仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第十一話後編】

『仮面ライダー 神楽』 第十一話 <五>

「いいよなー、大学の先生ってのは。勝手に講義お休みにできてさぁ。なんかズルぃよなー」
「そやなー。ほんでも高校の頃も、ゆかり先生よくお休みしとったやん」
「うんうん。『自習』って黒板に書いて、隅っこの椅子で居眠りしてたっ! あれもさぁ・・・・・・」
 
 翌日、明林大キャンパス13時。
 午後特有のけだるい日差しの中を、二人の女子大生が仲良く肩を並べて歩いていた。
 滝野智と春日歩である。
 偶然両者とも午後の講義が休講になったため、学食で一緒に昼飯を食べた後、校内をのんびりと
ぶらついている所なのだ。

「それにしても残念やな〜。今日の飲み会、延期になってしもうて」
「全くだ! よみの奴めっ、レポートの締切ぐらい遅れたっていいじゃんか、もうっ!」
「あかん、あかん! よみちゃんは私らとちごうて一流大学のひとや。提出遅れて受ける罰もハン
パやないで、きっと・・・・・・」
 言葉を唐突に切って、歩は遠い目になった。その脳裏には、平たい岩を正座した腿の上に乗せら
れたり、逆さ吊りで水桶に落とされたりして悲鳴を上げている水原暦の姿が浮かんでいた。テレビ
の時代劇で見たのが元ネタらしい。
「お、大阪ぁ?」黙りこくったまま青い顔して震えだした旧友を見て、智が声をかけた。「た、た
ぶん、お前がいま想像してるであろう事態にはならんと思うぞっ!」
「ええっ、ほんならもっと酷い目に!?」「だーかーらっ!」

 気心の知れあった同士ならではの漫才のごとき会話を楽しみながら、二人は広大なキャンパスを
闊歩してゆく。やがて、同学の中心部に位置する工学部のエリアに達した。
「おーっ! こっから先は工学部だって。そういえば入学以来まだ行ったことないよな、ここは」
 校内随所に設置されている行き先案内ボードを見て智が言った。
「こおがくぶ・・・・・・ええなぁ、講義中にヤクルトの空き瓶いっぱいつこうて、ロボットとか作った
りできるなんて〜」
 再び空想の世界に入った歩は、恍惚の――例えるなら温泉につかってボーっとしている時の――
表情になった。
「それは工学じゃなくて、工作だろっ。しかも小学校の夏休みのじゃんっ!」
 智がやや呆れ顔で突っ込んだ。
「ほんならやー、工学部って何やるトコなん?」
「それはだなー、えーと、えーと、えーと」
「・・・・・・」返答に詰まった友人の顔を、歩が無言で覗き込む。まるで幼児のように無垢な瞳の凝視
は、えらいプレッシャーをこの娘に与えた。
「くけーっ!!」たまらず精神が学級崩壊を起こし、智は奇声をあげてしまった。
「うわぁ! どないしたんや智ちゃん、いきなり大声だして?」
「つ、つまり、あれだっ。『百聞は一見に如かず』だ! こうなったら、工学部の真実をこの目で
確かめるぞっ。いざゆかん、未知なる世界へ〜っ!」「おーっ」
 智の苦し紛れの思いつきに、歩はにっこり笑って調子を合わせた。
 二人は意気揚々と工学部エリアに進み――そして、運命の輪は転がり始めた。

