それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第6回  決意と怒り(後編)】

「仮面ライダー・スコピオ――谷崎ゆかりは、死んだ」
 青年は、神楽に向かってそう告げた。
 長く伸びた黒髪が、その鋭い両眼を隠さんばかりに垂れている。彼の羽織る
真っ黒のオーバーコートが、暖房のきいた部屋の中で微かにたなびいた。

 自室の鏡から、耳を裂く干渉音とともに姿を現した謎の青年。見たことのな
い男だ。しかし、姿こそ違えど、彼が十日ほど前に彼女にデッキを渡した外国
人と同一の人物であることを、神楽は直感で悟ったのである。
 何故かはわからない。
 ともかく、かの青年は彼女に谷崎ゆかりの死を伝えた。
「何言ってんだよ」
 どてらを羽織り、ホットココアを飲みながら期限切れの宿題と格闘していた
神楽は、幾分の苛立ちをこめて彼に言葉を返した。自室に見知らぬ男が入って
きているというのに、なぜか不自然さは感じられない。
「殺したのは、仮面ライダー・デューク――大山将明」
 神楽の言葉が聞こえなかったかのように、淡々と彼は続けた。
 彼の言葉の意味がよくわからない。
 神楽が詳しいことを問おうとした時、既に青年は姿を消していた。

 翌日の朝、神楽は、谷崎ゆかりが入院先の病院から姿を消し、家にも帰って
いないらしいという噂を耳にした。

「おい、榊」
 昼休み。窓際の席に静かに座る榊に、神楽は話しかけた。
「ゆかり先生がいなくなったのって、まさか……」
「ライダーバトルだな」
 榊は、小さい声で答える。彼女のもとにも、士郎の報告はあったのである。
その視線の先には、次の授業の予習に余念のない大山の後姿があった。
「……」
「なあ、どうしてなんだ、榊」
 大山はいたって真面目で、成績優秀な生徒だ。極端な言動や荒れた発言をす
ることもない、目立たない男である。遅刻や欠席も殆どなく、性格も温厚で、
彼が喧嘩をしたという噂も聞いたことがない。
 そんな彼が、なぜ、担任である谷崎ゆかりを殺すことができるのか。神楽に
は全くわからなかった。そのせいで、榊に語りかける口調が、幾分感情的になっ
ていた。
「……私に訊かれてもな」
 榊は、困惑して目を伏せた。そんな友のようすに、神楽も少々ばつが悪い思
いをし、同じく目を伏せた。

 急に榊が目をあげた。神楽の肩越しにある光景を見つめている。
 神楽は、ふりむいた。

 いつ現れたのやら、体育教師の黒沢みなもが教室に入ってきていて、机に向
かう大山に何か話しかけている。
 何を話しているのかは、彼女たち二人には聞こえなかった。
 ややあって、大山が立ち上がり、黒澤とともに教室を出て行った。

 体育館。
 男子生徒たちが、学生服を脱ぎ捨ててバスケットボ−ルに興じている。子供
は風の子とやらで、彼らは冬のさなかだというのに汗びっしょりだ。
 そんな彼らの横を、黒澤と大山はすたすたと通り過ぎていった。
 その行き先は、体育館倉庫。
 暗い室内に、無造作に重ねられたマット。手持ちぶさたに壁に沿って並べら
れた平均台。その脇にはバスケットボールの詰め込まれた金網のかごが置かれ、
ゴム敷きの床にごろごろと鉄アレイが放置されている。そして、少し空いたス
ペースの奥の壁に、姿見が掛けられていた。
 二人は、その前で立ち止まる。
「怒ってるんですね、先生」
 大山は、その時はじめて口を開いた。嘲笑するような口調だ。
「親友である谷崎先生を殺されて怒りが収まらない、といったところですか」
 大山は、ゆっくりと姿見から身体を離す。後ろ手で倉庫をうろつきながら、
深く息を吸った。汗と埃のにおいが肺を満たす。
「甘いんですね」
 黒澤の背後で足を止めた。
「ライダーの戦い、生き残れるのはただ一人。望みを叶えられる者も、ただ一
人。ライダー同士が並び立たぬ運命にあるということを、よくわかっていらっ
しゃらないようですね」
 言葉は丁寧だが、語調は明らかに強い。軽蔑と憎しみの入り混じった声が、
狭い倉庫内に低く響く。
 鏡に映る大山の顔は、もはや笑ってはいなかった。温厚な学級委員の大山で
も、目立たない優等生の大山でもない。そこにいるのは、一人の人間を虚空に
消し去った非情の戦士・仮面ライダーデュークとしての大山であった。
 黒澤の強い瞳が、鏡を睨みつけた。背後に立つ大山を、怒りの眼差しで見つ
めつづける。
 均衡が破れた。
 両者、同時にデッキをかざした。

