仮面ライダー 神楽
【仮面ライダー 神楽】
【第十二話】

《前回までのあらすじ》

 ――白昼のカフェで突如発生した、大学生二人による真剣での切り合い。
 この凄惨な事件をスクープしたOREジャーナルの見習い記者・神楽は、事件の背景を探るべく
犯人たちが在籍していた明林大学に赴くも、あまりに希薄な彼らの交友関係が障害となり、思うよ
うに取材が捗らず落ち込む。
 だが、そんな時彼女の元に編集長・大久保から、同大学の地下カジノにて殺人剣戟のショーが開
かれているという密告メールがあったとの情報がもたらされ、やる気を取り戻す。
 さらに偶然、この大学に通っている高校時代の親友・滝野智と春日歩と久しぶりの再開を果たす
ことができ、彼女らの案内で神楽は意気揚々と校内の探索を開始した。

<壱>
 
 ――明林大・工学部の一角。
 午後の穏やかな光の差す廊下を、足取りも勇ましく三人の娘たちがゆく。

「で、神楽」中でもやたら浮かれ気味な、ショートカットの娘が口を開いた。「本日のミッション
はなんだ?」
「みっしょんやー」セミロングの少女も言葉を添える。
「ミッションってお前らなぁ、スパイ映画じゃねーっての!」毛先があちこちに跳ねた頭を掻き掻
き、神楽は説明を始めた。「あのさ、○○公園で起きたチャンバラ事件知ってるだろ?」
「ああ、テレビで見た。犯人はうちの大学の奴だったんだよなー。ちょっと驚いたぞ」
「そやなー。物騒な話やで」
「でさぁ、私はその犯人の……」
「そうか、わかった!」ここで、智が神楽の言葉を遮って叫んだ。「その犯人を捜して捕まえるっ
てわけだな。よ〜し、私に任せろ! ICPOの血が騒ぐぜっ、イエィー!」

 もちろん一介の女子大生が国際刑事警察機構の一員なわけがない。単にお子様レベルで憧れてい
るだけだ。そんな旧友をしばし呆然と眺めた後、神楽はその頭部にツッコミの一撃を入れた。
 
「バカッ!」パキョ、と妙な音がした。
「痛ぇっ!」
「犯人はとっくに捕まって留置所の中だっての! 人の話を聞けよっ」
「痛てて。なんだよ、もー。せっかく協力してやろうってのに」
「だったら真面目にやってくれよ。いいか、やるのは逮捕じゃなくて調査だ。そいつらがなんでチ
ャンバラなんてやったのか、背景を探るんだよ」
「なるほど、人に歴史ありってことやな。でも、神楽ちゃん。なんで、そんなん調べてるの?」
「うっ!」

 春日歩の言葉は、前半は相変わらずピントがずれていたが、後の部分は痛い所をついていた。厄
介事を蒸し返されて、神楽は返答に詰まる。

「そ、それは……」
「バイトかなんかだろ?」智が代わって答えてくれた。もちろん不正解だが。
「そんな事より、早く捜査を開始しようぜっ! 逮捕だろうが調査だろうが、このインターポール
の智ちゃんがみんなまとめて解決だーっ! さぁ行くぞー、私について来いっ!」
「おーっ♪」早くも暴走エンジン全開の相棒に、歩が笑顔で応えた。
「おいおい……ま、いいか。おーっ!」神楽も渋い顔で調子を合わせる。事情を長々と説明せずに
すんだことに、内心ホッとしながらも。

 こうして一行は、自称・ICPOの先導で校舎内を突き進んでいった。

――空き教室を次々覗きながら。
「むむ、ここは……いや待て、違う」「ん、何がだ?」「違うの〜ん?」
 ――廊下にて。
「そうか、こっちだ。急げっ!」「え、どこ行くんだ?」「あー、待って〜」
 ――校舎脇の路上で、ランニング中の運動部員達に出くわして。
「う、いかん! 隠れろー」「だから、何でだよ?」「隠れた〜」
  

 ……そんなこんなで、小一時間が経過した。

「あかん、もう足が動かへん。喉もカラカラやー」
 まず音を上げたのは、一番体力の無い歩だった。廊下の壁に力なくもたれかかる。
「うん、さすがの私も疲れたぞ」智もハンカチで汗をぬぐいつつ応えた。「よーし、この辺で休憩
だ。神楽のおごりでジュースでも飲もう」
「その前に、ちょっと聞いていいか?」

 ここで神楽は、先ほどから少しづつ膨らみ始めていた疑念を問いただす決心をした。

「なんだよ?」
「お前さぁ、なんか心当たりがあって動いてるんだろーな? 単にあちこち学校の中を歩き回って
るだけに思えてきたぞ」
「そんなのあるわけないじゃん」インターポールを名乗る女はあっさり否定した。「第一、工学部
に来たのは今日が初めてなんだぞ」
「な、なんだとゴルァっ!」激して神楽は、旧友の襟首を掴んだ。「それじゃあ、何も知らねークセ
に自信満々でひとを引きずりまわしてたのかっ、お前ぇは!」
「何だよ、あてがあるなんて一言も言ってないだろっ!」
「開き直ってんじゃねーっ! このヤロウっ!」

「ふっ……どうやら私の出番のようやな」
 ここで歩が――この娘には珍しく――不敵な笑みを浮かべて口を挟んだ。
「私の占いはあたるんや」と、財布から五百円玉を三枚取り出す。

「だいたいお前ぇは昔っからハッタリだけの奴なんだよっ!」「なんだとー、胸がデカいからって
調子にのんなよっ!」「む、胸は関係ねーだろっバカっ!」「バカバカゆーな、バカ!」「お前ぇ
だって言ってるじゃねーか、バカ」「う〜、バカバカバカバカバカ……」「くっ。負けねぇぞ、バ
カバカバカバカバカバカ……」

 だけど、二人は極めて低レベルの口ゲンカに夢中。全く無視されてしまった。

「うらない……」
 歩は寂しげに呟くと、硬貨を三枚重ねにし、縦に握った拳の親指に乗せた。 どうやら師匠の作
法に習って、弾き上げたコインの裏表で占うつもりのようだ。無謀にも――いや、やろうとしてい
ること自体は悪くない。この娘の占いの実力は、いまや師である手塚も驚くほどの域にある。問題
は手段だ。
「あう……うう」
 5百円玉を乗せた拳が細かく震えている。バランスを取るのが精一杯の様子。そう、彼女は手先
がとても不器用だったのだ。
「あーっ」と、小さな悲鳴に続いて、こぼれ落ちた硬貨たちが床に金属音を響かせた。

 ――チャリン チャリン チャリーン 
 
「おっ!」「んんっ!?」
 反射的に神楽たちは口論を中断し、辺りを見回した。硬貨が落ちた音につい反応してしまうのは、
ひとの悲しい性(さが)なのである。
「あ〜、どっかいってもうた。お金、お金……」
「なにやってんだよ、大阪」
「しょうがねぇな、どれどれ」
 ほっておくわけにもいかず、二人は探索に加わった。
「あったあった。消火器の陰だ」
「おいおい大阪、お前自分で一枚踏んでるじゃん、ほら」
「あうう、まさに白昼の死角やな。……あ!? い、一枚逃げてまう。あれ!」
「逃げるって、お前ぇ、生き物じゃねぇ……って、うおっ!」「す、凄ぇー」

