仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第十話後編】

『仮面ライダー 神楽』 第十話 <五>

 ――MATRIX

 ドアにはそう書かれたプレートが掛けられていた。ここは、明林大学工学部の一角。

 外は初夏を思わせるほどの陽気なのに、その部屋の窓には全てカーテンがひかれ、蛍光灯の青

白い光が室内を照らしていた。空調は、寒いほどに効いている。

 中央に、円形に並べられた机が十三個。上にはパソコンが一台づつ乗っていて――三つの空席を

抜かせば――全ての席にはそれぞれ主が座っていた。

 机の配置から推察するに、『円卓』を模しているのかもしれない。だが本物のそれなら席はその

外周に置かれ、各自は向き合って堂々と語り合うものであろうに、ここの席は全て内側にあり、

各々は背を向けて座っているのだ。



「おお、来るのか?」「こっちもだ」「馬鹿めが。ふっ」「けけけ、俺の正体も知らずに」



 モニターには全て同じようなCGが映し出されていた。どこか町の路上だったり、あるいは何か

の施設の中であった。そこそこリアルな風景をバックに、そこそこリアルな人物が行き来している。

まるで、ロールプレイングゲームの一場面の如くだ。突如BGMが剣呑なものに切り替わり戦闘場

面になるのも、その手のゲームそのものだ。



「残念だったな。死ね」「むだむだむだぁ、ほら死んだ」「勝てると思ってたのか、こいつ」



 彼らの口から発せられている台詞は、独り言だけではない。モニターを食い入るように見つめた

ままでも、仲間同士の会話が成立しているのだ。



「無駄なんだよ」「そうだよな、俺たちはただの戦士じゃない」「そうそう、十三神将だもんね」

「十年早いって、挑むのはYO!」「くくく・・・・・・そういやぁ、スワニーは今日はどうしたんだ」

「休みじゃねーの、風邪とかで」「キャンサーとバイパーもいねーな」「まあ、いいけどね。休め

ば弱くなるだけだし」「むしろラッキーじゃーん。お、またどっかの馬鹿が挑んできた♪」「順調

じゃんか、ドラグーンたん」「いーえ、バットたんほどでは」

「あーあ、それにしても喉渇いたな。・・・・・・おい、芝浦ぁ!」



 絵空事の世界の住人のような会話の最後に、突如リアリティのある台詞が発せられた。

 部屋の片隅の椅子に座っていた青年が、ビクッと震えて立ち上がる。



「はい、なんでしょうか?」

「なんでしょうかぁ、だとぉ? 気が効かねーな。ドリンク買ってこいっての」



 先ほど、バットと呼ばれた男は青年の方を向きもせず、モニターを睨みつけたまま言葉を荒げた。



「す、すみません! すぐに」

「思い上がるなよ。確かにこのゲーム、基本設計はお前がしたけど、俺たちのアイデアがなかった

ら完成しなかっただろ、おい!」

「はい。その通りです」

「だったらドリンクとポテチ、即攻で買って来い。もち、お前の奢りでな」

「はい、当然です!」

「俺、バヤリースオレンジとじゃがりこ」「ペプシとカルビーの塩味」「サスケとライダースナッ

ク」「Dr.ペッパーとキャラメルコーン」「俺はミリンダメロンと・・・・・・」



 ――十数秒後。

 一部マニアックな十人分のオーダーを脳裏に焼きつけ、芝浦と呼ばれた青年がMATRIXのド

アから飛び出してきた。

 全力疾走。ただし、数メートル。廊下の最初の角を回るとこまで。



「ふふっ。ひとの作ったゲームするしか能のない馬鹿が、調子にのってくれちゃって」



 吐き捨てるような侮蔑の言葉。先ほどまでのヘタレぶりはどこへやら。その幼さが残る面立ちも、

今や傲慢一色に染め直されていた。

 ポケットから携帯を出し、誰かと話し始める。



「俺だけど。今から言うものをさぁ、第四棟二階の踊り場に持って来てよ。二十分以内で」



 オーダーを早口で告げると、返事も待たずに切ってしまった。あちらの回答は、YESしか許さ

れない。そんな人間関係を垣間見させて。

 指定の踊り場まで移動すると、壁に背を預け瞑目した。ここで品物の到着を待つのだろう。



「俺たちのアイデアがなかったら、だって。ふふふ、それってネーミングだけじゃん。しかも『十

三神将』とかさ、センスのかけらも無いっての。まったく・・・・・・」



 その時、彼の携帯の着信音が鳴り、ひとり語りを中断させた。



「はい。・・・・・・へぇぇ、そうなんだ。公園のカフェでねぇ。それで、四、五人は巻き添えになった

の? はぁ、素手の女ひとりに秒殺されたぁ? あはは・・・・・・最後まで馬鹿丸出しじゃん、あいつ

らって。ふふふ、ホント、笑わせてくれる。え、後始末? いらねーよ、俺に繋がる証拠なんてあ

りゃしないから。じゃ」



 相手は先ほどとは違う人物のようだ。通話を終えると芝浦は電子手帳、いや携帯端末を取り出し

て何かのソフトを操作し始めた。



「蟹江、三津地は脱落、と。神将ネームはキャンサーとバイパーだったけ。やれやれ、暗示が効き

すぎちゃって暴走したか。推測以上に単細胞だったわけだ。あーあ、せっかく俺が最高に面白い戦

いの場を用意しといたのに。ま、いいか。替わりはあと十匹いるし。足りなくなったら補充すり

ゃーいいし。とりあえず・・・・・・っと、代打で次に例の所へ行くのは、バットこと羽田センパイに決

定〜っ。パシリさせてくれた、ささやかなお礼ってね。ふふっ」



 そこへ・・・・・・二人の男がやってきた。服装は平凡だったが、目つきの鋭さ、身のこなしからして

一般人でないことは明らかだ。その辺のチンピラなど、目も合わせず逃げ出しそうな迫力を全身に

漲らせ、芝浦に歩み寄る。

 そして深々と頭を下げ、手にしたダンボール箱を差し出した。



「お待たせしました、淳ぼっちゃま」 



 箱の中にはオーダーの品が――飲料はキンキンに冷えて――全て揃えられていたのだ。タイムリ

ミットまでに二分余らせて。



『仮面ライダー 神楽』 第十話 <六>



 ――暮れなずむ街角。

 某駅近くに露天商が多く店をつらねる通りがあった。

 売り物のジャンルは多岐だった。例えば、食べ物。アクセサリー。100円の古雑誌。音楽カセッ

ト&CD。そして占い。

 それらは猥雑で無秩序な、良く言えば自由で緩やかな雰囲気を町並みに添えていた。



「ざけんなよ」「あとで、ぜってーコロすからな」「死ねよ、ばばぁ!」

「ヤカマシイワッ、ボケェ! トットト、イネヤッ! ドタマカチ割ルデェ〜!!]



 そこへ、突如の罵声。見れば、悪態をつきながら足早に立ち去る女子高生たち――その外見、国

籍不明――目がけ、中指を立てながら叫ぶ白人女がいた。年のころは20代前半。なかなか整った

顔立ちだが、くしゃくしゃの髪とラフすぎる服装がそれを台無しにしている。

 

