仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第九話後編】

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <六>

 光渦巻く境界を越えて躍り出たミラーワールド。その、全てが左右反転したバス通りの真ん中に、
倒すべき敵は立っていた。

「お前かっ!」 「ニェェ・・・・・・?」

 ガイ=黒沢の一喝に振り向いたモンスターの手から、何かが鈍い音を立て地面に落ちた。それは
喰い散らかされて、もはや原型すら留めていない運転手の死体だった。辺りに目をやれば、同様の
死体、いや肉塊が十以上は転がっている。そのうち一つが、きっとあの少女の父親だろう。

「くっ・・・・・・このヤロウぉぉぉ!」 「ニィエエエエ〜!」

 ガイの怒気に触発されてか、敵も威嚇するように叫び声を上げた。
 その甲虫の類を連想させる体は、犠牲者の返り血で染まったかのように赤い。人間で言えば眉の
辺りから左右に一本づつ、触覚らしきものが長く垂れ下がっていた。
 大型のブーメラン状の武器を大きく振りかぶると、奴――テラバイターは奇声をあげて迫ってきた。

(ふん、楽には死なせないわよ。挽き肉にしてやる! ・・・・・・いでよ、メタルホーン!)

 圧勝だった初戦、勝ちも同然の第二戦。それらの連勝からくる自信が、彼女にゆとりすら与えて
いた。――ストライクベントを引き抜こうと、バックルに手をやったこの時までは。

 だが次の瞬間、予想だにしない事態がガイを襲った。カードを引き抜くはずの指は、むなしく空
を掴んだのだ。

(・・・・・・え? な、無い? カードが無い!)

 そう、デッキの中にはあるべきカードがただの一枚も無かったのだ。
 通常ならライダーの脳内には、使用可能なカードのイメージが浮かぶのだが、それも出ない。

「そ、そんなっ! なんでこんな・・・・・・うぅわっ!」 「フン! フーン!」

 驚愕のあまり隙だらけになった彼女に、テラバイターの容赦ない攻撃が連続ヒットした。

 ・・・・・・その頃、現実世界。
 黒沢の部屋では、ひとり残された谷崎がよろよろとトイレから出てきたところだった。

「あーあ。吐きまくったら、ちったあ楽になったわ。にゃもはまだか〜、早く桃のジュース飲みて
ぇ〜」

 身勝手なことを言いながら、ソファーに寝転がった。リモコンでTVをつける。

「あ〜、なんで日曜の朝って退屈な番組しかねーの?『ザ・死亡事故 100連発!』とかやりぁ
いいのに。しゃーない、これでもやってみるか」

 ごそごそと、尻のポケットから取り出したのは・・・・・・なんと、ガイのカード一式!いつの間に抜
き取ったのだろうか。

「しかし、にゃもはなんでこんなの持ってたんだろ? あいつの趣味じゃねーのに。生徒からの没
収物? まぁいいや。えっとSTRIKE、CONFINE、FINAL? わけわかんねー、ト
リセツ(取扱説明書)ないの、これ? きゃはは、METALGELASだって。面白ぇ顔〜」

 ひと通りカードを読み上げると――さすが英語教師らしい綺麗な発音だったが――興味を失った
のか床に放り投げ、谷崎はうつらうつらと眠りに落ちていった。
 静かになった室内に、いずこからか何かが唸るような声が響いた。それは、主の危機を感知しな
がらどうすることもできないメタルゲラスの、苦悶の叫びであった。


 ・・・・・・再び、ミラーワールド。

「はっ! はっ! ええぃ!」 「ニェェェ!」

 すでにガイ=黒沢はパニックから立ち直っていた。水泳の競技者として短くない経験を持つ彼女
は、試合の最中に思わぬトラブルにあっても冷静に対処する手段――メンタル・コントロールを身
につけているのだ。
 ブーメランを湾刀のように使い切りつけてくるテラバイターの攻撃を、左肩メタルバイザーの角
で巧みに逸らしながら、反撃の糸口を模索する。

(こいつ、一撃一撃は軽いけど、素早いわ。なんとか捕まえて、組打ちに持っていかないと)