 ――十分ほど無言で歩いた後。
「なんか、男ばっかだなぁ」智が発した第一声がこれだった。
「ほんまにな〜」歩も同意した。

 ここの工学部は男子限定では無いのだが、男密度がえらく高いのは事実だ。特に二人は女の園・
家政学部の所属なので、いっそう強く感じてしまうのかもしれない。

「それにメガネのひと多いな〜」「おおっ、それもそうだな」
「コンタクトにして煮沸消毒とかしてみたいとは思わへんのかな〜?」
「お前なぁ、昔、よみにも同じこと言ってなかったか?」
「ほんでも・・・・・・」また智の顔を覗き込んで歩は言った。少し悪戯っぽい笑顔だ。
「智ちゃんは嬉しいんと違うん〜?」「ん、なんでだよ?」
「ほら、智ちゃんてメガネのひと好きやし」
「い、いきなり何を言い出すんだ、こいつはーっ!」
 頬を赤らめ抗議の声をあげる智。
「そやかてメガネやん? よみちゃんも、彼氏も」
「ば、ば、ば、バカぁ〜! め、メガネだから好きになったんじゃないってのっ! あ、好きって
のはよみの方じゃないからなっ! いや、よみのことが嫌いってわけじゃないぞっ! えっと、え
っと、だーかーらっ!!」
「あー、でもよう見たら女のひともおるな〜。少しやけど」
 よほど急所を突かれたのか、さらに紅潮し、自分でも何を言ってのるかわからないことを叫び始
めた親友を置き去りに、歩はあっさり話題を元に戻した。
「こらー、勝手に話を変えるなー!」
「具体的に言うと、シラスにたまに混じっとる小さなタコぐらいや」
「私の話を聞けってのーっ! もおーっ!」
 どうしてもメガネの件で釈明したいのか地団駄まで踏んでいる智を尻目に、歩は視界に入った女
子学生をゆっくりと指差し数え始めた。
「ひとり、ふたり・・・・・・あー、あの校舎の窓んとこ、あれも女や、さんにん・・・・・・」
 視力2.0を誇るこの娘の探査は、智の目には点にしか見えない人物まで逃がさない。
「あー、すぐそこにもおるやん。よに・・・・・・あ、あ、あー?」
「なんだよ?」突然、カウントが止まった相棒に智がふくれっ面で尋ねた。「もしかして、三より
先の数を忘れたのか〜? 三の次は、たくさん、だよ。た・く・さ・んっ!」
 仕返しとばかり、言い捨てる。だが返ってきた歩の台詞は、その不機嫌を吹き飛ばしてあまりあ
る驚きをこの娘に提供した。
「神楽ちゃんや、あれ・・・・・・」
「ええ、か、神楽ぁ〜? どこ、どこに?」
 歩の指し示すほんの10メートル先には、街路樹の陰で人目をさけるように携帯電話で話してい
る女の姿が見えた。
 昔となんら変わらぬ背格好、髪型、そして忘れようも無いその横顔。まぎれもなく、彼女は二人
の旧友・神楽であったのだ。

『仮面ライダー 神楽』 第十一話 <六>

「ち、地下カジノで殺人ショー? 編集長、それマジネタっすかぁ?」
 神楽は携帯での通話であることも忘れ、思わず大声で聞き返してしまった。

 時間はやや遡り、歩たちに発見される少し前のことである。

 その日は朝イチで明林大工学部に乗り込み、意気揚々と聞き込みを開始した神楽だったが、結果
は惨憺たるものだった。
 誰も知らないのだ、昨日のチャンバラ事件の二人――蟹江と三津地の詳細を。
 もちろん学生課で聞けば、在籍は確認できた。同じ専攻科目の学生を探し出して尋ねたら、確か
に何人かは彼らのことを知っていた。しかし、あくまで顔と名前を覚えている程度で、それ以上の
情報が全く得られない。
 まぁ実は、大学という所ではさほど珍しくない話なのではあるが、中学から大学中退に至るまで
一貫して運動部という人間関係が濃密な環境で生きてきた神楽にとっては、えらく不可解で寒々し
く思えたものだ。
 かくして事件の全貌解明には程遠い状況で午前を終え、やけ食い気味の昼食を済ませた所へ、携
帯の着信音が鳴ったというわけだ。

「こら、神楽、バカっ! でかい声出すなっての。誰かに聞かれたらヤバいだろが!」
「あっ、すみません、つい」苦笑いして頭を掻きつつ、神楽は釈明した。
「でも、大声も出したくなりますよ。この大学に地下カジノがあって殺人ショーまでやってるなん
て聞かされたら」
「ま、気持ちはわかるがな」
「ガセってゆうか、イタズラじゃないんですか、そのメール」
「うんうん、俺もな、そう思ったさ。こんなマンガみてぇな話よぉ・・・・・・」

 電話の向こう側OREジャーナル編集部にて、大久保は顎を撫で回しながら言った。目の前のモ
ニター画面には読者からのメールが表示されている。その傍らでは島田が「でも、面白いのに、面
白いのに」とご機嫌斜め。