「おう、じゃぱんハ治安ガ良イト聞イトッタンヤケド。すくーるがーる、チョット目ヲ離スト、ス

グ窃盗シヨル。ぺあれんとノ顔ガ見タイッチューネン! マッタク」



 散らばったアクセサリーを台に戻しながら、女はこぼした。どうやら先ほどの諍いは、万引きの

撃退だったようだ。しばし苦虫を噛み潰したような表情で作業を続けていたが、終えると大きな手

をパンッパンッっと拍手を打つように鳴らし、彼女は穏やかな笑顔に戻った。



「サテト、ガンバッテ商イセナ・・・・・・ムムッ、コイツメ、マタシテモ居眠リシトルワー!!」



 女の視線の先には、隣の出店。

 それは明らかに小型のコタツだった。半畳ほどの敷物の上に置かれ、コタツ布団も入っている。

 台上に立てられた板には、子供が書いたような字で『うらない』とあった。

 でも、肝心の占い師は・・・・・・突っ伏して熟睡していた。



「ごるぁ、起ンカ! ・・・・・・エエィ、シブトイ奴メ。コウナレバ、空手ちょーっぷ!」

「ひゃん! 痛たたたた」



 小さな悲鳴とともに、やっと占い師は目を覚ました。脳天を直撃した手刀の威力でベール付の被

り物が吹っ飛び、素顔が露になっていた。

 セミロングの黒髪。やや垂れ気味の大きな目。これまた大きな黒い瞳。

 占い師――春日歩は、痛む頭をさすりながら、アクセサリー売りを見上げた。



「あうう、酷いなぁ。ジェニーちゃん、乱暴やで」

「ソヤカテ、チョットヤソットジャ起キンヤン、歩ハ。何度言ウタラワカルンヤ、商イハ・・・・・・」

「短く持って、こつこつ当てるー。やな」

「ナンヤ、ワカットルヤンカ。地道ニ努力セントアカンノヤ。ゆー、あんだすたーん?」

「あ、あんだーすたんど。ふー、そやけど今日はえらい暑いなぁ。さすがにコタツは応えるで〜」

「ホンナラ、止レバイイヤンカ。ソモソモ、ナンデ炬燵ナンヤ?」」

「師匠がな、上手に占えるよう、自分がリラックスできる道具を使えーゆうたから。私なー、コタ

ツに入ってると、えらく落ち着いた気持ちになれるんや」



「落チ着キ過ギテ、眠ッチマッタラ元モ子モ無イヤンカ!」

 そう言うと、ジェニーは手の甲で歩の平たい胸をポンと叩いた。どうやら、突っ込みのようだ。



「あうう。あとなぁ師匠が、お客さん呼ぶには差別せなあかんてゆうから」

「ごるぁ! 差別ハ、アカーン。ソレヲ言ウナラ差別化ヤロガ!」再び、手の甲が歩にヒット。

「ああ、そーやった」

「マァ確カニ目立ツワナ、路上デ炬燵出シトッタラ」

「これから夏に向けてな、普通のテーブルにするか、布団無しで涼しくしてコタツにこだわるか?

