それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第3回  白銀の騎士】

 寒い日だった。道行く人々の吐く息は、歩み去ったあとに小さな霧を残し、
やがて空気に溶け込んでいく。
 2年3組の教室。窓に結露ができていた。英語のリーディングの授業が行わ
れている。このクラスでは、担任の谷崎が文法・英作文を、石川がテキストの
精読を担当している。
 もっとも、リーディングの授業など、順番にしたがってテキスト所載の英文
を和訳し、教師が適宜その誤りを修正し、気をつけるべき表現などに注意を喚
起する、といった単調な作業である。よって、よほどまじめな生徒を除く学級
の大半の生徒にとって、かの時間は睡眠時間と化していた。
 神楽も、その大半の生徒のうちの一人である。学校で勉強、放課後のトレー
ニング。家でも、夜遅くまで本を読んだりテレビを見たりして、寝付けぬ夜は
街に走りに出る。そんな生活を送っている彼女が、このような時間を睡眠に費
やさぬ道理がない。

 しかし、今日は様子が違っていた。居眠りなどという話ではない。神経を逆
立て、硬い姿勢で教室の一点にその鋭い眼を走らせている。
 ――惜しいかな、その視線は教師と黒板には向いていなかった。教室と廊下
を隔てる窓のひとつに、である。
 先ほどから、ライダーである彼女の耳には、かの耳障りな音が鳴り続いてい
た。現在地の近くに戦うべき敵がいることをライダーに知らせる、鉄のすりあ
う音とも冷凍庫の壊れた音ともとれる怪音である。ミラーワールドに行き来す
ることのできぬ一般人にはかの怪音は聞こえない。また、窓に映っているかの
恐ろしげな生物の姿も、一般人には見えない。
 二足歩行。灰色の体色、短い脚、頭部より直接生え出た二本の太い腕。その
両の目は、何も知らずに黒板を見ている――あるいは眠りを貪っている生徒た
ちを品定めするかのように怪しく光っている。ごつごつした胸部の隆起や、身
体にある無数のイボ状のふくらみが、その不恰好な怪物の姿をいっそう醜く見
せていた。

 それは、とうとう窓から抜け出てきた。
 突如現れた畸形に驚き、情けない叫び声をあげて窓際に座っていた男子生徒
が飛びすさった。皆がいっせいにその方向を向き、そして一様に顔を驚愕の色
で満たした。生徒たちは、7が揃った時のパチンコ玉のごとく入り口に殺到、
怪物から逃れようと我さきに足ぶみした。
 逃げ遅れた一人に、かの怪物が躍りかかった。その腕が生徒をつかんだ――
と思いきや、長身の女生徒が横から飛びこみ、怪物を蹴り飛ばした。
「さ、さかきさん」
「はやく逃げろ!」
 救われた生徒が震える声でその女生徒の名を呼ぶと同時に、彼女は短く告げ
た。生徒は、慌てて先行の生徒たちを追う。

 生徒の去るのを見届け、怪物と対峙した榊は、もう一人逃げ遅れた生徒が教
室に残っているのに気づいた。丸い頭に内向きの鬢、鋭い光を帯びた両の瞳、
先ほどから怪物に対し警戒していた神楽その人であった。無論、榊はそのこと
を知らない。
「……お前は、どうして逃げないんだ」
「え?」
 問う榊、応じる神楽。その答えが彼女の口から出るよりも早く、かの怪物は
神楽に向かい突進してきた。手近にあった椅子をもちあげ、怪物に投げ当てる。
怪物が思わぬ衝撃によろめく間に、神楽は身を翻して窓に向かい、先日『あず
ま士郎』の仮の姿とされる外国人から受け取ったカードケース状の物体をかざ
した。

「正義の味方だからさ」
 変身前に答えておこうとした神楽の眼に、窓に向かって自分と同じような姿
勢をとっている榊の姿が映った。
「……」
 目が合った。両者、その姿勢のまま固まった。
 しばし無言で見つめあう。
 背後から怪物が迫る気配があった。
「変身!」
 二人が叫んだのは同時だった。

