仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第十一話前編】

『仮面ライダー 神楽』 第十一話 <壱>

「榊っ! 私と勝負だっ!!」

 大音声で宣戦布告。そしてすぐさまベントイン。タイガ=神楽は装備したデストクローを油断な
く構え、燃えるような眼差しで相手の出方を見守った。
 ゆっくりと龍騎=榊が振り返る。しばし無言の対峙の後、その右手が上がり、人差し指がこちら
に向けて突きつけられた。

「おっ、受けて立つぞ、って意味か? よし、記憶が無いぶん話も早ぇ。いくぜっ!」

 猛る心が抑えきれず、ずいぶん身勝手な解釈のあげく――今なら『手を合わせてゴメンナサイ』
のポーズをされても同じ反応をしたであろう――タイガは龍騎めがけて走り出した。

 ――だが。
 一歩、二歩、三歩。そこまで踏み出した時、まさにその身にスピードが乗り始める寸前、何かが
タイガの体を引き戻した!

「うわっ、何だ!?」視線をやれば、そこにはモンスターの姿が。その右手から伸びたものの先端
が背中に貼りつき、もの凄い力で引き寄せているのだ。「き、吸盤? イカか、こいつは!?」

 神楽の推測は正しかった。現れ出でたるはバクラーケン、イカ型のモンスターであった。と言っ
てもイカそのものの姿ではない。多くのモンスターがそうであるように、人間に似た二足直立。頭
部に太い触手が何本も生えている。額に穿たれた穴――口吻が怪しく蠢く。こびり付いた血は、先
ほどの運転手のものであろう。次はタイガの肉を喰らおうと欲するのか?

「…だから…教えてあげたのに」その有様をみて龍騎が呟いた。そして、ベントイン。『ソード・
ベント』の認証音とともに虚空から出現した剣を右手で受け取り、そのまま斜め上に掲げる。

 ――ガキィィィィン!

 ほぼ同時に刀身に何かが当り、金属音を響かせた。見ればいつの間に忍び寄ったか、バクラーケ
ンとよく似たモンスターが長柄の武器を振り下ろした姿勢。「シュクシュク、シュク?」粘りつく
ような鳴き声には困惑の色があった。不意打ちをいとも簡単にかわされたからであろう。

「ちょうどいい…一匹づつ…」

 かくして、タイガVSバクラーケン、そして龍騎VSウィスクラーケン。二つの戦いの幕が切っ
て落とされた。

「っっと、とっ、とっ・・・・・・調子にのってんなよ、このイカ野郎! てゃっ!」

 転ばされそうになるのを必死に踏みこたえ、タイガはデストクローで自分を捕えている触手の中
ほどを払った。爪に流れるエネルギーがスパークして、命中箇所に火花が散る。敵はあわてて吸盤
からタイガの体を離した。

「せっかくのお楽しみに水を差しやがって! 刺身にしてやるぜ!」

 猛然とタイガはバクラーケンに襲い掛かった。爪の連撃が再び捕獲を狙って伸ばされた触手を弾
き落とし、さらに胴体をも切り裂く。勝ち目が無いと見たか「シュクゥゥ! シュクゥ!」と悲鳴
を上げて、敵は早くも逃亡を始めた。口吻から黒煙を噴出しながら。

「うっぷっ! イカだけに墨吐きやがって。くそ、どこだ!? 見えねぇっ!」
 気体のクセに妙に粘着力を感じさせるその煙はタイガの体にまとわりついて離れず、視界を奪い
続ける。だが、タイガ=神楽はすぐに頭を切り換えた。

「よしっ。だったら・・・・・・」仮面の下の眼を閉じて神経を聴覚に集中させる。自らの呼吸音、心音
に始まり、様々な音が感知されてゆく。少し離れたところから、何らかの攻撃が命中する音とモン
スターの悲鳴が立て続けに聞こえた。龍騎の仕業であろう。胸が高鳴る。早く、そちらへ駆けつけ
たい。だが、まだだ。必死に意識を逸らし、スキャンを続ける。

 ――ねちゃり くちゃり ねちゃり くちゃり

 捉えた!頭上から、軟体動物が這うような音が!