 歩の指差す方を見て、神楽たちは思わず驚嘆の声を上げた。落下時の弾みがよほど巧い形で力を
与えたのか、硬貨の最後の一枚がかなりの速さで転がり去ってゆくではないか。まさに「逃げる」
という言葉がぴったりのさまだった。

「あれはきっと、選ばれし者の五百円や〜」感慨深げに歩が呟いた。
「見とれてる場合かよ。よし、私に任せとけっ!」神楽は追走を始める。
 だが、敵は意外と手ごわかった。床の僅かな凹凸に弾かれたのか、突如進路を左に曲げる。
「しまった、階段に行っちまった!」
 硬貨は下り階段のステップへと転がり落ると、それ自体に意志でもあるかのように跳ねて踊り場
をクリアし、階下のフロアへと達した。
「なにトロトロやってんだよ、神楽っ!」
「うるせぇっ、黙ってろ! こうなりゃ、本気出すぜ!」

 とは言っても、デッキ所有者が持つ常人離れした感覚を使用するわけではない。智たちに不審に
思われてしまう。第一、こんなことでデッキの力に頼るのも恥ずかしい。

「うぉぉぉぉっ!」神楽は自前の筋力と運動神経のみを駆使して一気に階段を駆け下りると、廊下
を転がりゆく獲物目がけてヘッドスライディングを敢行した。「おりゃ〜〜〜っ!」
 思い切り伸ばした腕の先、握り締めた拳の中に、冷たく硬い感触が発生した。捕獲成功だ。
「よっしゃあ、捕まえたぁ!」満面の笑顔で、手にした五百円玉を高々と差し上げる。

 だがこれにて一件落着と思いきや……。

「ふぅ、やっと逮捕できたか。てこずりおって。お前の運動能力もたいしたことないじゃん」と、
追って来た智がさっそく憎まれ口を叩き、
「なんだとっ! お前ぇは見てただけだろーが、役立たずが」神楽が脊髄反射で言い返すと、
「何ぃ! 真打は後から登場するのだ!」
「終わってから出てくるんじゃ、意味がねぇだろ!」
「何だとぉ!」「何だよっ!」
 たちまち先ほどの口ゲンカが再発してしまった。始末に負えないとは、まさにこのことだ。
 
 ――その時。
 傍らのドアがすっと開き、一人の青年が顔を出した。

「ねぇ! 部活の邪魔なんだけど、静かにしてもらえる?」不快もあらわに彼は凄んだ。
「あ、ども。す、すみません」我に返った神楽は、赤面しつつあたふたと詫びた。
「やーいやーい♪ 怒られてやんのー。おっと、何すんだよ! いたた……」
 さらに他人事のように言ってる智の頭を引っつかみ「お前ぇも同罪だろうがっ!」と、強引にお
辞儀させる。

 そこへ、春日歩がスタミナ切れのマラソン選手のような足取りでやってきた。

「はぁはぁ……やっと追いついたで」
「ったく、のん気な奴だな。お前のお金なのに」
「ほら大阪、返すぜ。……ん?」
 五百円玉を渡しながらふと見れば、まだ男はこちらを睨み続けている。さっさと立ち去れと言わ
んばかりに。
「と、とにかく、自販機んとこ行こうぜ。おごってやるからさ」
「ふんっ、やっと私に感謝する気になったか」
「はいはい、わかったわかった。ほら、大阪も急げ」

 ばつの悪さゆえ早くその場から離れたくて、神楽は二人を急かす。
 しかし、セミロングの少女はそこで意外な台詞を口にした。黒く大きな瞳に、普段と違う強い光
をたたえながら。

「何言うてんのや、神楽ちゃん。せっかくたどり着いたのに、何もせんうちに」
「え、着いたって何処に?」
「決まっとるやん。ここが公園のチャンバラ男の隠れ家や。この『選ばれし者の五百円』が教えて
くれた〜」

 青年の顔に驚愕の色が走った。明らかに今の「公園のチャンバラ男」という言葉に反応して。し
かし残念至極にも、神楽は全くそれに気がつかない。
 
「あぁ?」苛立ち、旧友に詰め寄る。「五百円玉がぁ? 大阪、お前ぇ熱でもあんのか?」
 歩は悪びれず、小さな胸を張って自信満々で言い返した。
「私の占いは、当たるんや」
「う、占い!?」

 占いというキーワード。そして、決め台詞の類似。神楽の脳裏に昨日会った占い師、手塚のこと
が思い浮かびそうになる。

「芝浦ぁっ! うるせぇんだよ、ゲームに集中できねーだろ!」だが、ドアの中から飛んできた罵
声がそれを吹き消した。「早くそいつらを追い払え!」
 男性のようだが妙に甲高く、耳に障る叫び声だった。
「はい。今すぐに! ……って、おい!?」
 青年――芝浦が振り返って応えた隙に、その脇を小柄な娘がすり抜けた。
「え、ゲーム? なになに、どんなの?」
 許可も得ず、遠慮の欠片もなく、ずかずかと室内へと入り込んでゆく。
「こ、こら、智。待て!」追って神楽も後に続く。
「ちっ!」舌打ちして芝浦も、中へと身を翻した。

「あー、なんかここに書いてあるな」
 ひとり外に残された歩が、ドアにかかるプレートに気付いた。そこにある文字をたどたどしく読
みあげる。
「まー、まー、まっとり……えっくす?」

<弐>

 ――ほぼ同時刻。
 弁護士・北岡秀一は、吾郎の運転する車の後部シートで瞑目を続けていた。

「先生?」吾郎が遠慮ぎみに声をかけた。沈黙があまりにも長いので心配になったようだ。この忠
実な秘書は、雇用者の体が健康とは程遠い事実をよく知っていた。そして、彼が病魔に克つ為に選
んだ道のことも。

「んん……やるしかない、か」
 数秒間を置いてから、北岡はゆっくりと目を開けると、そう呟いた。
「はい?」
「いや、独り言よ。ねぇ、ゴロちゃん。ライダーに向いてるのってさ、どんなタイプの人間だと思
う?」
「さぁ……」首を少しかしげてから、吾郎は答えた。「俺にはわからないッス。でも、先生は強い
ッス、負けないッス、絶対!」
「ありがとう、ゴロちゃん。もちろん俺は勝つけどね、どんな奴が出てきても」
 けだるげに微笑むと、それっきり北岡は黙してしまった。意味深な質問の解は明かされないまま
だったが、吾郎は気にした様子も無く運転に専念した。

