仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第九話前編】

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <壱>

 ――その後の行動は、脊髄反射で行われたかの如く迅速だった。

「令子さん、ども! 編集長、すみません! 今日は帰りませんので、戸締りお願いします!」

 まるでマラソン選手が給水所で行うように、走りながら令子に携帯を返し、次いで大久保に一礼
すると、そのまま一気に加速してドアから飛び出した。
 エレベーターを待つなどもどかしく、階段を駆け下りる。いや、飛び降りたといったほうが正し
いだろう。一段一段などすっ飛ばし、踊り場からフロアへ、そしてまた踊り場へと跳躍しているの
だから。

 頭の中では、先ほどの谷崎の言葉がぐるぐる回っていた。
(にゃもが辞表・・・・・・)(あんたのせいで・・・・・・)(恩知らず・・・・・・)(恩知らず・・・・・・)

「畜生、なんで、なんで、そうなっちまうんだ。先生は何ひとつ悪くないじゃないかっ!」

 ――予想だにしなかった出来事だった。
怒り、驚き、戸惑い、そして悲しみ。いくつもの感情が、まるでミキサーにかけられた果物のよ
うに砕けて混ざり、わけのわからない衝動となって、この娘を駆り立てていた。
 視界がぼやけてよく見えなくなっている。いつの間にか、自分が泣いているのにさえ神楽は気づ
かなかった。
 心身両面の障害物が、彼女の卓抜した身体能力に微妙な狂いを与え・・・・・・そして、結果を出した。
 最後の踊り場に着地する時、神楽は右足首を捻り、そのまま一階までころげ落ちてしまったのだ。

「うがぁぁぁっ!」

 無人のフロアに苦悶の叫びが響いた。
捻挫と、打撲の激痛が襲う。
 ・・・・・・歯を食いしばり、立ち上がった。
 早く、一刻も早く恩師のもとに駆けつけるために。

 ・・・・・・だが、もはや立っているのが精一杯だった。走るどころか、歩くことさえおぼつかない。

「くそ、こんな時に! 動け、私の脚! 何の為にいつも鍛えてるんだ。動けよっ!」

 再び、フロアに神楽の悲痛な叫びが響き渡った。

「わ〜! な、なにデタラメいってんのよ、私がいつ辞表を出したっ!?」
「あー、ご免。なんか、あのバカの声聞いてたら、からかってやりたくなってさぁ」

場面変わって、神楽の母校。いまや夜の帳の降り始めた駐車場に、女教師二人の声が響く。

「な、何よ。じゃあ、今のホントに神楽なの! なんで、あんたが番号を?」

 未だ黒沢は、事態が把握できていなかった。無理もないことだ。

 ――ことの始まりは、てんやわんやの一日がやっと終わり、二人で家路に就こうとした時だった。
 黒沢は気がかりだったことを直接神楽に問いただそうと決心し、メモリーに入っていた彼女の携帯
番号にかけてみたのだ。
 しかし、だめだった。神楽は番号を変えてしまっていた。
 途方に暮れる黒沢を尻目に、谷崎は鼻で笑うと、いずこかに電話をかけ始め・・・・・・この騒動が始ま
ったのだ。

「さぁねぇ? ま、あんたもなーんにも教えてくれないんだからぁ、私も教える義務はないでしょ、
んん?」
「・・・・・・いい加減にして!!」

 突然の一喝!谷崎も思わず気おされて、息を呑んだ。

「ひとの気も知らないで! そんなに無断欠勤のわけ教えて欲しいなら、この後、イヤって言うほ
ど話してやるわよ! だけど、なんで神楽を、あのコを巻き込むの!バカぁ!」
「・・・・・・バカだぁ? バカはそっちだっての! 何よ、神楽、神楽ってうっとおしい!」

 谷崎も負けてはいない。お得意の逆切れで応戦だ。

「何ぃ! 教え子気遣ってなにが悪いのよ! ああ、どうしよう。あのコの性格からして、そんな
こと聞かされたら真に受けて大騒ぎよ。今すぐにでも飛んで来ちゃうわ!」
「はっ、そんなわけねー。そこまで神楽もバカじゃないっての。だいたいあんたはさぁ」

