それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第1回  発端】

 時は西暦2000年12月。
 友人との面会を終えて病院を後にした神楽は、駅前の商店街をとぼとぼと歩
いていた。その日は陽射しが暖かく、街を時折吹き抜ける風もさほど冷たいも
のではなかった。
 それでも、彼女は心もち両の掌に冷たさを感じ、ポケットに両手をつっこん
で歩いていたのである。
 そして、ぼんやりと今までの病室でのやりとりを思い返していた。

―― 彼女が病院まで会いに行った友人とは、2年生になってから同じクラス
に配属され、親しく言葉を交わすようになった人間の一人、瀧野智のことであ
る。
 瀧野の入院をホームルームで聞かされた神楽は、帰宅後、着替えてから電車
に乗り病院に見舞いにいった。神楽の家は彼女の通う高校と駅の間にあるので、
一度帰宅して荷物を家に置いてから向かった方が身軽で都合がいいのである。
 病室のドアを開き、足を踏み入れた先には、ベッドに横たわる瀧野と、椅子
に座って彼女と語るその幼馴染・水原暦の姿があった。水原は学校から直接来
たのだろう、制服姿のままで、膝には通学鞄が載せられていた。
「あ、神楽。来たのか」
 入ってきた神楽に気づくと、水原は声をかけた。
「ああ。……とも、具合はどうだ?」
 神楽は、水原に挨拶を返し、瀧野に声をかけた。
「あー、ぜんぜん平気だよ。そんな辛気臭い顔すんなよ神楽」
 瀧野は明るい声で応じた。
 その顔はやつれて蒼い。平気を装おうとするとする瀧野の笑顔も、時折こみ
あげてくる病魔の侵撃に歪められてしまうのだった。

 その後暫く三人で話したのだが、その中で神楽は妙な居心地の悪さを感じて
いた。水原と瀧野の間に、自分が入り込むことを拒むかのような堅い絆を感じ
たのである。
 二人は、自分を拒絶するつもりはさらさらないのだろう。だが、彼女は、な
んとなく二人の間に入り込めない何かを感じていたのである。
 だから、話をそこそこにきりあげて、彼女は病院を出た。
 そして、考えたのである。

――よくわからないけど、ともは難病にかかってるらしい。
 しかも、話によると、随分昔から病の兆候はあったらしい。今回の入院は、
それが悪化して危険だというので強く勧められたためのものであるとのこと。
 ともが今までことさら明るく振舞ってきたのは、自分が病気であることを隠
すための芝居だったんだ……
 いつもバカなことを言ってバカなことをやらかすバカな奴だけど、あいつの
周りにいるみんなが、それに元気付けられてたことは事実だ。
 自分の苦しみをおくびにも出さず、周りに元気を与え続けてきた、とも。

 そこまで考えると、神楽は少し立ち止まり、自らの身を振り返った。

――私は、人のために何かできてるだろうか……?
 インターハイ出場にむけて、私は日々体力トレーニングをしている。
 でも、それがなんだというのだろう。
 所詮スポーツに向けるチャレンジ魂など、自己顕示欲の発露でしかないんじゃ
ないだろうか。自己満足でしかない。人のためになることなど何もない。
 ともは、バカを演じることで皆を元気付けてきた。
 よみは、病床のともに優しく強い支援を送っている。
 私は……人のために何かできてるだろうか…… 

 電車に乗ってからもそればかり考えていた神楽は、自分の降りる駅の名前が
しゃがれ声の車内アナウンスで放送されると、あわてて出口に向かった。
 改札に至る階段を昇ろうとしたときだ。神楽は、重そうな荷物を両手に抱え
えっちらおっちら歩を進めている外国人を見かけた。

――困ってる人は助けなくちゃな

 人のために何ができるか自分に問い続けていた神楽は答えを出し、彼の荷物
を運ぶのを手伝った。
 無事階段を昇り終えた後、神楽がその外国人に巨大なボストンバッグを返す
と、彼は何か言いながらポケットをまさぐった。そして、平たい四角形のカー
ドケース状の物体を神楽に手渡した。
 英語のできない神楽には、彼の言っていることの意味が皆目わからなかった
が、親切にしてあげたことのお礼だろうと解釈してそれを受け取った。

 神楽は、外国人と別れ、駅をあとにしようとした。
 そのときである。不意に横から声がした。
「みたわよぉ〜」
 驚いた神楽が振り向いた先に、担任の谷崎ゆかりが薄笑いを浮かべて立って
いた。
「あ、先生」
 挨拶しようとする神楽の目の前に、先ほど自分がかの外国人から貰ったのと
同じような形状をした物体が突きつけられた。
「あんたも、もらったのね。コレ」
「え?」
 担任の言葉の真意が理解できない神楽が疑問符を発したその時である。
 爪でガラスをひっかくような耳障りな音が、どこからともなく響いてきたの
だ。それも一度きりではない。その不快な音は何度も何度も繰り返し彼女たち
の鼓膜を震わせた。 

「……モンスターね」
 谷崎は、ボソリと呟くと、身を翻して駅のガラス戸に駆け寄った。
 何が起こっているのかわからぬままガラス戸を見やった神楽は、そこに世に
もおぞましいものを見た。
 何重にもとぐろを巻いた長い体。毒々しい紫色に白黴のような斑点を無数に
重ねた、おどろおどろしい体色をしている。ゴルフクラブのごとくいびつにふ
くれあがった頭部と思しき部分には、暗い赤色の光をたたえた細い眼がふたつ。
両端がそれぞれ両の眼の縁に届くかとも思われる、異常に大きな口がひとつ。
その口から、二股に分かれた緋色の舌がチロチロと蠢いている。
 そして、不思議なことに、ガラス戸の向こうには何もいる気配はなく、かの
おぞましい生物は『ガラス戸の中に』潜んでいるかに見えたのである。
「そこらの人が襲われると迷惑ね……早めに始末したほうがいい」
 谷崎はそう呟き、かのカードケース状の物体を前方に掲げた。
「ほら神楽、あんたも私と同じようにやりなさい!」
 ガラス戸の中の得体の知れない獣に肝を冷やし呆然と佇む神楽に、担任は発
破をかけた。神楽は慌てて谷崎に倣う。
「変身!!」
 叫んだ谷崎の体が、一瞬、目を射ぬかんばかりの眩しい光を発した。

(次回予告)

ゆかり「戦いに勝ち残れば、何でも望みが叶うらしいわよ……」
神楽「……望み……ですか?」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第2回  戦いの幕開け】

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