それぞれの冬 ――13 Fighters――
【それぞれの冬】
【第13回  ふたつの願い】

 年が明けた。
 日の昇らぬうちから起き出し、【もち】づくりにとりかかる。
 後藤家では、元旦の朝にもちを作って食べるのが例年の習慣である。

 父母が準備にとりかかるのを尻目に、後藤は玄関に向かった。
 夜の余韻の色濃く残る、冬の暗い早朝にも、新聞配達はさぼることなく各家
庭に朝刊を配っているのだ。後藤は、今日も新聞受けに投下されているであろ
う朝刊を求めて、冷え冷えとした廊下を歩いたのである。
 なにしろ、元旦の朝刊には年始に放映されるテレビ番組の一覧が掲載されて
いる。こたつで温もりながら、みかんなどを口に運びつつぼんやりと他愛無い
番組を眺めるひとときは、彼が正月において最も心休まる時間なのである。 
 そんなわけで、胸をわくわくさせながら霜のおりた新聞受けを覗いてみたの
だが――残念きわまりないことに、朝刊は未だ届いてはいなかった。

 そのかわりに、一枚のはがきが新聞受けの中に放り込まれていた。
 一枚だけだ。
 例年ならば、年賀状が一枚だけポストに放り込まれるなどということはない。
たいてい、数十枚のはがきがゴムかなにかでまとめられて各戸に投函される。
まさか、家族全員分を合計して年賀状がたった一枚ということもなかろう。
 後藤は、いぶかしく思いつつもその紙片に手を伸ばした。
 表には宛先の住所もなにも記載されておらず、ただ「後藤へ」と無造作にイ
ンクで記されているのみだ。
 なおもいぶかしく思いつつ後藤がはがきを裏返してみると、そこには朱筆で
ただ一文、「正午、校門前で」と書かれているだけであった。 

 正午、校門前。
 二人が着いたのは、ほぼ同時だった。
「年賀状は届いたようだね」
「自分で直接ポストに入れたろ」
 眼鏡をかけた細身の学生が声をかけると、もう一方の茶色の髪の学生は面白
くもなさそうに応じた。
「用件はわかってるよな?」
 分厚い眼鏡の奥から、探るような眼が後藤の表情を窺う。
 羽織ったコートのポケットから、漆黒の鉄片を取り出した。
「……大山」
 後藤は、ポケットに手を突っ込んだまま、直立の姿勢で相手に呼びかけた。
「やめないか」
「今更何を言ってるんだ」
 口元にわずかな笑みを浮かべ、その申し出を拒絶する。
「僕には、使命がある。
 ライダーバトルを勝ち抜き、世界に真の平和をもたらすという使命がな」
「お前は、吾妻が自分を利用しているだけだとは思ったことはないのか?
 勝ち抜けばなんでも望みが叶うなんて、嘘かもしれないぞ」
「嘘でもいいんだよ」  
 後藤の言葉に対して、大山は冷ややかに呟いた。

 嘘でもいい。
 ライダーバトルに勝ち抜いたところで世界に平和がもたらされなくとも、いや、
それ以前に、力及ばず敗れて命を失ったとしても、一向に構わないのだ。
 使命のために力を尽くす。
 そのこと一事が、自分に大いなる幸福感を与えているのだ。

 テストで満点をとっても、クラスで一番になっても、いいようのない虚しさ
が心の中にたえずつきまとった。いわゆる一流大学に入り、いわゆる一流企業
に勤めて、いわゆる【勝ち組】に認定されたとしても、それが何になるという
のか。自分には熱くなれるものがない。夢というものがない。夢も何もないま
まに、目の前に提示された課題を淡々とこなすのみ。
 そこに、満足感や充実感といったものは一片たりともなかった。

 しかし、ライダーバトルには、それがある。
 使命のために邁進しているという確かな【手ごたえ】がある。
 この【手ごたえ】があるからこそ、人を殺すという罪の重圧に押しつぶされ
ることなく戦いを続けることができるのだ。
 今の自分は、この【手ごたえ】を求めて生きているといってよい。
 確かに、世界の平和という目的は素晴らしいものであり、望ましいものでは
あるが、それが叶えられることがなくても、いいのだ。
 ライダーとして、使命のために戦うことが、自分に生きる喜びをもたらし、
充実感を与えてくれる。この喜びが得られるならば、自分は満足なのだ。

 かような趣旨のことを、大山は延々と後藤に語って聞かせたのである。
 呆気にとられた顔の後藤に、大山は告げた。

「お前も、自分の【使命】に酔っている。そうだろう?
 ライダーバトルを止めるという【使命】に向かって行動することに、喜びを
感じている。人類愛を実践しようと奔走している自分に陶酔している。
 そうだろう?」

 何かが違うと後藤は思った。
 使命に向かう幸せ――無論、そのような幸せは、崇高なものであるだろう。
しかし、彼にとっては、お使いの途中で鯛焼きを買い食いしたり、みかんを食
べながらテレビを観賞したりといったささやかな幸福が、もっとも価値あるも
のに思えた。真の平和がなくてもいいから、安らぎが欲しい。小市民的根性と
罵られても、それが『幸福』の何たるかに対する彼なりの答えであった。
 ミラーワールドを閉じたいと思うのも、ひとえにその幸福を守るため――