 そんな調子の不毛な言い争いが、十分ほど続いた後だった。

――キィィィン キィィィン

「・・・・・・え、ちょっと待って!」

 さらに口喧嘩がエスカレートしようとするところで、体育教師は唐突に会話を切った。
 あわてて辺りを見回す。聞こえたのだ、忌まわしいあの音が。

「・・・・・・あんた、何やってんの? いきなり」
「いいから、静かにっ!」

 谷崎を背にかばう姿勢をとって、さらに周囲を注視した。アドレナリンが放出され、胸の鼓動が
高まる。同僚を、旧友を、いやそれ以上の存在である彼女を怪物の餌食になど、絶対にさせない。
もし、目の前で変身せねば守れないなら、躊躇などしない。決意を固めて黒沢は、バッグの中に手
を入れ、デッキを強く握り締めた。

・・・・・・そこへ、何者かが躍り出た!車の陰より!

「くっ!」

 反射的に黒沢がデッキを取り出そうとする・・・・・・が、わずかに早く、それは言葉を発した。

「せ、せんせぇ!黒沢先生っ!」
「ええ、か、神楽?」
「はぁ? 神楽ぁ?」

 そう、それはまさしく神楽!先ほどまでさんざん話題にしていた元・教え子だったのだ。

「何よ、こいつ? ホントにスッとんで来やがった・・・・・・」
「か、神楽・・・・・・なの?あんた、いったい・・・・・・え?」

 どうして、どうやって、ここへ?そう、問いかけた黒沢の言葉は途切れた。
まだ息も荒いままで自分を見つめていた娘の目から、たちまち大粒の涙がこぼれ出したからだ。

「せ、せんせ・・・・・・わ、私、わたひ・・・・・・えっく、辞表、うっく、せ、責任、ひっく」

 涙だけではない。止まらないしゃくり上げに途切れ途切れになりながら、その口から絞り出され
た言葉。その迫力が半端な問いかけをはばからせたのだ。――正直なところ、何を言っているのか
は理解できなかったが。

「・・・・・・神楽」

 だが、黒沢は確かに感じ取った。真っ直ぐに、あまりにも真っ直ぐに自分に向けられた思慕の情
を。敬い、慕ってくれる純な気持ちを。
 そして、気づいた。それこそが実は、近況だとか、あの時逃げた理由だとか表面的な事柄でなく、
自分がこの娘に確認したかったこと、そのものであったと。

「ひっく、私、わたひは」
「もう、いいわよ。神楽。わかったから・・・・・・もう」
「えっ?何、何がよ?主語がないじゃん?」

首をかしげる谷崎をヨソに、なおも子供のように泣きじゃくる神楽を黒沢はそっと抱きしめる。
その目尻にも、光るものがあった。

「ハァ?何なのこの展開は?わけわかんねー!・・・・・・ったく、ホントつきあいきれないわ、体育会
系のノリには!」

 一人取り残された形になって英語教師は、しごくまっとうなご意見を口にし、満月かかる夜空を
仰いだ。

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <弐>

「く! こいつ、契約モンスターが何匹いるんだ?」

 四方に視線を走らせながら、男は吐き捨てるように言った。
 その身は緑を基調。随所が銀のメカニカルな防具で鎧われている。――仮面ライダーゾルダ。

 場所は都内某所の公園・・・・・・の裏側、鏡の中の世界。谷崎が見上げた時より更に高所に位置を変
えた満月が、煌々と敷地内を照らしている。その明るさが逆に暗さを際立たせる木々の陰から、無
数の光る目が彼を凝視していた。

「今日はついてないね、ホント。おっと!」

 耳に障る声をたてて襲い来た二体の影を、銃――マグナバイザーで撃ち落す。
 しかし、それらはしばし地に倒れ苦しげにもがいただけで、すぐに回復すると、高々と跳ねて木
陰へと逃げ去った。かなりの素早さだ。

