仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第十話前編】

『仮面ライダー 神楽』 第十話 <壱>

「いらっしゃいませっ! 二名様ですか?」

 ランチタイムで混み合う店内に張りのある声が響く。
 神楽である。――ここ花鶏で下宿人兼バイト店員として暮らし始めて、一週間が経過していた。
 
「お待たせしました! Aランチ、パスタのセットです!」

 制服なぞ無い店なので、普段着であるTシャツにジーンズ、その上からエプロンをつけただけの
地味な格好だ。なのに不思議とそのいでたちには華があった。

「こちら、お下げしてもよろしいでしょうか? 失礼します!」

 トレーにカップや皿を乗せて運ぶ仕草にも、何ら危なっかしいところは無い。まるで十年来のベ
テランの如く。難を言えば、動作に女性的な繊細さを欠くきらいがあるのだが、それを補って余り
ある艶やかさがこの娘はあった。

「本当っ、神楽ちゃんて使えるわ〜。まるで喫茶店のウェイトレスになるために生まれてきたよう
なコよぉ♪」 

 厨房から様子を窺っていた沙奈子が、かおりに囁きかける。えらくご機嫌の様子だ。

「単に慣れてるだけだって。ウチの学校の水泳部って、文化祭の出し物ずっとサ店だし。普段のバ
イトでもそれ関係やってたらしいから」 

 サンドイッチを切りながら、気の無い返事のかおり。

「榊ちゃんに続いて、二人目の看板娘誕生ね。これで売り上げも倍増、この店の将来も安泰だわ」
「もぅ、商売っ気なんて元から無いくせに。あとねぇ、榊さんとあいつを同列にしないでよ。榊さ
んは別格なんだから」

 そう憤るかおりの視線の先には、彼女が崇める『女神』がいた。――榊である。
 腰まである黒髪は、仕事中は首の後ろで縛っている。
 こちらも春向けのセーターに綿のパンツ、エプロンのシンプルな姿。だが、美しかった。それで
十分に。完成品には余分な飾りは不要なのだろう。
 その動きは流れるようで、全く無駄というものが無い。あえて言えば愛想も無いのだが、逆にそ
れはこの娘の美をいっそう際立たせるスパイスとなっていた。

「Bランチ・・・ミックスサンドのセット・・・」 「はい、あ、ありがとうございま〜す!」

 給仕を受けた女性客がうわずった声を上げた。その頬は紅潮し、目が潤んでいる。榊に魅了され
ているのは一目瞭然だった。
 見回せば店内には、この長身の娘の立ち振る舞いにウットリとしている客がそこかしこにいた。
多くは若い女性だ。一方、神楽に熱い視線を送っているのは、ほとんどが男性客だった。

 静と動。陰と陽。氷と炎。その醸し出す雰囲気は対極にありながら、どちらも非凡な魅力を持つ
二人の娘。見る者、居合わせる者を虜にするその力。

「ま、どっちも客商売向けってのは確かね。あ〜雇って良かった! あたしの勘に、間違いは無か
ったわ〜♪」 「はいはい・・・・・・」

 ますますテンションのあがる沙奈子に、かおりは適当な相槌で応えた。
 ただでさえ多忙なランチタイムに神経をすり減らしているのに、これ以上無意味な消耗をするの
は御免というものだ。

(榊さん・・・・・・神楽・・・・・・)

 かおりは、ふと手を休め、店内で仕事に励む二人を見つめた。
 その顔に浮かぶ憂いの理由を知るものは、本人以外、誰もいなかった。
 

 やがてランチタイムも終了し、店内に静寂が訪れる。
 沙奈子がいつものように店番として残り、娘ら三人は先に住居のダイニングキッチンで昼食を取
る。「年寄は後でいい、若いモンの方がハラ減るだろうから」との沙奈子の気遣いによる習慣だっ
た。

 調理担当はかおり。ランチ食材の余りを巧みに使って作った、いわば『賄い飯』はなかなかの出
来栄えだった。それを、ものの数分で――ご飯お代わりまでして――平らげ、神楽は食卓の席を立
った。

