それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第12回  淡い記憶】

 何かが聞こえた気がした。

 目覚めると、ベッドの上にいた。飼い犬の忠吉が足元で眠っている。
「――」
 寝ぼけまなこをこすりつつ、美浜ちよは起き上がった。
――何か、酷い夢を見ていたような気がする。

 カレンダーの示す日付は12月4日。月曜日、一週間の始まりの日だ。
 いつものように、朝食と弁当の用意をし、両親を起こしにいく。
 起きた直後から、何かすっきりしないものが胸の奥でわだかまっていた。
 その不快感は授業中もひっきりなしに続き、彼女の心を悩ませたのである。

「ちよちゃん、どうしたんだー?」
 呼びかけられて気がついた。
 見れば、自分の着席する机の前に、栗色の長髪、近眼用の眼鏡。彼女の同級
生、水原暦が立っていたのである。
「なんか元気ないからさ」
 水原が心配そうに言う。
 授業でも積極的に発言し、休み時間にも友人と明るく語らっている美浜をよ
く見ている水原には、今日の彼女のようすが尋常でないように思えたのである。

「恋かー!」
 不意に、背後から甲高い声。
 同時に、美浜の頭の両側に束ねられた栗色のおさげを二本の腕がつかんだ。

「これはお赤飯の用意しなくちゃなー!」
 左右のおさげをでたらめにひっぱりながら、美浜の背後の同級生が軽口を叩く。
「よせよ、とも。何か悩みがあるのかもしれないだろ」
 水原が、情けない声をだして呻いている美浜の背後にいる女生徒をたしなめる。
 ともと呼ばれたこの女生徒は、水原と同じく、昨年十歳にして高校に進学した
美浜ちよの同級生であり、その名を瀧野智という。ちなみに彼女は水原とは小学
校の頃からの同級生であり、友人であった。
 水原いわく、「智とは一度別になりたいけどな、小学校からずっと一緒だ」
とのこと。

 ともかく、水原の問いに応じて、美浜は自分の心中を吐露したのである。
「なんだか、朝から胸騒ぎというか、なんというか、胸がもやもやして――」
 彼女自身にも原因はわからないのだ。どうしたと問われても、正確な心情把
握ができているわけでもないので、どうにも説明しようがない。
 水原も、釈然としない彼女の説明を聞き、首をかしげている。
 瀧野のほうはといえば、美浜の小さな肩に腕をまわして軽口を叩き続けている。
「何かあったんだろ? 朝遅刻しそうになって美男子と正面衝突したとか――」
「そんなこと、ないですよ」
 瀧野の饒舌さに半ば呆れつつ、美浜は彼女の妄想を否定した。
「何かがあったとかそういうのじゃなくて、夢見が悪いっていうか……」
 そうこうしているうちに、休み時間は終わったのである。 

 放課後。 
 美浜は一人家路を歩いていた。
 胸のわだかまりは未だ消えない――
 と、そこへ、彼女と同じくとぼとぼと歩く少女の姿が見えた。
 年の程も彼女と同じくらい。背丈は彼女よりも若干高い。黒い髪を短く切り、
その後ろ髪はうなじを少し覆う程度。猫のような瞳をした、スポーツマンタイ
プの少女である。
 
 二人の目が合った。
「みるちー――」
「ちよちゃん――」
 呼びかけたのは二人同時であった。
 通りがかった黒髪の少女は、美浜が小学校に通っていた頃の同級生で、名を
みちるといい、【みるちー】の愛称で親しまれていた。彼女たちは、美浜が高
校に入学してからも、たまに時間を見つけては一緒に遊んでいる仲である。 
 二人が顔を合わせるのはおよそ一月ぶりであった。
 しかし、二人とも浮かぬ顔つきをしている。
 美浜の方は、先ほど述べた得体の知れない不快感のためになんとなく気分が
すぐれないというだけのことであったが、一方のみちるの方は今にも泣き出し
そうな悲壮な表情である。
「みるちー?」
 二人の靴が触れあうほどの近さにまで両者が接近した頃、美浜が口を開いた。
「何かあったの?」
 美浜に問われると、みちるは、堰を切ったように大声で泣き出した。
「私のせいで、ゆかちゃんが……」

