それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第11回  終わりへの戦い】

 藍色の鎧に紅の筋が走る。
 胸を中心に、肩、腕、腰、脚に向かって鮮やかな光が流れる。
 盾に彫られた獅子が眼を見開いた。
 地を揺るがす咆哮の響く中、ナタはゆっくりと立ち上がる。

「へえ……。変わったカード持ってるのね」
 ネールが感嘆の声をあげた。
「だけどもう終わりよ!」
『ファイナルヴェント』
 叫び声とともに、斧の柄にカードを差し込む。認証音と声が重なった。
 ネールの右手に握られた大斧がばちばちと火花を散らす。
 斧の先端から電気がほとばしった。
 振り下ろし差し向けた斧の先に、敵の姿。
 次の瞬間、ナタに向かって一条の稲妻が飛んでいった。
 それは丸盾に直撃し、まばゆい閃光を立てる。
 盾を通して、強い衝撃がナタを襲った。
 吹き飛ばされそうになる身体を両脚で支える。
 あたりを煙幕が覆い、斧と盾の間に通る一筋の光だけが際立って見えた。
「はっ!」
 かけ声とともに、ネールの脚が地を蹴った。
 光の筋に沿って一直線に灰の鎧が突き進む。
 煙の向こうに、雷を正面から受け止める盾の模様が見えた。
 大斧が盾もろとも敵の胴体を真っ二つに断ち切る―― 

 一撃は空を切った。
「!!」
 勢いあまったネールの斧は、先ほどまで盾のあった場所より数メートル先の  
壁を粉々に打ち砕いた。
 崩れ落ちるコンクリートの前で呆然とするネールの後ろで、認証音があがった。
『ファイナルヴェント』
「!」
 振り向いたネールの視界に、焦げた盾が映った。
 藍色の鎧の背で、無数の刃が、しゃり、と音をたてた。
 数え切れないほど多くの飛刀が、空に舞う。
 それらは、一瞬空中で静止したかと思うと、水面に向かうカワセミのごとく
灰色の鎧に向かって襲いかかった。
 腕。肩。首筋。胸。腰。膝。脇腹。背中。足首。
 ネールの鎧のあらゆる場所に、放たれた飛刀は深く突き刺さった。
「がっ! ……」
 一声呻き、ネールは倒れた。
 取り落とした大斧の刃が、地面にくいこむ。
 灰色の腕がその柄に伸びたが、その手は斧を今一度握ることなく動きを止めた。

「まずは、一人か……」
 剣山のごとく全身刃まみれになったネールを見下ろし、ナタは呟いた。その後、
ちらりとフレアの方を見やったが、何を言うでもなく背を向けて歩み去った。

 フレアはショーウインドウからゆっくりと体を出した。
 傷ついたネールを肩に抱えて。
 鏡の世界から全身が抜けた瞬間、ふたりの鎧が光とともに払い去られる。

「かおりん!?」
 自分が肩に担いでいるのがクラスメイトであることがわかると、美浜は驚き
の声をあげた。美浜の肩を借りて薄目を開けて痛みに堪えているのは、おかっ
ぱ頭で華奢な体格の少女。クラスでは、『かおりん』の愛称で親しまれている。
「ちよちゃん……?」
 苦しい息遣いで、かおりんは同級生を認知した。
 自分の右手を握る美浜の手を力任せにふりほどく。
 体は重く足は軽く、支えを失ったかおりんは路上に倒れこんだ。
 塀に背中をもたれ、両手を地面にたらし、虚ろな瞳で美浜の姿を見上げる。
「……なんで、助けたのよ」
「……」
 かおりんの問いかけに、美浜は的確な答えを見出すことができなかった。
 なぜかわからないが、目の前で人が死ぬのを黙って見過ごすことができなかっ
た――それが、今の彼女に導き出せる唯一の答えであった。

「あなた、甘いわね……」
 しばしの沈黙の後、かおりんはうつむいて呟いた。 

「何や、ちよちゃん? 話って」
 おっとりした声で、緑のコートに身を包んだ少女がおさげの少女に尋ねる。
首の周りを何重にも覆う厚手のマフラーを、黒い髪がかすめた。
「ううっ、寒ぅ」
 線のごとく両目を細めてちぢこまる緑のコートを着た少女の名は、春日歩。
美浜ちよとはやはり高校の同級生である。彼女は寒いのが苦手で、今日もこたつ
でごろごろしながら一日を過ごす予定であったのだが、美浜ちよからの電話を
受けてしぶしぶ出向いてきたのだ。
「大阪さん、行きましょう」
「ん?」
【大阪】とは、春日のあだ名である。高校一年のときに大阪から転校してきた
彼女は、現在は入院中である瀧野智によって「大阪」と名づけられた。それが、
今では彼女を示す固有名詞となっているのである。 
「戦いを、止めたいんです!」
 美浜が一息に言い切った。その両目はまっすぐに春日の両目を射抜いている。
はじめはきょとんとしていた春日だったが、美浜の言葉が真剣なものであると
わかると、少し口元をひきしめた。
「そうか」
 春日の声に、美浜は無言でうなづく。
「そんなら、後藤君に連絡せなあかんなあ」
「あの人はダメです!」
 春日のまのびしたような語尾を、美浜の強い息が遮った。
「どうしたんや?」
「……私たちだけで、やりましょう」
 首をかしげる春日に、美浜はあえて後藤の【裏切り】を告げなかった。
 どちらにせよ、【ライダーバトル】さえ終えることができれば、自分たちに
平穏な日常が戻ってくるのだ。後藤が自分たちを騙していたからといって、
それは【ライダーバトル】が終わったあとの日常においては意味をもたない。 
そう考えて、美浜は、後藤がライダーの一人として戦っていたことについては
公言しないことに決めたのである。