「あー食った、食った。ごちそうさん!」
「もっとゆっくり食べなよ。体に悪いって」
「へっ、これぐらいで悪くなるヤワな体じゃねーって。さてと、そろそろ本業に戻るとするか。取
材のほう、ピッチあげねーと」
「取材って、謎の占い師のだっけ? 」
「ああ。以前そいつがいたって場所を虱潰しにあたってるんだけど、空振りばかりでさ」
「ねぇ、わざわざ仕事抜け出してお店に来てくれたのは嬉しいけどさぁ、無理はしなくていいんだ
よ? お手伝いは暇な時だけで」
「わかってるって。そんじゃ、いってきまーす!」

 神楽は威勢良く飛び出していった。

「もう、変なとこだけ律儀なんだから。うふふ」

 かおりは神楽の背を見送りつつ、優しく笑った。
 この娘の住み込みが決まった時感じた苛立ち――榊との二人っきりの時間が少なくなることへの
――は、どこへやら。今では、肩肘張らずに何でも話せる同居人の存在は、かおりにとってなくて
はならないものになっていた。
  
「・・・ごちそうさま」 「あっ」

 その時、背後から最愛のひとの声。あわてて振り返ると、神楽の半分の量を十倍の時間をかけて
食べ終えた榊が席を立つところだった。

「い、いいえ、お粗末様でした! あ、あの、榊さん・・・・・・」 「・・・」

 何事かを言いかけたかおりだったが、榊は無反応で自室へと去っていってしまった。

「ふぅ」と、ため息ひとつ。かおりは椅子に腰を下ろした。また先ほど厨房で見せていた憂いがそ
のおもてに蘇っている。

(・・・・・・大丈夫よ。その時が来ても、榊さんなら、きっと。ああ、でも神楽の方が・・・・・・ううん、
信じるのよ榊さんを。大丈夫、きっと大丈夫)
 
 無意識のうちに胸の前で手を組み、かおりは祈るようにつぶやいた。

「何を悩む? かおり・・・・・・」 「え!?」

 ――唐突に、当てもないつぶやきに、応える声があった。
 振り向けばそこに、陽炎のように立つ愛しき兄の姿があった。

「お、お兄ちゃん!」

『仮面ライダー 神楽』 第十話 <弐>

「あーー、ダメだ。埒が明かねーぜ、ったく!」

 花鶏を出てニ時間ほど後、都内某区の大きな公園。その中にあるオープンカフェで、神楽は吐き
捨てるように言った。テーブルの上には、アイスコーヒー。いや、すでに飲み干されて、茶色がか
った氷しか残っていない。神楽はその塊を口内に流し込むや、バリバリと噛み砕いた。さんざん走
り回って暑いからなのか、あるいは、苛立ちを鎮めるためか?

「あー、暑い。あー、ムカつく。すいませーん、アイスコーヒーもう一杯!」

 その両方だったようだ。大声でウェイターに注文を告げると、神楽は腕を組んで考え込み始めた。
視線を、少し離れたところにある噴水付近に泳がせながら。

(謎の占い師、百発百中当たる・・・・・・か。読者からのメールに書かれた情報が、どれも曖昧すぎん
だよなー。百発百中って、そんじゃーお前、百回占ってもらったのかって・・・・・・まぁ、それはいい
として、肝心の占い師本人に関することが『二十代前半のイケメン。背が高い』ってぐらいしかわ
かってないのが厄介だぜ。だいたいイケメンって言葉自体、好きじゃねーんだよ、私は)

「お待たせしました」「ああ、どもっ」

 運ばれてきたアイスコーヒーをさっそくすすり始めながら、神楽は手帳を取り出した。ここを含
めていくつかの公園や広場、露天商の出る通りの名が列挙されている。その全てに大きな×マーク
が書き込まれていた。――いや、全てではない。この公園名のみを抜かしてだ。

(そいつに会ったっていう場所はほとんど当たったけど、全滅だ。この公園にいなきゃ、今日も手
がかり無しってことになるな。もう少し休んだら、一回りして・・・・・・ん、あれは?)