 一瞬の閃光。
 鏡の前には、淡い紅の鎧に身を包んだ黒沢と、漆黒の鎧に身を固めた大山が
立っていた。連れ立って姿見の中へ身体を沈めていく。

 淡い紅の鎧。後方に向かってなだらかな曲線を描いて伸びる突起が紅の兜の
頂に一本。その先端から、真っ白の錦糸が無数に背後に垂れ下がる。そのさま
はあたかも尾長鳥の尾羽のよう。左の篭手に擁したバイザーは蛇の頭をかたどっ
ている。右手には、刃先が蛇の体のごとくうねった矛。その形から、蛇矛とよ
ばれる武器である。黒澤みなもが変身した淡い紅のライダー、名はスレイダー。

 スレイダーとデュークは、左右の反転した体育館倉庫の中で向き合った。
 スレイダーの矛が鋭い唸りを上げてデュークを襲った。受ける間もなく身を
かわしたデュークの背後で、壁の一角が崩れた。スレイダーの繰り出した矛が、
壁を打ち砕いたのである。
 がらがらと崩れるコンクリート片を振り払い、スレイダーは向き直った。

 睨み合う。

 デュークは、やにわに棍を大きく振った。
 堅い音と柔らかい音が交錯し、次の瞬間、無数の鉄の破片とバスケットボール
がスレイダーに向かい飛んでいった。
 視界が遮られる。
 ようやく視界が開けたと思った時――狼牙棍が目の前に飛んできた。
 強い金属音とともに、火花が散った。
 衝撃に耐えかね、スレイダーは後ずさる。
 次は、脇腹に飛んできた。
 狼牙棍と淡紅の鎧が打ち合い、スレイダーは倉庫の外に弾き飛ばされた。


 デュークは間髪を入れずそれに追いすがった。
 スレイダーは、体育館の床を転がりながら衝撃を和らげ、彼が追いつくより
先に立ち上がった。矛を持ち直す。
 頭上に狼牙棍が振り下ろされた。一歩退き、その上から蛇矛を振り下ろす。
武器同士がぶつかり合い、棍が床に亀裂を作った。
 武器を重ねたまま、二人は睨み合った。
「ええ、怒ってるわよ」
 淡紅の兜から、押し殺したような声が絞り出された。
「あなたはゆかりを殺した……許さない」
「……」
 一瞬、デュークの力が緩んだ。
 風。
 スレイダーが蛇矛を振り上げると同時に、デュークは後方へ跳び退った。
 二人の間に間合いが生じた。動きが止まる。
「黒澤先生。あなたは、何のために戦うのです?」
 漆黒の兜が、ひとつの問いを発した。
「――あなたには、教えない」
 淡紅の兜は、頑なに言い放った。
「つまり、堂々と人に語れるような目的ではない、と」
「教えない」
「あなたも、その力を自らの欲望のために利用しようとする者の一人か!」
 大山の心の叫びであった。
 谷崎といい、黒澤といい、なぜ、その力を世界のために役立てようとしない
のか。大山にとって、そのような『教師』のあり方は、許容できうるものでは
なかった。
 一方の黒沢の心も、怒りに満ちていた。同僚であり、昔からの親友である谷
崎ゆかり。彼女を殺した人間として、大山は許されざる人間であった。
 武器がぶつかり合った。

「――望みは、ないな」
 体育館を見下ろせる小さなギャラリーに居並ぶ三人のうち、真ん中の一人が
呟いた。
 真ん中に立つ一人は、澄んだ湖のごとき薄青色の鎧に身を包んだ戦士――仮
面ライダー・アーク。
 その右には、彼よりも頭一つ分ほど背の小さいもう一人の戦士。その鎧は、
真夏の森林のごとく深い緑色に彩られ、その腕には鎖が握られ、その両端に鉄
球がとりつけられてある。
 そして、左には、緑の戦士よりもさらに頭一つ分ほど背丈の低い戦士。鎧は
炎のごとく鮮やかな赤――緋色に染められ、その片腕には長い棒が握られてい
る。