 虫の知らせだったのか。
 美浜は、朝から気分がすぐれなかった理由がわかった気がした。

 みちるの親友であり、美浜の同級生でもあったゆかが交通事故に遭ったのだ
という。みちるは、彼女を見舞うために病院に行く途中であったとのこと。し
かも、聞くところによると、ゆかが事故に遭ったのは、不注意で赤信号を渡ろ
うとしたみちるがダンプカーに轢かれるのを阻止するためであったという。
 彼女が今にも泣きそうな顔でとぼとぼと歩いていたのも頷ける話である。

 ゆかの意識はなかった。
 いわゆる植物状態である。
 機械により口に酸素を吹き込まれ、点滴により身体に栄養を送り込まれる彼
女の耳に、みちるの詫びる声はとどかなかった。
 泣きながら詫びるみちるの背を、美浜は何度もその小さな手で擦った。

 どれくらい、そうしていただろう。
 後ろに人の気配を感じた。
 振り向けば、いつ現れたのか、真っ黒のオーバーコートを羽織った長身の男
がゆらりと病室の入り口に立っていた。その瞳は、獲物を狙う獣のごとく鋭い。
美浜は、その顔を一目見るなり、背筋に冷水を浴びせかけられたような悪寒を
感じた。
「――どうだ」
 低い声で、男が呟く。
「決心は、ついたか」
 男は、どうやらみちるに向かって話しかけているようだ。

「いやだ!」
 病室に、みちるの甲高い叫びが響く。
「帰って!」
 男の顔を見ようともせず、彼女は続けて叫んだ。
「――わからんな」
 ゆっくりと、男はみちるに歩み寄った。オーバーコートの端が、美浜のおさ
げをかすめる。男は、そのポケットから一枚の四角い鉄片をとりだし、みちる
に示した。その鉄片の色は、まるで燃えさかる太陽の火炎のごとく紅い。
「ライダーとなり、戦え。勝ち残れば、お前の望みは叶う。
 お前の望みは、この少女が意識を取り戻し、また元通りの生活を送ることが
できるようになること――そうだな」
「でも、私はいや!」
 淡々と告げる男に対し、みちるは大きくかぶりをふって拒絶した。
 力任せに、鉄片を掲げる男の右腕をはたく。
 かしゃん、と音がして、鉄片は床に転がった。
「戦わなければ、喰われるだけだぞ――」
 男がぼそりと呟く。
 そう、病室に備えつけられた鏡の奥に、既に人を喰らう魔物が潜んでいたのだ。
 男の申し出をかたくなに拒絶するみちるに、それは一気に襲いかかった。
 美浜の目の前に、恐るべき異形が姿を現す。
 欲望に燃える切れ長の瞳、幅が一メートルはあろうかと思われる巨大な口、
頭頂にそびえる一本の角。それは、鏡の中から長い首を伸ばし、みちるの頭上
にせまった。

「みるちー!」
 美浜の叫びはみちるの耳には届かなかった。
 かの紅い頭の首長竜は、みちるを一息に呑みこんだ。
 何かが融ける音とともに、首長竜の首が波打つ。

 美浜の胸の中で何かがはじけ飛んだ。
 いつの間にか手にしていた、みちるの払い落とした鉄片。
 それが鏡に映ったとき、美浜の細い腰に重いベルトが巻きついた。
 紅炎が彼女の身体を包む。

 一瞬の閃光のあと、美浜の身体は緋色の鎧に包まれていた。
 太陽をかたどった徽章が前面についた兜、胸から肩を覆う真っ赤な装具。左
腕に備えつけられた翼の形の認証機。右手には、太く長く重い一本の鋼の棒。
仮面ライダー・フレア。それが、かの戦士の名だった。