「しかし、邪魔になんないのかねぇ、あんな長い角二本もつけて」

 揶揄のつぶやきにも、疲労がありありとみえた。すでに幾度も手痛い一撃を受けてしまっている。
あのモンスター達から。そして、それらを率いるライダーから。本人は決して認めないだろうが、
彼は今、まさに窮地に立たされているのだった。

「・・・・・・ったく、なんでこうなるのよ。軽くひと仕事のはずがさぁ」

 ことの起こりは家路の途中、停留所に止まったまま動かなくなっている路線バスを見つけたこと
だった。乗客も、運転手までも誰もいない。――すなわち、新たな失踪事件の発生。
 北岡は、予感した。まだ、この事件の元凶が近くに居る事を。
 そして、それは的中した。
 鳴り出した耳障りな音。バスの窓ガラス内を走るモンスターの影。赤く昆虫めいた体とブーメラ
ンのような武器。
 北岡は迷わず変身した。最近、契約モンスターへの『餌』の供給が途絶えている。この機会を逃
す手はない。所詮、相手は一匹。すぐに済むものと読んでいた。
 だが、その当ては外れた。
 同じ獲物を狙って別の狩人が乱入し、戦いを挑んできたのだ。

「まぁ、ライダー同士が出会ったんだから戦うのは当然だけど、こういうゴチャゴチャしたのは好
きじゃないんだよね・・・・・・っと!」
『シュート・ベント』

 召喚したギガランチャーを、モンスターの一番密集した場所へ発射する。

「ギッ!」「ギギッ!」「ギギギーィ!」

 しかし、着弾より早く奴らは跳び去った。爆音とともに、空しく樹木や土砂のみが吹き飛ぶ。

「ちっ、鬱陶しいな。ぴょんぴょん跳ねてさぁ、おたくら、もしかしてバッタ?」
「カモシカとかじゃないの? オレもよく知らないけど」

 敵ライダーが答えた。やたら明るくて軽い口調だ。
 その声を合図のように、今度は三体の怪物がそれぞれ違う方向から飛び掛ってきた。おのおの手
にした二股の武器で突いてくる。

「知らないって、自分のモンスターだろ? ・・・・・・おおっと!」
「ギ〜〜!!」

 ランチャーを振り投げ、二体を跳ね飛ばす。残りの一体の突きはマグナバイザーの銃把で逸らし、
体勢を崩したところへ蹴りを叩き込んだ。
 だが、これで凌ぎ切ったと安堵したのがマズかった。その虚を突かれ、敵ライダーの廻し蹴りを
頭部に受けてしまったのだ。軽い脳震盪が起き、意識が混濁する。

「うぐ・・・・・・ぐ!」
「隙あり! ってね。それ、それっ!」

 奴は畳み掛けるように、宙からの二段蹴りを肩口に打ち込んできた。
 モロに食らってゾルダは後方に倒れた。衝撃で手から離れた愛銃が、芝生の上を転がってゆく。

「キマったね! どう、オレって強いでしょ?」

 もがくゾルダを見下ろして、奴は勝ち誇った。すっかり浮かれている様子だ。

「実はオレ、これが対ライダー戦初勝利なんだ。うれしーなぁ、帰ったらお祝いしなきゃ」

 勢いよく右膝を上げ、そこに装着されている召喚機にカードを挿入する。

『ファイナル・ベント』
 認証音と同時に、四方八方に散らばっていたモンスター達は、素早く己が主の背後に整列した。

「祝いの酒は、やっぱ高い赤ワインかな。キンキンに冷やしてさ・・・・・・それ行けぇ!それ、それ!」
「ギッ!」「ギッ!」「ギッ!」「ギッ!」「ギッ!」「ギッ!」「ギッ!」「ギッ!」

 奴の掛け声とともに、モンスター達はスキップのように小刻みに跳ねながら、ゾルダへと突進を
開始した。

 ――いまや、その命、風前の灯!ここがゾルダ終焉の地になるのか?