「だがなぁ、この文面には、こう、えらく切羽詰ったモンがあってな、あれだ、俺のここん所に」
 コメカミを人差し指でこねくり回しつつ、大久保は顔をしかめた。
「ビビビッと来ちまったのさ。もしかしたら、もしかするんじゃねーかってな」
「来ちまったんですか!?」
「それにな、メールによると、殺人ショーってのは鎧着て剣で斬り合うやつだそうだ。こう聞けば
お前にも来ないか、ビビビっと?」
「・・・・・・あっ、チャンバラぁ!? き、来ました、来ましたっ、ビビビっと!」
「だろ? 大学生のチャンバラ事件。彼らの大学で行われているという殺人剣戟。いかにも何かあ
りそうじゃないか? ふふんっ」
「はいっ! いかにもどころか、きっと何か関係がありますよ!」
 煽るような大久保のもの言いに反応し、神楽の口調にも熱がこもる。

「わっかりました、編集長ぉ! そっちのほうも探ってみますっ。ではっ」
「おいっ、ちょっと待て! もし本当だったら一筋縄じゃいかねーネタだから、くれぐれも慎重
に・・・・・・って、切っちまいやがった。ったく、あいつは人の話を聞かねぇなぁ」
「こうなると、わかってたのに、なぜやるの? おー、五七五になってる♪」
 嘆息しつつ受話器を置いた大久保を横目で見つつ、島田が呟いた。

 ――さて一方、神楽の方はといえば。

「よぉしっ、いよぉぉぉしっ! 燃えてきたぜっ!」
 それまでの落ち込みはどこへやら。元気もやる気も120%回復し、今にも駆け出さんばかり。
「やっぱり私は危険な臭いのするネタじゃねーとダメなのさっ! へへへっ」
 新たなテーマが加わっただけで何ら突破口が見出せたわけでもないのに、この言い草だ。立ち直
りの早さと、精神的タフネス。ジャーナリストに要求される素養のいくつかが、確かにこの娘には
備わっていた。
――だが、興奮のあまり。
 背後から怪しい影が二つ、そろりそろりと密やかに近づいてきているのに気づかなかったのは大
きな失点であろう。
 そして、次の瞬間・・・・・・!
「スパイはっけーんっ! 逮捕だ!」と右の腕を、「たいほや〜」と左の腕を、それぞれ何者かに
抱え込まれてしまった。
「な、なんだ!? 誰だっ、こらっ!」
 お得意の『奇襲』を自らが受けるハメになり、あわてて首を左右に捻って不埒な奴らの正体を確
かめんとする神楽。しかし、敵もさる者、背中に顔面を押し付ける姿勢で顔を見られないよう抗う。
「ええぃ、この大学に何を探りに来たぁ? おとなしく白状しろー」「たいほや〜」
「何をって、この、離せって!」
「スパイは銃殺だー。だが、素直に吐けばお白州にも情けってもんがあるぞっ」「たいほや〜」
「お白州って、お前ぇ」
「吐けっ、そして泣いて許しを請うのだ! 勝手に携帯変えといて連絡もしなかったことを」「た
いほや〜」
「・・・・・・!?」
 会話を重ねるごとに薄れてゆく緊迫感が、この時点でついにゼロになった。同時に、相手が誰で
あるかも気づき、神楽はその名を口にした。えらく疲れた声で。
「智ぉ・・・・・・? 大阪ぁ・・・・・・?」
「へっへ〜♪」ニカッと笑って腕を離し、滝野智は胸を張った。「やっとわかったか、この体力バ
カめっ」
「な、なんだとー! 本物のバカのくせにっ」脊髄反射で神楽も言い返す。「たいほや〜」
「バカバカ言うなっ! 久々に顔合わせたってのに・・・・・・って」「たいほや〜」
「お前の方から言い出したんだろが・・・・・・っと」「たいほや〜」
 二人は言葉を切って、未だ必死に腕にしがみ付いているセミロングの娘に視線をやった。
「「大阪・・・・・・もういいぞ」」
 脱力気味のツッコミが、綺麗にユニゾンとなった。

『仮面ライダー 神楽』 第十一話 <七>

 ――同時刻。某駅前の広場。
 昨日ほどではないが、季節外れの陽気は相変わらずだった。
 とはいえ、真夏に雪が降るというほどの逸脱ではない。今年はちょっと夏が早いな、猛暑になる
のかな、そんなささやかな感慨を人々の心にもたらす程度だったはずである。謎の失踪事件なんて
ものさえなければ。

