それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第9回  金色の鬼】

 そば。もち米。みかん。玄関に飾るしめ飾りも買ってこいといわれている。
新年の準備のため、彼はひとり商店街に買出しに来ていた。

「買い物は主婦の仕事だろ?」
「何言ってるの。いつもごろごろしてるんだったら、たまには親孝行しなさい」
 彼の必死の抗弁にもかかわらず、母親は要求を取り下げようとはしなかった。
そのため、彼は、コートを羽織って年末の商店街に出向いたのである。吹きつ
ける冬の風は冷たく、頬を冷気がかすめるたびに両の肩が縮こまった。

 去年から、両親が妙に「日本的な生活」にこだわりだした。それほど家計に
余裕があるわけでもないのにもちつき機を購入したのは、昨年の年末のことだ。
父親いわく、「日本人なんだから【もち】くらい自分の家でつくらなきゃ」と
のこと。その前の年までは市販の切り餅ですましてきた彼らにとって、自宅で
【もち】をつくることは新鮮な体験であったが、珍しがって作るあまりに【も
ち】の供給量が需要量を大幅に上回り、しばらくは家族全体が【もち】の悪夢
にうなされるほどに【もち】の消費に魂を費やす日々が続いたのである。
 その悪夢を今もかろうじて記憶していた後藤は、陳列棚に並ぶ数種類のもち
米の袋の中から、一番小さな袋を選びとり、買い物かごに入れた。そば、みか
ん、しめ飾り。正月前とあって、目につきやすいところに整然と並べられてあ
る。それらの商品をひょいひょいと手に取り、無造作に買い物かごにほうりこ
んだ。

 スーパーからの帰り道に、うまいタイヤキやがある。
 手元には、スーパーの可愛い店員から手渡されたお釣りの小銭がある。
 今日は、家の掃除で忙しい母親に代わって買い物をしてきた。なんて親孝行
な息子だ。こんな善行を積んだのだから、お釣りを使って自分自身にご褒美を
与えてもばちはあたるまい。いや、むしろ、これは当然の対価である。
 後藤は、一人でそう合点して、タイヤキ屋の前に立った。
『どれでも1ヶ 120円』と貼り紙がしてある。 
 その横に、『5ヶお買い上げの方に1ヶおまけ』との貼り紙がある。
 正月前でタイヤキ屋の心も豊かなようだ。5ヶ買えば600円。手元には714円
の小銭がある。5ヶ買っても、お釣りが来る。五個買えば一個おまけされるの
だから、渡されるのは六個のタイヤキだ。家で清掃にいそしむ母へのおみやげ
にもなる。
 自分の親孝行さにうっとりしながら、後藤はタイヤキ屋のおやじに600円を
手渡した。腕にスーパーのビニル袋をぶら下げ、つくりたてのタイヤキを頬張
りながら歩く。

 頭蓋骨を経て鼓膜に到達する咀嚼音の合間に、甲高い音が混じった。
「……!」
 タイヤキをほおばるのをやめ、後藤は辺りを見回した。
 耳につく――というよりは、頭に直接響いてくる、という感じが強い。
 ガラスに爪を這わせるかのような、鈴をすりつぶすかのような不快な音。そ
の音は、【ミラーワールド】に行き来する力を持つ【ライダー】にしか聞こえ
ない。そして、かの音が聞こえるとき、近くに、【何か】がいる。

 ポケットから、デッキを取り出した。ぐずぐずしていれば突然襲われて命を
失うおそれがある。鏡の世界から獲物を求めて這い出してくるモンスターか、
あるいは、自らの望みのために他の【ライダー】を倒そうとする【ライダー】
か。後藤は細心の注意を払いながら音のするほうへ足を向けた。

 曲がり角に、廃屋がある。ガラスばりの壁。『テナント募集中』の貼り紙が
むなしくへばりついている。音は、この角の先から聞こえていた。
 角を曲がると、黒い人影が目に入った。黒のコートに、黒のズボンに、黒の
靴。すだれのごとく顔に垂れる黒い髪の合間から、氷の刃のように鋭い瞳が覗
いている。
「――来たか」
 黒服の男は、後藤の姿を見とめると、無機質に呟いた。
「吾妻……」
 後藤も、呟き、立ち止まった。
 かの黒服の男は、吾妻士郎という男。【ミラーワールド】とこちらの世界を
自由に行き来することのできる男である。この男が【ライダーバトル】を主催
する人間であることを、後藤は話に聞いて知っていた。
「なぜ、戦わない」
 士郎が静かに歩み寄ってきた。
「戦って、勝ち残れば、望みが叶う」
 その鋭い眼差しは、まっすぐに後藤の双眸をとらえていた。

「僕には人殺しなんかできませんよ」
「戦え!」
 後藤が言い終わるより先に、士郎は叫んだ。
「ライダーは、あい争う運命にある。なぜお前は運命に逆らおうとする」
「僕は、人間です」
「戦え!」
 再び、士郎の口から怒声が走る。
 ガラスの中で、何かが動く気配があった。
 ガラスに映る塀の後ろに、何か潜んでいる。
「戦う気がないのならば、死ね!」
 士郎の叫びと同時に、塀を破って怪物たちが【こちら】に向かって突進して
きた。黒光りする体躯に長い触角をもつ体長2メートルほどの大きさの化け物
が、目算で5、6体。