「・・・・・・そこだ! とぅっ!」気合一閃、タイガは大地を蹴った。その跳躍力は基本スペックだけ
で40m。楽々と煙幕の圏内を突き抜けた先には、バクラーケンの姿があった。体の吸盤を使い、
傍らの高層マンションの壁を這い登っている最中だ。
 跳躍の勢いをのせて、無防備なその背に右手のデストクローを突き刺した。

「シュクワワワ〜〜ッ!!」  

 絶叫とともに、敵はその身を痙攣させた。爪は胴を貫通し壁にまで至っている。タイガはあえて
それを抜かないまま、手放した。引力の作用に従い降下し、柔らかく着地する。

「さてと、へへへ」仮面の下で不敵な笑みを浮かべて、壁を見上げた。「何秒もつかな?」
 五秒だった。瀕死に至り吸盤の力を失い、怪物は壁から剥がれ落ちた。

「よぉしっ! トドメだっ!」と叫んでタイガは落下地点に走りこんだ。
 真上を見てタイミングを計り、落ちてくる敵めがけて、左手に残りしデストクローを渾身の力を
込めて突き上げる。

「おりゃあ〜〜っ!!」「シュクワァワァワァ〜〜!!」

 雄叫びに少し遅れて断末魔の悲鳴が重なり、一拍置いて後、バクラーケンは爆発した。
「トラ吉ぃ!」虚空から白虎が躍り出て、漂うエネルギー球を嬉しげに飲み込む。

「へっ、他愛もねぇ。ま、ウォーミングアップ代わりにはなったか」右デストクローを拾い上げ、
装着しながらタイガは言った。そして龍騎たちが戦っていた方角へと向き直る。

「さぁ、榊! いや龍騎。そんな雑魚にモタモタしてんじゃ・・・・・・あれ?」

 そこには、ただ静寂があった。先刻まで、あれほど激しい戦いの音に満ちていたのに。
 長柄の武器が、地面に横たわっている。まるで新品のように綺麗だった。持ち主がこれをロクに
使う暇も無く叩き落とされた証だろう。その後、徒手になったウィスクラーケンがどれほどの過酷
な攻撃に曝されたかは、今はもう知る由も無い。武器からやや離れて、地面が焼け爛れている箇所
がある。そこが多分、奴の終焉の地だったのだろう。

「そっちも終わってたのか。・・・・・・おっ!」タイガの目が、龍騎を捉えた。焦げた地面の10mほ
ど先に、ウィスクラーケンの成れの果てである光球を手に佇んでいる。赤き龍のモンスター・ドラ
グレッダーが、その周囲の宙をゆっくりと回遊する。契約者を慕うように。

「・・・おいで」「クォォォーン・・・・・・」

 優しい呼びかけに龍は嬉しげに鳴いて応え、頭部を主へと近づけた。二本の角の付け根あたりを
そっと撫でてやりながら、龍騎は光球をその口元にあてがう。たちまちそれは鋭い牙の居並ぶ顎へ
と吸い込まれていった。

「クォォン・・・・・・」ドラグレッダーは再び喜悦の声をあげる。「…よし、いい子だな」龍騎も愛し
そうにその体を軽く叩いた。

 ――そんな光景を前に。
 タイガ=神楽は呆然と立ち尽くしていた。
 睦みあう両者の姿を見て、思い出してしまったからだ。かつての榊と、その愛猫マヤーを。

(あれは、高三の冬だったけ。ちよちゃんちに集まって勉強会してた時、合間にあんな感じでマ
ヤーと遊んでたな、あいつ。ホントに幸せそうだった。まぁ、マヤーはあんなデカくねぇけどさ)

 ・・・・・・懐かしき日々の記憶。
 普段はガサツさの影に隠れてしまっている、神楽の心の柔らかい部分が露になってゆく。
 あれほど昂ぶっていた戦意が失せ、替わって、やるせ無い想いがこみ上げてきた。

(だけど、もうマヤーはいねぇ。榊、その龍はあいつの代わりなのか? 記憶が無いなりに、失っ
ちまった何かを埋め合わせようとしてんのか、お前は・・・・・・くぅぅ) 
堪えきれず、仮面の下の瞳から涙がこぼれ始めた。

 だが、神楽は激する感情に翻弄されて、ある事実に気づかなかった。――龍騎は今、背を向けて
いる。このタイガの前で、無防備な背中を。そして、デッキには未使用のファイナルベントが!

 最初は、かすかに。次第に大きく、神楽の脳内に声が響き始めた。ガイとの確執の始まりとなっ
た、あの声が。

 ――いまだ、いまだ、いまだ! 使え、使え、使え!