 迫ってきた竜の大口を、鋼の棒が打ち据えた。
 奇声をあげ、竜の首は鏡の中へと退いてゆく。
 追った。
 鏡の中に、緋色の鎧が吸い込まれていった。

「ふん――」
 黒服の男は、鼻先で一度笑ったあと、どこへともなく姿を消した。
 少女の叫び声を聞きつけた看護婦たちが病室に駆けつけたが、そこにいるの
は、ベッドの上に植物状態で眠っているゆかだけであった。

「みるちーを、返せ!」
 ひらひらと棒の攻撃をかわす首長竜に、フレアはしゃにむに打ちかかる。
 風を切って竜の頭部を狙った一撃が、虚しく空を切る。
 勢いあまってよろめいたフレアの足を、尾の一撃が襲う。
 足をすくわれ、床に転がった。
 起き上がろうとする緋色の鎧に、立て続けに太い竜の尾が叩きつけられる。
 緋色の鎧の中から、幼いうめき声が断続的に続いた。
 攻撃のショックのために、目の前が暗くなる。

『ソードヴェント』

 どこからか、機械音が聞こえた。
 続けて、何かを裂くような音。
 まぶたを開いて前を見れば、そこには切り裂かれた竜の尾が転がっていた。
 竜が、フレアに背を向ける。
 そこには、もう一人の戦士が、右手に剣を構えて立っていた。
 両の肩に無数の突起。その胸は暗い黄色の鉄甲に堅く護られている。腰には
ベルトとこれまた黄色のカードデッキ。脚も硬い黄色の革に覆われている。左
手首の籠手にあたる部分には、奇怪な形状の赤い飾りものが装着されていた。
 かの戦士の名は、仮面ライダー・スコピオ。

 かけ声とともに、黄色の鎧が首長竜に向かって走っていった。
 竜は頭をもたげ、敵に噛みつこうとした。
 床を蹴る音。風が竜の頭上をかする。
 スコピオは、竜の背に乗ると、手元の剣を力の限り突き刺した。

 竜の叫びが、病院に響きわたる。
 悶える竜の背中から床に降りたったスコピオは、腰に備えつけられている黄
色の鉄片の中から一枚のカードを抜き出した。
 埃を払うように無造作にひとふりしたあと、左手首の装具にカードをはめこむ。

『ファイナルヴェント』

 認証音があがった。
 地中から巨大な黄金色のサソリが姿を現す。
 サソリの尾が伸び、竜の胴体を絡めとった。
 敵が動けぬのを確かめると、スコピオは床を勢いよく蹴り宙に跳ぶ。
 虚空に黄色の放物線。
 スコピオの軍靴が、竜の巨体に突き刺さる。
 竜の体を貫通し、向こうの床に着地した。
 次の瞬間、先ほどまで竜であったものは黄色の砂となって床に崩れる。
 さきほどの大サソリが、その砂を黙々と口に運ぶ。
 フレアの視界に、スコピオの背中が見えた。

「あ、……ありがとうございます」
 フレアが礼を言うと、スコピオが振り向いた。 
 黄色の鎧をきしませ、歩み寄ってくる。
「……あー」
 黄色の鎧からため息が漏れた。
「ど、どうかしましたか?」
「私、駄目だわ」
 フレアの問いに、スコピオが応じた。
「あんたみたいなちっちゃい子が戦ってるの、見るとね。
 加勢せずにいられないんだわ」
 スコピオはなげやりに言い放つ。

「いずれ戦わなきゃならない相手だってことは、わかってるんだけどね……。
 やっぱり弱いわ、私」 
 独り言のように言い捨てて、スコピオはフレアのもとを立ち去った。

 以来、美浜は、人々を襲うモンスターが現れるたび、フレアとなって戦った。
 その間にも、ライダー同士が争う【ライダーバトル】は繰り広げられ、美浜を
助けた黄色の戦士もその中で息絶えた。
 