 その時、神楽の目がある一点で留まった。
 植え込みを背に、赤いジャケットの男が座っている。指が、コインをはじき上げた。三枚。対面
にしゃがみこんだ女が、くいいるように見つめている。
 やがて、前に広げた布の上に落ちたコインを眺めながら、男が何事かを女に告げ始めた。

(若い男。やってるのは占い? よし、確かめてみるか。ちょいと話の内容を聞かせてもらうぜ)

 彼らのいる場所へは、かなり距離がある。普通の話し声など、聞きとれるわけがない。
 だが、神楽は仮面ライダーである。生身の時でも、若干は契約モンスターから『力』の供給を受
ける事ができるのだ
 目を閉じ、耳に意識を集中させる。
 すると、二人の会話があたかも間近にいるように聞こえてきた

――破滅。
――はい?
――あんたの人生に破滅が訪れる。短くて半年。
――ちょっと、そんな!
――長くて一年。

(やっぱり占いか。しかし、えらく失礼な事言うもんだな)

――そんな!・・・・・・でも、占いなんて信じなければ、
――いや、俺の占いは当たる。

(破滅するってことに、太鼓判押されてもなぁ)

――だが、運命は変わらないわけではない。むしろ変えるべきものだ。今、背負い込んでるものに
決着をつけるのは、あんただ。
――変えるべき運命・・・・・・あたしが、自分で決着をつけて・・・・・・

 女は立ち去ったようで、そこで会話は終わった。神楽も超感覚の使用を止める。

(へぇ、うまいこと言うじゃねーか。運命は変えるべきもの、か)

 不思議と感銘を受けていた。神楽は当初の目的も忘れ、男の言葉を脳内で反芻し始めた。今、自
らが置かれた立場に思いをはせながら。

(私の運命はどうだ? 巻き込まれてライダーになって、いきあたりばったり戦ってきた。ここか
ら先、どうなる? 戦いを終わらせ、人が食われないようにする方法は見つかるのか? それより
先に、誰かに敗れて死ぬのか・・・・・・けっ、冗談じゃねー。死んでたまるかって! モンスターだろ
うが、ライダーだろうが、挑んでくる奴ぁ皆、やっつけてやる! 負けねーぞ、緑のドンパチ野郎
にも、ガイの怒りん坊にも、龍騎にも・・・・・・くっ、龍騎か。 勝てるのかよ、あいつに。・・・・・・こ
らこら。一回もやりあってねぇのに、何を怖気づいてんだ、私。 でも、何か変なんだよな、あい
つは。まるで・・・・・・)

 しばし、ここが何処か、今何をしていたかも忘れて、神楽は無防備で考え事に耽った。
 ――そこへ、唐突な掛け声。

「ずいぶん深刻な荷物を背負っている顔だな」
「・・・・・・ん」

 目を開ければそこに、先ほどまで彼方で占いをしていた男の顔があった。対面の席に座っている
のだ。

「うわぁ! お、お、お前は! なんで、いつの間に」
「ふふ。 ああ、コーヒーを。カフェイン抜きで」
 
 男は問いには答えず、やってきたウェイターに注文を告げた。
 そして、じっと神楽の顔を覗き込んだ。

「ふむ・・・・・・」
「な、何だよ!」

 年のころは24,5だろう。やや尻上がりの真っ直ぐな眉が印象的だ。
 確かに二枚目だったが、今の神楽にはその外見は何の感慨も与えなかった。断りもなしに自分の
『間合い』に侵入されたこと、そしてそれに自分が気づかなかったことがひたすら腹立たしく、か
つ、恥ずかしかった。

「色々考えてはいるようだが、お前は根っからの勝負好きだ。このままいけば・・・・・・」
「やめろ! 失礼な奴だな、勝手に人を占いやがって。何のつもりだ、ええ? もしかして、ナン
パかぁ? だったら消えな、おかど違いだぜ!」