 否!逆に、敵の有様を見ていた彼の目に、再び強い光がともった。勝機を見出したのだ。

「うぉぉぉぉっ!」

 マグナバイザーを拾い上げ、カードを挿入!
『ファイナル・ベント』

「おいおい、いまさら遅いって」
「・・・・・・いや、ちょうどいい」
「ギッ!ギッ!ギギャーー!」

 うそぶくゾルダへ最初の一撃を加えようとした列先頭の三匹が、唐突に跳ね飛ばされた。大地よ
り現れた鋼鉄の巨人・マグナギガに激突してしまったからだ。

「ほーら、いいタイミングだろ?」

 ゾルダの手が、マグナギガの背にセットされた愛銃の引き金にかかる。
 次の瞬間、辺りは灼熱と爆炎の地獄と化した。


 ややあって、静寂を取り戻しつつある戦場から聞こえてきたのは、意外にも笑い声だった。

「うふ、うふ、ふはははは。なんだよ、あれ? どっから攻めてくるかわからなくて苦労してたの
に、わざわざ同じ方向に並んでくれちゃって。なんていうの? カモネギ?ははは・・・・・・、それで
もさぁ、俺を蹴り倒してすぐに発動させてたら決まってたかもしれないのに、のんびり能書き垂れ
てんだから、くっふっふっ」

 声の主はゾルダだった。まだふらつく体を直立不動の相棒に持たれかけながら、それでも身を震
わせて笑っている。常に気取りと余裕をまとっているこの男には珍しいことだ。

「はぁーっ・・・・・・まぁ、負けるわけないんだけどね、この俺が。とくに、赤ワインをキンキンに冷
やそうなんて馬鹿にはさ。さてと」

 やっと笑いの発作も納まったようだ。ゾルダは周囲に目をやり、戦果の確認を行う。美しかった
樹木も芝生も吹っ飛び、ただの荒地になりはてたその上に、光る球体が三個浮かんでいた。

「たった三匹か?主人に似ずに、行動迅速ときた。どうやら、ライダーの方も仕留めそこなったみ
たいだな・・・・・・ま、いいか。食っていいぞ、マグナギガ」

 重低音の鳴き声で答えると、鋼鉄の巨人は球体をその口内へと吸い込んでいった。

「美味しいの、それ? さてと、帰るか。ゴロちゃん、ディナーの支度して待ってるだろうから」

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <参>

 同じ頃、公園内のトイレ――現実世界側の――に、鏡から躍り出たばかりの異形の姿があった。
 その身は黒を基調とし、体の随所を覆う防具は茶色。兜と両の肩当には、湾曲した金の角が装飾
されていた。召喚機は右膝につけたガゼルバイザー。その名を仮面ライダー・インペラーという。

 ――焦げ臭い匂いをさせていた。匂いだけでなく、実際、体のあちこちは、煙をあげて燻ってい
た。無理もない。ゾルダのファイナルベントを食らったばかりなのだから。とっさに配下のモンス
ター一匹を盾にして直撃は免れたが、それでもダメージは少なくない。

「嘘だろ・・・・・・あんなのアリかよ? うぐっ、痛ぇ〜」

 鏡が割れるような音とともに変身がとけ、現れたのは長身の青年だった。面長の顔はなかなかの
二枚目。身につけているスーツも高級そうだ。――いまいち、着こなせていないが。
 彼の名は佐野満。歳は21と若いが、大企業の社長である。急逝した父の跡を継ぎ就任したのは、
まだほんの半年前のことだ。

「はぁはぁ・・・・・・ミサイルだのレーザーだの、卑怯だよなー」

 壁に手をついて体をささえ、いまだ荒い呼吸でゾルダを罵る。
 契約モンスターは一匹だけである他のライダーに言わせれば、唯一、群れ単位で従えることが出
来るインペラーも充分『卑怯』なのだが。

 ――ギギッ! ギギィー! ギ! ギィー!