 うーん、悩むところやで。そや、今度師匠に会うたら聞いてみよー」

「フフッ。歩ハ何カッチュート師匠、師匠ヤナ。甘エン坊ヤデ」

「ち、ち、ち、ちやうねん。甘えてなんかおらんよー。私はただ師匠に・・・・・・」



 夕日と並べても遜色ないほど真っ赤になり、小さな手をぶんぶん振って否定する歩。それがたま

らなく愛らしくて、ジェニーはもう少しからかってみたくなったようだ。



「おぅ! マタ師匠言ウタ。甘エン坊ー♪ 歩ハ師匠ニ甘エン坊ー♪」

「ちゃうねん! ちゃうねーん!」



 ――そこへ。

 微笑ましい小競り合いをしていた二人の娘に、歩み寄る人物があった。



「こら。お前がやるのは占いだ。漫才ではない」



 あきれたような声に娘らが振り向くと、そこには赤いジャケットを着た長身の男が立っていた。



「し、師匠!」 「おぅ、ミユキ。噂ヲスレバ、ナントヤラネー」



 男――手塚海之は膝を屈めて目線の高さを揃え、諭すように言った。



「春日。無理をさせているのは承知だが、これはお前のためでもあるんだ。だから・・・・・・」

「そんな、無理なんてー。・・・・・・すいません。もっと、がんばります」

「ガンバットルデ、歩ハ。学業ト占イノ修行ヲ両立サセトンノヤカラ」

「あー、ジェニーちゃ〜ん♪」



 さりげないフォローに、歩は感謝の笑顔を白人娘に向けた。しかし・・・・・・



「ソヤカラ、多少ノ居眠リハ見逃シタッテヤ、ミユキ」

「ふぅ・・・・・・春日。また寝てしまっていたのか」

「あ〜! ジェニーちゃん、それは言わん約束やのに〜!」

「おう、まうすガすりっぷシタネ。スマソ、歩」

「あの、し、師匠、ちゃうねん。わ、私、目を閉じて占いについて考えてただけでー」



 手塚は、大きな掌をそっと春日歩の頭に置いて、優しく応えた。



「わかった、わかった。・・・・・・そろそろ日も沈む。今日は、もう上がるといい」

「ううう・・・・・・師匠が私を信用してくれへん」



 やや拗ねたような表情で、歩は出店の片付けを始めた。と、いっても、コタツの脚をたたみ、布

団や敷物をまとめるだけだが。手塚もそれを手伝う。



「・・・・・・ところで、何か夢は見たのか」

「あー、夢。何や、おかしなん見たなー」



 手塚は「ふふ、やっぱり寝ていたじゃないか」と、聞こえないように小声で突っ込みを入れた後、

話の続きを促した。



「おかしな? どんな内容だったんだ?」

「あんなー、鏡の中に龍や虎や牛や犀やらがいて・・・・・・みんな死んどるんや。ほんでな、金の羽根

まとった男が、黒い羽根を握りしめてな、おんおん大泣きしとった。私も・・・・・・あれ、師匠。どな

いしたんやー? 顔がこわい」

「ああ、すまない。ちょっと、考え事をな」

「ひどいなぁ、ひとの話し中に」

「まぁ、そう怒るな。そうだ、お詫びにどこかで夕飯を奢ろう」

「ほんまに? わーい、そしたら善は急げや! はよいこー」

「おいおい、走ると転ぶぞ。ジェニーもどうだ、一緒に?」

「おぅ、ぐれいと! 助カルワ。ココ数日、ぱんト水ダケヤッタカラ」



 十分ほど後、夕闇迫る繁華街を歩く三人の姿があった。

「ヤッパリ甘エン坊ヤー」「そやから、ちゃうねんてゆーてるやん」と、じゃれ合いながら進む娘

二人。それを見守りながら、後についていく手塚。



(春日・・・・・・さっきは驚いたぞ。俺の占いと同じ内容を、夢で見るとは。予定よりも、ずいぶん上

達が早い。これならば、間に合う。運命を変えられる・・・・・・)

 感慨深げにつぶやくと、長身の男はまだ昼の色がやや残る空を見上げた。そこには宵の明星が、