 顔を赤らめ、手の平まで振って、追い払おうとしている。この男が捜し求めていた取材対象であ
るかもしれないことなど、忘れてしまったようだ。

 だが、男はそんなことなど、どこ吹く風。運ばれてきたコーヒーを一口すすると、言葉を続けた。
 
「ははは、ナンパだと? 雌虎と知りつつ口説く度胸は、俺には無いな」
「な、何ぃ! お前、まさか・・・・・・」
「この間、占いで重要な人間に会うと出た。そしてお前も、俺を探していた・・・・・・違うか?」

 驚愕する神楽を前に、男はポケットから目の覚めるような紅色の四角いものを取り出した。

『仮面ライダー 神楽』 第十話 <参>

 ――私立・明林大学。
 都内某区に位置し、多くの学部を擁しているマンモス校。
 長い歴史を持ち、生徒には良家の子女も多い。だだし、合格に必要な偏差値は、学部によってピ
ンキリである。
 その広大なキャンパスをぬう通路は、お祭り騒ぎともいえる新入生勧誘の時期も終わり、すでに
普段の落ち着きを取り戻していた。
 桜木からすっかり散り落ちた花びらが、行き交う学生たちに踏みしめられて、汚れた桃色とでも
いうべき微妙な色合いに路面を染めている。

 その道を、他の学生たちに混じって、ちょっとだけ違うペースで歩いている娘がいた。
 足早に進み行く皆の中を、ひとりだけゆっくりと。まるで、彼女だけ違う時間の流れにいるかの
ように。
 卯月の風が、セミロングの黒髪を優しく揺らす。やや垂れ気味の大きな目の中の、これまた大き
な黒い瞳が木漏れ日に映える。
 彼女の名は、春日歩(あゆむ)。ここの家政学部児童学科二年に進級したばかりであった。

「あー、アユだ! きゃははは。アユ、アユ、やっほー」

 背後から声をかけられ、それまで顔に浮かんでいた笑みが少しだけ曇った。某人気歌手と同じと
いう、ある意味名誉ある愛称だったが、その名で呼ぶ知り合いにロクな奴はいないからだ。昔から、
その歌手がブレイクする、ずっと昔から。
 それでも無視するわけにもいかず、歩は一拍置いてから振り向いた。

「やっぱアユじゃーん」「アユちーん、ども♪」「元気してたー、アユぅ?」

 派手めの格好をした娘たちの一団が、おのおの声をかけながら歩を取り囲んだ。

「あ〜、明美ちゃんたちか。お揃いで、どないしたーん?」
「ちょとっねー。 そだ、これからさー面白れぇとこいくんだけど、あんたも来ればー?」
「・・・・・・へーちょ」
「はぁ?」

 リアクションに詰まる一同を尻目に、歩はトートバックからポケットティッシュを取り出し、も
たもたとした手つきで紙を取り出すと鼻を押さえた。

「ごめん。今年は花粉が長びいて・・・・・・へーちょ、へーちょ」
「か、花粉症? じゃあ、今のってぇ、くしゃみぃ?」「くしゃみだって、おい!」

 ――ぎゃははははっはははっは
 娘らは、とても上品とは言えないような声をあげて笑い転げた。

「ひぃひぃ、腹が痛ぇー。やっぱアユってサイコー」
「・・・・・・そやから、悪いけどパスや。ほならー・・・・・・へーちょ」

 まだ笑い続けている連中を残し、歩は正門の方角に向かった。また先ほどのペースで、ゆっくり
ゆっくりと。
 一方、明美らはやっと笑いが治まると、歩の背を見送りながら一転して罵倒を始めた。