 やがて彼らの車は大きな交差点に達して停まった。赤信号である。
 ここで、弁護士は再び運転席の男に問いかけた。

「ねぇ、OREジャーナルに神楽ちゃんているじゃない。ゴロちゃんから見てさぁ、あのコってど
うよ? 性格的にさ」
「え?」あまりに唐突な設問である。吾郎はしばし考え込んでしまう。
「ええと、その、よくは知らないッスけど、根が単純というか、真っ直ぐ過ぎるというか」
「だよね。だから、いったん敵と認識した相手には容赦しない。躊躇もしない。イジメ事件の首謀
者達を病院送りにしちゃった時みたいにさ」
「はい」
「だから……」やや身を乗り出し、耳元で囁いた。声のオクターブも下げて。「強いのよ、ああい
うタイプは。ほんと、ライダーに向いてるね。実際、この前はあわや負けるところだったし」
「えっ……!」吾郎は大きく目を見開き、主の方に顔を向けた。いつもクールなこの男にしては珍
しいほど驚愕をあらわにしている。
「あ、あいつが、ライダー!?」

――パッパッ パァァァン

 背後でクラクションが鳴った。「おっと。青だよ、ゴロちゃん」
 あ、と小さく呻くと、吾郎はアクセルを踏んだ。いつもの滑らかさを欠く発進だった。収まらぬ
動揺が明らかにクラッチワークを狂わせている。北岡は苦笑いを浮かべると、話を継いだ。

「ま、驚くのも無理ないか。ガサツな乱暴者ではあるけど、一応女の子だもんね。それがあんな血
生臭い世界に足を踏み入れているなんさて」
「じゃ、じゃあ、あいつが先生を入院させたってことっスか? あんな……」
「あんな小娘が、って? でも、それが現実なのよ。性別なんて、変身しちゃったら関係ない。ま、
とはいえ次は俺が勝つけどね。手の内もわかっちゃったし」
「で、でも、勝つってことは、その……」
「そうだよ、ゴロちゃん」皆まで言わせず、北岡は応えた。「殺すってこと。大の男が女の子ひと
りを全力でね」
 吐き捨てるように言うと、荒々しく後部シートに背を預けて目を閉じた。眉間に皺を寄せて。

『やりたいことは皆やり、欲しいものは全て手に入れる』
 それがこの男のポリシーだったが、達成する手段にもこだわりがある。あくまで知的でスマート
でなくては納得できない。か弱い女性に暴力を振るうなど論外中の論外だ。ましてや、殺してしま
うなど。……たとえ、それがライダーという人外の戦いであっても。
 
「せ、先生っ」吾郎が喉の奥から搾り出すような声で言った。北岡が何に苦しんでいるか、充分わ
かっている様子だ。
「気遣いは要らないよ、ゴロちゃん。もう俺の腹は決まって……」

 ――ピリリリ ピリリリリ

 その時、携帯が着信音をたてて、二人の会話を中断させた。

「はい、北岡ですが」瞬時に気分をビジネスに切り替え、弁護士は応対を始めた。「ああ、これは
芝浦様。お世話になっております。ん、やだな、どうしましたか? 大企業のトップともあろうお
方が、そんな思いつめた声で。はい。はい。なるほど、ご子息が少しハメを外し過ぎてしまったら
しいと。えっ、だ、大学で地下カジノですって!?」

<参>

 ――場面は戻って、再び明林大学。
 勝手に部室内に入り込んだ滝野智を引きとめようと、自らも後に続いた神楽だったが……。

「うわっ!」異様な光景に、思わず声をあげてしまった。

 室内には、パソコンの乗った複数の机があった。まぁ、それ自体は別に珍しくない。OREジ
ャーナルの編集室だって似たようなものだ。だが、それが円形に十三も並べられ、さらに椅子が内
側に置いてあり互いに背を向けて座るよう配されているときては、驚くのが普通だろう。事実、智
も「凄ぇー、なんかの秘密基地みたい」と、目をパチクリさせている。

 それらの席に座っている部員たちの視線が痛いほど闖入者――自分ら二人に集中しているのを感
じた。彼らはいずれも平凡な大学生風の青年。校内を歩いている学生たちと特に変わりはない。チ
ャンバラはともかく、地下カジノだの殺人ショーだのといったレベルの犯罪には、どう考えても関
わりが無さそうな連中であった。

「……ったく、おたくら、何なの?」うちの一人が立ち上がった。先ほどの怒声はこの男だろう。
痩せすぎなので、まるで木の棒が服を着ているかのような印象を受けた。
「ふん、聞いて驚けっ。私はインター……痛ぇ!」
 智がまた暴走しようとするのを叩いて制し、神楽は即断した。こうなれば一か八かだ。変に隠し
立てをするより正攻法でいってやれ、と。
「突然で申し訳ありません。私はモバイルニュース配信社『OREジャーナル』の記者で、神楽と
申します」姿勢を正してそう名乗る。
「え?」と、面食らう智に目配せして黙らせ、歩み寄ってきた『棒』男に名刺を差し出した。

「ほう。あんた、あのOREジャーナルの人なんだ」
「何ぃ!」「やべやべー」「けっ」「ほぉ」「へー」「女じゃん」「ハァハァ…」「フーン」「……」

 社名を口にした効果はあった。部員たちは声をあげたり、値踏みするような目で見たり、それぞ
れ何らかの反応を示している。マスコミとしてはメジャーには程遠い存在なのだが、どうやら知っ
ていてくれたようだ。神楽は少しだけ安堵した。これなら話も聞きやすい。

「で、マスコミさんが何の用で? ああ、俺は鳳(おおとり)と言いますがね。一応、このMAT
RIXの部長ですよ」
「アポ無しですみませんが、ちょっとお話を伺いたいと思いまして。この部に蟹江さんと三津地さ
んっていらっしゃいますよね」
 占いを信じたわけではないが、ものは試しと、在籍は承知という口ぶりで訊ねてみた。
「ああ、あいつらですか。全く困ったもんですよ、あんな事件起こして」
 
 ビンゴ、大当たり!
 ついに事件の手掛かりに辿り着けたのだ。神楽は心の中で歓声をあげつつ、質問を続けた。

「その、お二人に関して詳しいお話を伺いたいと思いまして」
「はぁ? だってあの事件スクープしたのおたくでしょ? なんでも、記者さんが発生現場に居合
わせてたとかで、えらく臨場感溢れる記事をアップしてたじゃないですか。おたく以上に詳しいと
こなんてないでしょ」
「え? いや、それはそうですが」意外な応えに戸惑ながらも神楽は聞いた。「でも、皆さんは同
じクラブの方々なんですから、色々と思い当たることもあるんじゃないですか? 事件を起こした
事情とか動機とか……」
「いいえ、全然。なにせウチのクラブは、お互いのプライバシーを尊重してますから」
、鳳の回答は素っ気無かった。
 それに続き、他の部員も次々と似たようなコメントを発した。

「そ、シラネーよ、って」「野郎の頭ん中なんざ興味ねー」「どっちもデブだったけどな」「つー
か、カニっちは息がチョー臭かったからむしろ捕まって嬉しい。席が隣の俺としては」