 だが、敵はそんなガイの心中を見透かしたように、大きく跳び下がって間合いを取った。手にし
たブーメランを奇声とともに投げてくる。飛び道具による攻撃に切り換えたのだ。
 唸りを上げて飛来したそれは、あたかも自体に意思があるように、ガイが回避した方向に曲がっ
てその背に命中した。

「うぐぐっ! 避けたのに・・・・・・」

 ガイは激痛に身をよじった。その威力は、先ほど手に持って振り回していた時の比ではなかった。
加えてその速さと変幻自在の動きは、動かしづらい左肩の角での防御では凌ぎきれない。
 人間界のブーメランなら当たれば地面に落ちるのだが、奴の使うそれは再び使用者の手に戻る。
テラバイターは一定の距離を置いてガイの周囲を回りながら投擲を続け、一方的に攻撃をヒットさ
せていった。

(ぐうっ! あううっ! ・・・・・・だめ、このままじゃ負ける。うぐっ! やはり狙うなら、ブーメ
ランが奴の手に戻る時を狙うしか、うあぅ!)

 堅牢なプロテクターの上からでも、なお激痛を与える猛撃に苦悶しつつ、ガイ=黒沢が見い出し
た手段。それは期せずして、タイガ=神楽がかつて同じタイプのモンスター、ゼノバイターとの戦
いで選んだ戦法と同じだった。

 タイミングを計り、チャンスを待つ。次の攻撃――頭部を狙ってきた奴をかわすことができた。

(ここだ!)

 ガイは猛然と敵めがけて突進をした。以前の戦いでタイガに回避を許さなかったその速さ。目論
見どおり、得物が戻るより先にモンスターを跳ね飛ばせる・・・・・・そう思えた瞬間!

「ニェイイイ♪」

 あざ笑うような声を発すると、テラバイターは己が指先をクィッと曲げた。途端に、ブーメラン
はその軌道を変え、ガイの脚へと襲いかかった。

「何ぃぃっ! あうううっ!」

 不意をつかれ、もろに攻撃を受けたガイは、倒れてアスファルトの大地を転がった。全力疾走の
速さが仇となり――レースでクラッシュしたF1マシンの如く――地面との接触で大きなダメージ
をくらいつつ。
 十数メートルほど転がって、やっと止まった時には、ガイは失神寸前だった。

「ニエィ♪ ニエエ、ニエエエッ♪」

 嬉しげな鳴き声をあげ、テラバイダーがブーメランを手に歩み寄る。
 ――ライダーの肉ってどんな味がするの?きっと舌がとろけるほど美味なのね。楽しみだわ。
 空耳なのだろうが、ガイの耳にはテラバイダーの鳴き声がそう聞こえた。

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <七>

 その有様を、少し離れた物陰から窺う姿があった。仮面ライダータイガ=神楽である。

(・・・・・・おっ、やってるな。なんとか間に合ったぜ!)

 ――停留所で黒沢と別れた後。
 神楽の耳に例の音が響いたのは、バスの中でだった。人目のある車内で変身するわけにもいか
ず、次の停留所まで我慢するしかなかった。降りてからも変身場所を探すのに苦労したりして手間
取り、やっと今、この場に到着できたのだ。

(うっ。あれは、ガイじゃねーか。よぉし、いま助けるぜ!)

 前回のいざこざなど、今は頭の片隅にも浮かばなかった。事態は急を要するからだ。モンスター
を倒すためだけにライダーになった、そんなお人よしを死なせるわけにはいかない。
 急いで駆け寄ろうとしたタイガだったが、その足が、ふと止まった。

(待てよ、ブーメラン? カミキリムシっぽい姿? もしかして、前に戦った奴の仲間か?)