早くも瞬きを開始していた。



『仮面ライダー 神楽』 第十話 <七>



「な、なによ。ひとのこと、じっと見て。私の顔になんかついてるの?」

「あ、いや、な、なんでもねぇよ」

「もう。へんなの・・・・・・」



 かおりは頬を赤らめたまま、皿洗いを再会した。

 喫茶店・花鶏。時刻は20時を回ったところ。かおり、榊、そして神楽の三人は、閉店後の後片

付けの最中だった。



(いけねぇな、どうもかおりんを意識しちまう。言っちゃならねーと思うと、余計になぁ)

 

 神楽は床をモップで水拭きしながら、顔をしかめた。

 今日、手塚と会ったことを、まだかおりには話していない。いや、話さないことに決めていた。

 ライダーの件で新情報を得たときは、お互い教え合おう。そんな約束が、かおりとの間でなされ

てはいたのだが。



(手塚さんのことを話せば、あの件だって言わなきゃなんねーもんな。・・・・・・神崎士郎が、お前の

兄貴が人殺しだって。この部分だけ、抜いて話すか? だめだ、私はそーゆーの苦手だからな。ぎ

こちなくなる。ってゆーか、話しているうちにそれを忘れて口走っちまうかもしんねー。やっぱ、

だめだ。内緒にしとこう)



「あ、そうそう。今日は驚いたよねー、まさか白昼の公園でさぁ」

「ええ! な、な、にゃにー?」



 そこへ唐突にかおりの問いかけ。しかも、『白昼の公園』という今日の会談を連想させるキー

ワード入り。神楽は驚きの余り、声が裏返ってしまった。



「もう、決まってるじゃない。例のチャンバラ事件よ!」

「なーんだ、そっちか。ふー」 無難なネタと知り、神楽は安堵のため息をついた。



「ねぇねぇ。私、あんたんとこのニュースメールで事件知ったんだよ。TVの速報より、はるかに

速かった。おまけにサイトの記事も内容濃かったし。凄いのね、あんたの会社」

「へっへっへっ、嬉しい事言ってくれるじゃんか。おほん、実はだな・・・・・・」



 チャンバラ事件というのは、もちろん、あのカフェでの斬り合いのことである。

 今日は他に大きな事件が無かったこともあって、夕方からずっと、どこのメディアもこのネタを

競って取り上げていた。

 しかし、速報性および内容の濃さいずれも、OREジャーナルに勝るところは無かった。無理も

ない。記者自身がその場に居合わせ、デジカメで何枚も決定的な瞬間を撮り、おまけに犯人から直

接事情まで聞いているのだから。

 ちなみにあの後、神楽はパトカーのサイレンが近づいて来るのを察知すると、犯人に当身を入れ

て失神させ、その場を立ち去っている。一刻も早く記事にしたかったし、他の客も一部始終を見て

いるのだから、自分が事情聴取を受ける必要は無いと考えたからだ。



その辺りを話してやると、かおりは目を丸くして驚いた。



「凄〜い! じゃあ、あんたのお手柄じゃない」

「いやー、偶然だって。運が良かっただけだって。えっへっへっ」



 神楽は照れくささに、乱暴に頭を掻きむしった。すっかり舞い上がってしまっている。手塚がこ

の場にいたら、さぞや苦笑したことであろう。



「でもまあ、犯人を一撃でやっつけたのは別に驚く事じゃないか。なんせ、デッキ所有者は変身し

なくても強いもんねー」

「なにぃ? あんなヘナチョコ野郎、デッキ抜きでも負けねーぞ、私は! おりゃー!」



 神楽はモップを振りかぶり、雄叫びを上げた。かなりの大声だ。少し離れた所でテーブルを拭い

ていた榊も、思わずその手を止める。かおりは呆れ顔になりつつも、言葉を続けた。



「もう、すぐムキになるんだから。あんたが強いのは、わかってるって。ところで、大丈夫なの?