「ヒィーヒィー・・・・・・ホント、期待どおりのボケやってくれるよ」
「話には聞いてたけど、あたし実物初めて見た。何、あいつ? ウケ狙い?」
「天然よ、天然! 本物の天然ボケぇ〜。ちゅーかぁ、むしろ○○ってか。きゃはは」
「でもさぁ、あいつ、男にはけっこうウケいいの。コンパとか連れてくと、けっこうアレじゃん」
「そうそう。ムカつくよねー。明美ぃ、いっぺんシメる?」
「まー、そのうちねー。さって、○○はほっといて、いこーか!」

 言いたい放題悪態をつくと、一行は校舎裏へと去っていった。

 歩は目も良いが、耳も良かった。今のがみんな聞こえていた。
 だけど、腹は立たない。笑みが少し曇るだけ。
 反論したり、ましてや報復したりしようなんて思わない。争いごとは好きじゃないし、第一、わ
からない奴には何をどうしたって無駄だと悟っている。幼い頃から、何度も経験してきたから。 
 その手合いには、近寄らず、遠ざかればいい。ただ、それだけのこと。
 いつも笑顔でいるのは、そんな腹の底を見せないため。
 ――微笑の仮面。
 それは、何かと誤解されやすい彼女が、知らぬうちに身に着けた世渡りのアイテムだった。

 ――だが。

「おーい、大阪ぁ〜」
「あー、智ちゃーん♪」

 元気な声が、先ほどとは別の愛称で歩を呼んだ。
 そちらへ振り向き手をふる彼女の顔は、『仮面』ではなく心の底からの笑顔だった。

 飛び跳ねるようにしてやってきたのは、小柄な娘。男の子みたいなショートカットの黒髪。くり
くりっとした可愛い目。
 その名は滝野智(とも)。家政学部生活学科二年。歩とは、高校時代からの――約三年間、ずっ
と同じクラスだった――友人である。
 二人はしばし、手をとりあってぴょんぴょん跳ねて再会を祝った。

「智ちゃーん、久しぶりやー。最近はあんまり遊んでくれへんしー。なんや、冷たいでー」
「悪い、悪い! なにかと忙しくってさー。よぉし、明日あたり、飲みに行こーぜ! もちろん、
よみも誘って」

 よみ、こと水原暦(こよみ)は、滝野智の幼馴染だ。小中高とずっと同じクラスだったという奇
跡のような間柄。今は別の大学に通っている。歩とも仲良しだ。

「ええなー、楽しみや」
「って、それはそーと大阪。さっき、明美らに絡まれてなかったか!」
「別にー。いつものパターンや」
「バカにされたんだな。おのれっ、確かに大阪はバカだけど、あいつら許さーん! よし、私が追
いかけてやっつけてきてやるー」
「・・・・・・智ちゃん、フォローになっとらんて。それに無理やー、智ちゃんケンカめちゃ弱いやんか。
相手は四人やで。神楽ちゃんでも連れてこんと」
「そーだっ!あの体力バカがいれば・・・・・・でも、あいつ勝手に携帯の番号変えちまってて、ずっと
連絡とれねーんだよなー。あっちからもかけて来ないし。やだなー、なんか」
「そういえば、榊ちゃんも、ちよちゃんも音沙汰なしやな。どないなっとるんやろか。心配や」
「そうそう。でもまぁ、そっちの二人なら大丈夫って感じするな。頭いいし、しっかりしてるし。
問題はやっぱり神楽だ。体力バカで勝負バカときてるからなー。私らがついていないと、暴走しま
くってえらいことになってるかも」

 正門を出て大学前の通りを並んで歩きつつ、会話は続いた。
 その内容から推測できるように、神楽もまた二人の高校時代の友人なのだ。
 飛び級で入学してきた天才少女・美浜ちよを中心にできた、榊・暦・智・歩、そして神楽、の仲
良しグループ。多感な時期の美しい思い出を共有する仲間たち。
 ちなみにかおりは、やや心理的距離があり、このメンバーには微妙に含まれない。