「抜け!」
 漆黒のデッキを掲げ、大山が急かす。
 戦いたくはなかった。しかし、この場を切り抜けるには、それしか方法がな
かった。

 ズボンのポケットから、青色のデッキを取り出す。
 暗い校内と外とを隔てるガラス戸に、向かい合う二人の影が見えた。 

「変身!」
 二人の声が重なる。
 それぞれの腰に巻きつく重いベルト。
 天から降りてきた青い光が後藤を包み、宙に生じた深い闇が大山を覆う。
 視界が晴れた瞬間の互いの眼に映ったのは、鎧にくるまれた相手の姿。
 
 後藤の前に立つのは、漆黒の鎧、黒の兜。その右手に、鋼のサボテンのごとく
無数の突起のついた棍棒を掲げている。これぞ、大山がデッキの力により変身し
た戦士、仮面ライダー・デュークである。
 一方の大山の視界に映るのは、薄青の鎧、薄青の兜。その両手に鋼鞭を握る。
これぞ、後藤がデッキの力により変身した戦士、仮面ライダー・アーク。 
 仮面に覆われた互いの表情は窺えない。
 黒の鎧が、扉の中に消えた。
 青の鎧もその後を追う。
  
『生徒用通用口』の表示が裏返った。
 睦月の冷たい風が二人の鎧をかする。
 黒の鎧が地を蹴った。
 青の鎧が両の鞭をかきあわせる。
 棍棒が風を切る。
 火花が散り、アークの頭上でそれは受け止められた。
 棍棒を押し返そうと力を込めるアークの腹部に、脚が飛んだ。
 同時に、引きこめられた片方の鞭がデュークの腰を襲う。
 鎧を撃つ音が二つ。
 両者、半歩下がり、間合いを取る。

 午後の神社には、初詣客がちらほら。
 今年一年の神の加護を得ようと集まる人々の流れも、ピークを過ぎたようである。 
 一人の少女が赤い鳥居をくぐった。
 その栗色の髪を頭の後ろでふたつに結び、赤いコートに身を包んでいる。コー
トは彼女の膝から上をすっぽりと覆い、手袋にくるまれた指先をも人目から隠し
ている。つまるところ、かのコートは彼女にとって未だ大きすぎるのである。親
が、彼女の成長を予測して大き目の防寒具を買い与えたのであるが、思いのほか
彼女の背丈の伸びはそれほど急激ではないようだ。

 行列に悩まされることもなく、彼女はすんなりと社にたどりついた。
 大仰に据えつけられた賽銭箱の前に立ち、ポケットから小銭入れを探りだす。
 その細い指先がつまみだしたのは、古ぼけた五円玉。
「ご縁がありますように」との願いを込め、神に捧げるのである。ちなみに、十
円は「遠縁」と語呂が悪いため、決して賽銭としては採用しない。彼女はげんを
かつぐのだ。 
 木目が滲んだ賽銭箱に、かの貨幣を投げ入れる。
 それは、一度木の棒にぶつかりかつんと音をたてたあと、小銭のつまった闇の
中に消えた。 
 目の前にぶらさがる太縄に手をかけ、左右に軽く揺さぶる。
 頭上で鐘の音が鈍く響く中、美浜ちよは両掌を合わせた。
 眼を閉じ、祈る。

【ライダー】同士の戦いを、止められますように。
 ゆかちゃんが、元通り、歩いたり話したりできるようになりますように。
 ともちゃんの病気がはやくよくなりますように。

 みんなが幸せになれますように――
「陳腐な願いだな」
 美浜の脳裏に冷たい声が響いた。
「!」
 はっとして辺りを見回したが、周りには誰もいない。
 釈然としない気持ちを抱えながら、美浜は両手を下ろした。
 考えてみれば、口に出しているわけでもない祈りの言葉に対して、誰かが茶々
を入れることなどできるはずがない。
 美浜は苦笑して境内の前を立ち去った。

――きっと、あの人のせいだ。
 美浜は、結論づけた。
 事あるごとにどこからともなく彼女のもとに現れ、ライダーバトルに加われと
そそのかし続ける、冷たい眼をした男。彼が、貴様の望みは何か何かと度々尋ね
てくるものだから、それが頭に焼きついてしまったに違いない。いい迷惑である。

 帰途、美浜は、ひとり思いを巡らしていた。
 ライダーバトルを止めるには、あの鏡を壊すしかない。
 あの鏡を割ろうとしたとき、急に目の前に金色の鎧が現れて―― 
 そこまで考えたとき、美浜ははっとした。
 あの金色の鎧の戦士は、あれ以前にも見たことがある。
 後藤と戦っていたのは、あの金色の戦士ではなかったか?
 後藤も、自分と同様、ライダーバトルを止めようとしていたがためにあの戦士
に襲われたのではないだろうか?

