛ける。あと一歩だ、あと一歩。・・・・・・しかし、次の瞬間。

「あっ・・・あうぅうぅ!」
 一転して苦悶の表情になると、榊は頭を両の手で抱えた姿勢で前のめりに倒れこんだ。
「あ、危ねぇ!」
 間一髪、神楽が抱きとめ、床への激突は免れる。
「さ、さ、榊、どうした!おい、しっかりしてくれ!」
「・・・マヤー!だめ・・・マ・・・ヤ・・・」

 呼びかけも空しく、旧友は消え入りそうな声で今は亡き愛猫の名を呼ぶと、そのまま気を失
ってしまった。
「さ、榊、おい、榊、さかきぃぃぃぃぃ!!」

 ――猫の置物がピカピカに磨きあがる頃。

 追憶に浸っていたかおりの心もやっと現実に戻った。そっと元の位置に戻し、しばしそれを見
つめる。作り物の猫に、在りし日のマヤーの面影が重なった。

「マヤー・・・・・・どうか、安らかにね。榊さんのことは、まかせて。あなたを失ったことで開いた心
の穴は、私が埋めてみせるわ。あなたの分まで、榊さんに、あの、その、か、か、可愛がられて・・
・・・・」

 そこまで言うと、いきなりかおりは黙りこんだ。何を妄想しているのだろうか、徐々にその顔が
赤くなってゆく。とうとう頭から湯気がのぼらんばかりになるや、可愛い唇から相応しからぬ奇声
が迸った。

「ぐあーーーーーー!!」

 表を歩いていたサラリーマンが、何事かと驚いて飛び上がる。お婆さんが腰を抜かす。ベビーカ
ーの赤ちゃんが、火のついたように泣き出した。
 ・・・・・・夢見る乙女の仕業にしては、被害あまりに甚大だ。

「さかきぃぃぃぃぃ!」

 ――その直後だった。今の雄たけびにも負けない位の音量で叫ばれる愛しい君の名が、かおりの
耳に届いたのは。

「・・・・・・え!榊さん?榊さんの身に何かが!」
 あわてて何度も転びそうになりながら、娘は声のした店内へと駆け戻った。

 ――小一時間後。

「・・・・・・は〜、良かった良かった、別になんともなくてさぁ。救急車なんて大げさだったな」
 神楽が安堵のため息をつく。
「何が大げさよ、バカ!バカ!あんたのせいで榊さんが倒れたってのに!少しは反省しなさいよ!」
 かおりが襟首をつかんで叫ぶ。さっきまで泣いていたので、目は真っ赤だ。

 ここは病院の一室。鎮静剤で眠っている榊のベッドの脇。
「こら、静かにしな!一人部屋じゃあないんだから。・・・・・・すみませんねぇ、騒がしくて」
 片手でかおりの頭を小突きながら、沙奈子は同室の患者や付き添いに会釈した。

「だって、だって、こいつのせいで榊さんが・・・・・・」
「でもさぁ、多少は刺激与えたほうがいいんじゃねーの?実際、さっきは後ちょっとで記憶が戻る
とこだったんだぜ。へへへ」
 これっぽっちも悪びれず、むしろご機嫌の神楽に、かおりの神経はますます逆撫でされた。
「簡単に言わないでよ!何も知らないくせに、榊さんがどれほど辛い目にあったか・・・・・・」
「おいおい、それは聞いたって。目の前でマヤーが車にひかれて死んじまったんだろ?」
「簡単に言うなっていってるでしょ、このぉぉぉ!」

 ここで、沙奈子の手が二人の肩をむんずと掴んだ。ついに堪忍袋の緒が切れたようだ。
「いい加減にしな!もうあんたら、外に出る!ほら、ほら」
「うわっ、痛てて」「きゃあ、ちょっと止めてよ」
 まだ文句を言い足りなそうなかおりと、なんで怒られてるのかわからず首をかしげる神楽。そん
な両者のお尻を手のひらで叩いて急かし、沙奈子は自らも廊下へと出た。

「・・・・・・ったく。あ、もうこんな時間だ。あたしは店に戻るから、かおり、あんたは残って榊ちゃ
んに付いててあげな」 「いいの?やった〜♪」
 ここは完全看護なので、付き添いはいらない。てっきり帰らなくてはいけないと諦めていたかお
りは、予想外の展開に飛び跳ねて喜んだ。