 人ならぬものの呻き声が聞こえてきた。佐野は、ハッと顔を上げる。その目に飛び込んできたの
は、鏡の中に群れなす己の契約モンスターたちの姿だった。

 メガゼール、ギガゼール、マガゼール、ネガゼール、オメガゼール、そしてその眷属たち。

 契約者、すなわち支配者であるはずの佐野に向ける眼差しは、不満と憎悪に満ちていた。

「わかってるって。腹が減ってるんだろ? なんとかする、なんとかするからさ」

 佐野は必死になだめた。もうずいぶんの間、『餌』を与えてない。そのことがいずれどのような
結果を生むか、もちろん知っているから。

「今日は上手くいくはずだったんだ。赤い虫みたいな奴を狩ってさ。あの緑のライダーが邪魔さえ
しなきゃ。そうだよ、悪いのはあいつなんだって。恨むんなら・・・・・・」

 ――ギィ〜〜!! ギィ〜〜!!

 ゼール達の声に、さらに怒気が増した。数体がこちら側に出てきて、佐野を取り囲む。

「え、何?『契約は破棄された』って? まさか、オレを食うの? ちょ、ちょ、ちょっと」

 困惑など意に介さず、怪物どもは彼の体を掴み、鏡の中へと押し込み始めた。

「待て、ちょっと、おい、止めろ、止めろ、うわ〜っ」
「社長! どうなされました、社長!」

 その時、屋外から声がかけられた。彼のお抱え運転手である。家まで送り届ける途中、急に公園
脇で車を止めさせ飛び出していったきり戻らない主人を探しにきたのだ。
 武道の有段者でもあるこの男は、事態が尋常でないことを悟るや、躊躇せずに中へと飛び込んだ。
 しかし・・・・・・!

「うわ〜、何だ、何だぁ!」

 目にした光景は、理解の範疇を超えていた。己が雇い主を囲む者どもの、その姿――大きな角。
毒々しい色の肌。何かのケモノに似た相貌。そして、こちらを睨むあまりにも禍々しい視線。
 男の思考は停止してしまった。構えをとることすら忘れて、ただ立ち尽くす。

「ギッギ〜♪」

 ゼール達は歓喜の声をあげた。現れたのは敵でなく、ただの『餌』だと知ったのだ。
 佐野の体を放り捨て、哀れな男へと殺到する。

「わわっ! わー、わー、わー!」
「お、おい! ちょっと待っ・・・・・・」

 待て、と言い終えるより早く、運転手は鏡の中へ連れ去られてしまった。悲鳴だけを残して。

「待てって、おい・・・・・・うわっ」

 佐野は絶句した。ミラーワールドを覗くことが出来る――そんなデッキ所有者の能力が災いし、
惨劇を目の当たりにしてしまったのだ。

 運転手の体が、群がるゼール達によってたちまち解体されてゆく。無造作に引き抜かれる手足。
裂かれた腹。引きずり出された臓物はことさら美味なのか、奪い合いになっている。生首が、ひと
齧りされては他の奴に廻され、だんだん小さくなってゆく。

「うっ、ウゲェェ〜」

 とうとう耐え切れなくなって、佐野はその場に膝を着いて嘔吐してしまった。

 ――ギィ〜? ギギギィ〜!
「止めろ、もうオレに話しかけるな! わかった、わかったから・・・・・・」

 手で耳をふさぎ、それでも聞こえてくるゼールどもの鳴き声に身もだえしながら、佐野は叫んだ。
わかったか?次はお前がこうなるぞ!奴らはそう言っているのだ。今日のところは思わぬ『餌』の
おかげで見逃されたが、もう失敗は許されないだろう。絶対に・・・・・・。

「えっく、えっく、なんとか、なんとかしなきゃ。なんとか・・・・・・」

 外を通りかかったカップルが、トイレから聞こえてくる男のすすり泣きを耳にし、気味悪がって
足早にその場を去っていった。

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <四>

(豆電球って、結構明るいよな。慣れてくると、まぶしいぐらいだ)

 神楽は半開きの目で天井を見上げながら、そう思った。
ほぼ真上にぶらさがる照明器具は、実用本位のシンプルなデザイン。部屋の主の性格を想わせる。
ひとつだけ残された小さな明かりが、今宵の夜空に輝く満月のかわりに、体育教師の住まう室内を
煌々と照らしていた。