『仮面ライダー 神楽』 第十一話 <弐>

「ぐふっ・・・・・・」「おらおら、どうしたぁ〜? もうお終いかぁぁぁ!!」

 同時刻、タイガVS龍騎に先駆けて決着がつかんとしている戦いがあった。
 ただし、場所は現実世界。明林大学地下の通称『コロシアム』にて。

「畜生、ちくしょ〜っ!」バットと呼ばれる戦士が這いずりながら間合いを取ろうとする。
「逃げんな、ゴルァ!」バッファローの名を冠する戦士が、大剣を振りかぶり追う。

 堅牢な甲冑に身を覆っていても、実は彼らはただの大学生。ケンカどころか、競技での格闘も経
験の無い文弱の徒だった。――だが、今は違う。彼らは完全に成りきっている。ゲームのキャラク
ターに、無敵の戦士に。

「動けねぇように脚ぃつぶしちまぇよっ!」観客の一人、明美が叫ぶ。「そうだ、脚、脚!」他の
客も賛同して声を合わせる。
 バッファローは仮面の下で残酷な笑みを浮かべると、そのリクエストに応えた。大剣の鋭い切っ
先を、バットの膝裏――防具の無い部分目がけて突き下ろしたのだ。

「うぎゃぁぁぁぁ〜〜!」

 絶叫。そして出血。だが、バットはまだ自らの剣を手放さない。戦いを放棄しない。普段の時だ
ったら、すでに昏倒しているであろうダメージなのだが、何故に?
 ――それは、マインドコントロール。彼らは強力な暗示をかけられ、操られているのだ。
 分泌される脳内麻薬は痛みを抑え、理性のタガを外されたことにより筋肉は危険領域まで力を発
する。ひ弱な坊やも、一時的なら屈強な戦士になることができる仕組みだ。
 ちなみに、昼間のチャンバラ二人組が神楽の張り手で簡単に正気に戻ったのは、暗示がまだ不完
全な状態だったからだ。

「ぐうう、まだだ、まだだぁぁ!」四方を囲む金網に手をかけて、バットは立ち上がった。逆の手
に持った大剣を振り回し、裏返った声で叫ぶ。「俺がァ、俺が最強なんダァァァァ」
 ・・・・・・だが、すでにその動作は鈍い。
 バッファローは余裕を感じさせる足取りで近寄ると、バットが剣を振る腕の肘へ痛烈な斬撃を放
った。――そこにも鎧の隙間があるのだ。再び、絶叫と血飛沫が。

「ち、ちょっと! な、なにあれっ! 腕が取れかかってるじゃん!」力なく垂れたバットの前腕
を見て、浩子は青い顔で叫んだ。「ねぇ、し、死んじゃうよ、マジで!」
「はぁ、何言ってんの?」だが、彼女をここへ連れてきた友人たちはうるさげに応えた。「当り前
だろ、殺し合いなんだから」

 言葉を失い、立ち尽くす浩子。その肩を彼女らのリーダー格の明美が抱き寄せた。

「ま、あんたは今日が初めてだからねー。すぐ慣れるっての」
「な、慣れる?」
「そっ! だってカンケーねぇじゃん、自分が死ぬわけじゃねーし。だろ?」
「そ、それはそうだけど・・・・・・」

コロシアムの床に仰向けに倒れたバットの体を、バッファローが踏みつける。何度も、何度も、
執拗に。
 黒衣の戦士は無抵抗だった。もう逃げるどころか、身動きひとつする力も残っていなかった。い
かに優れたマインドコントロールも、出血多量までは克服できない。

(・・・・・・う、う)バットの乾いた唇が、かすかに動いた。
(・・・・・・ここは?)血液不足が脳に変調をきたし、皮肉にも暗示から解放される結果となったのだ。

 もはや全身に感覚はなく、右肘と左膝の惨状――皮一枚残して切断されている――にも気づかな
い。ただ、かすれる目に映る光景から、誰かが傍らに立っていることだけは理解できた。