「ろくにんが もういちどそろったとき ほんとうのはじまり」 「えっ?」

 唐突に歩はつぶやいた。一転して、おごそかな声で。歩のペースには慣れているはずの智ですら
虚を突かれたのか、リアクションに詰まってしまう。

「お、大阪?」 「ほんま、久しぶりや。楽しみやで」
「え?な、何がだよ」 「もう、智ちゃん。明日の飲み会に決まっとるやんか」
「あ、あ、の、飲み会な。うん、うん、楽しみだー」 「楽しみやー」

 しかし、次の瞬間にはもう普段の――多少、変でもあくまで普段の――歩に戻っていた。智も追
及はしなかった。深く考えるのは苦手な娘なのだ。

「ほんで、時間は〜? 場所は〜?」
「うーん、待て。それはよみの都合を聞いてからだ。後で電話するから。でもでも、場所はもう決
めてるぞー。この前、偶然に超笑える飲み屋をさー」
 
 ――ほぁん ほぁん

 その時、遠慮ぎみなクラクションの音が二人の会話を遮った。
「あーっ♪」と、智が小さく叫ぶ。嬉しくてたまらない、そんな声色で。
 音のしたの方を見やれば、十数メートル離れた先に軽自動車が止まっていた。運転席の人物がこ
ちらに手を振っている。照れがあるのか、仕草がぎこちない。
 智は満面の笑顔で、手を振り返した。ぴょんぴょん跳ねて、全身で喜びを表現しつつ。

「ごめん、大阪。迎えが来ちゃった♪ んじゃ、また」
「ほなら、またー」

 車に駆け寄ってゆく智の背を見送りつつ、歩は柔らかな笑顔でつぶやく。

「うまくいくとええな〜、あの二人。お似合いやでー」

 そのまま車が走り去るまで見届ける。そして、踵を返し反対方向へ歩き始めた。手にはトートバ
ックから取り出した手帳があった。

「さてとー、私も頑張らな。ええと、今日のお勤めはどこやったかー?」

 手帳のカレンダーには、日ごとに違う名称が丸っこい文字で書き込まれている。
 それは公園や広場、露天商の出る通りの名――神楽の手帳に書かれているものとほぼ共通の――
だった。

『仮面ライダー 神楽』 第十話 <四>

「ふぅ。それにしても、今日は暑いな。四月とは思えない」

 場面は再び、公園内のカフェ。
 男は先ほど取り出した四角いものを広げて、額の汗をぬぐった。

「おい! ハンカチかよ。はぁぁ、驚かせやがって。私はてっきり」
「デッキかと思った、か?」
「くっ! お前ぇ、いったい何者なんだ? ライダーなのか!」

 もったいぶった口調に神楽は苛立ち、身を乗り出し掴みかからんばかりの姿勢になる。

「・・・・・・いや、違う。しかし、この件に深く関わってしまった者だ」 
「ふん、違うだと? 怪しいもんだな。じゃあ、関わりってどんなのだよ?」

 男の顔から笑みが消えた。眉がやや吊りあがり、眉間にシワが刻まれる。鈍い神楽にも、彼に何
か辛い過去があるのだと察することができた。
 椅子に座りなおし、まっすぐその目を見る。
 男はそんな神楽の真摯な視線をしばし受け止めた後、静かに言った。

「・・・・・・友を殺されたのだ。神崎士郎に」 「何ぃ! な、なんでっ!」
「ライダーになれという再三の誘いを、ことわったからだ」
「そ、それだけの理由で人の命を!? くそっ、あの野郎、そんな外道だったのか」
「奴は人の心の弱さにつけ込むのが巧みだ。友は不慮の事故で将来の夢を絶たれ、絶望の淵にいた。
そこを狙われたのだ。だが彼は悩みに悩んだ挙句にそれを拒んだ。魔性の力に頼り、しかも他人を
殺めてまで夢を叶えるのは、人として間違っていると。・・・・・・そして、殺された」

 そこまで言い終えると、男は目を閉じた。テーブルに置かれた両の拳は硬く握り締められ、眉間
のシワはいっそう深くなっている。未だ癒えぬ心の傷、その痛みに必死に耐えているかのように。
 神楽もかける言葉が見つからず、しばし傍観するしかなかった。
 ややあって、そよ風がひと吹き。時期はずれの陽気の中にわずかな涼を与える。男は長い吐息と
共にゆっくり目を開けた。

