それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第4回  谷崎の最期】

 神楽と榊が屋上で話していた、丁度その頃のこと。
 彼女たちの担任・谷崎ゆかりは、瀧野智の入院する病院の前にいた。
先日の負傷がだいぶ治癒してきたため、もう少し入院して養成した方
がよいという医師の忠告を振り切り、病室から抜け出てきたのだ。
「私に、入院してる暇なんかないのよ」
 誰に言うでもなく、向かい風に呟く。
 そして、ふと、思った。
(――たまには、顔ぐらい見とくか)
 原因不詳の重病のため長期の入院を余儀なくされることが見込まれ
ている瀧野智の顔が、ひらと彼女の脳裏に浮かんだのだ。
 谷崎は、なにくわぬ顔をして引き返し、内科棟へと歩を進めた。

「いよーう」
 病室のドアを開くなり、中を確かめもせず満面の笑み、不躾な大声。
 突然の来客に、瀧野は驚いて目を開いた。
「ゆかりちゃん……?」
 その声は、弱弱しい。
 谷崎は少々それに驚いた様子を見せたが、すぐに気を取り直し、世
間話に入った。

 耳鳴りがしていた。――例の、ミラーワールドからの、干渉音。
 谷崎は、瀧野を不安がらせぬように気をつけつつ、周りの様子を窺った。

 洗面台の鏡の中に、それはいた。
 姿は、黒豹。柔軟そうな身体を四足で支え、白く光る眼でこちらの
様子を窺っている。
(ちっ)
 黒澤の表情が曇った。だいぶ治癒したとはいえ、先日の大蛇との戦
いで被った身体の負傷は未だ完治してはいない。
 それでも、彼女は戦わざるをえなかった。
 ライダーとして。
 目の前に横たわる瀧野智の担任として。

「あんた、ちょっと休んでなさい」
 谷崎は、やおら掛け布団に手をかけ、瀧野の顔面にかぶせた。
 もがく瀧野をうっちゃり、ポケットのデッキに手を伸ばす。
 鏡にかざし、変身した。
 ベッドを乗り越え、身体を鏡に突っ込む。

『ソードヴェント』
 慣れた手つきでカードを認証機に通し、右手に剣を携える。
 黒豹は、1メートルほど後方に飛びすさった。
「ちーと、忙しいもんでね……手早くたたむわよ」
 その言葉の終わるやいなや、黒豹の額に目掛けて降ろした剣撃一閃。
額に食い込んだかに見えた剣は、手ごたえなく空を切った。
 黒豹が歪み、二つに分かれたかと思うと、床に黒い染みが広がった。
呆然と見下ろす谷崎の視界に、ざわざわとその染みがうごめく様子が
見えた。
(なんだ、こいつ)
 染みは、谷崎より十メートルほど遠ざかり、廊下の角で止まった。
 そして、むくむくと床が盛り上がったかと思うと、先ほどの黒豹が
再び姿を現したのである。

 呆気にとられる谷崎の耳に、硬質な足音が響いてきた。どうやら、
廊下の曲がり角の向こう側から誰かが歩いてくるようだ。谷崎は、そ
の方向を凝視した。
 やがて現れたその姿は、全身を漆黒の鎧に包み、頭部をこれまた黒
の兜で覆った戦士であった。右手に、巨大な棍棒を捧げている。この
棍棒、先の丸くなった部分に無数の鋼鉄の棘が植え込まれており、俗
に狼牙棒とよばれる武器だ。棒の先に鉄のサボテンが付着しているさ
まを思い浮かべて戴ければ幸いである。
 彼は、谷崎の黄色の鎧を見とめると、つかつかと歩み寄っていった。