「あんたの不幸と、この陽気は何も関係ない。あくまで、個人の運命は個人に由来するものだ」
 今日はここに店を構えた――と言っても、布切れ一枚と手書きの看板だけ――手塚は、客の中年
女性にそう応えていた。

 最近、彼女のように、こんな些細な気象の異常すらに何か不吉の予兆を疑ってしまう客が多くな
っていた。謎の連続失踪も最初の発生――と、思われる事件――から既に約半年。何ら解決の糸口
すら示されないまま、じわじわと被害者が増え続けている現状。親しい者が失われるという直接の
被害に遭わなくとも、漠然とした恐怖感や虚無感という形で人心はストレスを受け、歪んでしまう
のだ。

「とはいえ、ごく近い将来、あんたにより大きな不幸が訪れるのは事実だ。しかし・・・・・・」
「ふ、不幸。やっぱり、ああ〜」
「あ・・・・・・」
 運命は変えるべきものだと手塚が言おうとするより早く、女はふらふらと立ち去ってしまった。
「ふぅ・・・・・・」 呼び止めようと伸ばした手を嘆息とともに下ろし、手塚は瞑目した。果たして、
運命は変えられるのか、本当に。単なる俺の願望に過ぎないのではないか。何度も繰り返した自問
自答が、己の意志に逆らって反芻される。
(運命は変えられる、いや、変えてみせる!)
 絶望に至るマイナスのイメージを打ち消すように心中で叫ぶと、手塚は目を開けた。
 ――すると。
「よぉ。どうよ、調子は」
 いつの間にやってきたのか、目の前には一人の人物が立っていた。
 ブランド物のスーツをはじめとして全身をくまなく高級品で覆い、なおかつ、それらを体の一部
の如く馴染ませている長身の男。
「まだ続けてるの、あれ。戦いを止めようっての」北岡秀一は、揶揄の笑みを浮かべてそう言った。
「ああ。当然だ」手塚はやや不機嫌そうに応えた。
「へぇ。暇というか、生産性がないというか・・・・・・ま、どうでもいいけど」
 しばしそのまま、二人は睨みあった。互いの脳裏に、初めて出会った日のやり取りが再現されて
ゆく。
 かつて手塚は、昨日神楽にしたように、北岡にも接触し戦いを止めるよう働きかけたことがあっ
た。占いで最初に正体が判明したライダーが彼だったからである。だが、交渉の結果は不備に終わ
った。いや、取り付くシマがなかったと言ったほうが正しい。唯一の成果は、自分の占いが当たる
事を認めさせたことだけだった。

「・・・・・・それで、今日は何の用だ? ご多忙な悪徳弁護士さん」皮肉の棘を言葉に含め、手塚は話
を続けた。「まさか、俺に協力する気になったわけではあるまい?」
「偶然よ、偶然。仕事帰りにここを通りかかったら、お前さんがいたってだけ」
 そこへ、誰かが小走りで駆け寄ってきた。真っ赤なシャツに豹柄の上着を羽織った、ややコワモ
テの青年だ。 
「先生、すみません。この辺は駐禁が多くて」本当に申し訳なさそうに頭を下げて、由良吾郎は言
った。「車、あちらッス」
 有能な秘書兼ボディガードに促され「じゃあね」と立ち去る北岡。

 ――ところが。
 その歩みは、四、五歩で突然止まった。顎に手をやり、何事か思案顔になる。
「せ、先生?」「ゴロちゃん、悪いけど車で待ってて」
 心配げな吾郎にそう告げると、踵を返して占い師の前に戻って来たのだ。
「ま、俺ぐらい天才になると、偶然もまた必然になっちゃうのよ」
 けげんな顔を向ける手塚の前にゆっくりとしゃがみ込んで、意味ありげな笑みを浮かべる。
「お前、続けてるって言ったよね、ライダーに戦いを止めるよう説くのをさ」
「ああ、そうだ」
「だったら、俺以外のライダーの正体も知ってるってことよね」
「だったら、なんだ?」
「俺に教えてくれない?」笑みをやや鋭いものに変えて言った。「もちろん、金は払うからさ」
「断るっ!」手塚は即答した。「お前の戦いに手を貸す気は無い」
「そう冷たいこと言わずにさぁ」北岡は、手塚の反応など意に介せず、こう切り出した。
「例えば、OREジャーナルの神楽ちゃんは」「・・・・・・誰だ、それは?」
「タイガだよね?」「・・・・・・ふっ、なんのことだか」