 ガサツだとよく言われる神楽だったが、こと戦いにおいてはそうではない。水泳選手時代もそうで
あったが、戦う相手の戦力分析はマメにするのが習慣だった。

(だったら、こいつもすばしっこいってわけか。厄介だな。あの時はそれで苦労したからな)

 ゼノバイター戦では、決して脚の速さでは遅れをとらなかったが、そのチョコマカした動きに翻
弄され、あわや取り逃がす所だった。同じ轍は踏めない。

 ・・・・・・その時、ガイの窮地にあせりつつも策を練る神楽の脳裏に、ふと、浮かんだものがあった。

(よぉし、いっちょうやってみるか。あれを・・・・・・)

 仮面の下で、神楽は歯を見せニカッっと笑った。

――そして、場面は再び戦いの渦中へと戻る。

「フンッ! フンッ! フンッ!」 「うぐぅ! あうう! ぐふっ!」

 ガイ=黒沢は最後の気力を振り絞り、アスファルトの上を転げ周りながら、少しでも敵の攻撃か
ら逃れようと足掻いていた。
 だがその試みも空しく、テラバイターの振り下ろす刃はたて続けにヒットする。
 先ほど脚に受けたダメージは大きく、もはや立ち上がることすら出来ない。

(だめ、このままじゃあ、負ける。死ぬ。・・・・・・こん畜生っ!)

 倒れこむようにして奴の脛にパンチを放ったが、易々とかわされてしまった。すでに彼我のスピ
ードの差は致命的なまでに開いているのだ。逆に、体勢を崩したところに痛烈な一撃を受けた。

「うがぁっ!」 「ニェェェイ♪」

 意識が薄れ始め、手足に力が入らなくなってゆく。もう、身動きひとつできない。
 勝利を確信したのか、テラバイターはゆっくりと歩み寄ると、無造作にガイを仰向けにひっくり返
した。
 霞がかかったようにぼんやりとした視界に、奴がブーメランの中央を持って切っ先を己の喉に突
きつけている様が映った。

(トドメは喉か・・・・・・私の負け? 死ぬ? ・・・・・・だめ、だめよ! 仇を、結花ちゃんの、他の皆の
・・・・・・。で、帰らなきゃ。ゆかりのところへ。待ってる、私を、いや、桃のジュースを)

 時間がやたらゆっくりと流れているように感じられた。混濁した意識の起こす錯覚か、あるいは
これも死の前に見るという走馬灯の一種なのか?
 とりとめも無い想いが心中を去来する。

(人の命を、幸せを・・・・・・守る為に戦おうっていう・・・・・・ライダーはいないの? 皆、タイガみたい
に・・・・・・汚い奴らばかりなの? ライダー同士の戦いに・・・・・・勝ち抜けば何でも望みが叶うって
のは、確かに魅力的だけど・・・・・・それ以前に、人が次々に喰われるこの狂った状況を・・・・・・なぜ
・・・・・・ああ、神楽、あんたなら、きっと・・・・・・)

 テラバイターが、喉に突きつけていたブーメランを振り上げた。いよいよ、最期の時が来たよう
だ。ガイ=黒沢はせめてもの抵抗とばかり、その切っ先を睨み付けた。

(あのこ・・・・・・が、もし、かめんライダーだったら・・・・・・きっと・・・・・・たたかってくれる・・・・・・ひとを
・・・・・・まもるために・・・・・・かぐら・・・・・・)

 ――だが。

 緩慢さを増していた時の流れが、ここに至り完全に停滞したのか?
 敵は武器を振り上げた姿勢のまま、いつまでたっても動かなかった。
 もちろん、それはほんの十数秒のことだったが、確実にガイに回復の暇を与えた。
 ぼやけていた視界と意識が少しだけクリアになる。

 ――そして、知った。いつの間にか、奴の胸や腹から刃物の切っ先が生えていることを。何者
かが背後から貫いているのだ。
 振り上げていた手が力を失ってだらりと垂れ、落下したブーメランがアスファルトに乾いた音を
立てる。
 断末魔の痙攣に震えるモンスターの体の背後から、唐突に声がした。場違いに明るい声が。

「すっげぇ〜、ホントにできたぜ、背後から忍び寄っての奇襲。くぅぅ、これが虎の狩りかぁ!」

 もちろん、声の主はタイガ=神楽である。奴を貫いている刃は、その左手のデストクローだ。
 ――獲物の背後に忍び寄り、襲う。
 先ほど思い出した、榊が教えてくれた虎の戦い方。自分も『虎』だから、できるのではないか。
その直感に従い、試してみたのだ。