「こんにちは、谷崎先生」
「あ、あんた……?」
 漆黒の鎧は谷崎に向かい一礼した。
「大山です」
 ためらう谷崎に、彼は名乗った。
「……おおやま……」
 呆然とする谷崎に向かい、大山は、今度は棍棒を振り下ろした。
 間一髪で身をかわす。
 空気が、一瞬、裂けた。
(ひょろメガネ……意外に……)
 谷崎は舌を巻いた。細身の体躯から繰り出される攻撃には、思いも
よらぬ重みと鋭さがあった。
 たえず頭をつけねらう棍棒をなんとか払いつつ、谷崎は大山に尋ねた。
「さっきの豹は……あんたの契約モンスター?」
「ええ」
 大山は、短く答えると、谷崎の剣を弾き、後退した。
 両者、一旦武器を降ろす。
「一応伺っておきましょう。先生は、ライダーとして何のために戦う
のですか?」
「え? ……そりゃあ、まあ……」
 大山の突然の質問に、谷崎は口を濁した。
「やはり、贅沢をしたいとか、優雅な暮らしがしたいとか、ですか?」
 大山は、冷たい声で憶測を述べる。
「まあ、それもありかな」
 考えなしに応じた谷崎を、大山は見下すような仕草で眺めた。

「あなたは教師には向いていない。ライダーにも向いていない」
 勝ち誇ったかのごとく、彼は谷崎に宣告した。
「それならば、戦い、消すことに躊躇は感じません」
「……あんた……、言わせておけば……!」
 大山の舐めきったかのような口調に、谷崎は激昂した。
『アドヴェント』
 自らの契約モンスターである黄金色の大サソリを地中から招きだし、
黒豹にぶつける。モンスター同士の、本能をむき出しにした争いが始
まった。
 地を這う毒の尾、空を切る黒の影。黄の大バサミは豹の残像を裂き、
鋭い爪はサソリの装甲をひっかき硬い音をあげる。

 一方の谷崎と大山も、武器を持っての戦いを再開した。
 健闘するが、負傷の未だ癒えていない谷崎の劣勢は明らかであった。
はじめは両者互角に渡り合っていたが、次第に谷崎は大山の攻撃を一
方的に受け、流すだけで精一杯になっていった。
 機を見た大山は、無造作に狼牙棒を横殴りに振った。
 風圧に、谷崎がたじろぐ。
 次の瞬間、大山は踵を返し、黄金色のサソリの背に一撃を叩き込ん
だ。メシャ、と生々しい音がして、破れた装甲の隙間からはらわたが
はみ出してきた。
 不敵にふりむく。

『ファイナルヴェント』
 大山は、ゆっくりと認証機にカードを通した。
 黒豹が空中分解し、無数の紐に姿を変えた。
 谷崎がはっとした頃には、彼女の身体は黒紐によりがんじがらめに
縛られていた。鎧の上から締め付けてくる。谷崎は、気が遠くなって
いくのを感じた。腕に巻きつく強紐の痛みに耐えかね、剣を取り落と
した。
 身動きできぬ谷崎を頭の上から足の先まで眺めた後、大山は空中に
狼牙棒を投げ上げた。続いて、自らも跳ぶ。空中で棍棒を掴み取った
大山は、円弧を描き落下する狼牙棒にあわせて一回転し、その力で谷
崎の脳天にとどめの一撃を見舞った。
 黒紐はその瞬間谷崎の身を離れる。
 あとには、兜、鎧、そして変身用のデッキを叩き割られ、素面をあ
らわにした谷崎が横たわるのみであった。その端正な顔は今や土気色、
吸い込む息はなく、ただ吐く息のみが、冬の空気に白く跡を残した。
そして、体全体が、ミラーワールドの空気の中に溶けていく。その様
子はあたかも、浴槽に投げ込まれた固形入浴剤のようであった。
「――これが、ライダーの、死……か……」
 大山は、うつむき、呟いた。
「それでも、僕は戦わなければならない」
 一人、自分に言い聞かせるかのように、その言葉を強く繰り返した。

【次回予告】

大山「あなたも、自分の欲望のためにその力を使おうとする人間のひ
とりか!」

黒澤「弟が、いるの。一人」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第5回  決意と怒り(前編)】

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