 わざと途中で言葉を切って間を置き、こちらの表情の変化を窺いながらの問いかけ。
 占い師は自制に成功し、おもてには何ら動揺を浮かべなかった。――両者の関係を知らなかった
ので、この男の口から神楽の名が出たことで少々意表は突かれはしたものの。

 しかし何故か、カマかけが不発に終わったにもかかわらず、
「ま、その件は済んじゃったから、もういいんだけどね」と、北岡はあっさり言ってのけたのだ。
「済んだ? どういうことだ?」手塚も思わず問いただす。
「もちろん、倒したってこと。仮面ライダータイガこと神楽ちゃんは、俺の手で殺した。つい先ほ
どね。言ったろ? 『仕事』帰りだって」
「な、なんだとっ!」
 愕然とし、手塚は叫んだ。脳裏に神楽の笑顔が蘇る。裏の無い、まっさらな笑みだった。あの娘
が死んだ? もしや、自分との約束が元で? 激情に駆られ、声を荒げて詰め寄った。
「嘘だっ! 俺の占いでは、あの娘は、タイガはまだ死なないっ! いい加減な事を・・・・・・うっ」
 怒声はすぐ途切れた。同時に、占い師は敗北を悟った。カマは二段構えだったのだ。
 勝者は、にっこり笑って万札を数枚差し出した。「ご協力、ありがと♪」
「ふざけるなっ」はねのけられた紙幣が春の風に舞う。
「ふんっ」北岡は立ち上がり、背を向けた。「じゃあね」
「ま、待てっ!」苦しげに手塚が叫ぶ。 
 ・・・・・・しかし、彼は一度も振り返ること無く、吾郎の待つ車へと去っていった。

『仮面ライダー 神楽』 第十一話 <八>

「んじゃ、聞かせてもらおうか?」「何を?」「だーから、私らをシカトしてた理由だよ、理由」
 滝野智はそう言うと、どこから取り出したのか、神楽の顔をペンライトで照らして迫った。
 どうやら、刑事ドラマなどの取調べシーンで、犯人の顔にスタンドの灯りを近づけて追い詰める
のを真似ているようだ。
「さっさっと吐けば、楽になるぞっ」
「ううっ。そ、それは・・・・・・」神楽は言葉に詰まってしまった。それこそ、何かの犯人さながらに。

 ――場面は再び、明林大に戻る。
 再会を果たした神楽たちは、立ち話も何だからと、空いてる教室に入り込んでの近況報告となっ
ていた。
 だが、立場は平等ではなかった。神楽は高校を卒業以来、なにかと不義理を重ねていたからだ。

 第一に、飲み会等の誘いに一度も応じなかったこと。
 第二に、携帯の番号を変えたのに教えなかったこと。
 第三に、そのまま、音信不通になってしまったこと。

 何故と問われれば、返答に困る。いや、何故だかわからないからではない。

 新たな環境・新たな人間関係に適応し始めた頃で、昔のそれらがやや疎ましく思えたから。
 加えて、記録が予想外に伸び始めたので、水泳の練習に夢中だったから。
 ・・・・・・そして、イジメが始まり、旧友に相談したり愚痴を言ったりしたい状況になってからは、
逆にこれまでの不義理と神楽自身の真面目さが仇となり、今さら彼女らに頼れるわけもないと思い
込んでしまったから。

 箇条書きにすれば簡単なこれらの理由。しかし、実際はそれぞれに微妙なニュアンスが付随する。
それを過不足無く説明できるほど、神楽は口達者ではなかった。考えれば考えるほど、伝えたい事、
言うべき事が頭の中で空回りしてゆく。
 
「ま、まぁだから、つまり・・・・・・」
「どうした、どうした? 故郷のお母さんが泣いてるぞー。カツどんでも取るか、ええ?」
 口ごもる神楽に、智はますます調子に乗って言い募った。
「だーからっ」さすがに少しムカついて応えた。「いろいろ・・・・・・いろいろあったんだよ!」
 言ってしまってから、後悔した。何も説明になってないどころか、相手を拒絶し、ケンカすら売
っているかのような態度だ。女同士の友情は、ちょっとしたことで拗れやすい。もしかして、これ
で決定的に決裂してしまうかもしれない。