「・・・・・・ああ、そうだ、神楽ちゃん、いつこっち引っ越すの?」 「へ?引越し」
 かおりの表情が再び曇りだす。まさに春先のお天気のような娘だ。
「いやぁ、もう明日にでもOKですよ。そちらの都合さえ良けりゃ」
「明日ね、わかった。部屋の準備しとくから」 「準備って、あの、ちょっと」
「よっしゃ〜!そうと決まれば、会社に戻って荷物まとめなきゃ。じゃあ、私はこれで!」
「あいよ。待ってるからね〜」 「こら〜!無視しないでよ!何なの、どういうこと?」
 走り去る神楽の背に向けて手を振る叔母に、かおりは食ってかかった。
「聞いてのとおりよ。明日から同居人兼店員が一人増えるから、そのつもりでね」
「か、か、神楽がぁ〜!反対、ぜったい反対!」
「文句言わないの、もう決まったことなんだから」 「うう〜」

 もう駄目だ、とかおりは思った。この叔母は昔から、言い出したら聞かない人だ。

「大丈夫だって。あのコは絶対、客商売向きよ。あたしの勘に間違いはないわ!」
「違う〜私が反対してんのはそうじゃなくてぇ〜あうう・・・・・・」

 叔母お得意の決め台詞に止めを刺され、哀れな少女は涙目で天を仰いだ。仰ぐしかなかった。

 ――宵。すなわち、夜の始まり。とはいえ、まだ桜も咲き始めの時節の頃。時計で見れば、ほん
の18時過ぎ。

 OREジャーナル編集部では、大久保が受話器を片手に夕刊各誌に目を通していた。珍しく難し
い顔をしている。「わかった・・・・・・ありがとな」そう言って電話を切ると、大きくため息をついた。
「はぁ〜、やられたな。見事に報道管制しやがって。政府や役所じゃねぇ、単なる私立高校がよ」
 ボリボリと頭を掻きむしる。彼の言うのは、もちろん神楽のスクープ記事の件。

 ――名門私立の生徒が、失踪した学友の家に空き巣。

 犯罪としては軽いが、ネタとしては美味しい。どこのメディアも喜んで飛びつくはずだ。発生時
刻からして早ければ今朝のTV情報番組でさえ間に合いそうなものなのに、今に至るまで全くシカ
ト状態ときた。
 先ほどの電話も、彼の新聞記者時代の同僚からの忠告。
 ――忘れたの?あそこの不祥事は触れてはならないって。下手すれば文字どおり命取りのタブー
だってことを。もっと自分を大事にしてよ、お願いだから・・・・・・

「けっ、大事にするようなら、デスクまで後一歩ってとこで独立しねえっての」
 吐き捨てるように言うと、大久保は島田の机に歩み寄った。
「おお、島田。なんかこうパ〜っと明るくなるようなネタないか?」
「明るくですかぁ〜、これなんかどうです。読者からのメールで最近増えてるネタなんですけど?」
 島田の愛機に映し出されたのは、読者からのメール一覧。『謎の占い師』というフレーズが目立つ。

「占いって、お前なぁ」 「でもぉ、百発百中で当たるってメールくれた読者はみんな・・・・・・」
「ネタの裏が取れなきゃ駄目だな。でも無理か。占いだけに『裏無い』ってな」 「う・・・・・・」
 島田は、ギャグのあまりの寒さに凍り付いて動けなくなった。
 大久保は、タイガとは別の意味でフリーズベントの使い手のようだ。

 ・・・・・・さて、令子はそんな騒ぎなど全く耳に入らないほど、あるものに聞き入っていた。朝から何
度繰り返したことだろう。それはICレコーダー。中身は神楽が不良たちから真相を聞きだしながら
録音したものだ。残念ながら、後輩の取材のお手並みに感心してのことではない。

 ――蜘蛛の糸みてーので、いきなり鏡の中に引き込まれて
 ――鏡の中から、へんなうなり声が聞こえて。光る目も中に見えた

 彼らの証言、というか自白の中に異口同音に語られた『鏡の中』というフレーズ。

 もちろん録音の中で神楽が叱り飛ばしているように「ざけんな!嘘つくならもっとマシな嘘つけ
よ!」が正しい反応だろう。今朝の記事文面でも、これには一切触れていない。
だが・・・・・・有能な記者である彼女の勘が、何かを――真実に近づく何かの手がかりがあることを
感じ取って治まらないのだ。

 令子はついに意を決して席を立った。外したギャグをフォローしようとさらに寒いギャグを連発
し、島田を凍死寸前に追い込んでいた大久保に話しかける。

「編集長・・・・・・」
「ん、令子。どうした?」
 大久保が真顔に戻る。軽く聞ける話でない事を、察知したのだ。
「あの・・・・・・一連の行方不明事件も含めてなんですけど、もし、もしですよ、常識の枠を外して考
えてみるとしたらどうです?」
「うーん、そいつはジャーナリストにとっちゃ難問だな」
 編集長は、意味ありげな笑みを浮かべた。案外、彼も同じ仮説に至っているのかもしれない。
「ええ。私自身まだ、はっきりとしたことは・・・・・・」