「くっ!」
 買い物袋を手放した。ガラスにデッキが映った。
「変身!」
 青い光とともに、後藤の身体を装甲が覆った。

 怪物たちが出てくるより先に、青の鎧――【アーク】が鏡をくぐった。
 両手の鞭がしなる。火花を散らして、三匹が倒れた。
 右から一体、左から二体、触覚をひくつかせながら向かってくる。右に飛ん
だ。すれ違いざまに、一撃を振りぬいた。怪物の黒い体が地面に砕け散る。後
ろから二体。振り向きざま、なぎ払った。遠くに弾き飛ばされた一体を尻目に、
近くに転がっている一体の体を砕く。
  
 一秒に満たぬ間。

 アークの直感が、敵は彼らだけではないことを感じ取った。物影に隠れてい
る。たったいま倒したものたちと同種の怪物たちだ。20……30……遠巻きにし
て自分を囲んでいる。
『アドヴェント』
 左手首の認証機に一枚のカードを差しこんだ。
 上空の一角が切り取られた。
 灰色の雲を押しのけ、巨大な空色の鷹が彼のもとに舞い降りる。
 地面を蹴り、その背に乗る。
 両手の鞭が硬化した。
 大鷹は低空飛行を開始した。風圧がコンクリートを削ぐ。
 まっすぐに伸びた鞭が左右に広がった。
 塀が砕け、その後ろに潜む怪物が真っ二つに裂ける。
 家屋が崩れ、瓦礫の中に怪物の死骸が転がる。 
 
 数十秒の後には、半径100メートルが廃墟と化し、建造物に身を潜めていた
怪物たちは残らず屍となった。

「大体、かたづいたかな」
 アークが、大鷹の背中で呟いたとき。
 不意に後頭部に衝撃が走った。
「!」
 振り向くと、そこには金色の何かがいた。
 それが何か認識するよりも早く、二度目の殴打が胸を打つ。
 アークは大鷹の背から廃墟へと転落した。
 
 起き上がろうとする彼の背後で、誰かが呟いた。
「戦う気がないのならば、死ね」
 振り向こうとしたとき、また殴り飛ばされた。
 地べたに転がる。
 仰向けになった彼の真上に、金色の仮面があった。 
「おまえは、なぜライダーになった……?」
 士郎の声だ。それがわかった後藤は、士郎もまた【ライダー】であったこと
を知った。金の仮面に金の鎧、背中に金色の刃の翼――仮面ライダー・オーディ
ン。
 下から鞭を繰り出した。敵をとらえたかに見えた鞭は、空を打った。
 同時に、横から脇腹に蹴りが入った。

 音。
 鏡の世界からの音。
 彼女は走った。
 小さい体が冷たい風を縫って進み、頭の横のふたつのおさげが揺れる。
 これが聞こえるということは、近くにモンスターか何かがいるということだ。
モンスターがいるのなら、それが【こちら】に出てきて人を襲わぬよう退治し
なければならぬ。
 次第に音源が近づいてくる。あの交差点――空き店舗のあるあたりから、音
が聞こえる。あたりに人通りはない。そもそもこんな人通りのないところに店
を構えても流行りはしないだろう。だから、長い間この建物は空き店舗のまま
放置されているのだ――いや、そんなことは今はどうでもいい。
 交差点に差し掛かった美浜は、後藤が置いていった買い物袋を道端に発見し
た。彼女の顔が青ざめる。
「たいへん、誰かがモンスターにひきこまれちゃったんだ」
 急ぎ、空き店舗の前に走った。
「まだ、間に合うかな……」
 ポケットからデッキを取り出しながら、中の様子を窺う。
 ガラスの向こうには、廃墟の中で金の鎧と青の鎧が組み合っているのが見えた。
「……後藤君……?」
 緋色のデッキを持つ手が空中で止まった。
 なぜ、彼が。
 なぜ、ライダー同士の戦いなど馬鹿げているから止めたいと常日頃彼女に言っ
ている彼が、ライダー――と思しき存在――と戦っているのだろう。
 一瞬、疑念が頭をよぎった。
――彼は、私を騙しているのではないか?

「槙原か……余計なことをする」
 組み合ったまま、オーディンが呟いた。
 組み合いながら、彼はアークから全てを聞いた。

 自分が【アーク】のデッキを渡した相手である槙原が、モンスターと戦って
力及ばず敗れたこと。そして、その場に居合わせた後藤にデッキを託し、息絶
えたこと。以後、後藤が【アーク】としてモンスターと戦っていること。
 そして、後藤にも、槙原と同じく【ライダーバトル】を遂行するつもりはな
いということ。

「意外に多いな、馬鹿が」
 組み合う腕をほどき、オーディンはアークを突き飛ばした。
「次に会った時が最期だと思え」
 廃墟に転がるアークを尻目にそう呟くと、オーディンは姿を消した。

【次回予告】
「違う! ……落ち着いてくれ!」

「変身!」

「こっちだってさ、遊びでやってるわけじゃないし」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第10回  獅子の盾】

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