 ――しかし。
 滝野智はにっこり笑ってこう言ったのだ。
「そうか、いろいろあったのか。じゃあ、しかたないな」

「えっ?」「今の番号とアドレスはー?」
 困惑する神楽を置き去りに、智はポケットから携帯を取り出した。
「ち、ちょっと待て、おい」「なんだよ、教えられないっての?」
「そうじゃねぇよ。し、しかたないなって、それでいいのか? 納得なのか?」
「もぉー、なに細かい事言ってんだよ? お前らしくない」
「だって、私はお前たちに、何ていうのか、その、冷たくしちまって」
「へ? たかが、一年半ぐらい会う機会が無くなってただけじゃん? ほら、携帯出せって」
 促されるままに、神楽は自機を渡した。ふむふむ、と慣れた手つきでメモリー入力を始める智。
「まぁ、どんないろいろがあったのかは、ひじょーに興味あるけどな。でも、こんなとこでシラフ
で聞くにはもったいない。酒の席でじ〜〜〜っくり聞かせてもらうぞ」
 携帯を返しながら、智はこう付け加えた。悪戯っぽい笑顔で。
「こんどは逃げないよな、飲み会のお誘い?」
「ああ・・・・・・」ほんの少し鼻の奥にツンとしたものを感じながら、神楽は威勢良く応えた。
「ああ、もちろんだ。とことん付き合うぜっ!」
「よーしっ、それでこそ神楽だっ」
「これにて、いっけんらくちゃくや〜」
 ここまで終始笑顔で二人のやり取りを見守っていた春日歩が最後を締めた。――ちなみに『遠山
の金さん』のモノマネのつもりだったらしいのだが、その意図だけは不発に終わっていた。

「じゃあ、悪いけど私はそろそろ行くぜっ!」
 神楽は余韻を惜しみつつ、椅子から立ち上がった。気持ちが徐々に『獲物を追う虎』モードに戻
ってゆく。せっかく美味しそうなネタを聞きつけたのだ、手ぶらで帰るなどできるわけが無い。
「待てよ」智が呼び止めた。「一番肝心なこと聞き忘れた」
「何だよ?」「お前さあ、ここで何してるんだよ?」
「うっ、それは」「チャンバラとか、地下カジノとか携帯で話してたよな?」

 神楽はまたしても、返答に困った。されて当然の質問ではある。しかし、これも先ほどの『不義
理』の理由以上に込み入った話なのだ。自分がネットニュース配信社の記者であることから説明し
なければならない。信じてもらえるわけない、そんな突拍子もない話。過去の自分をよく知る智た
ちなら尚更だ。

「そ、それは・・・・・・」「それは?」
「それは・・・・・・あれだ、いろいろだよ、いろいろ」
 さっきと同じ回答を、今度は軽い口調で言ってみた。冗談交じりでお茶を濁そうというのだ。
「だーめ。同じ手は通用しないぞ。ちゃんと説明しろー」「そやな」
「な、なんでだよ。これも、飲み会ん時、ちゃんと話すからさ。取りあえず今日んとこは・・・・・・」
「なんでだと? ふーふっふっふっ、理由を聞きたいかね?」
 ドラマに出てくる悪の親玉みたいな口調で、智は言った。
「まず第一に、お前は今、とても楽しい事をやってんだろー!? 私の目は誤魔化せないぞー」
「うぐっ」
 神楽は返答に詰まった。ある意味、その通りだったからだ。同時に、この旧友の嗅覚――面白そ
うな出来事の匂いを嗅ぎつける――の優秀さを思い出し、心中で嘆息した。さすがは智だと。

「そして、第二に・・・・・・いいか、これが一番大事なことだぞ」
「な、なんだっ?」
 思わず息を呑む神楽に、智は威勢良く応えた。
「私と大阪は、今、とてもとても暇だということだーっ! 頼む、私たちも混ぜてくれー!」
「そや〜、混ぜて〜」歩も同調して叫んだ。
「あううっ」あまりの脱力からコケそうになるのを耐えて踏ん張った。「混ぜろったって」
 神楽は頭を掻きむしった。脳が空回りしてうまく考えがまとまらない。
「もーっ、いちいち悩むなよ。うちの大学に何か用があるんだろ? だったら、有能な案内役が必
要じゃんか、部外者のお前としてはさぁ?」
「そや、『三人よれば文殊の知恵』やで」
「まぁ、そりゃそうだが」
 歩の微妙にずれた格言はさておき、智の提案の方は確かに魅力的だった。午前中の空回りを省み
れば、学内のことに詳しい協力者は喉から手が出るほど欲しいところだ。