 神楽は絶句した。またか、と思ってしまった。午前中に、蟹江らと同じ専攻の学生らに取材した
時の反応とほぼ同じだったからだ。クラブの仲間ですら、こうなのか。これが大学の人間関係とい
うものなのかと、落胆を通り越して怒りすら覚えてきた。

「うわー、凄ぇCGっ!」ここで唐突に能天気な歓声があがった。「ねぇねぇ、これってどんな
ゲームなの?」

 智だった。いつの間にか部員の一人の背後に立って画面を覗き込んでいる。その男は迷惑そうに
睨んだが、この娘のくりくりっとした可愛い目に見返されるや、頬を赤らめ顔を伏せてボソボソと
説明を始めた。

「……ジャンルでいえば、ロールプレイングかな。こいつは俺らMATRIXが開発したオリジナ
ルなんだ。ちなみにオンラインタイプだから、他のプレーヤーも同じ世界を共有できる」
「へー、凄ぇじゃん。何人ぐらい参加してんの?」
「まだ試作品だから、この部の十三人だけ。でもいずれ公開して有料で参加者を募るんだ。超オモ
シれーから、絶対儲かる」
「えー。見たとこ、よくある奴と変わんねーじゃん」
「ふん、何も知らないくせに」挑発的な智の物言いに、男はやや気色ばんだ。「例えばさぁ、おた
く、住んでるのどこ?」
「なんだよ、いきなり。失礼な奴だな! ま、仮に○○駅付近とだけ言っておこう!」
「じゃあ、見てなよ。『テレポート』で移動して、地域マップ表示っと。ほら、どう」
「ええっ、これって○○駅辺りの地図にそっくりじゃん?」
「正解! このゲームは現実の世界を元にしてるのさ。しかも、こうやってマイキャラを動かして
建物とかに入ればそこには」
「なんか住人がいるな。こいつに話でも聞くのか……って、いきなり戦闘っ?」
「当たり前じゃん。こいつら、普通のゲームで言えば雑魚モンスターなんだから」

「おい、ちょっと待て!」置き去りにされていた神楽が、ここで口を挟んだ。「普通の人間を殺し
まくるゲームなのか?」

「そうですが、何か?」応えたのは鳳だった。「ちなみに現実を反映させてるのは地図だけではな
いですよ。多少非合法に入手した住民票とかのデーターを基に、実際その場所にいる可能性が高い
人物、例えばアパートならそこの住人、学校ならそこの学生たちをモデルにしたキャラが存在する
ように設定されてます。よりリアルに人狩りが楽しめるようにね。でも中には手強いキャラもいる
んで、油断はできません」
「おいおい。どういうゲームなんだよ。まったく」吐き捨てるように神楽は言った。
「ゲームの目的ですか?」悪態を質問と取り違え、鳳は語った。「まぁ、こうやってレベルを上げ
て強くなり、いずれ偶発的に、あるいは故意に、プレーヤーのキャラ同士が出合って戦う。この繰
返しで最強を決めるわけです」
「つまり殺人鬼の王様を目指すってわけか。はぁぁ……あたま大丈夫かよ、あんたら」
「はぁ? あくまでゲームですよ、ゲーム。それに、これって現実の人間社会そのものだと思いま
せん? 他人を蹴落として生き伸びる。弱者の血肉を糧に力をつける。違いますか?」
 誇らしげに鳳は言った。

<四>

「くっ、何をやってるんだ。早く出てくれっ!」

 神楽たちがMATRIXで取材をしている、ちょうどその頃。
 某公園の電話ボックスに、受話器を握り締め叫んでいる男の姿があった。

「奴は危険だ。早く知らせないと……くそっ、まただめか」

 これで十度目だった。いずれも数回のコール音の後、留守電に切り替わってしまう。
 かけている先は、もちろん神楽の携帯だ。
男――占い師・手塚はあせっていた。一刻も早く伝えなくては、と。
 己のミスで彼女の正体を他のライダー=北岡秀一に知られてしまったのだ。占いで神楽がまだ死
なない運命にあるとはわかっているが、不利な状況に追い込んでしまったことに変わりはない。

「……だめか」十一度目も不発に終わり、手塚は留守電にメッセージを吹き込むと、焦燥した表情
でボックスから出た。しばらく間を置いてみることにしたのだ。

 実はこの時、神楽の携帯はマナーモードになっていた。智が自分の番号を入力したおり、誤って
切り換えてしまったのだ。そうとはつゆ知らない神楽は、取材に夢中で不在着信が蓄積しているこ
とに全く気付いていない。

「……ふぅ」ボックス脇のベンチに腰を降ろし、ハンカチで額の汗をぬぐった。深呼吸して心を落
ち着かせながら、この後どうすべきかを考え始める。

 だがその時!
 気付いた。鋭い視線が己を捕らえていることを。
 はっ、と振り向けば、電話ボックスのガラス壁に幽鬼の如く男が立っているではないか。――姿
が映っているのではない、中に『居る』のだ。

「神崎士郎っ!」手塚は男の名を叫んだ。抑えきれぬ怒りが込められた声で。
「これが最後の警告だ。デッキを受け取れ」対照的に、平坦な声で士郎は応えた。手にした鮮やか
な紅色のケースを差し出しながら。
「ことわるっ! 何度も言ったはずだ。俺は俺のやり方で戦いを止めて、運命を変えると!」
「何やら小細工に奔走しているようだな……ムダなことを。ライダーの戦いに介入できるのはライ
ダーだけだ。もう一度言う、デッキを受け取れ! そして戦え! 斉藤雄一のようにみじめな死を
迎えたくなければな」
「何ぃ、みじめだとっ? 貴様っ!」

 親友の命を奪った張本人にその死にざままで冒涜され、手塚は激した。だが同時に困惑も感じて
いた。みじめとは、どういう意味かと。
 そんな彼に、士郎は淡々と応えた。

「お前は知らない。奴はライダーにならなかったことを悔やんでいた。自分のために戦うべきだっ
たと」
「う、ウソだっ!」
「人間なら当然だろう。奴は後悔にまみれながら死んだ」 
「そんなはずはないっ!」
「お前もそうなる、いずれな」

 一瞬、木漏れ日がガラスに反射して視界を奪う。
 再び網膜に映像が戻った時には、既に士郎の姿は消えうせていた。
「くっ!」占い師は小さく呻くと、足早にその場を立ち去った。

 ――運命を変える、だと? 愚かな。その為にいかに多くの犠牲が必要か、お前は知るまい。

 無人になったベンチ周りに、声だけが響いた。……どこか哀しみを帯びた声が。

<五>

 ――さて一方。
 ボンクラーズは既にMATRIXを辞し、学内の駐輪場へと移動していた。
 神楽はMTBをそこに停めてあり、あとの二人もそれに付き合った次第だ。

 取材の方はといえば、結局、地下カジノどころかチャンバラの動機すらわからずじまい。

 ――まぁ『ゲームのやり過ぎで現実との境界線が無くなり』とでも書いといたらどうですか。あ
りきたりですが格好だけはつくでしょ? ははは……

「あん畜生っ!」退出ぎわに鳳が言った台詞を思い出し、神楽は愛車のサドルを拳で叩いた。「今
日のところは勘弁してやったが、これで済むを思うなよ。必ず尻尾を掴んでやるぜ」
「まぁいいじゃんか、ゲームも面白かったしさ」
「そやな〜、楽しいひとときやったで」