(お前は・・・・・・誰だ?)文字通り、声にならない声。途切れ始めた息は、もう声帯をわずかに震わ
せる力も無い。唇だけが動くのみだった。

 勝利を確信したバッファローは敗者の胸板をいっそう強く踏みしめると、大剣の切っ先をその喉
へとあてがった。

「さぁぁぁぁっ、どうする、どうするぅぅぅぅ!!?」観客らを見回しながら、猛牛は大声で問い
かける。その声色は、あるひとつの答えだけを待ち望んでいるようだ。
「やっちまぇぇぇ!」応えたのは、またしても明美の声だった。
 それを嚆矢として、たちまち、居合わせた者たちは異口同音に叫び始める。
「そうだ、やれっ!」「やれっ!」「殺れ〜っ!」

「おおおぉぉぉっ、殺るぞぉぉぉぉっ!」歓喜に満ちた声で、バッファローは応じた。「殺るぅ、
殺るぅぅ、ぐふっ、ぐふぅ」
 
 興奮の余り息苦しくなったのか、猛牛の戦士は利き手では剣を持ったまま、空いた手で己が仮面
をずらして外気を取り込もうとする。角度の関係で観客には見えなかったが、床面から見上げるバ
ットの目には彼の素顔が映った。

(う、牛山・・・・・・か? なんでお前が?)
 ――殺れっ! 殺れっ! 殺れ〜っ!
「殺る! 殺る! 殺るぞぉぉぉっ!」

 バッファローこと牛山は、バットの戸惑いなど全く気付かぬ様子で利き手に力を込めた。切っ先
が柔らかい咽頭の肉に突き刺さってゆく。
 
(や、やめろ、俺だ、羽田だよ。わからねぇのか、おい!? 死ぬ、死んじまう。いやだ、いやだ。
やめ・・・・・・て、や・・・・・・め・・・・・・)
 ――殺れっ! 殺れっ! 殺れ〜っ!

 敗者の微かな命乞いを押し流すかのように観客の叫びはヒートアップしていき・・・・・・
 ――殺れっ! 殺れっ! 殺れ〜っ!

 そして、大剣は深々とその喉を貫き通した。 

『仮面ライダー 神楽』 第十一話 <参>

 再び、舞台は鏡の中へ。

 ――殺れっ! 殺れっ! 殺れっ!

 その頃、タイガ=神楽の脳内にも、奇しくも同じことを促す声が響いていた。
 それはデッキからの囁き。所有者に為すべき事を命じる、タイガそのものの意志。
(殺る、殺る・・・・・・殺るっ!)
 神楽はすでに意識を支配されていた。空ろなの心のまま、その声に唇の動きだけで応える。指が
ゆっくりとデッキに至り、ファイナルベントのカードを抜く。そして召喚機へと。

 だが。

 ――神楽…神楽…神楽。

 新たに聞こえてきた別の声に、その指は止まった。脳内に声の主の映像が次々と再生され始める。

 ――?…?
 同じクラスになって、初めて話しかけた時の榊。

 ――まだ、動かないで…。
 浴衣の着付けをしてくれた榊。

 ――で、でも…話せばわかってくれる…。
 自分を噛んだ猫の弁護を必死にする榊。

 ――かわいいぞー。
 ねここねこ縫いぐるみの可愛さをぎこちなく力説する榊。

 勝負を挑まれた時のきょとんとした表情。一緒に帰ろうと誘った時見せた戸惑う仕草。まだ幼い
美浜ちよを見守る優しい眼。一人暮らしを始めたら猫を飼うと言った時の嬉しげな声。

(榊。榊。榊・・・・・・)無意識のうちに神楽は、止め処なく蘇る思い出ひとつひとつに相槌を打つよ
うに、旧友の名を呟いていた。その度に心が、何か暖かいもので満たされてゆく。

 ――殺れっ! 殺れっ! 殺れっ!
(うるせぇな、黙れ!)

 そして、呪縛は破れた。いとも簡単に。
タイガの手は、カードが挿入されたホルダーのフタを閉める寸前で止まった・・・・・・。

 だらりと両手を下げる。下腹に力をいれ、大きく息を吐く。そして吸う。数度繰り返すと、完全
に自分を取り戻すことができた。

(使えるわけねーだろ、ファイナルベントなんて。できるわけねーだろ、殺すなんて。二度とあい
つと会ったり、話したりできなくなるなんて、考えるだけでもイヤだ、イヤだっ!)