 一瞬の閃光の後、視界が解き放たれる。
 神楽は、隣の榊に目をやった。
 全身白銀の鎧で覆われ、頭部の鉄仮面が鋭い光を帯びている。中世の騎士を
髣髴とさせる細身の鎧の背中に、漆黒のマントがひるがえった。腕にレイピア。

「……なにか、おかしいか」
 まじまじとその姿を見つめる神楽に、榊は怪訝そうに尋ねた。
「なんでもないよ」
 話している余裕はない。神楽は短く答え、背後に脚をとばした。重い手ごた
えが走り、怪物は後方に吹き飛んだ。机の列が、怪物の背中に押され、がらが
らと音を立てて乱れた。
 起き上がる暇も与えず、神楽は一枚のカードを左籠手の認証機に装填。
『ソードヴェント』
 今度は間違えなかった。認証音が響き、右手に大剣が握られる。
 斬り上げた。怪物はふきとんだ。
 かなわぬと見て、怪物はあたふたと窓の中に逃げ込んだ。二人が追う。

 短い脚のわりにやたら逃げ足の速いかの怪物は、二人の視界から消えてしまっ
ていた。しばらくきょろきょろと周りを見渡したあと、二手に分かれた。

 榊の向かった方向に、それはいた。
 薄暗い階段を二段おきに駆け上がる。
(屋上から逃げる気か)
 その影を見失わぬよう駆けながら、榊は心の中で呟いた。そして、レイピア
の柄に一枚のカードを通した。
『スプリングヴェント』
 機械音があがると同時に榊は高く飛び上がった。カードの力により脚のバネ
が強くなっている。背中のマントが、がばと音を立てて風圧にたなびいた。手
すりを乗り越え、一気に怪物に追いついた。
 怪物の短い脚、その足首に向けて一突き。狙いたがわず、一撃はアキレス腱
を貫いた。ざくりと音がして、怪物は前のめりに倒れた。
 それでも、怪物はしぶとく立ち上がり、片足を引きずりながら階段をのぼり、
屋上に出た。

 灰色の雲がどんよりと空を覆っている。
 逃げようとする怪物の背中を見つめ、榊は立ち止まった。
 新たなカードを柄に差し込む。
『ファイナルヴェント』
 榊のマントが身体を離れ、上空ではばたいた。見れば、それは巨大なコウモ
リ。その巨大コウモリは、翼で風を巻き怪物へと迫っていく。榊は、助走をつ
けて飛び上がり、その背に降り立った。
 急降下。
 榊の構えた剣線が、怪物の背をとらえた。コウモリはそのままの速度で飛ぶ。
突剣をもつ右手を鋭く突き出した。怪物の硬い背に、それは突き刺さった。い
や、突き刺さったのみではない。剣は怪物を貫き、腹部からその剣身をあらわ
にした。怪物の背が、柄につきあたった。
 爆発が起こる。
 榊は、爆風をすりぬけ、悠々と屋上の床に降り立った。

――放課後。
 学校の屋上――とはいってもミラーワールドの外の世界の――に、神楽と榊
は並んで立っていた。相変わらず外は寒い。こんな日に屋上に上ろうとするよ
うな物好きはまずいない。
「榊も、……かなえたい願いってやつがあって、ライダーになったのか?」
 神楽は問うた。だとすれば、榊はいずれ自分と戦うことになるだろう。自分
が不本意であっても、相手がこちらの消滅を望むのならば、戦わなければなら
ない。そうなる前に、覚悟を決めておきたかった。相手の戦う理由がわかれば、
その覚悟ができるような気が神楽にはしたのだ。
 だが、榊の答えは、あっけないものだった。
「別にない。……でも、人がモンスターに襲われるのを見たくない」
 神楽は安心した。あんたも私と同じだな、そう言って榊に笑みを見せた。

【次回予告】

大山「あなたは教師には向いていない。ライダーにも向いていない」
ゆかり「……あんた……、言わせておけば……!」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第4回  谷崎の最期】

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