(・・・・・・ふぅ。なんてゆーか、ホントどたばたしてたな、今夜は)

 小さなため息とともに、神楽は出来事を回想してみた。

 ――あれから。
 さすがに、泣きながら抱き合っただけで全て了解、はいサヨナラでは本当の電波な師弟になって
しまう。せっかくの機会なのだから、積もる話も語りつくしたい。三人で黒沢のアパートに移り、
そこで宴会となった。
 神楽の近況報告、特に大学を辞めるハメになった話は、教師二人の心を大いに揺さぶった。黒沢
は怒りと悲しみ、谷崎は揶揄と笑い、というリアクションの差はあれど。
 話がOREジャーナルのことに至ると、今度は神楽の方が驚くネタが谷崎から提供された。令子
が大学時代の後輩で、在学中はよくつるんで遊んだというのだ。次々と語られる思い出話の中の令
子は真面目だけど打たれ弱い秀才タイプ。現在のタフな彼女からは想像もできない。その間にどれ
だけの努力と克己があったのだろうか?いつの日にか聞いてみたいなと思った。

 ――そして。
 各自ずいぶん酒も回り、お堅い黒沢の口からさえも過去の『えろえろよ〜』な話が披露され、神
楽自身も大学にいたころ少々付き合った男の話なんかも打ち明けてしまったりの果てに、じゃあそ
ろそろ寝るか、ということになって現在に至る。

 その現在・・・・・・神楽は狭いシングルベッドの上、左からは黒沢にヘッドロックを、右からは谷崎
に腰へのタックルを決められた状態で、眠るどころか身動きも出来ず、天井を見上げているのだ。
 床に寝ようとする神楽を、遠慮するなとベッドに上げようとする黒沢と、三人じゃ狭いからと放
り出そうとする谷崎が、綱引きのように引っ張り合ううちに双方寝入ってしまい、この形に収まっ
たわけだ。

(く、なまじ酒が強えーと、こーゆーとき損だよな。つぶれるほど酔ってねぇし・・・・・・)

 苦笑いを浮かべながら、神楽は体の位置を眠りやすい形に変えようともがいてみた。
 その動きに刺激されてか、谷崎がウゲッとうめき声をあげる。

(まずいぞ! ゆかり先生吐くんじゃねーか? べろべろに酔ってたからなぁ)

 谷崎は三人の中では一番酒が弱い、が、飲むピッチは最速だった。厄介なお人である。

(悪いけど、隔離だ隔離! ゲロまみれはご免だぜ。第一、今回の騒ぎだって、この人の大ウソが
原因じゃねーか! 床に転がって反省しろってんだ。ったく)

 神楽は谷崎の腕を振り解き、お尻と脚をうまく使ってベッドから押し出した。ゴトンと床に落ち
た音と、痛っ!という寝言が聞こえたが知らぬふり。この程度、与えてしかるべき罰というものだ。
おかげで神楽が渡るハメになった危ない橋の事を思えば。

 打撲と捻挫を負い、切羽詰って変身してしまったのは、まあいい。確かにライダーになれば怪我
の治りは格段に早い。移動にミラーワールドを使おうとしたのもOKだ。おかげでライダーはライ
ドシューターなる乗り物が使えることを知る事ができた。しかし、変身前後のことも含めて、ほん
の十分ほどで到着したのは、やはりマズかった。『電話もらった時、偶然、学校の近くに令子さん
と取材に来てたんですよー』で、ごまかせたのは奇跡であろう。

(後で令子さんに確認されたら、一発でアウトだな。まぁいいや、そんときゃーそんときで考えり
ゃいいって。ふぁぁ)

 悪霊?をベッドから追い払ったせいか、ずいぶん体が楽になり、やっと眠たくなってきた。
 ちなみに頭に絡みつく黒沢の腕は、そのままにしておいた。こちらは少しも不快ではないから。