「ニギ・・・・・・ギ? ギ、ギ・・・・・・ギ?」

 テラバイターの苦悶の鳴き声は、戸惑いの色も帯びていた。自分に何が起こったのかを未だ
理解できていないようだ。それも当然であろう。モンスターはライダーに負けず劣らずの優れた
知覚能力を持っている。いくら背後からとはいえ、悟られずに間近まで接近を許すなどありえな
い。

 それを為しえたのは、タイガの特殊能力『隠行』あればこそだった。

 ファイナルベントの際、虚空から突然現れ、獲物に襲い掛かるデストワイルダー。その加護を
受けるタイガには、同じ属性の能力が備わっていたのである。
 さすがに全く同等とはいかず、虚空から飛び出すのは無理だ。しかし、目で捕らわれない限り
は、ライダーやモンスターの知覚を欺き、忍び寄ることができる。
 神楽は誰に教えられる事もなしに、榊の言葉と勘だけで、己の秘められたスキルにたどり着
いたのだ。

「ニギッ! ・・・・・・ギ・・・・・・」

 テラバイターは最期にひとつ、大きく体を震わすと、動かなくなった。
 タイガが爪を引き抜くと、その毒々しい赤の体躯は、糸の切れた人形のように大地に転がった。

「さてと・・・・・・おい、大丈夫か?」

 まだ立てないガイに、タイガが声をかける。

(た、タイガ! くっ、よりによってこんな状況で!)

 少しも「助かった」という気がしない。ガイ=黒沢にとっては、タイガは隙あらば襲い来る外道。
モンスターと何ら変わりない、いや、もっとタチの悪い相手なのだ。

「ま、あんたのお陰かもな。この勝ちは。へへっ、ありがとよ!」

 何の他意も無い、感謝の言葉だった。だが、喜びに浮かれた口調がさらなる誤解を呼ぶ。

(こいつ・・・・・・私を囮にした!? 楽して勝つために!)

 ガイはまだ少々ぼやける眼でタイガを睨み付けながら言った。

「・・・・・・卑怯な!」
(はぁ? もしかして、後ろからモンスター襲ったことを非難してんのか? おいおい)

 タイガも負けずに(?)誤解して、啖呵を切った。

「卑怯? 上等だぜ。勝つためなら、なんだって有りだろうが!」
「くっ、とことん性根が腐ってやがる」
「何ぃ? ・・・・・・おっと、お前ぇ、消えかけてるぜ。とっとと逃げたほうがいいんじゃねーの?」

 先に変身したガイの体は時間切れとなり、粒子化が始まっていた。
 単にそれを指摘しただけのタイガの言葉だったが、今のガイ=黒沢の耳には、嘲りの台詞に
聞こえてしまう。怒りに仮面の下の顔――そのこめかみをヒクつかせながら、それでも今は逃
げるしかなく、手近の鏡へと転がり込んでいった。

「覚えてらっしゃい、卑怯者めが!」

 そんな捨て台詞を残して。

「・・・・・・何でだよ。なに怒ってんだ、あいつ?」

 後に残されたタイガ=神楽は、首をかしげるばかりだった。『隠行』の次は、いつもの『ガサツ』
のスキルが発揮されたようだ。
 だが、長々と悩んでいる暇はなかった。

「・・・・・・ん、あれ? あの赤い奴の死体が無い! しまった、トドメを忘れてたっ!」

 地面に点々と血のような体液の跡を残し、テラバイターはその姿を消していたのだ。

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <八>

 ――そこは、小さな公園だった。

 入り口の門柱に刻まれた○○公園の字は、左右反転し、ここが鏡の中の世界だと教えている。
 中は申し訳程度にブランコと鉄棒だけがあった。そのくせ、周囲を囲む生垣やら樹木は密で、外
から中が窺いづらい。現実世界なら、住人の憩いの場よりむしろ犯罪の温床になりそうな所だ。

 その地べたを這いずる者がいた。艶やかな赤だった体にはいくつかの穴が開き、体液と泥で汚れ
て赤黒く変わり果てていた。――テラバイターである。
 進み行く先は、青々と茂った低木の陰。見れば長さ30センチほどの白いものが無数に密生して
いた。――卵なのだ、彼女の。
 薄い皮膜が、脈打っている。孵化寸前だ。あと一回、人間たちを喰らって蓄えたエネルギーを注
いでやれば孵る。その為だけに、とっくに息絶えて当然の身を引きずり、母虫はやってきたのだ。