 一瞬、脳裏に浮かんでしまった榊の死の場面を打ち消そうと、頭を激しく左右に振った。

(よぉ〜〜く、わかったぜ。違うんだ。私が榊としたい『勝負』は、ライダーのそれとは別モンな
んだ。何度でも立ち上がれる、次は負けねぇぞって言える、そんな戦いさ。だって、私はあいつが
憎くて挑んでるんじゃない。むしろ・・・・・・)

 タイガ=神楽は心中で呟く言葉の最後を濁し、龍騎へと視線を移した。赤き異形の姿をとりし旧
友は、神楽の葛藤など知る由もなく、配下の龍と戯れている。――相変わらず、背を向けたまま。

(ったく。忘れてるのかよ、ここが戦場だって。あーあ、なんだか、少し腹が立ってきたな。よぉ
し、忍び寄って後ろ頭に軽くチョップでも入れてやるか。へっへっへっ)
 
 ――だが。
 すっかり和やかな気分になってしまい、むしろ自分のほうが今の状況を忘れ去った神楽が一歩を
踏み出したその時!

「…時間切れ」

 唐突に龍騎=榊はこちらへ振り向いたのだ。その身は粒子となって蒸発し始めている。

「…虎よ」抑揚のない声で呼びかけてきた。「なぜ、来なかった? 『勝負だ』と聞こえたが…」

「そ、それは。だって、あの、なんていうかさ、その」
「…待っていたのに」返答に詰まるところへ、さらに追い討ちをかけるように言った。「ずっと…
君の大好きな『背中』を向けて」

「な、な、なんだってっ!」驚愕のあまりに神楽はどもった。「じ、じゃあお前はわざと!」

 その問いには応えず、龍騎は言葉を続けた。

「…そもそも、なぜ『勝負だ』などと相手に告げる? いきなり…襲いかかればいいのに…」
「いきなりって、そんな卑怯なマネできねーよ。お、お前を相手にさぁ」
「…ライダーの戦いにルールは…無い。卑怯という言葉も無い。躊躇すれば…死ぬのは自分」

「あ、うっ」返す言葉が出ない。心が認めたがらない。非情の掟を語るのが、あの虫も殺せぬほど
優しかった旧友であることを。病が情緒に影響を与えているのを充分知りつつもなお。

 仮面の下の口が、ぱくぱくと虚しく動く。まるで死に瀕した金魚のように。言うべき言葉が、ど
うしても見つからないのだ。
「ちいっ!」 苛立ってタイガ=神楽は、手にした何かを叩いてしまった。誰もがやりがちな仕草
だ。特に奇矯なことではないが、この場合はいささか問題があった。――それが斧、すなわち召喚
機・デストバイザーだったから。

『ファイナル・ベント』斧が認証音を発す。「え? ファイナルって、おい! なんで!?」

 何のことは無い。先ほど、ホルダーからカードを抜くのを忘れていたのだ。フタも半開きのまま
だった。――それが今の行為で閉じ、ベント・インが完了したのだ。

「ま、待て!」神楽は叫んだ。だが、もはやカードの力は、使用者本人の意思ですら止められない。
「ガォォォ〜ン!!」デストワイルダーが虚空より飛び出し、龍騎に飛びかかる。

(なんてドジ踏むんだ、私は! 止まらねぇ、止まらねぇよ! 榊が、榊が死んじまう! 私が、
私が殺しちまう〜!)瞬きより速く脳裏を飛び交う、後悔、悲哀、絶望の念。

「あうう〜っ!!」そんな数々の想いを内に含んだ短い悲鳴が迸った。

 ――しかし!
 
「な、何ぃ!」

 次の瞬間タイガ=神楽の見たものは、白虎に押し伏せられる龍騎ではなかった。
 唐突に発生した、人ほどの大きさの竜巻だったのだ!

 いや、タイガの目には詳細も見えた。
 龍騎は掴みかかるデストワイルダーを受け流し、その力を巻き込むように己が体を回転させたの
だ。周囲の砂埃を巻き上げるほど速く、竜巻と見まごうほどに。

「何だ・・・・・・うわぁ!」「ガォ〜〜ン!!」驚く間も無く、タイガは吹っ飛んできた相棒の下敷き
になってしまった。白虎は自らの突進力に回転による力を上乗せされて、投げ飛ばされたのだ。
「痛てて、コラッ、重いってんだよ。さっさと、どけっ!」「ガゥ、ガゥゥ〜!」