 三人は、デュークとスレイダーの戦う様子をギャラリーから眺めていたのだ。
「……そうですか……」
 緋色の鎧が、残念そうに呟く。その声は、幼く、甲高い。
「二人の攻撃に、迷いは見えない……。ライダー同士の戦いに、彼らなりの踏
ん切りをつけたのだろう」
 アークは誰に言うでもなく言った。
 それは、自分に向けての言葉でもある。
 ライダー同士の戦いに、大山は、自分なりの踏ん切りをつけた――。そうで
なければ、温厚な性格の彼に、担任の谷崎を葬り去り、今また黒澤さえも倒そ
うとするような真似ができるはずがない。
 大山のファイナルヴェント前の躊躇いにより一命をとりとめた後藤ならでは
の、確信であった。

「望みがないとわかれば、これ以上ここにいることもない。帰ろう」
 薄青色の戦士がきびすを返して場を去り、一緒にいた他の二人もこれに従った。

 棍と矛の攻防が五十合あまりも続いたであろうか――勝負はつかなかった。
 相手の身体を狙った一撃が、空を突き、あるいは振り払われる。
 それを繰り返すうちに、『限界』がおとずれた。
 二人の鎧が、音を立てて蒸発し始めたのである。
「こ、これは」
 スレイダーの一瞬の狼狽を、デュークは見逃さなかった。
 狼牙棍の一撃が、淡紅の鎧を強く打った。火花が散り、スレイダーは平衡を
失って体育館の床に崩れた。
 肩で息をしながら、デュークはカードデッキに手をやった。自らの身体が空
中分解しかけていることなど、気にも留めていない様子だ。取り出したカード
は――ファイナルヴェントのカード。
 彼がバイザーにそのカードを通そうとしたとき、何者かがその手を遮った。
「よしなさい、時間切れだ」
 その声の主は、土色の鎧を身にまとっていた。牛鬼のごとく左右から角の突
き出た兜。肩、肘、腰、膝と、いたるところに大きな角の生えた鎧である。一
方の手でデュークの腕を押さえ、もう一方の手には巨大な鎌をさげている。
「駄目じゃないか。世界平和を実現するためにも、自分の命は大切にしなけれ
ばならない。今日は時間切れでも、明日がある」
 デュークに静かに諭すその声は、誰が聞き違えようか、他ならぬ古文教諭の
木村の声であった。

 黒澤が姿見から姿を現し、続いて大山・木村も戻った。
「黒澤先生。我々は私情で戦っているわけではない。あなたも、ライダーの力
をどう活用すべきかじっくり考えてみてください」
 疲れ果ててマットによりかかる黒澤に、木村は諭すように告げた。
 その後ろで、大山が、真っ白に曇った眼鏡を通して黒澤を見つめていた。

 大山と木村が去った後も、黒澤は暫くマットによりかかっていた。

 突然、倉庫の扉が開いた。
 入ってきたのは、神楽と榊だった。

「弟が、いるの。一人」
 神楽に、ライダーとして戦う理由を問われた黒澤は、平均台に腰かけておも
むろに語りだした。
 黒澤には、弟がいるらしい。その弟が、数年前に家を出たまま帰ってこない
という。警察に届けを出したが、捜査は杳として進まなかった。それでもどこ
かで弟は生きていると信じ続けて暮らしてきて――吾妻士郎に出会った。
「兄弟を思う気持ちは凄くわかると、彼は言った。ライダーの戦いに勝ち残れ
ばまた会えるかもしれないとも、彼は言った……」
 つまるところ、黒澤は、弟に再び会うためにライダーになったというのである。
「それじゃあ、ゆかり先生ともいつかは戦うつもりだったんですか?」
 神楽の問いかけに、黒澤は目を伏せた。
「……わからない」
 ため息混じりに呟く。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが、校舎に鳴り響いた。

【次回予告】

大山「力を貸してほしい」

黒澤「……どれだけ奪えば気が済むの!?」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第7回  血】

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