 もう、愛しい塊は目の前だ。震える手を伸ばす。さあ受けよ、最期の養いを。そして栄えよ、こ
の地の果てまでも。そう言わんばかりに。

 ――だが、その時。

『フリーズ・ベント』

 認証音とともに、小さき命たちの脈動を、瞬時に氷の塊が覆って止めた。ほぼ同時に、樹木の上
から飛び降りてきた何者かが、驚愕する彼女を蹴り飛ばした。

「ギ、ギィ、ギニィィィ〜!」
「ビンゴっ、大当たり! とっくに追いついてたのに、わざと泳がせたかいがあったぜ。こんなと
ころにお宝を隠してやがったとはな。へっへっへっ」

 何者か?言うまでも無く、仮面ライダータイガである。半狂乱の態で叫ぶテラバイターなど眼中
に無いかの如くの笑い声。そして、手にした禍々しき戦斧を振り上げる。ターゲットは勿論、凍り
ついた卵だ。

「ギニィ! ギギギギィ〜!!」
「ああ? 『お願い、それだけはやめて』とか言ってるのか? そいつはできねぇ相談だ。・・・・・・
ええいっ!」

 気合とともに振り下ろされた斧は、凍結した塊を粉々に打ち砕いた。舞い上がった白く微細な破
片は、あたかも霧のように美しかった。

「ギニィィィィ〜!!」
「泣いてんのか? けっ、心配いらねーよ、すぐに後を追わせてやるぜ! ・・・・・・そらよ!」

『ファイナル・ベント』
「ガォォォ〜ン!」

 咆哮とともに出現したデストワイルダーは、いとも簡単にテラバイターを仰向けに押し伏せ、そ
のまま引きずりながら疾走を開始した。土埃が盛大に舞い上がる。
 走り行くその先には、タイガが待ち受ける。大きく脚を開いて腰を落とし、左手を後ろに引いた
半身の姿勢。装備したデストクローの刃が、日の光を受け鈍く輝いている。

「よし、来い!」
「ウォォン!」

 両者が交錯する寸前、白虎は獲物を手放した。ここまでの突進の勢いをのせたまま。
替わって、タイガの左手がそれを受け止めた。大地との摩擦でぼろぼろになった背中に、カウンタ
ーの威力を込めたデストクローが突き刺さる!

「ギニニニィィィーー!!」
「くたばりやがれぇぇぇ!」

 雄叫びを上げると、獲物の体を左手一本で頭上に差し上げた。
 ――そして、致命の一撃!
 ファイナルベント発動により究極に高められたタイガの『力』が、刺さった爪から衝撃波となっ
て伝わり、内部から全てを破壊する!

「ギニヤァァァァァァーーー!!!」

 断末魔の叫びを残し、テラバイターの体は爆発を起こし四散した。

「よっしゃあ、決まったぜぇ! 初勝利だ、イエーィ♪」

 タイガ=神楽は、しばしガッツポーズをとったり飛び跳ねたりして、初めての勝利の味に酔いし
れた。
 ・・・・・・やがて爆煙のはれた後に、モンスターの魂とでも言うべき、淡く光る球体が現れる。

「お、出たな。よし、トラ吉ぃ!」 「ガウゥ♪」
「・・・・・・お預けだ」 「アォォォン〜!?」
「ははは、うそうそ。お疲れさん、食っていいぞ。・・・・・・ん?」 「ガォ?」

 勝利の余波に浮かれた会話を交わしていた主従の前で、不思議な現象が起こった。
 球体の周りに、同様の、だが、かなり小さいものが無数に群がり始めたのだ。
 それは、タイガが破壊した卵の成れの果てだった。――母虫の魂を慕ってなのか?あるいは、自
分たちにも『命』というものがあったことを訴えようとしてか?