(なんかこれって、黒沢先生に腕枕してもらってるみたいだな・・・・・・えっと・・・・・・まあいいや。女
同士だし、気にしなくても。・・・・・・それにしても、たまってたモンみーんな打ち明けたらすっきり
したぜ。大学辞めちまった件も、先生は、私が悪いんじゃーないって同情してくれたし・・・・・・もち
ろん、わかってくれるって信じてたけどな。ふぁーぁ、眠ぅ)

(・・・・・・でも、前にかおりんに言われちまったみたいに、どっか怖がってたとこがあったのかも。
もし、非難されたらって。馬鹿だよなー私って。先生はやっぱり、先生だった。私の大好きな)

 仰向けから左を下にする側臥に姿勢を変え、そっと恩師の胸元に顔をうずめてみた。

(先生の教え子は私ひとりじゃない。もちろんだけど・・・・・・今だけは・・・・・・私だけの・・・・・・)

 ゆっくりと神楽はまどろみの淵へと沈み、久々に夢も見ないほど深い深い眠りについた。

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <五>

 ――明けて、日曜の朝。気持ちよく晴れわたった空の下。

「それじゃあ、先生。失礼します!」
「お疲れ様。気をつけて帰るのよ。また遊びにきなさい。私にできることならなんでも相談にのる
から」
「ありがとうございます! では」
「じゃあね」

 そんな会話を残して、駅に向かうバスは神楽を乗せて走り去った。
 黒沢はしばしその後を見送ったのち、踵を返して歩き出した。

 ――いえ、結構です。バス停の場所は、だいたいわかりますから。
 と、恐縮する神楽を
 ――いいのよ、気にしなくても。コンビニに行くついでだから。
 そう押し切って、ここまで付き添ってきたのだ。

 もちろん、コンビニの件は嘘ではない。二日酔いで瀕死の谷崎の、100%の桃ジュースが飲み
たい、などというわがままなリクエストゆえだ。でも、所詮はいいわけ。本音は神楽との別れが名
残惜しかったからに過ぎない。

(あのコったら。今朝目が覚めてみたら、私にしがみつくようにして眠ってるし・・・・・・うふふ)

 思い出すと、自然と笑顔になってしまう。
 水島真奈美の失踪以来――その仇を討って後も――決して晴れる事の無かった心の中が、今やす
っきりと晴れている。今日の青空のように。

(何を勘違いしていたんだろ、私は。いつの間にか、生徒と信頼関係を築けて当然と思いこんでた。
ほんの駆け出し教師の分際で、思い上がりも甚だしいってものよ。うまくいかなくて当たり前なの
に。気持ちのすれ違いなんて、よくあることなのに。あーあ、いやになっちゃうな。ふふふ)

 横断歩道を渡り、コンビニに入った。100%は無かったが、いちおう桃の果汁入りのジュース
はあった。あの女には、これで十分だ。朝っぱらから床をゲロまみれにして、自分と神楽にひと仕
事させた罪人なのだから。フルーツゼリーとかヨーグルトとか、二日酔いでも口に出来そうなもの
もいくつか見つくろって買った。

(これまで上手くいってるって思えたのは、私の力量というより、むしろ生徒たちに恵まれていた
からだったのよ。水泳部の連中や、担任したクラスの子等。その他にも、ちよちゃん、智ちゃん、
水原、榊、大阪、かおりん。個性的だけど、基本的には素直で良い子たち。みんなから私は力をも
らっていたのね。その中でも、一番はやっぱり神楽かな? えこひいきはいけないけど、波長が合
うっていうかなんていうか・・・・・・ふふふ、ホント、可愛いやつ)

 行く手にバス停が見えてきた。先ほど神楽が乗ったのとは逆方向のものだ。一組の親子がいる。
子供はまだ4〜5歳といったところ。なにか嬉しい事があるのだろう、ぴょんぴょん跳ねて大はし
ゃぎだ。あんまり飛び跳ねすぎて、黒沢が横を通り過ぎようとした時、バランスを崩してころびか
けた。

「おっと、危ない!」
「きゃはは♪ きゃはは♪」

 とっさに抱きとめた黒沢の腕の中で、なおも少女はご機嫌に体をくねらせた。暖かく、柔らかい
感触。なんだか母性本能をくすぐられて、お日様の匂いのする髪に軽くほお擦りしてしまった。