 時折、ゆかの病室に現れた黒服の男が美浜のもとを訪れ、「ゆかを助けたけれ
ば他のライダーを倒し、生き残れ」と彼女をそそのかすことがあったが、美浜自
身は、みちる同様【ライダーバトル】には否定的であった。
 たしかに、ゆかが交通事故に遭ったのは不幸な出来事であった。しかし、だか
らといって、彼女を助けるために11人もの他の人間の命を奪うというのは利己的
にすぎると美浜は考えていたのである。
 人は、与えられた情況のもとで、自分の力で戦わなければならない。
 ゆかにとって頼るべきものは、私自身がライダーバトルに勝ち残ることによっ
て得られる恩恵ではなく、ゆか自身の力である、と美浜は信じた。
 また、自分がライダーバトルに加わることは、最後までそれに加わることを拒
んだみちるの思いを踏みにじることになると思ったのである。
 
 その過程で、美浜は、クラスメイトである後藤もまた件の鉄片を用いて【ライ
ダー】となり、モンスターと戦っているということを知った。
 後藤は、かの黒服の男――吾妻士郎が【ライダー】同士を戦わせようとしてい
ることに対して大いに反感を示し、あくまで自分はモンスターを倒し人間を守る
ために戦うと美浜に宣言したのである。春日も、彼の宣言に賛同するライダーの
一人であった。
 美浜は、ライダーバトルを否定し、あくまで人類のために戦おうとする後藤の
姿に、いつしか淡い憧れを抱くようになっていた。

 しかし、ある日、その思いは裏切られたのである。
 美浜は、鏡の中で他のライダーと死闘を繰り広げる後藤の姿を見た。

 彼は、私や大阪さんをだまして味方につけ、ライダーバトルを自分に有利に運
ぼうと策を弄したにすぎないんだ――。美浜は嘆いた。そして、決意したのであ
る。自分が、ミラーワールドを閉じ、ライダーバトルに終止符を打つしかないと。

 そして今、美浜は、緋色の戦士・フレアとなって、ミラーワールドをつかさど
る【コアミラー】の前に立っている。この鏡を打ち砕けば、ミラーワールドを閉
じることができる。そして、忌まわしき魔物たちが人々を襲い、ライダーとなっ
た者たちがあい争う悲劇もここで終わるのだ。

「ちよちゃん、早く!」
 カミユの絶叫が、フレアの背中に届いた。
 目の前に、鏡がある。
 これが、最後の一撃。
 フレアは、素早くデッキからカードを抜き取り、左腕の認証機に通した。
『ファイナル――』 
「小癪な真似を!」
 認証音は野太い怒声に打ち消された。
 フレアの目の前に、黄金の鎧が立ちはだかる。
 その両手に握られた双鎗が、フレアの腕を打ち据える。
 同時に脚が飛んだ。
 腹部を蹴り上げられたフレアは、はるかかなたに吹き飛ばされる。

「許さん!」
 黄金の鎧から激した声があがる。
「ちよちゃん!」
 コアミラーを叩き割る試みが失敗したとみてとったカミユは、急いで一枚のカ
ードを腰のデッキから抜き取り、レイピアの柄に通した。

『スプリングヴェント』
 
 脚に力が加わる。
 リノンを呑みこんだ大蜘蛛の腹部を蹴り上げた。
 蜘蛛の口から、半分融けかかったリノンを引きずり出す。
 緑の鎧を左肩に担ぐと、カミユは蜘蛛の頭を蹴ってフレアのもとに跳んだ。
「ちよちゃん、つかまって!」
 右手をフレアに差し出す。
 次にカミユが宙高く跳んだ直後、黄金の戦士が繰りだした槍が地面を深く抉った。

「――不利だ!」
 カミユは、低く呟き、二人をかついだまま鏡の世界から撤退した。

【次回予告】

「嘘でもいいんだよ」

「お前も、自分の【使命】に酔っている。そうだろう?」

「どうして……」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第13回  ふたつの願い】

【Back】

【それぞれの冬 ――13 Fighters――に戻る】

【あずまんが大王×仮面ライダー龍騎に戻る】

【鷹の保管所に戻る】
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