 そこまで思い至ったとき、美浜は、ひどく後悔した。
 事の真相も確かめずに後藤を責めた自分を恥じた。

『アドヴェント』
 空の一角が切り取られた。
 空色の鷹がアークのもとに舞い降りる。
 地面を蹴り、その背に飛び乗る。
 対するデュークも、その契約獣を呼び出した。
 黒豹の影が広がり、一羽の大烏にその姿を変える。
 
 両者、もつれあいながら空に飛びたった。
 自らの右側を併走する青の鎧に向け、デュークが棍を振り下ろす。
 対するアークは左の鞭でこれを受け流し、右の鞭でデュークの鎧を打ちつける。
「むっ!」
 衝撃に堪えつつ、デュークは大烏の体をつかんだ。
 両者の速度は増している。
 手を離せば地面に打ちつけられ、敵につけこまれるは必定。
 振り落とそうとする風圧に耐えながら、続く一撃を受け止めた。
 大烏の黒い背中に、膝を立てる。
 アークが次の一撃を打ち込むべく力を込めたとき、デュークの脚は伸びた。
 大烏の背から鷹の背へと跳びかかる。
 黒革にくるまれた両の手が、青い肩をつかまえた。
 全体重を両手にかける。
 二つの鎧は、一塊になって校庭に落下した。

 砂塵をあげながら、上になり下になり、二人がもつれあって転げる。
 サッカーゴールのポールにぶつかり、動きが止まった。
 上になったのはデューク。
 青い鎧に馬乗りになり、仮面を拳で殴りつけた。
 その顔面を、二本の鞭が襲う。
 黒い仮面から火花を散らしつつ、デュークは転がった。
 アークが起き上がる。
 
――負けることはできない。
 後藤は、荒い息の中、繰り返し心の中で呟いた。

 大山は、僕が止める。
 止めてみせる。
 夢や充実感がないのなら、時間をかけてじっくりと探していけばいい。 
 怪しげな力に頼らなくても、お前の求めるもののために尽くす方法はある筈だ。
 おまえ自身がそれに気づくまで、僕は決して負けられない。
 
 思いを込め、鞭を振り下ろした。 
 振り下ろされた鞭を、黒い掌がつかむ。
 アークの動きが止まった。
 鞭の中心を支点にして、引き合う力が生まれる。
 均衡――
 校庭の砂が、二人の足元でえぐられていった。

 均衡が崩れた。
 アークが鞭を引き戻した。
 反動で背後に向けて振られた鞭が、ゴールポストを砕く。
 目の前に、疾駆する影。
 青い鎧の真ん中に、黒い拳が打ち込まれた。
 殴り飛ばされて転がった地面には、崩れたサッカーゴール。
 網がアークの四肢に絡まった。
 振りほどいた。
 新しい網が、その体を絡めとる。
「!?」
 狼狽するアークに、デュークの仮面の下から冷ややかな笑みが浴びせられた。 
「遅かったなあ」
 既に【ファイナルヴェント】が発動していたのだ。
 デュークの手から、空高く棍棒が投げあげられる。

 中空に弧を描く黒い影。
 頭上で風が真っ二つに裂けた。
 兜に加わる棍の一撃。
 青い鎧を貫く衝撃。
 腰に据えつけられた青い鉄片が砕けた。

 彼の口から、本当のことを聞きたい。
 自分の誤解がもとで彼を傷つけてしまったのならば、謝りたい。
 学校が始まったら、彼に尋ねてみよう。
 ライダーバトルに対して抱く、本当の気持ちを。

 考えながら、美浜は歩いた。
 おりしも、彼女が歩いているのは学校前の通り。
 ふと気が向いた彼女は、校舎に向かって足を進めた。

 今日は元旦。当然、通用門は鍵が閉められ、一般生徒は校舎内に立ち入れない。
 しかし、ガラス扉の向こうには横たわる人影があった。
 目を凝らして見れば、その人影は、自分のよく知る人間。
 後藤であった。
 後藤が、扉の向こうで仰向けに横たわっていたのだ。
「後藤君!?」
 デッキをかざし、緋色の鎧に身を包むと、美浜は扉の中へと入りこむ。

「後藤君!」
 天を仰いで横たわる後藤に、緋色の鎧が駆け寄る。
 その背中を抱き起こした。
「……ちよちゃんか」
 瞳は虚ろであったが、かろうじて自分の目の前にいるのが誰であるかは認識で
きたようだ。
「どうして……」
「止められなかったんだ、僕は――」
 緋色の鎧の腕の中で、少年の体は音をたてて蒸発していく。青い空気の塊が、
赤い仮面の表面にいくつもぶつかっては消えていった。
 小さな胸に抱き寄せることができたのは、全てが融けたあとの空気だけだった。

【次回予告】

「――またか」

「残された時間は、わずかだ」

「変身!」

戦わなければ生き残れない

【それぞれの冬】
【第14回  雪と銃】

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【鷹の保管所に戻る】
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