「あ、すみません。こら、結花ちゃん! お姉さんにありがとうは?」
「きゃはは♪ はは♪」
「もう! 失礼しました、この子ったら」

 まだ若い――自分と同じ年頃であろう――母親が、頭をペコペコ下げながら少女を抱き取る。そ
のえらく人の良さそうな雰囲気が、少し話をしてみたい気にさせた。

「いいえ。可愛いお嬢ちゃんですね。お出かけですか?」
「いえいえ。主人が長期出張から帰ってくるので、バス停まで迎えに来てるんです。さっき駅か
ら『これからバスに乗る』って電話があったら、この子、迎えに行くってきかなくて」
「そうなんですか。よかったねー、結花ちゃん♪」
「ぱぱがねぇ〜、ばすでかえってくーの♪ ばす、ばすぅ〜♪」

 しゃがんで目線を同じ高さに下げ優しく語りかけると、少女は体全体で力いっぱい嬉しさを表現
しながら応えた。
(うひーっ、かわいいーっ!)
 黒沢はもう一度、少女を抱きしめたくなってしまった。

「・・・・・・あ。あのバスのようです。結花ちゃん、パパが来るよ〜」
「わーい、わーい、ぱぱのばすぅ〜〜♪」

 遠くにこちらに向かうバスの姿が見える。
黒沢は親子に別れの挨拶をすると、谷崎の待つアパートへと歩み始めた。ちょうどバスの来る方
角に進む形になる。

(ふふふ、あんなに大喜びで。・・・・・・子供か。あーあ、また来週あたり、母さんがお見合いの話と
か持ってきそうな予感だわ。早く孫の顔見たいとか言ってさぁ。やれやれ・・・・・・はっ!!)

 ――キィィン キィィィン

 そこへまたしても、あの音!
 教師としての懊悩。適齢期の女性としての悩み。・・・・・・等々、およそ『日常』といわれる側に属
する全ての営みを中断してまで、果たさなければならない『非日常』の義務。
 その始まりのベルが鳴っている。

(くっ、近いな。どこだ! ・・・・・・え!!)

 ちょうど目前まで迫ったバスの車内を見て、黒沢は愕然とした。
 車内に乗客がいないのだ。この時間帯では、ありえない。あの音が鳴る舞台でのこの状況からは、
たった一つの結論にしかたどり着けない。――みんな、モンスターに喰われたのだ。
 そして今まさに、最後の一人である運転手が、フロントガラスの中へと引きずり込まれていった。
 コントロールを失った車体は、勢いそのままに歩道へ乗り上げる。
 その先には、バス停とさっきの親子が!母親はあまりの突然の事態に反応できず、娘を抱きしめ
たまま立ちすくんでいる。

「危ないっ!」

 黒沢は走った。バスよりも早く!
 ライダーは生身の時でも、若干は契約モンスターから『力』の供給を得る事ができるのだ。
 車体を追い抜いてバス停へ至り、親子もろとも抱きかかえて大きく横へ跳躍する!
 一瞬遅れて、バスは彼女らの代わりに停留所の標識をなぎ倒した。さらに進み、道沿いの商店に
突っ込んで、やっと止まった。

「・・・・・・逃げて!」

 黒沢は親子を抱きしめ、万感の想いを込めた一言を発した。あれほど待ち焦がれた人を永遠に失
った母と子に、かけてやれるのはその言葉だけだった。
 何が起きたかも飲み込めないまま、母親は泣きじゃくる我が子を抱えて走り去った。

「・・・・・・許せない! 絶対に!!」

 先ほど買い物をしたコンビニに駆け戻った。事故の見物に行ったのか、店内は無人だ。黒沢はト
イレの鏡を使って「変身!」の声も荒々しく、その身を有角の異形へと変えた。

 ――この時、微妙な違和感を彼女は感じていたのだが、逸る心がそれを看過させてしまった。後
で、命取りとなるのも知らずに。

【仮面ライダー 神楽】
【第九話後編】

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