 警察が来る前に逃げちゃったんでしょ? 後で、問題にならないの」

「うーん。まあ、明日あたり呼び出しがあるかも知れないけど、そん時はそん時さ」

「ふ〜、あいかわらず神経太いわねぇ。でもさぁ、犯人は何でチャンバラなんてやったの? OR

Eジャーナルの記事ですら『動機はいまだ不明』だったけど、あんた、直接犯人を尋問したんでし

ょ?」

「尋問じゃなくて、取材だっての。いや、確かに名前とか大学名とかは聞き出せたけどさぁ、あと

は全然ダメ。自分がなんでここにいるかもわからない、とさ。まるで泥酔の翌朝って感じだった」

「通院暦もアルコールや薬物の反応も無かったそうね」

「ああ。警察発表によれば、な」

「ふーん。で、有能な記者である神楽さんとしては、今後どーすんの?」



 揶揄と馴れ合いが混ざった口調で、かおりは言った。神楽も楽しげに調子を合わせる。



「ふん! とーぜん、追い込みをかけるさ。明日は朝から、奴らの大学、明林大へ行って取材だ

ぜ! 私の力で、全てを明るみに出してやるのさ。あー、腕が鳴るぜー」

「こらこら、暴れ過ぎて逮捕されないようにしてね。・・・・・・でも、確かそこって智と大阪が受かっ

た大学だよねぇ?」

「ん? そーだっけ?」 「おいおい・・・・・・」



 まったりとした雰囲気に包まれて、店の後片付けは続けられていった。



『仮面ライダー 神楽』 第十話 <八>



 同時刻。その明林大学。

 もちろん正規の講義などとっくに終わっている時間帯だが、そこかしこにはまだ照明がついてい

る窓も多い。その灯火の下では、研究や部活あるいは単なる宴会にしろ、若き日の貴重な時間と引

き換えに何事かが為されているのは確実だ。



 だが、キャンバスは広大だ。暗闇と静寂に支配された一角も確かに存在する。この大学では、取

り壊しの決まっている工学部の旧校舎が、まさにそれだった。

 日中ですら人気の無い廃墟。なのに今宵は話し声がしていた。しかも、若い娘らの。

 

「ね、ねぇ明美。なんか怖くない、ここ?」

「きゃはは。なんで? いい雰囲気じゃん。浩子ってばビビリすぎ〜♪」

「そうそう」 「超オッケーだって」



 明美と呼ばれた娘は、そんな言葉など意に介せずに先へと進む。他の二人も、少しも怖がる様子

は無い。――彼女らは昼間、春日歩をからかった四人組であった。



「ここって、うちの大学だよね。このエリアには来たこと無いけど」

「そだよ。工学部」「偏差値、チョ〜高い。あたしら家政と違って」「エリート様ぁん♪」



 電気が止められているのか、非常口などを示す常夜灯すらついていない。ガラスの割れた窓から

射す街灯の光だけが頼りだ。

 浩子はひとり不安だった。明美らの仲間になって、まだ日が浅い。彼女らに関して、知らない事

も多い。今夜にしても、さっきまで一緒に六本木で飲んでいていきなり「とっておきの場所に連れ

てってあげる」と言われ、わけもわからず付いてきたのだ。

 徐々に増してゆく恐れは、やがて着いた地下へと降りる階段の前で極限に達した。

 左右から一人づつ、黒いスーツの男らが詰め寄ってきたのだ。



「ヒィィ!な、何、何?」 耐え切れず悲鳴をあげてしまった。

「バ〜カ、なに大声だしてんの?」「門番よ、門番」「大丈夫、あたしら顔パスだから」



 軽いパニック状態の浩子を尻目に、他の三人は余裕しゃくしゃく。「お疲れさーん」と男らに声
かけて長い階段を降り始めた。こんなところに置いていかれてはたまらない。必死に後に続いた。
やがて大きな扉がひとつ。立っていた大男――暗くてよく判らないが、黒人のようだ――が「イラ
ッシャイマセ」と片言の日本語で挨拶。ドアノブに手をかけて、開けた。