 それに対して、あとの二人はご機嫌だった。智は部員に気に入られてあのゲームをしばしプレイ
させてもらったし、歩は占いが当たった事が嬉しくて仕方ないようだ。

「お前らなぁ」
 文句の一つも言ってやろうとした矢先に、智が「あっ」と、何かを思いついたような声をあげた。
「そうだ、神楽。さっきの名刺、私にも一枚くれよ」
「あ〜、私も欲しい」
「……えっ。ああ、ほら」神楽は表情を曇らせて、OREジャーナルの名刺を渡した。
「凄ぇ、カッコイイじゃん」
「お、お、お〜れ、じゅるなる〜?」
「何言ってんだよ大阪、ちゃんと下にカタカタでも書いてあるじゃん。オレジャーナルって」
「あ〜、そやった。智ちゃん賢いな〜」
「えへんっ!」と、小さな胸を張り、智は言葉を続けた。「しかし、こういう所ってバイトでも名
刺作ってくれるんだな、待遇いいじゃん?」
「ああ、その、まぁ、なんていうか」

 神楽はようやく腹を決めた。やはり避けては通れない、全て話してしまおうと。
 怪訝そうに顔を覗き込んでくる二人に、おずおずと切り出した

「バ、バイトじゃねーんだ。正式に勤めてるんだよ、ここに」
「ええ? だってお前、学校は?」
「体育の大学は、そういうのも有りなんか〜?」
「……辞めたんだ。大学も、水泳もな」
「え!」「え〜?」
 
 時間が停止したかのような沈黙が数秒その場を支配する。
 
「えっ……何? ギャグ?」目をぱちくりさせながら、智が口を開いた。
 それを聞いて「なんや冗談か、びっくりしたで〜」と、安堵する歩。
 だが神楽は念を押すように言った。「いや、本当さ」
「何ぃ〜、本当だとぉ〜! 何でだよ、何があったんだよ!」
「ほ、ほんとなん!? か、神楽ちゃん! どないしたん?」
「そ、それは……」

 詰め寄る二人に、神楽は言葉を詰まらせた。彼女らの声が徐々に遠くなり、頭の奥底がチリチリ
と焦げるように痛み始める。
 打ち明けるのをためらってきたのは、事情の複雑さが理由だけではない。なぜ辞めたか、未だに
その経緯を思い出すだけで辛いからだ。あの時負った心の傷は、まだまだ癒えてはいない。以前、
かおりや黒沢らにはこの件を話すことができたのも、酒の力があってこそだった。
 ……やはり、今ここでは無理だ。

「そ、それは今度また、ゆっくり話すから」と、だけ応え、青ざめた顔でMTBに跨った。
「お、おい!」「神楽ちゃんっ!」
「じゃあ、私はこれで。会社に戻って報告しなきゃなんねーし。今日は手伝ってもらって助かった
よ。ありがとなっ!」
 そう言い残すと、二人を振り切るようにペダルを踏み込む。

 走り去ろうとする背後から、智の声が聞こえた。「神楽っ!」
 思わず急ブレーキを掛けてしまった。半身振り返る。「何だよっ!」
「飲み会、やるからさ。近いうちに。絶対、絶対来いよっ!」
「ああ」
 
 鼻の奥にツンと来るものがあった。だけど、わざと素っ気無く応え、神楽はMTBを駆りその場
を後にした。

<六>

「わかったよ、くどくど言うなって。じゃあ」と、芝浦は言葉を荒げて携帯を切った。
 神楽たちが去って少し後。MATRIX近くの廊下である。

 ――そこへ。

「どうしました? ずいぶんご機嫌斜めのようですね」と、声をかける男がいた。
 年のころは27、8。ナチュラルに六四に分けた髪。太い眉の下の瞳は、どこか冥い光をたたえ
ている。この陽気にスーツの上にコートまで着込んで、なおも涼しげな様子だ。

「遅いよ、須藤ちゃん」傍らの空き教室へと招き入れながら、芝浦は言った。
「これでも大急ぎで駆けつけたのですがね。捜査の途中に抜け出してまで」
 その男――須藤雅史は淡々と応えた。
 ふん、と芝浦は鼻を鳴らす。
「それはご苦労なことで。ま、須藤ちゃんはマジメな刑事さんだからね」
「やれやれ。皮肉を言うために呼んだのではないでしょう?」 
「まーね。例のカジノの件、耳に入ってる?」
「はい、急きょ閉鎖だと。何でも常連客の一人が、親絡みで揉めたそうですね」
「そっ。レベル低い話でさぁ、ほんと笑っちまうよ」

 芝浦は侮蔑たっぷりの表情で、事の仔細を語り始めた。
 話を要約すれば、こうだ。
 自分の息子がいかがわしい場所に入り浸っていると知った大物財界人が家名に傷がつくのを恐れ
て各方面に手を回し、カジノの存在自体を消し去ろうと圧力をかけてきたというのだ。
 良家の子女や有力者、芸能人等を客として巻き込むことで、警察からは目こぼしをされていた聖
域も、真の権力の前には脆いものだったわけだ。
 少なからぬ利益を生む場所が消えうせたわりには淡々としているので須藤が不審がると、芝浦は
せせら笑うように応えたものだ。元々あの地下カジノは金儲けの為でなく、洗脳した部員達を戦わ
せる舞台を盛り上げる演出として企画したもの、別に惜しくはないと。

 ふぅ、と話し疲れたようにため息をつき、芝浦は壁に背を預けた。
「てなわけで、ゲーム・オーバー♪」と、笑って言い捨てると、口笛でゲーム終了時にありがちな
効果音まで添えてみせた。失ったものに未練のかけらもない様子だ。

須藤はさらに質問を続けた。
「しかし驚くべき手回しの早さ。よほどの大物だったんですね、その『親』ってのは」
「ああ。分家とはいえ、あの『美浜』の御一族なんだってさ」
「なるほど」刑事は苦笑した。「その名を聞いては納得せざるを得ません」
「そっ、対抗馬の『高見沢』がコケちゃって以来、面と向かってあそこに逆らおうって奴はいない
っての。かくいう俺も、関わっていたことが親父に知られて説教くらっちゃった。『美浜とだけは
揉めるな』ってさ」
 携帯をかざしながら芝浦は言った。先ほどの電話がその件なのだろう。
「まぁ、親父の部下を時々パシリに使ってたから、バレるのはしゃーないけどね」
「……とはいえ」ここで須藤が歩み寄った。耳元で囁く。「よかったじゃないですか、殺人ショー
の件までは知られずにすんで」
「殺人? なーに言ってんの、須藤ちゃん。あれはただのアトラクション、血が出て見えるのは特
殊効果さ。誰も死んじゃいねーよ。だって、死体がどこにもないじゃん? ……悪い刑事さんが
みーんな始末してくれるお・か・げでね♪」