【ミラーワールド】に存在する、【コアミラー】。それが、モンスターの棲処
でありライダーバトルの舞台である【ミラーワールド】を形成する力の源となって
いる。したがって、コアミラーを壊すことができれば、ミラーワールドの存在
はこの世から消え、戦いは強制的に終了することとなる。
 コアミラーの位置はわかっている。以前、「ライダーの戦いを止めたい」と
吹聴する後藤に連れられてコアミラーを見に行ったことがあるからだ。コアミ
ラーの前には、見るも恐ろしい巨大な蜘蛛の怪物が数匹たむろしていた。それ
を見た美浜は、恐怖のあまり体は震え足はすくみ、まともに立っていられない
ほどだった。
 
 しかし、今はそんなことは言っていられない。
 現に、ライダーバトルにより自分の通う学校の教師が二人死亡し、また、ク
ラスメイトの一人であるかおりんも、他のライダーとの戦いであわや死を見る
手前まで追い詰められたのである。
 いや、それだけではない。ミラーワールドをねぐらとする多数のモンスター
たちにより、次々と人々が犠牲になっている。最近急増している失踪事件の真
相は、ミラーワールドの存在を知るもののみが知っているのだ。

 ただ一人の同志、春日歩。
 彼女とともにコアミラーを破壊しに行く決意を、美浜は固めたのである。

「――待って」
 美浜邸の門を出て目的地に向かおうとする二人を、低い声が呼び止めた。
 ふりむいた美浜の瞳に、長身とその腰にまで達する長い髪が映る。
「――私も、行こうか」
「榊さん!?」
 榊と呼ばれた長身の女性は、静かに二人に歩み寄る。
「話は、聞いてた」
「え!? でも、私たちが今から行くのは……」
 狼狽する美浜に、榊はポケットから平たいカードケース状の物体を取り出して
示してみせた。銀の地に、黒いコウモリの刻印。彼女が【ライダー】の一人で
ある証だ。
「榊さん……?」
 彼女の手中にあるものが何であるかを見てとると、美浜は榊をゆっくりと見
上げた。何かを問うがごとき美浜の視線に、榊は無言で微笑を返す。
「榊ちゃんもいっしょなら心強いなあー」
 美浜の背後で、春日が満面の笑みを浮かべた。

 光が見えた。
 闇のカーテンの奥に、ほのかな瞬き。
 コアミラーが、闇に照らすかすかな光を反射しているのである。
 そして、その手前には、不気味にうごめく毛の小山が数体見えた。
 藻のごとくびっしりと全身に生えた濃褐色の体毛。闇に丸くぎらつく数個の
複眼。ひっきりなしに床を擦ってはまた離れる無数の脚。目玉と目玉の間に位置
するイソギンチャク状の口から、しゅるしゅると不気味な音を立てて真っ白な  
糸が吐き出されている。

 ほどなく、彼らは、鏡の方向に向かってくる人影に気づいた。
 中央に緋色の鎧。背丈は低い。右手に棒を携えている。
 右に緑色の鎧。背丈は中央の者よりも頭一つ分高い。右手に巻きつけた鎖の
両端に、鉄球がぶら下がっている。
 左に白銀の鎧。背丈は右側の者よりもさらに頭一つ分高い。黒のマントを翻し、
右手に細身の突剣を持つ。
 フレア、リノン、カミユ。それぞれが、デッキの力を受けた【ライダー】である。
 
 蜘蛛たちが動いた。
 群れをなし、一直線に三人のもとへ這い寄っていく。
「きぁぁ……」
 緋色の鎧から、小さな叫び声が漏れた。
 戦士の鎧を身に着けているとはいえ、中身は11歳の少女だ。迫りくる数匹の
巨大蜘蛛を目にして、平静でいられる道理はない。  

「ちよちゃん、鏡を狙うんだ」
 短く呟くと、白銀の鎧が蜘蛛の群れの中に突っこんだ。
 手に持つレイピアが、一体の急所を突く。傷口から緑色の液体を、口から大
量の糸を、それぞれ撒き散らしつつ大蜘蛛は倒れた。
 倒した一体が床に崩れるのを確かめる間もなく、カミユは蜘蛛たちに囲まれ
た。申し合わせたように一斉に糸を吹く。
「うわー」
 妙に間延びした声が響き、鉄球が蜘蛛たちの間に割りこんだ。
 緑の鎧が、鎖を振り回しながら蜘蛛の輪にぶつかっていったのだ。
 リノンの振り回す鎖の先に取り付けられた鉄球が、蜘蛛たちの目と口を続け
ざまに打ちつける。
 ふと、鉄球の動きが止まった。
 見れば、右腕が糸に絡めとられている。
「!!」
 吸い込む音が聞こえた。
 全体重を左足にかける。
 床がえぐれ、ずずっという音とともにリノンの身体は蜘蛛に引き寄せられた。
「うわー……ぁ」
 叫びの末尾の方は、蜘蛛の口の中で響いたのみだった。
 緑の鎧が、みるみるうちに蜘蛛の口に吸い込まれていく。
 これに気づいたカミユが急ぎ助けに向かったが、別の蜘蛛が道を塞いだ。

「ちよちゃん、早く!」
 カミユの絶叫が、フレアの背中に届いた。
 目の前に、鏡がある。
 これが、最後の一撃。
 フレアは、素早くデッキからカードを抜き取り、左腕の認証機に通した。


『Time vent』
                                  


【次回予告】

「私のせいで、ゆかちゃんが……」

「あんたみたいなちっちゃい子が戦ってるの、見るとね」

「小癪な真似を!」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第12回  淡い記憶】

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