 ――途端に。
 中からまばゆい光が迸り、浩子は痛みすら感じて目を閉じてしまった。耳には、男女のさざめく
声が聞こえている。こちらも、これまでの静寂から一転して。
 
「何やってんだよ、こっち、こっち」手を引かれ、前に進む。何度かの瞬きの後、やっと明るさに
慣れた浩子の目に飛び込んできた光景は――別世界だった。
 まず、広い。天井も高い。入学式が行われた九段の国技館を思い出した。
 そこでポーカー等のカードゲーム、ルーレット、その他様々なギャンブルが行われているのだ。
 いつかTVで観た、ラスベガスの光景が脳裏に蘇った。

「か、カジノ?」自然と口をついて出た単語。「ビンゴー!大当たり!」すぐに明美の言葉が、そ
の連想が正しかった事を証明した。

「驚いた? 驚いたよねぇ? こんなところに、こんなもんがあるなんてさ。きゃはは」
「嘘っこじゃなくてさー、ホントにお金賭けてんだよ」
「お客さんもさー、いいとこのボンとかぁ芸能人とかぁ多くて、お近づきになるチャ〜ンス!」

「え・・・・・・あう」浩子はポカンと口を開けて、しばし立ち尽くした。
「な、なんで?」そして、やっとすべき質問を発することに成功した。

「え〜、なんかぁ、ここって戦争の時、軍の秘密施設だったんだって。んで、こんな地下に超広い
スペースがあるわけ」
「大学の中って、けっこー好都合なんだって。自治のせーしん? とかってのがあるそうでさ、警
察とか外部からウザいこと言われにくいんだって。よくわかんないけど」
「きゃはは。でもねぇ・・・・・・あっ、始まるよ♪」

 明美の視線の先に、ざわめきと共に客が集まり出した。中央には金網で囲まれた空間が見える。
暗くて、その中までは窺えない。

「え、動物かなんかの檻?」浩子は自分の知識にあるもので、最も近いものの名をあげた。
「コロシアムって呼んでる、ここでは。でも、檻ってのは意外といいセンいってるかも。ケダモノ
を戦わせる場所だもんねー」明美が答える。その顔は上気し、目は興奮に輝いている。これから何
が始まるというのか?

 ――お待たせしました。レディース&ジェントルマン。イッツ ショータイム!

 アナウンスとともに高まった歓声が、浩子らの会話を中断させた。

 ――まず、本日の戦士をご紹介。東方は皆さんご存知、先日のバトルでスワニーを破り勝ち残っ
た狂乱の暴れ牛・バッファロー!

 檻の一角、スポットライトの光の中に、雄叫びをあげる異形の姿が浮かびあがった。全身はその
名が示すように牛を思わせる無骨な意匠の甲冑に覆われている。

 ――西方は勇敢なチャレンジャー。暗闇の使者・バット!

 今度は先ほどと反対側が照らされて、別の戦士が姿を露にした。その身を包む甲冑は黒尽くめで、
以前洋画で観た蝙蝠を模したヒーローを浩子は思い出した。

 両者はそれぞれ大きな剣を手にすると、中央へと進み対峙した。

 ――では、始めましょう。いつものように、時間無制限・ルール無し!

 立ち尽くす浩子の肩を抱き、明美が耳元でつぶやいた。
「ねぇ、浩子ぉ。本気の殺し合いって見たことある? とーっても楽し〜いよぉ、病みつきになっ
ちゃうくらい。きゃははははは」
 
 ――レェッツ ファイッッ!!

「おおおお、オレが最強だぁぁぁっ!」「ざけんなよぉぉ、オレこそ頂点だぁぁ!」

 アナウンスの声を合図に、絶叫と共に二人の戦士は斬り合いを始めた。その叫びは――浩子は知
りようもないが――昼間、神楽の目の前で戦いを始めた連中のそれとまったく一緒であった。

『仮面ライダー 神楽』 第十話 <九>

 ――そして、再び場面は花鶏へ。
 やっと店内の片付けも終わり、三人はカウンターで一休み。何か冷たいものでも飲もうか、とい
うことになったところである。

「榊さん、お疲れさまでしたぁ! どうぞ」

 独特の香りのするアール・グレイを濃く淹れて、グラスに満たした砕氷の上に注ぐ。そうして出
来上がったアイスティーを、かおりは満面の笑顔で榊の前に置いた。
  

「はい、神楽も」「お、サンキュ!」「最後に私、と」
「それじゃ乾杯といくか。お疲れさーん♪」

 神楽の声につられるようにかおりも、榊までもがグラスを合わせた。

「ちょっと、何で乾杯なのよ?」「…?」「こーゆー時は乾杯するって決まりごとだろ?」
「そんなわけないでしょー、もう。ふふふ」「ま、別にいいじゃねーか。へへへっ」「…」