 ――だけど。
「・・・・・・悪いけど、だめだ。帰ってくれ」
 神楽は、真顔になって断りの言葉を口にした。
「えー、何で?」「何でや〜?」
 理由はただひとつ、危険だからだ。チャンバラ程度ならまだしも、地下カジノだの殺人ショーだ
のまで絡んでくる可能性のあるネタだ。大久保に注意されるまでも無く、下手に突っつけば命に関
わることもあろうと神楽は十分認識していたのだ。
 自分だけなら恐れない。だが、この愛すべき友人たちを巻き込むわけにはいかない。絶対に。
「とにかく、だめだ! だめだったら、だめだ!」
「何だよ、けちー。自分ばっか楽しもうってのか〜」「けちぃー」
「ああ、もうっ! いいか・・・・・・んっ!」

 だが・・・・・・ごねる智らを強引に説き伏せようとした、その時だった。

 ――キィン… 

「んっ?」神楽は、言葉を切って耳を済ませた。今、確かにミラーワールドへの回廊が開いた音が
聞こえた・・・・・・ような気がしたからだ。それにしては、短すぎる。普段は頭が痛くなるぐらい鳴り
続くのに。なぜ?
「おーい、どうしたんだ? いきなり黙りこくってさぁ」「けちぃー、けちぃー」
「いや、その」

 なぜかは、わからない。もしかしたら、空耳かもしれない。だが、確実に状況は変わった。モン
スターが近くをうろついている可能性が少しでもある以上、智たちから離れるわけにもいくまい。
取材に関するトラブルより、はるかにこちらの方が危険なのだから。

「ふぅ〜〜」神楽は大きなため息をつくと、腹を決めた。「わかったよ、お前らには負けたっ!こ
うなりゃ、地獄の底までつき合ってもらうぜっ!」
「おおっ、そうこなくっちゃ〜♪」
「えへへ。これでボンクラーズ復活やな〜」
「おっ」「ああっ」
 歩の言葉に、後の二人はそれぞれ小さく歓声をあげた。
 ボンクラーズ。それは高校時代この三人が結成していた、いわば『ちよ組』の派閥内派閥。いや、
それは格好つけすぎだ。単に六人の仲良しグループの中で、学業成績が劣悪な彼女らが自虐的に自
分たちにつけたチーム名。何か有益な事を成し遂げた過去があったわけでもない。あるのは、ただ
失敗とか、コントじみたオチがつく思い出ばかり。――でも、だからこそ懐かしく、胸にこみ上げ
るものがある、その名。
「そうだっ! ボンクラーズだ!」智が右手を高々と突き上げる。
「おおっ! 懐かしいぜ。ボンクラーズ!」神楽もそれに続いた。
「ボンクラーズは永遠に不滅や〜」春日歩が丸い笑みを添える。
「ビシッっと決めるかっ」「おおっ」「お〜」
「「「ボンクラーズの名にかけてっ!」」」
 最後に、三人の声が綺麗に揃った。


 ――彼女らが歓声を上げる教室の外。
 廊下の床に一本の樹脂製の筒が転がっていた。工学部の学生には必需品といっていいアイテムだ。
中には丸めた数枚の図面が入っていた。持ち主が徹夜で仕上げた課題である。だが彼はつい先ほど、
その努力が報われることもなしに、唐突な人生の終わりを迎えていたのだ。黄金の鋏を持つモンス
ターの餌食となって。
 神楽が聞いた音は、空耳ではなかったのだ・・・・・・!

『仮面ライダー 神楽』
「北岡がゾルダぁ? あの緑のドンパチ野郎かっ!?」
「ただのゲームですよ。それに、現実の人間社会だってこんなもんでしょ?」
「それって、生きてる人間だって消せるってことじゃん。ね、須藤ちゃん?」
「ほんならやー、私も使わせてもらうわ。ひとでないちからを・・・・・・」

 戦わなければ、生き残れない!

【戦士達への鎮魂歌】
【「隠行」 について本気出して考えてみた】
【仮面ライダー 神楽】
【第十二話】
【Back】

【仮面ライダー 神楽に戻る】

【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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