 浮かべる笑みに凄みを添えて、芝浦は言い返す。
 そのまま数秒睨み合って後、二人はどちらからともなくクスクスと笑い出した。

「ま、親父の部下でなく、あんたに始末頼んだのは正解だったけど。おかげで一番ヤバい部分を内
緒にできたしね」
「どういたしまして。十分な報酬もいただいておりますし、あなたとは長い付き合いですから」
「だけどさぁ、実際どうやってんの? 跡形も無しに死体を消しちまうなんて凄ぇじゃん」
「それは、企業秘密ということで」
 ぷっ、と芝浦が吹き出した。
「企業かよっ。……まぁ、追求はしないよ。結果オーライってことで」
「恐縮です。ところで、洗脳実験の方はどうするのですか? お続けになる?」
「あっちもねぇ、もういいやって感じ。なーんか飽きちゃった」
 子供が玩具に飽きて放り出す、そんな情景が目に浮かんでしまうような言い方だった。
「……それに、ちんけなマスコミに嗅ぎつけられちゃったし。部員どもには外部にMATRIXの
こと洩らさないよう暗示かけてあるから、バレるわけねーはずのにさ」
 眉間にシワが寄り、目がすっと細められる。
「須藤ちゃん」
「何ですか?」
「あんたの『手品』さぁ、生きてる人間にも使える? 報酬はいつもの三倍出すけど」

夕刻の茜差す室内を、しばし沈黙が支配した。だがその静寂は、先ほど神楽が旧友たちに退学を
打ち明けた直後とは似て非なる状況。両者の間を交錯する感情は、気遣いや思いやりなど善意の範
疇に含まれるものではなく、打算とか値踏みなどの極めて生臭いものだった。

「で、誰をですか?」と、須藤が唐突に口を開いた。
「部員全員、留置所にいる二人を含めてね。あと、こいつ」芝浦はポケットから出した名刺を投げ
渡した。
「OREジャーナルの神楽さん、ですか。ふふ、ちょうどいい。この会社は、警察にとっても不愉
快な存在でしてね。我々の痛いところを突く記事を頻繁に書いてくれますので」
「へぇぇ、そりゃラッキーじゃん。お仲間にも喜ばれるかもね。……おっと、忘れてた。こいつら
も」と、携帯端末を取り出し、なにやら操作を始める。
 やがて画面には二枚の顔写真が表示された。住所などの個人情報も添えられている。
「滝野智と春日歩。ここの学生さ。その神楽ってのと一緒に行動してたから、念のためにね」
 オマケのような扱いだった。智がもし聞いていたら、さぞや立腹しただろう。

「じゃあ、ヨロシクっ♪」最後に、授業の代弁でも頼むかのような軽い口調で念を押す。
 しかし、須藤は意外な言葉を返した。

「……いえ、聞かなかったことにしておきましょう」
「ああっ?」と、気色ばむ芝浦に対し、悪徳刑事は一拍間をおいて、こう言葉を続けた。
「ですが、なぜかあなたの願いどおりの『事件』が起こることは確かです」
 ちっ、と芝浦は舌打ちをした。苦笑いの表情に変わる。
「ったく、食えねぇオッサンだね、あんたは。わかった、その『事件』てのが確認され次第、な・
ぜ・か、あんたの隠し口座には多額の入金があるってことで」
「それは素晴らしい偶然ですねぇ」

 再び両者は、笑い声を交わした。
 その身は夕日に照らされて、贄(にえ)の血に染まったように赤かった。

<七>

「あいつめ。なんでもっと早く言わねーんだよ、もう」
 遠ざかる神楽の姿がやがて完全に見えなくなると、智がポツリと言った。
「言い出しにくかったんやろな〜、きっと」 
「うむ、あいつはガサツなクセに時々みょーにヤワになるからな」
「それが神楽ちゃんのええところでもあるんやけどな」しみじみと歩が呟く。
「まーな」照れくささを隠しつつ、相槌を打った。

 滝野智とて女の子。夕日に染まる辺りの景色も誘い水となってか、少々、感傷的な話を続けたい
気分になっていた。相棒の黒い大きな瞳をじっと見つめながら問いかける。

「でもさぁ、ほんと何があったんだ、あいつ? あんなに水泳が好きだったのになぁ」
 目を閉じて数秒考え込んで後、セミロングの娘は口を開いた。
「そやな。 私が思うには……」
「おお大阪、何か思い当たることでもあるのか!?」
「……きっと」「うん、きっと何だ?」
「……きっと、何かあったに違いないで!」
「だーっ、何かあったってのはわかるつーの! もー、もーっ!」」

 せっかくのいい雰囲気をボケでぶち壊しにされて、小柄な娘は地団太を踏んだ。対して相方の方
は、そんな彼女を見て小首をかしげるばかり。まったく状況が飲み込めていない。
 だがお互い長い付き合いである。こんなパターンはある意味慣れっこだ。
「はぁぁ〜っ!」と、大きなため息で気持ちを切り替え、ついでに話題も変える。

「さってっとぉー、この後どうする? よみのわがままで飲み会延期になっちゃたし」
「わがままとはちゃう。まっとうな理由やで」
「ふーんだ。そのせいでこの多忙な智ちゃんの、人気アイドル顔負けに分刻み秒単位なスケジュー
ルに大穴が開いてしまったことには変わりない! よしっ、慰謝料がわりだ。これから二人だけで、
よみのボトルがキープしてある例の店へ行こう! 飲み干しちゃおうぜっ」
「ごめん」だが、歩はぺこりと頭を下げた。「私はちょっとヤボ用ができてもーた」
「え〜〜っ! 冷たいぞ、大阪ぁ」
「ごめんな、智ちゃん。ほなら〜」

こうして、歩は校門の方角へと去っていった。――途中、何度もこちらを振り向いて、手を振っ
たり頭を下げたりしつつ。

「……あ〜あ、つまんねーの。なんだよ、どいつもこいつも」

 一人残された智は、拗ねた子供のような口ぶりで呟くと、とぼとぼと歩き始めた。なにげなく足
元の石ころを蹴り転がしながら。
 三度ほど蹴った時、石は意外と大きく跳んで傍らの茂みに飛び込んだ。

「痛ーいっ!」と、女の悲鳴。
「あ、ヤベッ! どーもすみません」あわてて詫びつつ、中を覗き込む。
 そこには自分と同じ歳ぐらいの娘が、額を抑えてしゃがみ込んでいた。
「悪い、悪い。でも、こんな藪ん中で何やって……ああっ!」
「あううっ」
「お前、確か……浩子だろ? 明美んトコの下っ端の」
「だ、誰が下っ端だよ!」 
「だって実際そうだろ? いっつもあいつのご機嫌伺ってへーこらしてるじゃん。あんなバカ相手
にしてて、よく平気だよなー」
「くっ」浩子は言葉に詰まった。内心、自分でもそう思っているからかもしれない。
「はは〜ん、お前、さっきの話、盗み聞きしてたんだろー? 明美の命令で私らのこと探りに来て
たってわけか。いかにも下っ端らしい役目なのだ」
「下っ端って言うなっ! それにそんなんじゃないっての!」
「じゃあ、こんなところで何やってたんだよ?」
「そ、それは」気おされたように、後ずさる。