 和やかに二人は笑い合った。そっと榊の表情を窺うと、心なしか彼女の顔にも笑みが浮かんでい
るかのように見えた。何か不思議な一体感に場が満たされてゆく。普段は言いづらいことも打ち明
けられる、そんな雰囲気に。

「なぁ、かおりん。あのさぁ、なんていうか」 神楽は思い切って、話を切り出してみた。

「なに? さっきも何か言いたげだったでしょ。遠慮するなんて、あんたらしくないよ」
「よっしゃ、じゃあ聞くぜ。お前の兄ちゃんてさぁ、なんでライダー同士を戦わようとするんだ?
えらく熱心にさぁ」
「そ、それは。・・・・・・ごめん、知らないの」 「尋ねたことはねーのか? 兄ちゃんに」
「何度も聞いたよ。なんでそんなことさせるのって。でも、教えてくれない。お前は知らなくてい
いって」

 そう言うとかおりは目を伏せ、指でグラスの縁を軽く弾いた。

「実はね、今日のお昼、あんたがでかけた後にもお兄ちゃんが来てね」
「何ぃ、飯でも食いに寄ったのか?」
「ううん。お昼まだならすぐ作るよって言ったのに、いらないって・・・・・・ちがーう! 話がずれち
ゃったじゃない」 「おっと、すまねぇ」
「もうっ、真面目な話をしてるのに。でね、その時もまた聞いてみたの。戦わせる理由を」
「おおっ。で、どーだったんだ」
「だめ。知る必要が無いの一点張り。それで、私も少し頭にきて『お兄ちゃんのバカ!大ッ嫌い』
なんて口走っちゃって。そしたら、お兄ちゃん、悲しそうな顔で・・・・・・」

 ――お前はなにも心配するな。俺はいつでも、お前を守る為だけに生きている。

「そう言ったの。それ以上はなんか、追求できなくなっちゃって。えへへ」
「なーに嬉しそうな顔してんだよ、このブラコン女。もっと追い込めってんだよ、言わなきゃグレ
て茶髪にするぞとか、へそにピアスの穴開けちゃうぞとかよぉ」
「だーれがブラコンだってのっ! なんで私が茶髪だのへそピアスだのしなきゃなんないのっ!」
「お前、自覚がねーのかよブラコンの?」「なにぃ! ガサツ女になんか言われたくないわよ!」
「なんだよっ!」 「なによっ!」
「「ふんっ!」」 声を揃えて言うと、二人は同時にそっぽを向いた。

 榊はひとりアイスティーをすすりながら、そんな彼女らを空ろな目で見つめていた。

 冷戦は、ほんの数分で終わった。
「・・・・・・あ、アイスティー、お代わりはいいの?」 背を向けたままでかおりが尋ね、
「・・・・・・あ、ああ。頼む」 そう神楽が応えて。
「悪かった。言い過ぎた」「ううん、私のほうこそ」

 この時、榊の唇が一瞬だけ形を変えた。ひとが微笑む時のそれに。 

「ねぇ、神楽。あ、あんたには無いの? ライダーの戦いに勝ち残って叶えたい望みとかさ」
 
 二杯目のアイスティーを作りながら、かおりは尋ねた。おずおずと、ぎこちなく。まるで「あ
る」と答えられることを恐れるように。

「ねぇよ。そんなもん」 だが、神楽の返事は素っ気無い『否定』だった。

「で、でも、水泳は? 現役に復帰して、また泳ぎたいとか思わないの?」  
「ふっ! 今さらなぁ。なんか、もうイヤなんだよ私は。水泳が。上手く言えねぇけど・・・・・・」
「あ・・・・・・ご、ごめん。無神経な事、聞いちゃって。まだ一年も経ってないもんね、あんな事があ
ってから。あー、もう、私ったら! ホント、ごめんね」
「んん? 別にいいよ。私が根性無しなだけなんだからさ」
「そ、そんなことない! あんたは、何も悪くない。それが普通なんだって、うんうん。普通!」
「か、かおりん・・・・・・?」

 かおりは、神楽もたじろぐほどの勢いでまくし立てた。そして、自分のグラスをひっ掴むと、中
身を一気にガブ飲み。「ぷはぁ〜」と息をつくと、あっけに取られている娘ににじり寄った。

