それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第10回  獅子の盾】

 痛む脚をひきずり、【出口】へと向かう。
 ガラスを抜けて外に出ると、そこには美浜ちよが立っていた。
「――あ」
 目の前に立つ少女と目が合うと、後藤は小さく声をあげた。
 足元がふらつき、視界が暗い。
 それでも彼は笑顔をつくり、彼女に呼びかけた。
「やあ、ちよちゃん」
 彼女から挨拶は帰ってこなかった。こわばった表情で彼を見つめている。
「おつかい? 寒いのにたいへんだね」
 それには構わず、後藤は美浜にさらに声をかけた。道端に置きっぱなしだっ
た買い物袋に手を伸ばす。
「――見てましたよ」
 その背中に向かい、美浜はぽつりと呟いた。後藤が振り向く。
「後藤君は、ライダーの戦いを止めたいと言っておきながら、今の人と戦って
いましたね?」
 彼女の声は怒りに震え、視線は疑念に満ちている。
「ああ、あれは――」
 後藤が答えるより先に、美浜は爪先立ちで叫んだ。
「最低です、後藤君! 私を騙してたんですね!」
「違う! ……落ち着いてくれ!」
 彼女は誤解しているようだ。
 説明しなければ。
 彼は【ライダー】たちを戦いに仕向ける張本人・吾妻士郎であり、彼の命令
を拒否したために自分は襲われたのであると――

 しかし、彼が説明を始めるより前に、美浜はきびすを返して通りの向こうへ
と走り去っていってしまった。 

 どれだけ走っただろう。
 胸の動悸が高鳴り、白い息が顔の横を絶え間なく流れていく。
 ちらりと後ろを振り向き、追ってくる人間がいないのを確認してから、美浜
は走るのをやめた。

 後藤は、戦っていた。金色の鎧の戦士と。
 それは、とりもなおさず、彼が【ライダーバトル】に加わって他のライダー
と戦っているということである。『馬鹿げている』『止めたい』という一連の
彼の言葉は、でまかせの嘘に違いなかった。
 そんな彼の言葉を信じて今まで動いてきた自分が情けなくてならなかった。
 やり場のない怒りが、彼女の胸の中で渦巻いている。
 怒りのあまり、彼女の耳は鏡の世界からの干渉音を聞き逃していたのか――

「キャ――!」

 遠くから聞こえてきた女性の叫び声で、我にかえった。
 我にかえると同時に、例の【音】に気がつく。
 先ほど聞こえてきた悲鳴は、モンスターに襲われた女性が発したものに違い
なかった。
 声のしたほうに向かい、再び走り出す。
 ふたつめの角を曲がったとき、それは見つかった。
 牛のような頭をした毛むくじゃらの怪物が、腰を抜かしてアスファルトに
へたりこんでいる女性に向かってゆっくりと歩み寄っていく。涙と汗で化粧が
崩れ、女性の顔面は見るも無残なまだら模様に変色している。のどを力の限り
震わせて出す金切り声は、さながら引き抜かれるマンゴラドラを演じているか
のようであった。
 美浜は、急いで横のショーウインドウに緋色のデッキをかざした。

「変身!」
 声とともに、彼女の身体を緋色の光が包んだ。
 鮮やかな赤色の鎧が、彼女の全身を覆う。胸から肩にかけて広がる装具が、
さながら太陽から噴き出す紅炎のようであった。炎のライダー、その名をフレア。
 
 緋色の軍靴が舗道を打った。
 片手に長い棒を閃かせ、怪物に向かって走る。
 牛頭の魔物が女性に飛びかかるよりも速く、棒がその胴体を薙いだ。
 がつん、と音がして、怪物は後ろに下がる。
 女性と怪物の間にわりこむ形で立ちふさがり、彼女は棒を構えた。
 怪物は一瞬たじろいだものの、妨害者が小柄なことを見てとると、頭部から
生える二本の角を突き出して彼女に猛然と襲いかかった。
 フレアもこれに応じて走る。
 両者がぶつかる寸前、棒の一突きが怪物のみぞおちを突いた。
 のけぞる怪物の身体を、空に向かって蹴り上げる。
 数メートルあまりも弾き飛ばされた怪物は、かなわぬと見るとショーウイン
ドウの中に逃げこんだ。とどめをさすべく、フレアもその後を追う。

「何よ、あなた」
 ミラーワールドに入ってきたフレアに、不機嫌な声が浴びせられた。
 逃げこんだ牛頭の怪物をかばう形で、ひとりの戦士が立ちはだかる。
 灰色の鎧。右手に握る開山の大斧。
 かの怪物の契約主、仮面ライダー・ネールだった。
「食事の邪魔をしないでよ」
 こともなげに言い放つその言葉を聞き、フレアは唖然とした。
 この人は、モンスターをけしかけて人を襲っていたというの――?
 そんな彼女の胸中など意にも介さず、ネールはさらに言葉をつなぐ。
「それとも、あなたが食べられてくれるのかしら」
 大斧をもてあそびつつ、歩み寄ってくる。
 鎧の重みが、アスファルトに響く音を通して伝わってくる。
 たまらず、フレアは叫んだ。
「モンスターを使って人を襲うなんて、そんなことしていいんですか!」
「んー?」
 首をかしげて、答える。
「モンスターにも、食事は必要でしょう?」
 フレアは再び愕然とした。これが【人間】の言葉だろうか。
 目の前にいる灰色の戦士は、人がモンスターに襲われることを、なんのた
めらいもなく『食事』と呼んだのだ。いや、それだけではない。自ら契約獣
に人を襲わせ、平然としている。
「あなたは、間違っています!」
「うるさいわねー。こっちだってさ、遊びでやってるわけじゃないし」
 ネールは、フレアの言葉にもはや耳を貸さなかった。
 斧を握りなおし、緋色の鎧に向かって突進する。