「…今のタイミングでは、だめ。もっと、不意を突くんだ…」絡み合ってもがく主従に諭すように
言いいながら、龍騎は手近な鏡へと歩み寄った。
「忘れるな…己の取り柄を。奇襲こそ虎の本領。邀撃こそ虎の真価。…そして」

 そのまま立ち去るかに見えた龍騎の足が止まった。すでにその赤い表皮は限界を思わせるほど激
しく粒子化しているのにもかかわらず。

「…生き残るんだ…神楽」

 一度だけ振り返り、そう呟くと、赤き龍のライダーは現実世界へと戻っていった。

『仮面ライダー 神楽』 第十一話 <四>

 ――その頃、花鶏では。
 ひとり残されたかおりが、必死に祈っていた。祈るしかなかったからだ。榊と神楽――龍騎とタ
イガ。二人のライダーが戦ってしまわないことを。

(榊さん、お願いです! 神楽もお願いだから・・・・・・)唇からもれる囁き。それに込められた願い
がいかに強いかは、その表情から十分推測できた。あたかも敬虔な信徒が、己が信じる神の御前で
祈りを捧げているかの如く。
 ・・・・・・ただし。
(神楽が死ぬなんてイヤ。やっとあいつの良いところもわかってきたのに。ガサツなだけのひとじ
ゃないって、思えてきたのに。お願い、お願いだから戦わないでっ)
 その懸念に『榊が負けて死ぬ』というオプションは一切無かったが。

 ――カラン カラン
「あっ」

 ドアに付属の呼び鈴が鳴った。

 顔を上げれば、そこには榊の姿があった。
(榊さんだけ!?)ひきつりながらも笑顔を作り駆け寄る。
「お、お疲れ様ですっ!」
「…ん」「あ、あのっ」
 神楽は?と問いかける間もなくかおりの傍らを通り過ぎ、榊は自室へと去ってしまった。

「あ・・・・・・」力なくスツールに座り込む。
「ち、ちょっと遅れてるだけよね。あいつ、榊さんより脚が遅いから。うん、うん」
 自分に言い聞かせるように呟くと、かおりは入り口の方に向き直った。
「そろそろ、戻ってくる頃かな。『あー、ひと暴れしたらまたハラ減っちまったな』とかバカなこ
と言いながらさぁ。そしたら、しょうがない、何か作ってあげるかな。ふふっ」

 ――カッチ カッチ カッチ カッチ
 静まり返った店内に、時計の音だけが小さく鳴り続けている。
 いつまでも開かないドアを見つめ続けるうち、かおりはいつしか、昼間、士郎と交わした会話を
追憶していた。
 
  

「何を悩む、かおり」そう言いながら現れた士郎にかおりが真っ先に頼み込んだのは、榊と神楽が
戦わないようにしてくれということだった。
 しかし兄の応えは素っ気無かった。「それは無理だ。ライダー同士は戦うのが定め」
 そしてさらに何事か言おうとするかおりを制して言葉を続けた。
「案ずるな。今のタイガでは龍騎に勝てない。死ぬのは神楽の方だ」

「イヤッ! 神楽が死ぬなんて、イヤッ!」蒼ざめてかおりは叫んだ。
「ならば、榊より奴を選ぶのか?」
「そ、そんなわけないでしょっ! ・・・・・・でも、あいつが死んじゃうのはイヤ。当たり前じゃない
の、友達なんだよ!」
 半泣きになってそう言い募る妹に、士郎は何も応えなかった。ただ、いつもの暗く険しい表情の
まま立っているだけだった。

「なんで・・・・・・なんで榊さんをライダーにしたのよっ!」
 返事が無いのに苛立って、かおりは当り散らすように言った。
「前に言ったはずだ。あの娘を守るためだと。今の状況では、誰もがいつモンスターに喰われるか
わからない。自分で自分の身を守る手段を与えたのだ」
「だったら、神楽はっ? なんで!」
「奴は自ら選んだ。死ぬよりも、戦って生きることを」
「そんなのずるいよっ! 誰だって死ぬことと比べたら戦うことを選んじゃうでしょ! 第一、な
んでライダー同士戦わなくちゃいけないの!」
「・・・・・・」「お兄ちゃん、答えてっ! お兄ちゃん!」