 だが、神楽は仮面の下で不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「ふんっ。トラ吉、良かったじゃねーか、デザート付きだぜ。腹いっぱい食っとけよ」
「ガォォォ〜〜ン♪」

 デストワイルダーは歓喜の鳴き声をあげると、球体にかぶりついた。小さい玉も爪先で器用に捕
らえては口にはこんでゆく。

(敗者はただ失うだけ・・・・・・大切なものを、守るべきものを、か)

 相棒の食事を見守るタイガ=神楽の脳裏に、またあの時の、榊の言葉が蘇る。同時に、喜びだけ
に満たされていた心に、ざらつくものが浮かんできた。

(いったい何人喰われたんだ、このカミキリムシに。どれだけ失われちまったんだ、大切なものが。
だめなんだ、行き当たりばったりで戦っても。・・・・・・そうだよ、探さなきゃいけねーんだ。この状
況を終わらせる方法を)

「よしっ、いっちょうやってみるか!」

 気合の入った言葉と同時に、パンッ! と勢いよく右の拳を左の手のひらに打ち付けて、タイガ
はミラーワールドを後にした。

『仮面ライダー 神楽』 第九話 <九>

 ――ニェイ♪ ニェイ♪

 嘲笑うようなテラバイターの鳴き声が追ってくる。
 駄目だ、逃げなくては。喰われる。
 黒沢みなもは、必死に前へと進もうとした。脚は痛くて動かない。這っていくしかない。
 だが、動かない。
 粘り気のある泥がその身にまとわりついて、どんなにあがいても進めないのだ。
 それだけでは、なかった。

 ――お姉ちゃん、どーしてパパを助けてくれないの?

 声に驚き振り向けば、あの少女が腰の辺りにしがみ付いている。

(結花ちゃん! くっ、私は、私は・・・・・・)
 答えに詰まる。体がまた少し、重くなった。

 ――夫を、あの人を助けてください!

 今度は、母親の方だ。娘に並ぶように、黒沢にしがみ付いてくる。体の重さが増す。

 ――助けてください。娘が帰りを待っているんです。助けて。
 ――同僚が風邪引いたせいで替わりに運転するハメになって。なんでこんな目に?
 ――はるばる孫の顔を見に来たのに、見に来たのに。
 ――早くうちに帰ってゲームの続きやりたいよう。早く、早く。

 さらに父親が、バスの運転手が、他の乗客たちが、鈴なりになって黒沢の服を掴んで、一斉に無
念を訴え始めた。

(くうううっ・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい、もう、私には何もできないの、私には!)

 ――ニェェェ! ニィエエ!

 そこへ、テラバイターの鳴き声。背後の間近から。
 恐怖で背筋が凍りそうになる。
 必死に逃げようとするが・・・・・・しがみつく人々が無限の重さとなって一ミリも動けない。救いを
求める声が、あたかも合唱のように耳に響く。

 ――助けて。助けて。死にたくない。痛い。怖い。イヤだ。助けて。逃げないで。逃げないで。
 ――ニェェェ! ニェェイ!

「うわああああああ〜〜っ!」

 絶叫とともに、体が軽くなった。

 だが、目の前は真っ白だ。差し込む光がまぶしく、長く瞼を開けていられない。
 しばらくして、やっと明るさになじんできた瞳に映った光景は、見慣れた自分の部屋だった。
 そして、自分がベッドの上で半身を起こした姿勢でいることを認識できた。

「夢か・・・・・・あ痛たたた!」

 動こうとしたら体の随所が痛み、小さく叫んでしまった。だが、その刺激でさらに意識がクリア
になる。

(あれから、どうなったんだっけ? 鏡から出て、しばらく動けなくて・・・・・・ええっ!)

 唐突に、黒沢は顔を赤らめた。自分の格好に気がついたからだ。上半身は、汗で体に貼り付
いているTシャツのみ。下半身はショーツだけだった。男性の手による事態なら、えらいことだ。