 武器が打ち合う音が響いた。
 振り下ろされる斧を棒が受け止める。
 突き出される棒を斧が弾く。
 二人の戦いは、互角だった。
「鬱陶しいわね!」
 ネールは、叫ぶと、棒を力任せに振り払った。
 二人の間に五歩ほどの間が空く。
 両者、向かい合って固まった。
「いいわ、教えてあげる。ライダーの戦いというものを」
 灰色の兜の中で、彼女が微かに笑ったように見えた。
 腰のデッキから、一枚のカードを抜き取る。
 表面に斧の描かれた、灰色のカードだ。
 素早く、斧の柄にそれをさしこむ。

『Reflection』

 フレアは目を見張った。
 認証音とともにネールの影がもぞもぞと動きだし、形をもって起き上がった
のだ。灰色の鎧、分厚い兜、手に持つ大斧。同じ姿の戦士がふたり、フレアの
前に居並んだ。
「なっ……」
「いくわよ!」
 息を呑むフレアの頭上に、かけ声とともに二つの斧が打ちかかる。
 ひとつをかわし、ひとつを棒でなぎ払った。
 斧をなぎはらわれたネールが、動きを止める。
 その背後から、もう一本の斧。とっさに身を引いた。
 振り下ろされた斧は緋色の仮面をかすり、地を砕いた。
 返す一振りが、後ずさるフレアの腹部目がけて飛ぶ。

「くっ!」
 横なぎの一撃を、棒で食い止めた。火花が散り、重い振動が伝わる。
 競り合っているうちに、もう一方のネールがフレアの後ろに回りこんだ。
 背後で斧が振りかぶられる気配。右に飛んだ。左足のかかとをかすめ、斧が
地面を打ちつける。
 緋の鎧と灰の鎧の間に、十歩ほどの間が空く。
 フレアの劣勢は明らかだった。
 
 恐怖。
 死の恐怖。
 美浜ちよの背筋に氷が走った。
 これが、ライダーの戦い。
 戦わなければ生き残れない。
 右手でデッキから一枚のカードを抜き取った。左腕の認証機に通す。
『ファイアヴェント』
 棒を右手に持ち替える。
 左側のネールが斧を構えて突進してきた。
 十歩、九歩、八歩――
 間合いが五歩にまで迫ったとき、フレアは左手を突き出した。
 掌から炎が噴き出す。
 炎は瞬く間にネールの全身を包んだ。
 きな臭いにおいとともに、影が実体を失う。 
 ネールは十歩離れた位置で小さく舌打ちした。

 両者が再び武器を合わせるべく向き合ったその時――
 何かが、風を切って飛んできた。
 二本の飛刀。
 片方は緋の鎧に突き刺さり、もう一方は斧にかちあって鋭い音をたてた。 
「うっ!」
「誰!?」
 フレアは肩の痛みに耐えかねて座り込む。
 ネールが誰何して振り向いた先には、一人の戦士が立っていた。

 藍色の仮面が深く顔面を覆い、藍色の鎧が全身を護る。その背には円形の護
身鏡を背負い、その外周には無数の短刀が据えつけられている。なにより衆人
の目を引くものは、左手に抱えた大きな丸盾。その表面には獅子の顔の彫刻が
ほどこされ、その裏にはカードを読み込む認証機がついている。
 仮面ライダー・ナタ。それが、かの戦士の名だった。

「私も混ぜてよ」
 事もなげに、ナタは言った。
 そうは言いつつも、その場から動こうとはしない。
「ふーん」
 ネールはゆっくりと体の向きを変えた。斧を両手で支え持つ。
 地面を蹴った。
 同時に一本飛刀が飛んだ。
 硬い音が響き、斧が飛刀を弾く。
 次の瞬間には、ナタの頭目がけて斧が振り下ろされていた。 

 丸盾に重い衝撃が走る。
 その一撃で、ナタは均衡を崩した。アスファルトに膝をつく。
 返す斧の次の一撃が、その身体をすくいあげた。
 ナタの身体は軽々と空を切り、十メートルも向こうの地面に叩きつけられた。
「なーんだ」
 ネールは首をかしげ、斧を右肩にかけて、さも期待はずれのように呟いた。
「あんた、弱いじゃん」
 弾き飛ばされたナタは、もはや起き上がるのがやっとの様子。
 ネールが追いすがって攻撃を加えれば、抵抗することもできずにやられるのみだろう。
「まあ、あんまりいじめるのもかわいそうだし、楽に殺してあげるよ」
 悠然と、腰のカードデッキに手を伸ばした。
 その手目がけて、一筋の光。
 ナタの右手が動いたのを見てとり、ネールはすばやく体を横にそらした。
 灰色の鎧のはるか後方、フレアの目の前の地面に、飛刀が突き刺さる。
 飛刀の行方を確かめもせず、抜き出したカード一枚。
 ファイナルヴェントのカード。
 ネールはひらひらと顔の前でカードをちらつかせた。 
 斧の柄にゆっくりとカードを差し込もうとしたその瞬間――

『Survive』
 
 ナタの盾に彫られた獅子の口から、無機質な声があがった。

【次回予告】

「あなた、甘いわね……」

「戦いを、止めたいんです!」

「――私も、行こうか」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第11回  終わりへの戦い】

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