 そこから先は既に神楽に語ったとおり。うまくはぐらかされて、回答を得られずじまい。


 ――そして。気がつけば、もう小一時間が経過していた。
「なんであの時、もっとしつこく聞かなかったんだろ。戦わせる理由を。神楽が言ったみたいに、
茶髪だのピアスだので脅してでも。理由さえわかれば、戦いを止める方法もわかったかもしれない
のに。そうすれば・・・・・・」
 回想から覚めたかおりは、ドアを睨みつけてそう呟いた。
「・・・・・・そうすれば」
 視界の中で、花鶏の瀟洒な扉が歪み、ぼやける。
「か、ぐ、ら・・・・・・」
 大粒の涙が、堰を切ったように零れ落ち始めた。
「なによ、明日は明林大で取材なんでしょ? チャンバラ事件の真相を明かして、また私に自慢げ
に話してくれるんでしょ? なによ、な、に、よ・・・・・・」
 泣き崩れてかおりは、カウンターに突っ伏してしまった。
「か、ぐらのば、か。おおう、そつき。ばか、ば、か」
 後は言葉にならず、ただ嗚咽が続くだけ。
 ・・・・・・のはずだったのだが。

 ――ぺしっ!
「きゃんっ!!」

 唐突に、まさに唐突に何者かに後頭部にチョップを喰らい、かおりは悲鳴を上げた。
「こらぁっ! だーれが馬鹿だってぇ、おい!」
 そして懐かしい――ほんの一時間ほどの別れなのだが――声に振り向けば、そこにはやや憮然と
した表情で話題の人物が立っていたのだ。

「か、か、神楽ぁ!?」喜びよりむしろ、戸惑いの叫びが出た。「な、なんで!? そ、そんな、
いつの間に?」
「んん、玄関の方から入ったんだけど? ずいぶん遅くなったから、もうみんな自分の部屋に戻っ
ちまったかと思ってさ」
 神楽は怪訝な顔で応えた。
よく見れば、Tシャツが汗でたっぷり濡れている。息もまだ荒い。
「ああ、これか?」かおりの視線に気づいて、神楽は照れ笑いをした。
「へへへ。ちょっとランニングをしてきたのさ。なんか、こう、無性に鍛えたくなって」
「ええっ、ランニング?」
「ああっ。やっぱり、榊は榊だったぜっ! 凄ぇ〜、凄ぇよっ! 私のファイナル・ベントをあっ
さり破りやがって!」
「さ、榊さんにファイナル・ベントぉ!? ど、どういうことなのよっ!!」
「うぉぉっ! く、悔しい、悔しいんだけど、なんていうか、その、イヤな悔しさじゃなくて、む
しろ嬉しいんだ、わかるだろ?」
「わかるわけないでしょ・・・・・・だから、何がどうしたのっ?」

 説明も無しに一方的にまくし立てられ、かおりは困り顔になった。神楽の方はそんなことなどお
構いなしに、両の拳を握り締めて熱弁を続ける。

「こうさぁ、私も負けないぜ、いつか追いついてみせるぜって、燃えて燃えてしかたなくなっちま
うのさ。モチベーション爆発上昇だぜ、イェ〜ィ♪」
「あ、あのね神楽っ」
「でさぁ、取り合えずその辺を20キロばかり走りこんできたってわけさ! ぐぉぉっ、まだ物足
りねぇぜ、なんか、なんか鍛えねぇと」
「こ、こ、この・・・・・・」
 困惑を通り過ぎて、かおりのコメカミに青筋が立ち始めた。こんな身勝手な女のために泣いた自
分自身にも怒りがこみ上げてくる。
「ひ、人の気も知らないで・・・・・・この、大バカ〜〜〜ッ!! 一生おもてぇ走ってろっ!」
 ついにぶちキレて、かおりは給仕に使うステンレスのトレイの底で神楽をメッタ打ち。
「わっ、こら、痛っ、痛ぇって。何だよ、なに怒ってんだよ?」
「うるさ〜いっ! このバカ虎ぁ、ガサツ女ぁ!」
「なんだとぉ、痛っ、痛っ! ったく、モンスターよりタチ悪ぃぞ、お前ぇは」
「なにぃ〜!!」 「なんだよぉっ!!」

 ・・・・・・この後、あまりの姦しさに業を煮やして現れた沙奈子に叱られるまで、低レベルの小競り
合いは続いた。
 なにはともあれ、神崎家の夜は更けていくのであった。

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【第十一話後編】

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