「にゃも、起きたの〜?」

 そこへ、缶ビール片手に、谷崎ゆかりがキッチンから出てきた。

「ったく、あんたは重たいから、着替えさせるにもひと苦労だったわよぉ」

 ・・・・・・幸い、この女の仕業だった。安堵してもう一度、辺りを見回す。
 柱の時計は、17時を示していた。半日近く、眠っていた計算になる。

「ねぇ、ゆかり。私、どーしたんだっけ? 記憶がイマイチなんだけど」
「え〜〜、覚えてねーの!? ホント、体育教師って馬鹿なのねぇ」
「うるさいっ! いいから、教えてよ」
「へいへい。あんたはさぁ、戻ってくるなり、玄関先でぶっ倒れたわけよ。救急車呼ぶかぁ〜って
聞いたら、それはダメ、寝てれば直るからって言いはるし。着てたジャージはえらく汚れてたから、
脱がしてあげたわ。ブラもきつそーだから、取った。で、ベッドに放り込んで、おしまいってわけ」
「・・・・・・そう。ありがとう、ゆかり。助かったわ」
「はいはい、いっぱい感謝してちょうだいね。せっかくの日曜を、あんたの部屋でTV見てるだけ
でつぶしたんだから。あ、そうそう、お昼は出前取ったから。当然、あ・ん・た・のおごりよね?」

 中腰になり、黒沢の顔を覗き込むようにして、旧友は言った。
 自慢げな表情。悪戯っぽい瞳。初めて会った高校の入学式の朝から、なんら変わらぬその仕草。
 見ているうちに、何か胸にこみ上げてくるものがあった。

「ふぅ・・・・・・」

 小さくため息をついた後、黒沢は谷崎をひしと抱きしめた。

「・・・・・・ええっ? こ、こら、何よ、気色悪い〜、やめれ〜!」

 しばらく抱き続けると、ジタバタもがいていた谷崎も大人しくなった。黒沢の雰囲気から、何か
を感じ取ったようだ。そして、しおらしげな表情でぽつりとつぶやいた。

「・・・・・・あ、あんまりさぁ、ムチャすんなよ。ま、何がどーなってんのか、知らねーけど」
「うん、ありがとう。・・・・・・全部、話すわ。聞いてくれる?」

 黒沢は、谷崎を放すとベッドから降りて立ち上がった。――決意を胸に。

(ごめんね、ゆかり。もう、一人で戦い続けるのは限界なの。あんたを巻き込むわ。そうすれば、
私はずっとずっと強くなれるから)

「何よ、ここでそのまま話せばいいじゃない?」
「だめよ。大切な話なんだから、ちゃんと起きて話さないと」

 まだふらつく足取りで、黒沢はTVの前のソファへと向かった。
 谷崎も文句を言いつつも、その後に続く。

(正念場ね。うまく説明しないと、えらいことになるわ。根がお子様だからなぁ、こいつは。下手
すりゃあ、あちこち言いふらしかねない)

 だが、黒沢の中に張り詰めていたテンションは、あるものを見つけてぷっつりと切れた。
 それは、ソファ前の床にばら撒かれたもの――自分のアドベントカード一式だった。
 その一枚、召喚カードの中で、メタルゲラスが鉤爪をにぎにぎと動かしている。
 ――ご主人様、ご無事でしたかぁー♪
 そう喜んでいるようだ。

「ゆかり・・・・・・これは、いったい何かしら?」

 感情を――爆発寸前の火山のような――必死に押し殺して、旧友に尋ねてみた。

「え・・・・・・あ、悪い悪い、あんたのバッグにあった奴、面白そうだからやってみようと思ってその
ままになってたわ。そうだ、これ、どーやって遊ぶの?」
「あんたの仕業かーーーーいっ!ゴルァ!こっちゃー死ぬところだったんだぞ!おまけにあの虎の
小娘には、なめた口きかれるしーーーー!!」

 素っ気無い返事に、黒沢は完全に切れてしまった。犯人の襟首をつかんで、絶叫する。

「ええっ、何、何で怒られてんの、私・・・・・・」

 だが、災いの張本人は、首を傾げるばかりだった。

『仮面ライダー 神楽』

「ナンパかぁ? だったら消えな、おかど違いだぜ」「虎と知りつつ口説く奴はいないだろう」
「へぇ、あんた今、鏡から出てこなかった? 凄ぇじゃん♪」
「鏡の中に、龍や虎や牛や犀やらがいて・・・・・・みんな死んでる」
「榊・・・・・・そうか、お前が!?」

戦わなければ、生き残れない!

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