「・・・・・・失礼した。こんなに感情的になるつもりはなかったのだが」
「悪かったよ、言いづらい事言わせちまって。あんたの事情はよくわかった。それで?」
「単刀直入に言おう。力を貸してくれないか? ライダー同士の殺し合いを止めたい。亡き友の考
えが正しいことを証明する為に。そして俺のように、巻き込まれて悲しい思いをする者を増やさな
い為にも。それには、ライダーであるお前の協力が必要なのだ」
「あんた・・・・・・おっと、まだ名前も聞いてなかったな」
「ああ、すまん。手塚海之(みゆき)だ。よろしくな」
「こちらこそ。えっと、手塚さん」
「ふふ。手塚、でかまわんが」
「年上を呼び捨てにする習慣はないんでね。ま、クソ野郎は例外だけど。でさ、手塚さん、あんた
の申し出だけど・・・・・・オッケーだぜ! お互い協力し合おうじゃねーか!」

 神楽は笑顔で応えた。手塚の表情からも険が消えて、穏やかな笑みが戻る。

「そうか! ・・・・・・ありがとう。助かる」
「いいってことよ。実はさ、私もライダー同士が戦う意味がいまひとつピンとこねーままだったん
だ。そりゃ、なんでも望みが叶うってのは美味しいけど、12人も人殺してまでなぁ。身内で争う
より、もっとモンスターとの戦いに精を出せよって。だって、ライダー全員が手を組んで退治に当
たれば、きっと早いうちにあいつらを全滅できる・・・・・・って、そうだ、そうだよ。これだ!」

 神楽は、思わず拳を握り締めて立ち上がった。モンスターを滅ぼし、これ以上人が喰われないよ
うにする方法。悩んでいたことへの一応の答えが、今、偶然見つかったのだ。
 戸惑う手塚の手を取り、神楽は興奮気味で言った。

「いやー、こっちこそ大感謝だぜ! やるべきことが、やっと見えた! あはは」
「そ、そうか。よかったな」
「へっへっへっ。なんか、今日はラッキーだな。朝のテレビの星占いなら、『虎座の貴女、今日の
運勢はゼッコーチョー!』ってとこか? おっと、ねーってんだよ、虎座なんて。あはははは」
「あは、ははは・・・・・・」
「ん、そう言えばあんた、なんで私がライダーだと知ってたんだ?」

 もっと早く出ていい質問が、やっと神楽の口から発せられた。

「言っただろ? 占いでそうと出たと」
「ハァ? う、占いって、おい」
「俺の占いは当たる」

 根拠が占いと聞いてやや鼻白む神楽に、手塚は断言した。

「マジで当たるのか?」
「ああ。俺の占いでは、こうも出ている。このまま神崎士郎の目論見どおりライダー同士が戦い続
ければ、全員が死ぬ。誰も望みを叶えることなく。神崎本人ですら、と」
「何だって? そ、そんなことまで。おいおい、いくらなんでも」
「いや、俺の占いは当たる。当たってしまうんだ」

 再び手塚は言い切った。その言葉から感じ取れた揺ぎ無い自信、そして等量の悲しみ。神楽は手
塚の断言を信じる気持ちになった。悲哀の匂いゆえに。

「・・・・・・じゃあ、さっき占ってた女も結局、破滅か」
「聞いていたのか。ああ、その確立は高い。だが、あの女の努力次第で、助かる道はきっと見つか
る。言ったはずだ。運命は変わらないわけではない、むしろ変えるべきものだと。そう思うからこ
そ、俺は辻占いを続けているんだ」
「ふーん、人助けってわけか。あんたやっぱり、いい奴なんだな」
「いや」
「あ、そうだ。私が探していた『謎の占い師』ってのも、もしかしてあんたか?」
「おいおい。最初にそう言っただろ?『お前も俺を探していた』と」
「いやー、そんな昔の事は忘れちまったよ。へへへ」
「はは、ははは」