「ねぇ、神楽」 「な、なんだよ?」 神楽は、思わずやや後ずさりしつつ応えた。

「他のライダーを倒してまで、叶えたい望みは無い。そうよね?」 「ああ、そうだよ」
「だったら、お願い。相手が襲ってきた時は仕方ないけど、そうじゃない限り、自分から他のライ
ダーに戦いを挑まないでっ!」 「え? いや、まぁ、そう心がけてるけどさぁ」
「お願い、お願いだから!」
「か、かおりん。どうしちまったんだ。お前のグラスだけ、酒でも入ってたのか?」
「・・・・・・お願い。約束して」「かおりん。なんでお前ぇ、そこまで?」
「そ、それは」

 ――キィィィン キィィィン
「いやぁぁぁっ!」

 そこへ、あの音が聞こえてきた。何度聞いても、決して慣れることの無い忌まわしい音が。かお
りの悲痛な叫びが重なる。
 ・・・・・・そして、期せずしてそれは、神楽の問いへの答えにもなっていたのだ。

 ――カラン カラン

「な、何ぃ!」 話を中断して戦いの場へ急ごうした神楽に先んじて、花鶏のドアにつけられた呼
び鈴が乾いた音を立てた。外へ飛び出していったのだ。店内にいた、神楽でもかおりでもない誰か
が。
 
「さ、榊!」神楽は、その誰かの名を叫んだ。「まさか・・・・・・、かおりん、おいっ!」
「お願い、お願いだから。神楽ぁ・・・・・・」「くっ!」

 涙ぐみながらの哀願が、事の次第の全てを悟らせた。かおりを残し、神楽も表へと駆け出す。

 ――キィィィン キィィィン

 音の方向へ全力疾走。かなり先行している榊の背を追う。

(榊。お前も、お前もライダーだったのか)

 視線の先で、均整の取れた長身がしなやかに躍動している。神楽の知る近代体育の理論とは微妙
に違うフォーム。なのに全く無駄も不自然さも感じさせないその走り。

(ふっ、くふっ、くはははははっ・・・・・・そうとも、そうこなくっちゃいけねーんだ! 私がライダーなん
だから、お前だって!)

 神楽も走り続けた。とっぷり暮れた夜道を。街灯の光に浮かんでは消えるその表情は、獲物を捉
えた肉食獣のようにも、待ちに待ったお祭りの日を迎えた子供のようにも見える。

(戦える、戦えるんだ・・・・・・お前と。またあの頃のように。しかも、今度は命がけだぜ。榊ぃ♪)

 やがて、路肩に止まったワゴン車が見えてきた。「た、助けてくれっ」とドアを開けて転がり出
てきた運転手が、先が平たくなった触手に捕らえられ、ドアウィンドの中へと引きずり込まれてい
った。――モンスターの仕業だ!

(出たな! さぁ、榊。私に見せてくれ、お前のライダーとしての姿を!)

 長身の娘は走る速度はそのままで、何処からか取り出したカードデッキをリアウィンド目がけて
差し出した。細い腰に、無骨なベルトが出現する。

「…変身」舞うような仕草の後、発せられた声。それを合図に榊の姿は、一瞬閃光に包まれた後、
異形へと変わった。――赤を基調としたその姿。左手には、龍の頭を模した手甲!

(り、龍騎! そうか、お前が龍騎だったのか。よぉし、いよぉぉーしっ! ますます燃えてきた
〜!)

「…はっ!」赤き龍のライダーは軽やかに跳躍すると、ミラーワールドへ飛び込んでいった。
「変身っ!」神楽もタイガへと姿を変える。

 ――お前は根っからの勝負好きだ。このままいけば
 手塚の諫言も
 ――お願い、お願いだから
 かおりの哀願も
 今は彼方、遠い彼方。心を満たすのは、ただ純粋な悦びだけ。

「うぉぉぉっ」雄叫びと共に、後を追って鏡の中へ。そして、神楽は叫んだ。

「榊っ! 私と勝負だっ!!」

『仮面ライダー 神楽』

「…奇襲こそ虎の本領…邀撃こそ虎の真価」
「神楽のバカッ! 大嘘つきっ!」
「だから、さっきから何をやろうとしてんだよ!」「占いやー。見てのとおり」
「よぉし、神楽。力を貸すぞっ。ボンクラーズ復活だー!」「帰ってくれねぇか、智?」

 戦わなければ、生き残れない!

【戦士達への鎮魂歌】
【明日も負けない MEAN! NESS!】
【仮面ライダー 神楽】
【第十一話】

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【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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