 顔をしかめたり唇をかんだりして、しばし考え込んだ後、浩子はおずおずと切り出した。

「……ぐ、偶然だよ。お、OREジャーナルとか言ってたからさ、つい立ち聞きしちゃって。もし
かして、あのツンツン頭の人、取材に来た記者さんなのかなって」
「ふーん、そうだったのか。なら、さっさと出てきて話しかければよかったじゃん?」
「そ、それはそうだけど」浩子はもじもじと口ごもった。

 見知らぬ人間に声をかけるのは、割と勇気がいるものだ。おまけに神楽は、一見、怖そうなキャ
ラだ。躊躇したとしても無理はない。
 でも、そんな小心者の思考パターンなど全く理解できない智は苛立つばかり。
 
「なんだよもー、はっきり言えよ! そうだよ、さっきいたのはOREなんとかの記者だ。私の友
達で神楽って奴。あいつに何か話があったんだろ?」
「あ、あの!」一喝されて、決心がついたようだ。浩子はようやく口を開いた。「し、取材の結果
はどうだったのかなって」
「あー、チャンバラ事件のことか。大したことわかんなかったみたいだぞ」
「……え、チャンバラ? そ、それだけ? 他には何か言ってなかった?」
「うん」素っ気無く応える智に「そう」と、落胆もあらわに呟き、浩子は黙り込んでしまった

しかし、そんな彼女を見つめる智の目は爛々と輝き始めていた。

(おおっ、こいつは面白い展開になってきたぞ!)
 子猫の如く強い好奇心が、脳の回転にアクセルをかけてゆく。
(なーんか重大な秘密を隠してるな、こいつ。……あ、そうだ。神楽、携帯で誰かと話してる時、
チャンバラ以外にも何か刺激的なこと口走ってたよな。えっと、確か)

「……地下カジノ」
「ええっ! そう、それよ! そ、そっちはどうなったのっ?」

(やりぃ、大当たり!)ダメもとで口にした言葉が見事命中して、智は心中で小躍りした。えてし
てこんな時、ひとの頭脳はますます明晰となり、勘も冴え渡るものだ。
(待てよ、と、いうことはだ)

「ははーん、お前がそのネタの提供者ってわけか?」
「う……うん」
 
(うわーっ、また当たった。私ってやっぱり天才なのかー!)
 ――背中に白い翼が生えて、パタパタと天に昇ってゆく。
 脳内にそんなイメージが浮かぶほど智の心は舞い上がった。
(地下カジノか、うわー、凄ぇーじゃん! ルパンや不二子ちゃんが活躍しそうな場所だぞ。神楽
の奴め、きっと話がヤバすぎて探るのあきらめたんだな。よーし、だったら私がやってやる。あい
つめ、ビックリするだろーなぁ)
 ――えへん! どうだ、と胸を張る自分に、参りました、と神楽が土下座している。
 今度はそんなビジュアルが頭を占領した。
 もうこうなっては、この娘の暴走は止まらない。ただ突き進むだけだった。……その先に、どん
な危険が待っていることも知らず。
  
「あー、その件ねぇ。なんか興味ないからパスとか言ってたなー」
「ええっ、そんな!」
「うーん。何ならこの智ちゃんが、ちゃんと取材するよう口を利いてやってもいいのだが?」
「だったら、お願い。お願いだから」
 藁をも掴む思いなのだろう。派閥の人間関係的には敵であることも忘れ、浩子は哀願した。
「いいよ。そのかわり条件がある」そんな彼女に、智は持ちかけた。「今夜、私をそのカジノへ連
れて行ってくれっ!」
「ええ〜っ!?」 

 気がつけば日はほぼ沈み、周囲はすっかり薄暗くなっていた。

<八>

 時計は午後八時を回っていた。
 神楽は大久保編集長に今日の報告を終え、花鶏に帰るところだった。

「なんか不完全燃焼だよなー、今日は。はぁぁ……」
 ビルの駐輪場にてMTBに跨りながら、神楽はなにげなく自分の携帯を取り出した。
「あれっ!」途端にその表情が驚きに変わる。「な、何だこれ? 何でだよ、いつの間に?」
 最初の「?」は、不在着信が30件近く蓄積している件。次のは、知らぬうちにマナーモードに
切り替わってたことに対してだ。
 あわててモードを変更したとたん、着信音が鳴った。

「はい、もしもし」
「神楽か!? よかった、やっとつながった……」
 安堵と疲労が混じった声だっだ。しかも聞き覚えがある。
「え? もしかして、手塚さん?」
「ああ。神楽、これから俺の言うことをよく聞いてくれ」
「何だよ、そんな改まって? ……え、北岡? なんで、あいつがあんたの所へ? ……ああ。…
…はい」

 狭い駐輪所に、しばし神楽の相槌を打つ声が響いた。最初は淡々としたものだったが、徐々に驚
愕の色が濃くなっていき、ついには叫びに変わった。
 
「ええっ、奴も仮面ライダー!? ……おっと」思わず大声で聞き返してしまったことに気づき、
辺りを見回す。幸い、誰もいなかった。
 声のトーンを落とし、話を続ける。「……そうか、あの緑の野郎が」
「そうだ。……本当にすまない。俺の不注意であんな危険な男に、お前の正体を」
「いいさ、気にしないでくれ。あんたが悪いんじゃない、あいつが汚ねぇだけさ」
「だが……」
「いいって、いいって。あんな奴に負けやしないぜ。んじゃ、またな」

 神楽は通話を終えると、瞑目して考え事に耽った。

(しかし、あの北岡が以前戦ったドンパチ野郎だったとは驚きだな。ふん、いったいどんな願いの
為に戦ってるやら。どーせあいつのことだ。金とか名声とかだろうぜ)

 あからさまな侮蔑の表情を浮かべて、心中で呟いた。――北岡が、女性である神楽を倒さなけれ
ばならないことでいかに懊悩しているかなど、つゆ知らずに。
 
(そういえば、榊が言ってたな。ライダーの戦いにルールはない、卑怯という言葉すらないって。
へっ、だったら北岡にぴったりの世界じゃねーか。ほんと、あいつほどライダーに向いてる奴はい
ねーんじゃないか。ふふふ……)

 今度は苦笑いの顔になった。

(しかし榊に続いて、今度は北岡かよ。なんかライダーの正体って、私の知ってる奴が多いよな。
まさかガイも!? ……いやぁ、違うって。そこまで世間は狭くねぇだろう)

 ――パッパラパァ パッパラパァ♪

「んっ!」ここで再び着信音が鳴り、神楽の意識は現実に戻った。「今度はメールかよ、どれど
れ」

 ――鳳です。事件について内密に話したいことあり。本日21時。MATRIXに来られたし。

 文面は以上だった。

<九>

 ――明林大学工学部廃棟。時刻は間もなく21時。
 薄闇の中を進む二つの影があった。

「うわーっ。へー。ふーん」小さいほうが、あちこち見回しては感嘆の声をあげている。
「こら、静かにしろよ。道がわかんなくなるじゃん。私だって慣れてないんだから」と、もう一方
が叱りつける。