 ややひきつった苦笑いの後、手塚は席をたった。

「じゃあ、今日のところはこれで。・・・・・・無茶な頼みを聞いてくれて、ありがとう」
「いや、こちらこそ。色々と情報もらったしな。ああ、なんかあったらここに連絡くれよ」
「うむ、そうさせてもらうよ」

 手塚は渡された名刺を財布に入れ、代わりに小銭を取り出した。

「俺のコーヒー代だ。今日のお礼にそちらの分も奢ってもいいぐらいだが、記者であるお前には、
もっと相応しいものが良かろう。もう少し、ここにいるといい。辺りを警戒してな。おっと、ライダー
であるお前には余計な忠告だったか。ふふ」
「警戒って、モンスターでも出るってのか・・・・・・ああ、行っちまいやがった。悪い奴じゃねーんだ
が、少し自分に酔ってるとこがあるよなー。ま、いいか。どれどれ」

 神楽は座る位置を変え、カフェのエリア全てが視界に入るようにした。この陽気のせいもあって、
冷たい飲み物を求める客で席はほぼ満杯だった。

 ふと、神楽の視線が一組の客のところで止まった。大学生風の男二人だ。偶然にではない。ライ
ダーの、いや、この娘の本能が何かを感じ取ったのだ。あわててバッグからデジカメを取り出す。
突然、彼らは立ち上がった。目の輝きが尋常ではない。

「おおおお、オレが最強だぁぁぁっ!」「ざけんなよぉぉ、オレこそ頂点だぁぁ!」

 意味不明の絶叫を上げると、男たちは傍らに置いてあったゴルフバッグから何かを取り出した。
刀だ。いや、両刃の直刀だから剣といったほうが正確だろう。刃渡りは約70センチ。
 ――そして。
 何の躊躇もなく、二人は斬り合いを始めたのだ。衆人環視の中で。
 だが、居合わせた客も店員も、ただ呆然と見守るだけだった。とっさに現実として認識できなか
ったのだ。単なるケンカならともかく、映画のような剣戟が白昼のカフェで始まったという事実を。
 そんな人々の中で、ひとりだけ違う感慨で彼らを見ている者がいた。時折、デジカメのシャッ
ターを切りながら。もちろん、神楽である。

(あーあ、眠てぇバトルだ。なんだ、あのへっぴり腰は? ほら、今、手首を切り落とすチャンス
だったのに、なにボケっとしてんだ! 剣が派手にぶつかりあうだけで、一撃もヒットしねぇじゃ
んか。まぁ、確かにスクープにはなるけどな。ありがたく頂戴するぜ、手塚さん。・・・・・・ふぁぁ。
やべ、マジで眠くなってきた。そろそろシメるか。ど〜れ!)
 
 ――ぱんっ! ぱんっ!

 無造作に歩み寄って、ビンタ一発づつ! それだけで、もろくも男たちは剣を取り落とし、床に
倒れ伏した。「ひゃんっ」とか「ひぃっ」とか、小娘のような悲鳴とともに。

「なに情けねぇ声出してんだ・・・・・・。おっと、こいつは預からせてもらうぜ」

 剣を拾い上げ、男たちを見下ろした。――凄みのある笑顔で。彼らは、先ほどまでの威勢はどこ
へやら。打たれた頬に手を添え、なぜか横座りになって、怯えた目をこちらに向けている。神楽は
手近の椅子を引き寄せると、そこにドカッと腰を下ろした。

「さてと。それじゃ始めさせてもらうぜ、取材をな。まず、名前から聞こうか・・・・・・」

 神楽の指が、常備しているICレコーダーのスイッチを入れた。

【戦士達への鎮魂歌】
【明日も負けない MEAN! NESS!】
【仮面ライダー 神楽】
【第十話後編】

【Back】

【仮面ライダー 神楽に戻る】

【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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