 令子の言葉は、そこで中断された。全力疾走の足音に続いて、何者かが部屋のドアを勢いよく開
けたからだ。――といっても、誰かは決まりきっているが。

「編集長!ビッグニュースです!!」
「まぁ、ハナっから枠が無い奴もいるがな・・・・・・どうした神楽!またスクープかぁ!」
 令子に苦笑いでささやくと、大久保は立ち上がり、いつもの調子で見習い記者の娘を迎えた。

「ふぅ・・・・・・」

 引越し先が決まったことを子供のようにはしゃいで報告する神楽と、大げさにそれを褒める編集
長。二人を尻目に、令子は席に戻った。
先ほどの観点で壱から事件を洗いなおそうとパソコンを起動させたその時、聞きなれたメロディ
ーが携帯への着信を告げた。

「げっ!」 モニターに表示された発信者名を見て、令子は短く叫んでしまった。
 先日の再会のおり、無理やりメモリーに入力させられたその名。切りたい、いや携帯そのものを
窓から投げ捨てたい衝動に駆られる。・・・・・・しかし、出るしかない。令子は深呼吸ひとつの後、受
話ボタンを押した。

「はい・・・・・・」
「令子?元気してた〜?あんたの大好きなゆかり先輩よ〜♪」
 頭痛がした。我慢して言葉を続ける。
「ははは・・・・・・あの、今日は何か?まだ私、仕事中ですので」
「こっちだってまだ仕事中だっちゅーの。あのバカ、そばに居る?居たら替わって」
「・・・・・・?ウチの会社に、あのバカって名の社員は居ませんけど?」

 そこに爆笑が聞こえてきた。神楽が大久保の「占いだけに裏無い」に大ウケしているのだ。令子
は思いなおした。いや、約一名いたか、と。

「あの、もしかしたら神楽ちゃんですか?この前、言ってましたよね、元教え子だって?」
「決まってんじゃない。とっとと替わりな〜」

 何だか、どっと疲れて・・・・・・令子は神楽に携帯を差し出した。

「神楽ちゃん。あなたによ」
「へ?私ですか?・・・・・・はい、お電話替わりました。神楽ですけど?」
「ほ〜、いっちょまえに社会人らしい応対じゃん」
「はい?あの、どちら様で?」

 名乗りもせず、いきなりの馴れ馴れしい口調。相手の素性がわからず、神楽は小首をかしげた。

「けっ、もう私を忘れてやがる。卒業式の日、記念に机を持ち帰りたいとダダこねて、この胸で泣
いたクセに。さすがはボンクラーズの神楽さんですニャ〜」 「・・・・・・あ!」

 唐突に――懐かしくも恥ずかしい青春のひとコマが脳裏に蘇り、神楽は真っ赤になった。そして
同時に、話し手が誰かを悟った。

「・・・・・・あの、ゆかり先生・・・・・・ですか?」 「ぴんぽ〜ん」
「し、失礼しました。お久しぶりです。で、でも、胸では泣いてないじゃないですか〜、私!」
「そうだっけ?ま、いいけど」 「だいいち、なんで令子さんの携帯に?」
「ふっふっふっ、この私に不可能はないのよん。・・・・・・ところであんたさぁ、やってくれたわね。
母校に後ろ足で砂ぁぶっかけるようなマネをさぁ」

 神楽は一瞬、顔を引きつらせたが、すぐに真剣な面持ちになって応えた。

「・・・・・・でも、事実ですから。事件がある以上、報道するのが今の私の仕事です」
「はいはい、ご立派よねぇ。ほんじゃもう何も言わねぇ〜。ったく、にゃもが責任取らされて辞表
出すハメになったってのによぉ。あんたの記事のせ・い・で。んじゃね、恩知らず・・・・・・」
「ハァ?く、黒沢先生が、なんで?・・・・・・もしもし、ゆかり先生?もしもしぃ、もしもしぃ〜〜!!」

 必死の問いかけも空しく、電話は一方的に切られてしまった。
 ――まるで一切の弁解を拒絶する最後通牒のように。

『仮面ライダー 神楽』

「何よ、このカードゲーム。取説がないじゃない?」
「く!こいつ、契約モンスターが何匹いるんだ!」
「ぱぱはねぇ〜、ばすでかえってくんの」「・・・・・・今の、空っぽのバスが・・・・・・くっ!」
「卑怯上等ぉ!人が食われねぇ為なら、なんだって有りだ!」

 戦わなければ、生き残れない!

【仮面ライダー 神楽】
【第九話】

【Back】

【仮面ライダー 神楽に戻る】

【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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