 もちろん、智と浩子である。
 あの後、危険だからと反論したものの、結局押し切られる形で浩子はカジノへの案内を承諾する
ハメになった。そして、近所のファーストフード店(マグネトロンバーガー。通称:マグネ)にて
賭場の開店時間を待ち、つい先ほど潜入を開始したのだ。

「何だよー、お前はわくわくしてこないのか? 電気もつかない廊下、割れた窓ガラス、半分壊れ
たドア、そしてその先には悪の巣窟・地下カジノときたっ! あ〜、興奮するっ! これで不二子
ちゃんにまた一歩近づいたぞー!!」
「わけわかんねーよ! あんた、頭大丈夫? ったく……」
 
 ここに入ってから終始、こんな調子の会話が続いていた。
 浮かれまくる智――遊園地に向かう子供の如く――と対照的に、浩子は緊張の色が濃い。

「わかってんの? ヤバいんだよ、マジで。人殺しを見世物にしてるトコなんだよ? 怪しまれて
捕まったら、きっと殺されちゃうよ?」
「もー、浩子は臆病だなー。わかってるって。何も中へ入ろうってんじゃないよ、場所を確認する
だけだし。楽勝、楽勝ぉー♪」
「わかってない、全然わかってない。はぁぁ……」

 何を言っても無駄と悟ってか、浩子は大きな溜息を最後に沈黙した。鼻歌まじりにスキップまで
踏んでいる智を先導し、注意深く進んでゆく。

「でもさぁ」数回目の角を曲がった時、小柄な娘がポツリと言った。「事のいきさつはさっきマグ
ネで聞いたからわかったけど、何で密告する先をOREなんとかにしたんだ、お前?」
「ええー、知らねーの? あそこ、凄いんだよっ!」声を弾ませ目を輝かせ、浩子は応えた。「マ
スコミってさぁ、偉そうなコト言ってても権力には弱いじゃん。政治家とか警察とか。でもね、O
REジャーナルは違うの!」
「えっ。な、何がだよ?」
「も〜ぉ、ガンガン切り込んで、バンバン報道しちゃうんだよ! 遠慮もしなきゃービビりもし
ねー! クールなんだよ、カッコいいんだよマジでさぁっ!」
「あ、あのさー、声デカすぎじゃねーの? ヤバいとこなんだろ、ここ?」

 あまりの人が変わったような熱弁ぶりに、さすがの智も――この娘にしては極めて珍しい役割だ
が――たしなめの言葉を返した。浩子もすぐに自分の暴走に気づき、顔を赤らめて声のトーンを落
とす。

「あ、ごめん。まぁ、あそこならきっとやってくれるんじゃないかなって。地下カジノが相手でも
ね」
「へぇー。えらい熱の入れようだな」
「うん」さらに小声になって、浩子は言った。「三年前ね、私のお姉ちゃん、死んじゃったんだ。
私をかばって信号違反の車に跳ねられて」
「えっ! マジ?」
「でも、犯人はなかなか捕まらなかった。なんか警察の動きが鈍くてさ。マスコミも冷たかったよ。
殺人事件ほどインパクトがないんだか、新聞も最初にちっちゃい記事載せてそれっきり。TVのニ
ュースとかも似たようなもん」
「うーむ、それはムカつくな」
「だけど、OREジャーナルだけは違ったんだ! とことん事件を追求して警察の尻を叩き、つい
に犯人逮捕までこぎ着けてくれたのさ」
「おお、カッコいいぞOREなんとか!」
「でしょ? ……もちろん、クソ野郎が捕まったからってお姉ちゃんが生き返るわけじゃないけど
さ、お陰で少しだけ仇を討てたみたいな。だから私にとってのヒーローなんだ、あそこは」
「ふーん、なるほど。よくわかった。わかったから、とりあえず顔拭けよ」
「え? あれ、なんかいつの間にか泣いちゃってるし、私」

 浩子はあわててハンカチで涙をぬぐう。智はそんな彼女の背を勢いよく叩いて言った。

「よーし、私にまかせとけ! 神楽にはきっちり話しつけてカジノのこと記事にさせるぞ」
「うん、ありがと。あ、気をつけて。次の角曲がると、もうカジノへの階段が見えてくるから」
「ふっ、いよいよ冒険も大詰めってことか」
「きゃはははは。大詰めじゃーなくて、ここでお終いなんだよ。お前ら二人ともな」

 ――その時、不意の嘲笑が背後より。

「えっ!」「なんだ!?」

 あわてて振り返ると、そこには明美が取り巻きの娘二人を従えて立っていた。おもてに酷薄な笑
みを浮かべながら。
 さらに、「へっへっへっ、こいつらかぁ明美ぃ? ヤっちまってもいいって女どもはよぉ」知性
の欠片も感じられない声ともに、傍らの空き教室の扉が開く。

「ウホッ、いい女!」「たまらねぇ〜、俺、胸がデカい方もらった!」「俺は小っちぇ方がいいな
ぁ〜、小学生ハメるみてぇで興奮しまくりだぜぇっ!」「切り刻むのもアリだよな、おい?」
 
 口々に下劣な言葉を吐きながら躍り出た男たち。一見して真っ当な人間でないとわかるその風体。
「あっ、ひっ、ひっ!」恐怖から早くもパニックに陥って、浩子が短い悲鳴をあげる。
「落ち着け! 大丈夫だ、私にまかせろっ!」だが智は、不屈だ。
 浩子をかばう様に前に立ち、アニメか漫画の主人公の如く大見得を切った。

「お終い? バカめ、こういうのを見せ場っていうんだっ! さぁ、悪党ども覚悟しろっ、この智
ちゃんがひとり残らず成敗してやるっ!!」

 賞賛に値する度胸だった。問題があるとすれば、ただひとつ。それを裏付けるものをこの娘が何
一つ持ち合わせていないということだ。
「ハァ、頭おかしいのかこのガキ?」と、男の一人が無造作に蹴りを入れる。
「うぐっ!」回避どころか防御すらできず、いとも簡単に吹っ飛ばされて床に転がった。

(……ふっ、この程度かっ……痛くも痒くも……ないぞ……今度は私の番だ。ええぃ……)

 明美や男たちの哄笑を遠くに聞きながら、滝野智はゆっくりと昏睡の闇へと沈んでいった。

『仮面ライダー 神楽』

「滝野っ、逃げて、にげてぇぇっぇ!」
「北岡ぁぁっ!」「中の人、神楽ちゃんなわけね。やっぱり……」
「ひとでなし……ひとでなしちゅうんは、つまり、ひとではないということや」
「悪いけど、そいつの命は予約済みなの……」

 戦わなければ、生き残れない!

【仮面ライダー 神楽】
【第十三話】

【Back】

【仮面ライダー 神楽に戻る】

【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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